(2016/01/23 08:52登録)
(ネタバレなしです) 数学者であった天城一(1919-2007)にとってミステリー執筆は余技でしたが、1947年から本格派推理小説の短編を書き始めました。本書は1990年発表の長編本格派推理小説ですがなかなか数奇な経緯をたどっており、最初に完成されたのが1948年で、その後改訂されて「圷家殺人事件」というタイトルで1955年に私家版で出版されました。作者は更に大幅に手を加え(殺人のあった圷家が阿久津家に改名されました)、まるで小野不由美の十二国記シリーズみたいなタイトルを付けて発表したのが本書です(本書の方が十二国記シリーズよりも先なんですけどね)。ちなみに1990年の出版もまた私家版で、ようやく商業出版されたのは作者没後の2009年でした(長編「沈める濤」やいくつかの短編が一緒に収まってます)。ということで最終版になるまでに作者の半生を費やした作品ではあるのですが、さぞや思い入れたっぷりかと思いきや意外とドライに淡々と書かれています。作者は動機とトリックにこだわったと述べていますが、喜怒哀楽がほとんど表現されていない人物描写ではせっかくの独創的な真相もインパクトが弱いです。途中の戦史評論もいかにも学者風な堅苦しい評論で血沸き肉踊るような戦闘描写など全くなく、冗長にしか感じられませんでした。
|