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ミステリの祭典

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月世界旅行
大砲クラブシリーズ

作家 ジュール・ヴェルヌ
出版日1968年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 Tetchy
(2017/01/18 23:58登録)
未知なる大陸であったアフリカ大陸への気球での冒険、地の底への冒険を経て次のヴェルヌの冒険の舞台はなんと月。19世紀当時、まだまだ世界には見知らぬ世界があったにも関わらず、ヴェルヌは早い時期に興味は地球から飛び出し、月へと向いていた。これはまさに慧眼すべきことだろう。
そして月へと行く方法としてヴェルヌが夢想したのはなんと大型の大砲によって人を巨大な砲弾に乗せて月に向けて発射するという物。恐らく誰しもが見たことあるのではないだろうか。白黒映像で大砲を発射した途端に微笑んだ擬人化した月の顔面に砲弾が突き刺さっている映像を。あの原型が本書である。
もうこの件だけで本書が実に荒唐無稽な空想読物であると一蹴される方々もいるだろうが、それは早計というものだ。実は本書には後に米ソが本格的に月へ人間を送り込む月着陸競争を繰り広げた宇宙開発プロジェクトに盛り込まれたアイデアがふんだんに盛り込まれているのだ。いや当時の宇宙開発プロジェクトにこのヴェルヌの小説が実に参考になっていることが解説によって書かれている。

現在ヴェルヌの月世界旅行物として現在流布しているのは創元SF文庫から出ている『月世界へ行く』だが、実はそれは続編でその前日譚が本書である。現在では1999年に出版されたちくま文庫版が最新だが、既に絶版であるため、ヴェルヌの月世界物は創元SF文庫の作品が唯一と思われており、実は私もそうだった。

本書が他の文庫と一線を画すのは[詳注版]、つまり詳細な注釈が加えられている点だ。これはウォルター・ジェームス・ミラーによって編纂されたヴェルヌの完訳本を元本としているためだが、この注釈がその名の通り、詳しい、いや詳しすぎる。
何せ注釈を書き加えるために上下二段組みで本文が構成されており、上段が本文、下段が注釈となっているが、この注釈が時に本文の上段を侵食するほど長すぎるのだ。これには思わず笑ってしまった。
しかしその緻密な解説はしかしこの21世紀において実に有益な資料となっている。特にヴェルヌの先見性については瞠目に値することばかりである。

実現可能性と荒唐無稽性を兼ね備えたハイブリッド小説。これは全てのSF小説に当て嵌まるコピーだろうが、その先駆者たるヴェルヌが当時考えうる月へ、いや宇宙への旅の方策を盛り込んだ彼の類稀なる想像力が結集した小説である。
しかし本書はバービケイン一行が月に到達したかどうかが不明のまま物語は閉じられる。その結果は続編『月世界へ行く』に持ち越されているのだ。なんとも気になる幕引きではないか。続編への期待が否応でも高まる結末。ヴェルヌはやはりただの科学好きの作家ではない。読者を喜ばせ、興奮させる術を熟知したエンタテインメント作家であることが本書からも判る。実際この続編は当時3年の歳月を経て日の目を見ることにな
ったようだ。その間の読者のフラストレーションとはいかがだったことだろう。しかし今ではすぐに読めることができる。そういう意味では幸せなのだが、逆に続編が手に入りやすく、その前編に当たる本書が絶版でもはやその存在すら忘れられている状況は何とも悲しい限りだ。知る人ぞ知る作品ではなく、ぜひとも復刊してほしい。本書には19世紀の知識人が月への旅を実現させるために当時の知識と科学を総動員した男たちとロマンが詰まっているのだから。

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