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ミステリの祭典

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狼のブルース

作家 五木寛之
出版日1970年04月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2017/04/02 12:28登録)
(ネタバレなし)
 大阪万博の開催を数年後に控えたその年の半ば。34歳になる歴戦の一匹狼の事件屋・黒沢竜介は、財界の大物でもある参議院議員・南郷義明のひそかな依頼を受ける。その内容は、毎年の大晦日に放送される公共放送協会(KHK)の国民的歌謡番組「東西歌合戦」を潰してほしい、というものだった。南郷の秘めた思惑も聞かぬまま、自分の丈を超えた巨大な仕事に闘志を燃やす黒沢はこの依頼を受けるが、そんな彼に南郷の娘で30前後の美人・由里が接近する…。はたして黒沢は、助手である19歳のハーフ美少女・水島マリや友人のトップ屋・露木の協力を得ながら、見知ったあるいは初対面の芸能界の大物を訪ね回り、今年の東西歌合戦への参加が噂される人気歌手が出場を辞退するよう工作を続けた。しかしKHK側は、特別待遇の<無籍局員>として米国の怪物的な芸能プロモーター、ウイリー・ムントと密約。アメリカのセクシー女優、キャシー・キャノンフィールドに同行して来日したそのムントとともに、大晦日の特別番組をさらに巨大化させる企画を進めていた。そんななか黒沢の周辺で知人が変死。謎の敵の妨害は、黒沢自身の近辺にも及んでくる。

 1967年の3月から9月にかけて「スポーツ・ニッポン」に連載された和製ハードボイルド。1980年に刊行された著者の全集に挟み込まれた月報では「いま流行のバイオレンス・ノベル(こういうと正鵠を射てませんが)の先駆をなす傑作です」(原文ママ)とカテゴライズされている。

 内容は、主に1960年代前半に放送作家として活躍した著者の素養が活かされた、芸能界内を舞台にした謀略もの。物語の核のひとつに、当時の音楽業界を、KHK(もちろん『紅白歌合戦』のNHKがモデル)と、レコード会社業界+民放連、どっちが牛耳るかという、現実を投影した熾烈な抗争がある。ちなみに現実世界の「レコード大賞」そのものは1950年代から設立されていたが、『歌合戦』と同じ大晦日にその受賞特別番組が放映されるようになったのは本作が執筆された2年後の1969年からだった。その辺を意識しながら読むとさらに興味深いかもしれない。

 さらに本作が執筆された67年といえば、わかりやすいマンガ・テレビ文化で言うなら、その年の最後から原作『あしたのジョー』の連載が始まる時節で、ブラウン管では『パーマン(白黒)』『キャプテン・ウルトラ』『ウルトラセブン』がまだギンギンの新作だったちょうど半世紀前である。当然ながら社会総体のテレビメディアへの依存や期待ぶり・注目度など、現在とは隔世の感があるが、一方で米国の干渉を受けながら大国の利用を図らんとする日本側の思惑、社会の裏で生きる者の世代交代の軋轢など、21世紀の現代にもなお通じる興味も多く、旧世紀の風物や文化の描写のなかからその辺の普遍性を拾っていく読み方が楽しい。

 まあ当時としてはかなり前衛的だったのだろう主人公の描写(少年時代に確率2分の1のロシアンルーレットを自分自身に行い、その結果、常人にはない達観した死生観を得るとか)が、今ではまったくの厨二ラノベ風になってしまったのは、その後半世紀にわたる後発の読み物文化全般が爛熟したからだが。

 とまれ昭和の旧作活劇小説としては、もろもろの興味も含めて総体的に楽しめた。苛烈な残酷描写などはほとんどないが、それでも抑制された筆致でさりげなくしたたかに人間の暴力性や裏切り・打算が描かれているのは、作者自身の資質とこの時代の規制が溶け合った感じでとてもいい。さすがに部分的には、よくも悪くも21世紀の新作なら絶対に描かれないという感じの、甘い描写や展開もあるけれど。

 登場人物も主人公の黒沢や彼の恩人である政界の黒幕・北波老人など印象的なキャラクターが少なくないが、特にダブルヒロインの片方のマリが魅力的。以前は横浜のズベ公のリーダーだったがまだ処女で、主人公の黒沢に恋焦がれながらも、やさぐれた自分を意識する黒沢の方は彼女を大事に思って手をつけないという、男性読者のある種の願望を充足(どっかミッキー・スピレイン風だ)。一方でマリの方はそれが悔しくて、暑い夏の日にわざとビキニの水着で事務仕事をして黒沢を挑発するあたりなど、読んでいて脳がとろける。ここはいやらしいオヤジの感想でした。

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