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ミステリの祭典

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ネ・メ・ク・モ・ア

作家 渡辺啓助
出版日2001年02月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2016/07/16 11:38登録)
(ネタバレなし)
 20世紀全域を通じての日本探偵小説(推理小説/幻想浪漫小説/空想科学小説)文壇の名だたる重鎮たちとの交流があり、2002年に101歳で大往生された文字通りの巨匠・最後の作品集。

 それで本書『ネ・メ・ク・モ・ア』は作者の信奉者にして最高級の研究家・小松史生子の編纂による大部の労作で、400ページ以上・二段組みの上製本の中に全20本の中短編、ショート・ショートが、緻密な作品解題、年譜、書誌研究などとともに収録されている。
 作者の代表作は一般には戦前のものとの定評があるそうだが、本書はあえて戦後作品の収録にも傾注。時代のなかで推移した作者の多彩な作風を意識的に打ち出した方向の一冊のようだ(ちなみに本書の巻末に所収の各作品の解題については、作者とその作品への編纂者からの敬愛の念も深い文章に圧倒され、一見の読者としてはただただそれに頷き、感嘆するしかない!)

 自分が今回本書を手にした最大の目的は、中島河太郎などが日本推理小説史上の主要作の年表などにも記載している中編『オルドスの鷹』(昭和18年の直木賞候補作品)を読むためだったが、このたび初めて実作に触れてその実態を知った。亜細亜植民地化の国策に沿った内容だが、同時に浪漫性とドラマ性のある大陸冒険小説で、この姉妹編といえる中編『埼西北撮影隊』とあわせて重厚感では本書の中での核となる。
 ただし自分が素で初読してさらに感銘したのは『魔女物語』『黒衣(ブラック)マリ』などのどこかウールリッチを思わせるペーソス感とセンチメンタリズムが漂う戦後の短編ミステリ作品。ほかにも印象的な作品は多く、都内にエジプトミイラと暮らす下宿が主舞台となる異色譚『ミイラつき貸家』、日本でも早期に海外の戦後SFに目を向けた作者らしいユーモラスな導入部の『空飛ぶエプロン』や庶民派の艶笑譚風ミステリ『山猫来たりなむ』などもとても良い。この辺はストーリーテリングの面白さと、いかにも昭和風俗ミステリらしい語り口の妙味、その双方の要素が溶け合っている。
 中にはごく数本だけ、愛情あふれる編纂者の巻末の解題ほどには作品の良さがいまいちピンと来ないものもないではないが、一週間~十日強ほどかけて眠る前にちびちび読み進め、本書収録の大半の作品のおかげで幸福な読書の時間を過ごせた。末端の読者ごときが不遜ではあるが、改めてこの大家の膨大な実績に敬意を表させて頂きます。

 なお本書のタイトル『ネ・メ・ク・モ・ア』の出典は、昭和56年の短編『ピエロの勲章』(本書には未収録)の中の一節から採ったそうで、意味はフランス語で「私だけを愛して」だそうである。こういう題名の中短編が収録されて、それが標題になっているのではない。ところで解説ではこの本書の書名を『ネメクモア』と濁点抜きで表記しており、この齟齬がちょっとだけ気になる。Amazonや東京創元社のサイトでも『ネメクモア』表記なのだが、今回のレビューは書影からの標記どおり『ネ・メ・ク・モ・ア』にした。こっちの方がダンディーに思えるし。

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