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ミステリの祭典

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ぼくのミステリ・クロニクル
戸川安宣/空犬太郎・編集

作家 評論・エッセイ
出版日2016年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2017/01/31 11:05登録)
 東京創元社の重職だった戸川安宣の回顧録で、本文は三部構成。東京創元社への入社前が第一部、退職後が第三部、そしてキモの部分の在社時代の第二部という流れになる。

 知人が始めたミステリ専門店の本屋を手伝ったり、膨大な蔵書を成蹊大学に寄贈したりの第三部、当人がミステリファンとして開花していく経緯を語る第一部ももちろん面白いのだが、やはり70年代以降の出版界・日本ミステリ界の最前線を現場から見ていた第二部が圧巻だろう。個人的には、十年単位で会ってない友人や知己が著者の下で働いていたので、彼らの名前が随所に出てくる点でも嬉しかった。

 第二部と第三部を通じて、初期の創元文庫にあった分類マークが消えた経緯だとか、日本探偵小説全集の第二期が企画されながらも大岡昇平の天然な対応や松本清張の物言いでダメになったとか、読者賞における岩崎正吾の地元ファンの組織票問題だとか、知ってる人は知ってるだろうが寡聞な当方には新鮮だった話題の数々が、とにかく面白い。
 中には都筑道夫の孫が耄碌?爺さん(都筑本人)の世話をやくのが面倒になって放置した件とか、中島河太郎のところへ寄贈されるはずだった乱歩の蔵書が平井家の意向でダメになったとか、その一方で河太郎の遺族も一度は寄託(寄贈ではない)した故人の蔵書をミステリ文学資料館からトラブルののちに回収してるとか、いいんかいな、こういうの書いて……という話題も続々と出てくる(笑)。
 
 同時に本書は期せずしてか<過行く時間の残酷さ>をサブテーマとして語っている一面もあり、中井英夫が財産を失っていった晩年だとか、以前は驚異的な潔癖症だった鮎川哲也の鎌倉の家が当人の加齢のなかでゴミ屋敷になっていく流れだとかが、先の都筑の老化の話題などとあわせて生々しく語られる。
 この辺は、長い歳月をどっぷりと出版やミステリに漬かってきた著者自身の慨嘆の変奏でもあろう。

 意外だったのは(いや、考えてみれば当然なのだが)、御大・戸川が意外にミステリ以外のジャンルの仕事も多くこなしていたこと。もちろんそれぞれの分野によってはこちらのまったく興味外のものもあるのだが、それでもそういった担当域の広がりのほどは、なかなか感入るものだった。

 ちなみに本書を通読するうちに、東京創元社の関連で、今までノーマークだったけど面白そうな作家や作品もおのずと目に付いていった。読むのはいつになるかは知らないが、追い追い手に取っていきたいと思う。

 ただし惜しいのは、一部勘違いだろうと思える記述があり(たとえば何回も本文中に名前が出てくる後輩の名編集者・松浦正人の活躍時期など)、ほかにもamazonのレビューで誤謬が指摘されている。この辺はもう少し編集側の密な対応が欲しかった。まあ実際には、数十年におよぶ膨大な情報を前に、かなり編集も奮闘したのだとは思うけれど。

 最後に、願わくは、戸川氏の先代・厚木淳の方も、こうした回顧録が読みたかったな。せめて誰かこれからでも評伝を書いてくれないかな。

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