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ミステリの祭典

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勝手に!文庫解説
北上次郎

作家 評論・エッセイ
出版日2015年09月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 Tetchy
(2016/10/26 23:55登録)
本書はその名が示す通り、北上次郎氏が文庫化の際、自分にお鉢が回ってこなかった思い入れのある作品の解説を勝手にしてしまおうという一風変わった書評集。もともとミステリマガジン誌上で連載されていた企画を文庫として1冊にまとまったのが本書。既読であるがこのように一冊にして読むとまた味わいが違って読める。

作品は日本編と海外編の2つに分かれているが、『絆回廊 新宿鮫10』、『女たちのジハード』、『暗殺者グレイマン』、『偽りの街』と年末のミステリランキングに入った作品もあれば、話題になった作品もあるのだが、そのほとんどがあまり知られていない作品である。
例えば日本編の中で簡単に挙げてみると『水上のパッサカリア』、『アイの物語』、『競馬の終わり』、『抱影』、『角のない消しゴムは嘘を消せない』、『月のない夜』、『波の音が消えるまで』と、タイトルからは聞いたことはあってもどの作者か解らない作品が並ぶ。そして海外編においてはほとんどが題名だけでなく作者の名前さえも忘却の彼方にいるような、マイナーな作品ばかりが並ぶ。ちなみに大河小説の『氷と炎の歌』を除いてAmazonで調べてみると感想は0~4つがほとんどで、『暗殺者グレイマン』のみが26個で突出していた。

しかしそれらの作品について語る北上氏の書評が実に愛に満ちており絶賛称賛の嵐である。まあ、自身が解説を書きたかった作品だから当たり前なのだろうが、やはりこういう解説は読んでいて気持ちがいいのである(中には北方謙三氏の『抱影』のように物語の構成自体を非難する解説もあるが、それも一読者としての愛のムチのような内容なので理解ができる)。
そして読んでいくうちに本書の目的は北上氏の、実に我儘なリクエストに応えた企画でありながらも、惜しくも出版の海に沈んでしまった隠された名作を再発掘するのがこの企画のもう一つの、いや本来の意図だと気付かされる。

また一方で本書は特に埋もれた海外作品、不遇な扱いで訳出が続かなかった作家たちの作品の復刊を促すエールでもある。クレイグ・ホールデン、コリン・ハリソン、コリン・ベイトマンの諸作などは今から再度刊行されたら読みたくなるような面白さを感じた。

そして巻末に付せらえた北上氏を加えた杉江松恋氏、大森望氏、池上冬樹氏らの座談会を読むと、いかに書評家の方々が解説を1つ書くのに手間と時間を掛けているのかが解る。作品を生かすも殺すも解説次第とまでは書いてはいないが、解説を請け負ったからには最後まで読者を満足させなければならないとまで思っている書評家がいることを知らされる。単に読んで感想書いて終わりではなく、作品に対してその作品に至るまでの作家の遍歴やバックグラウンドなどの調査、はたまたそれまで書かれたその作家の作品の文庫解説を読み解くという下準備をしてから4、5時間あるいはそれ以上の時間を掛けて書くのである。

企画物と軽々しく読むことなかれ。本書は時代に埋もれ去ってしまった作品たちへの餞の言葉である。
ちょっと大袈裟だがそれだけの賛辞を与えていいガイドブックであった。

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