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ミステリの祭典

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火制地帯

作家 大藪春彦
出版日1960年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2016/10/16 17:52登録)
(ネタバレなし)
 アラスカで、日本にパルプ材を送る森林開発業務の監督技師を務める佐伯次郎(28歳)。彼は三か月の休暇を貰って3年ぶりに帰国し、故郷の倉岡市に帰省した。だがそこで佐伯を待っていたのは、現職市長だった父と少壮検事だった年子の兄・正一が何者かによって昨年、ほぼ同時に射殺されたという悲報だった。しかも父は死の少し前に自分の秘書だった美女・久子(25歳)と再婚。佐伯に対面した久子は、さりげなく夫の遺産の占有権を主張した。父と兄殺しの犯人がまだ検挙されてないと知った佐伯は、凶器のウィンチェスターの情報を手掛かりに自ら事件を洗い直すが。

 新鋭時代の作者が、ロスマクの『青いジャングル(憂愁の街)』を原書で読んで盗作した問題の一冊。たしか木々高太郎が激昂して大藪の推理作家協会からの除籍を提言。当人はみんなやっていることじゃないかとうそぶいたという記事を、当時の日本版EQMMで読んだ記憶がある。この辺は山村正夫の「日本推理文壇戦後史」あたりを改めて読めば詳しいかもしれない。
 そんな事情ゆえにこの作品は元版(浪速書房)のみで封印。その後は一切、再刊・復刊されていない。そのため昔から気になっていた一冊だったが、このたび借りて読んでみた。

 大筋は原典とほぼ同様だが、細部やキャラクターシフトには作者流の潤色が微妙になされ『青い~』では存在しなかった主人公の兄が新規に登場したり、メインヒロインとサブヒロインの2人分が1人にまとめられたり、市政や裏社会側の大物が同じように1人のキャラクターに統合されたり、いくらかシンプルになっている印象もある。主人公の父親も原典とはポジションが相応に異なり、厚みのある描写は皆無の記号的な人物にされている。
 とまれ最後には王道ハードボイルド(王道国産ハードボイルド)的な独自の脚色も登場し、主人公が信じていた清らかな(?)者の裏の顔が…というパターンが覗きかけるが、そもそもその該当の人物にほとんど書き込みが無いので、あまり効果が上がっていない。この辺はいかにも若書きの感じだ。

 しかし大藪ファンとしては、原典からどのような歩幅でアレンジがなされたかという意味で、ひとつの興味深い研究素材ではあろう。最後の展開も微妙に違えた独自の決着が用意されている。
 市長殺しのライフルや、主人公が用いる拳銃や銃弾への詳しい書き込みは、さすがこの作者だし。
 なお172~176頁の叙述。冤罪で警察に追われかけた佐伯が、まったく無関係の家庭に飛び込み、幼女に拳銃をつきつけながら母親を脅迫し、巡回に来た警官に虚偽の証言をさせるあたりのなりふりかまわぬアウトローぶりはさりげない凄みがある(もちろん母子は無事に解放されるが)。
 
 採点は、盗作ということをあえて勘案せずに5点。その事実を考えたら3点くらいかね。
 なおAmazonのデータでは1960年1月の刊行ということになっているが、正確には昭和35年(1960年)6月30日の刊行。(奥付の記載より)。定価は270円。総ページ数は約230頁ほど。

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