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ミステリの祭典

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サイレント・スパイ

作家 ノエル・ハインド
出版日1981年02月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2020/05/11 18:53登録)
(ネタバレなし)
 1977年のアメリカ、南ジャージーのデルウッド市。長年、中国方面で諜報員として活躍しながら、政治的な事情から現場を追われた37歳の元CIA局員ビル(ウィリアム)・メイスンは、遊泳場の監視員として有閑の日々を送っていた。だがそこにかつての恩師で自分を諜報の世界に引き入れた男ロバート・ラシターから呼び出しがかかる。これに応じたメイスンだが、彼を待っていたのは再会を待たずに転落死したラシターの訃報だった。メイスンのもとには、ラシターに代わって別のCIA局員デビッド・アワーバックが接触。やがてメイスンの前には、国防上の機密にからむ謀略の迷宮が広がっていく。

 1979年のアメリカ作品。翻訳刊行された第二作『サンドラー迷路』が日本でも相応の反響を呼んだ(しかし21世紀の現在ではほぼ完全に忘れられた)作者ノエル・ハインドの第三長編。
 本作は完全なノンシリーズ作品のエスピオナージュかと思いきや、訳者あとがきによると、本書のメインキャラクターのひとり(序盤で死んでしまうが)ロバート・ラシターは前作『サンドラー迷路』にも本当に一カ所だけ名前が登場。世界観は繋がっていたらしい。

 意に添わず現場を追われたスパイの復帰劇、その設定にからむ各陣営の動きを語るのが主題のエスピオナージュだが、一方で謀略の全容がなかなか見えないこと、さらには主人公メイスンが先輩ラシターを殺した黒幕らしき人物を追うこと、なども物語の大きな興味となる。
 さらに主人公メイスンの動向と並行して、ラシターの元妻だった36歳の女性サラ・ウッドソンの日々の描写までなにかいわくありげにカットバック手法っぽく語られ、読者はなかなかその意図が読めない(一部、予想できる部分はあるが)。この辺はちょっとB・S・バリンジャーっぽい感じもしないでもない。
 もやもやした筋立てながら小説としての語り口がうまいのでテンポよく一気に読めるが、この手のエスピオナージュにありがちな「なぜここで、この登場人物はこの選択をするのだろう」と思わされるところもなくはない。まあ、その辺は結局は、作中のリアルとして「そうしようと思ったからそうした」ということになるのだという感じでもあるが。

 終盤の波状攻撃的などんでん返しはなかなか強烈だが、やや舌っ足らずな感触もないでもない。ただまあ、当事者のそこに至った心情を察するに、結構深い感慨は抱かされる。その意味では成功した作品ではあろう。

 評点は7点に限りなく近いけれど、あえて、という感じでこの点数で。

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