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ミステリの祭典

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復讐するは我にあり

作家 佐木隆三
出版日1975年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2016/06/11 23:42登録)
直木賞受賞作の中でも屈指の力作。その昔映画がヒットした頃だと「フクワレ」の略称で通用していたのが懐かしい。本サイトでも犯罪小説の大古典となる本作がないのはまずかろう。
本作は実際の凶悪事件に取材して「小説化」したもの。関係者の名前などは変えてあるが、登場人物の主観描写など結構入っているので、ルポルタージュではなくて小説の括りになる。そのせいか映画のシナリオは犯人の父親と妻にフォーカスした内容でかなり違ってる...
主人公は公判では「史上最高の黒い金メダルチャンピョン」とか「悪魔の申し子」とまで呼ばれている。福岡で集金人を襲った強盗殺人(2名殺害)から浜松での貸席親子殺し、さらには東京での弁護士殺害と計5人を殺して、その被害者に成り代わって何十件もの詐欺を働いて日本全国を犯罪行脚した凶悪な犯人である。「人を食って生きている」猛獣のような犯罪者なのだが、フィクションの犯罪小説の犯人だったら「悪の天才」といった感じの冷酷無残な「一貫性」みたいなものを強調するだろうけども、事実の凶悪犯はいーかげんで行き当たりばったりに犯行を重ね、お金がなくなると殺人をして資金を得て逃亡を続けていた。詐欺は結果的に失敗しているケースも結構ある。しかも見栄っ張りで弁護士とか大学教授に化けたがる、どうしようもなく底の浅い人間だったりするわけだ。ここらへんのダメさにリアリティがある....背景として昭和30年代の庶民の生活をリアルに描写しているので、評者なぞとっても懐かしい。
で、そういう凶悪犯人の内面性、みたいなものがこの小説で理解できるか...というと、実はそうではない。この小説は、その不可解なものを不可解なままに提示した、という感じである。主人公は五島列島出身のカトリックの家庭に生まれたが、逮捕後「歌を歌ってる...」と批判されたのだが、これがどうやら五島列島に伝わる「歌オラショ」だったようである。凶悪犯罪を重ねても本人の内面では奇妙なかたちで信仰と両立していたようにも読める...なんとも不可解な奥行きがある。
というわけで「オハナシの明快さ」は本作にはない。あくまで不透明な人間の、とくに不可解な所業として「犯罪」という事象を取り上げた感じである。読んでモヤモヤするだろうけど、本作の狙いはまさにそういうモヤモヤさであろう。

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