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shimizu31さん |
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平均点: 7.86点 | 書評数: 7件 |
No.3 | 7点 | 月長石- ウィルキー・コリンズ | 2022/09/09 22:13 |
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再読であるが40年近く前のことで内容はほぼ全て忘れていた。ただ前回は老執事ベタレッジの手記に愛着を覚えたような気がするが今回は前半300頁は冗長で興味の持続に苦労した。後半からは徐々に緊迫感が増してきて驚愕の展開が次々と起こり最後はどうなることかとハラハラしながら読み続けることができた。
前半は、月長石の消失、感化院出身の女中ロザンナを巡る騒動、令嬢レイチェルの結婚問題等が並行して進んでいくが書き手のとぼけぶりも影響してか今一つピンボケの感があった。ただ世慣れた老執事ベタレッジが我を忘れる場面(p261)にはそのストレートな表現に思わず感涙してしまった。狂信的なカトリック教徒のクラック嬢の寄稿も読者の嘲笑を誘うように描かれているが、周りから白眼視される中でも挫けずに信念を貫こうとする姿は健気ながら哀れであり考えさせられた。特に銀行家エーブルホワイト氏が登場する場面(p423-440)は劇的なクライマックスの一つになっており盲目的な信仰者との断絶が見事に表現されている。 後半のブラッフ弁護士の寄稿(p441)からは再度月長石の問題に戻り謎解きも本格化し前半の伏線も次々と回収されていく。ただ純愛ロマンスが根柢にあり人間心理が理想化され過ぎていてわざとらしいという感もある。トリックはやはり拍子抜けと言わざるを得ずその証明のための実験も綿密に展開されてはいるがそもそもの根拠が薄弱であり結果も出来すぎといえよう。物語としては十分面白いが謎解きミステリとしては古典とはいえやはり1930年代以降の傑作群には及ばないか。 探偵側としても前半の捜査は手ぬるいと言わざるを得ない。レイチェルの証言拒否があったとしてももっと徹底的に取り調べれば解決は容易だったようにも思われる。ただ本作はパズルを解くというよりも人間心理をベースにした濃密な物語を味わうというものであろうからそういう意味では十分に成功している。真相への道筋も行ったり来たりの多重解決のような感があり謎解きとしては十分な充実感があった。ただ純愛ロマンスも結局はゲームの仕掛けに過ぎなかったという安直な感じは否めなく、人間心理の深みや奥行きという点では同じ作者の「白衣の女」や「ノー・ネーム」の方に軍配を上げたい。 以下、登場人物一覧に無い人物を補足しておく。 アデレイド(故人):ジュリアの長姉、フランクリンの母、ブレーク氏の妻 カロライン:ジュリアの次姉、ゴドフリーの母、エーブルホワイト氏の妻 ジョン・ヴェリンダー卿(故人):ジュリアの夫、レイチェルの父 セリナ・ゴビイ(故人):老執事ベタレッジの妻 ブレーク氏:高名で莫大な財産家、フランクリンの父、アデレイドの夫 ナンシー:ヴェリンダー家の女中 アーサー・ハーンカスル(名前のみ):ジョン・ハーンカスル大佐の兄 サミュエル:側付きの召使、給仕 エーブルホワイト氏:フリジングホールの銀行家、ゴドフリーの父、カロラインの夫 ゴドフリーの二人の妹 フリジングホールの牧師 スレッドゴール夫人:ヴェリンダー家の客人 料理番の女:ヴェリンダー家の使用人 奥さま付きの女中:ヴェリンダー家の使用人 一番女中:ヴェリンダー家の使用人 ヨーランド夫妻:コブズホールの漁師夫妻、ルーシーの両親 ベグビー:園丁頭 モートビー:フリジングホールの呉服商 ジョイス:フリジングホールの警官、シーグレイヴ警察署長の部下 ジェイムズ:ヴェリンダー家の御者 ダッフィ:ヴェリンダー家の庭の草刈りを手伝う少年 ジェフコ氏:ブレーク氏(父)の従者 スモーレー:スキップ・アンド・スモーレー法律事務所の弁護士(?) マカン夫人:インド人が住んでいた宿屋のおかみ タミイ・ブライト:コブズホールで網をつくろっていた少年 園丁のおかみさん:ヴェリンダー家の使用人 グーズベリー(オクタヴィアス・ガイ):ブラッフ弁護士の事務所の走り使いの少年 ブラッフ弁護士の事務所の主席書記 |
No.2 | 8点 | 白衣の女- ウィルキー・コリンズ | 2022/08/29 23:17 |
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純愛ロマンスをベースにイギリス上流階級の家庭内の陰謀を巡るサスペンスがじっくりと進行していく。各人物の日記や手記で構成され一人称の語り手により感情や推理等が濃密に描かれていく。岩波文庫の上中下の三巻で読んだが上巻の前半まではやや冗長であったがそれ以降は誰が敵で誰が味方なのか次第に疑惑が深まり徐々に迫って来る危機に手に汗を握る展開となる。会話も濃厚でくどいところもあるが各人の個性が浮かび上がり自然でわかりやすい。
謎解きミステリとしては知恵比べが始まる中巻からが本領を発揮し語り手には気が付かない隠された意味や謎が伏線となって散りばめられる。下巻からは完璧に張り巡らされた網をいかにくつがえすかという探偵編となるが不可能を可能にしようという主人公の熱意と行動力により中巻までの伏線が次々と回収されていく。ただ下巻後半からは活劇のような展開となりやや拍子抜けであったが読後感としては全体の壮大さと緻密さに圧倒された。 上巻の「序」の冒頭に「これは、一人の女の忍耐力がいかなることに耐えることができ、一人の男の不屈の精神力がいかなることを成し遂げることができるか、についての物語である」(上巻p7)とあるが、読む前は「何と大げさな」と思ったのであるが読後は「なるほど確かに」と納得した次第である。 登場人物としてはやはり男性陣の迫力がすごい。特にパーシヴァル卿とフォスコ伯爵の強烈な個性は他のミステリではなかなか味わえないのではなかろうか。この二人の人格自体が謎解きの対象となっているのがミステリの作りとして奥行きが深く格調が高い。特に中巻の終盤におけるパーシヴァル卿とローラの別れの場面は読み返してみるとパーシヴァル卿の心理が鮮やかに浮かび上がっており印象深かった。 一方、女性陣、特に主役の二人は理想化あるいは類型化されすぎており人間ドラマとしての現実感が乏しく興ざめであった。本作ではやはりロマンスが重要な要素であるため男性側から見た理想像として描いたということなのであろうか。 全体としては本作を謎解きミステリとして見るとやはりロマンスの部分がくどく冗長感は否めない。また下巻後半の活劇部分も物語としては十分面白いがギルモア弁護士に助力を頼む等の別のアプローチも可能だったという気もする。本作は恋愛+謎解きの融合作品として見るべきかもしれないが謎解きの部分が緻密で非常に完成度が高いだけに全体としてはやや中途半端という感が否めない。 以下、登場人物一覧に無い人物について補足しておく。 <上巻> デムスター:フェアリー夫人の設立した小学校の校長 ジェイコブ・ポスルスウェイト:同学校の生徒 トッド:フェアリー家の農場の夫人 ハナ:トッド夫人の二番目の娘 メリマン:パーシヴァル卿の顧問弁護士 ルイ:フェアリー氏の従僕 アーノルド家:ヨークシャーに住むマリアン、ローラ姉妹の友人一家 ケンプ夫人:キャセリック夫人の姉 <中巻> バクスター:ブラックウォーター・パークの猟場番 ベンジャミン:ブラックウォーター・パークの馬丁 カール:ギルモアの弁護士事務所の共同経営者 マークランド夫妻:パーシヴァル卿の友人 ファニー:リマリッジ館以来のローラの女中 マーガレット・ポーチャー:ブラックウォーター・パークの太った女中 ドーソン:医者 ルベル夫人:看護婦 ヘスター・ピンポーン:フォスコ伯爵邸の料理女 グッドリック:医者 <下巻> ドンソーン少佐:ヴァーネック・ホールの住人 フェリックス・グライド:パーシヴァル卿の父 セシリア・ジェーン・エルスター:パーシヴァル卿の母 ウォンズバラ:教区書記 |
No.1 | 9点 | ノー・ネーム- ウィルキー・コリンズ | 2022/08/14 00:26 |
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イギリスの裕福な上流階級ヴァンストン家の美しい令嬢姉妹ノラとマグダレンは愛情あふれる両親とともに幸せな家庭生活を送っていたがある日突然全ての財産と姓を失い(ノー・ネーム)自力で生活しなければならない境遇に転落してしまう。内向的で穏やかな姉のノラはそれを受け入れるが外交的で気性の激しい妹のマクダレンは我慢できず、詐欺師を自称する遠い親戚のラッグ大尉と手を組み失われた財産を取り戻すべく大胆不敵な陰謀を企てる。相手すべき敵は、プライドが高く狭量で世間知らずのノエルとその母親的な役割で長年仕えてきた狡猾なレカウント夫人。ラッグ大尉とレカウント夫人との騙し合いやバートラム海軍少将が隠し持つ秘密文書を巡る攻防の果てに最後の試練がマグダレンを待ち受ける…
臨川書店のウィルキー・コリンズ傑作選3(上巻)、4(中巻)、5(下巻)を読んだが、1頁上下2段組で3巻全部で667頁の大作である。上巻前半まではやや冗長であるがその後は次の展開が気になって下巻の最後まで一気に読めた。全体的にはゆったりとした進行で時間を贅沢に使っている感じであるが伏線もわかりやすく生き生きとした会話や手紙などにより各人物の心理や感情がきめ細かく描かれていく。陰謀を巡る推理も色々な可能性を一つずつ吟味していくといった本格的な謎解きの醍醐味がある。中巻まではゲーム感覚のようなやや深みに欠けるイメージがあったが下巻に入ってから特にバートラム海軍少将の屋敷での出来事のあたりからはユーモラスの中にも切迫感や重厚感があり見事な出来栄えとなっている。最後の謎も事前に伏線が描かれておりそれが最後の試練につながるという展開も格調高い。ロマンスに関してはやや安直な感じもするが読者へのサービスという面もあったのであろうか。 下巻の末尾にある「著者の序文」に「…この本は、善と悪という二つの相反する力の葛藤に苦しむ一人物の物語である」とあるように、名誉回復のための卑劣な行為への決意とそれに対する良心の呵責の間でもがき苦しむ主人公マクダレンの姿が濃密に描かれていく。また悪の面が強いラッグ大尉、ノエル、レカウント夫人についても善の部分が描かれる。善の代表ともいうべき老嬢の家庭教師ガース先生についても、ノラから「マグダレンはいつも先生のお気に入りだったのですから」と言われ自分の今までに疑念を抱き「まあ!わたし、この年齢になりながら、自分の弱さと卑怯さに今日まで気づかなかったのだわ!」(上巻p127-129)と言わせている。上記テーマの前触れとも考えられるこの場面は人間の苦悩の深さという点で感銘を受けた。 脇役陣も個性的な面々がそろっている。下宿の家賃も払えぬほど落ちぶれた状態で登場するラッグ大尉は「詐欺師とは…人間の同情という土地を耕す人」(上巻p189)と堂々と宣言する。善も悪も結局は似たようなものとするこの考え方は上記テーマの対極にあるといえよう。金儲けにドライに徹するプロではあるがホロリとさせるところもある。このラッグ大尉が「手ごわい邪魔もの」(中巻p17)と予言したのがレカウント夫人である。その登場シーンはなかなか印象的である。「…会ってみると、穏やかな人当たりのよい態度の婦人だとわかった。服装は最高に趣味がよく、きちんとした、質素な主婦に相応しい。顔つきは年齢に打ち勝って若さを保っているように思わせる。もし実際の年齢よりも十五か十六サバを読み、三十八歳だと言ったとしても、それを疑う者は男なら千人に一人、女なら百人に一人しかいなかったろう…」(中巻p35-36)という表現はユーモアを交えながらも凄みを感じさせるものがありこれからの展開を期待させる。このレカウント夫人とラッグ大尉との知恵比べが中巻のメインとなるが推理やサスペンスの点でミステリとして最も読み応えがある部分といえよう。 ラッグ大尉の妻のラッグ夫人は若干の知的障害を持つ身長190センチ近い巨人で、いつも周囲に迷惑をかけてしまって謝ってばかりいるという可哀そうな役どころであるが、マグダレンから「許して、ですって!あなたみたいな罪のない人はこの世に…」(中巻p65)と言われるほど善側の性格である。しかし本人は自分が悪いと思い込んでいるわけでここにも上記テーマのバリエーションがある。また駄々っ子のように買物に行きたがりラッグ大尉から怒鳴られて泣き出した後にマグダレンから慰められて涙をふく場面のセリフ「ありがと。あたしのハンカチを見ないでね。とっても、ちっこいんだから!…」(上巻p211)は哀れを誘いラッグ夫人の性格が鮮やかに浮かび上がる見事な表現である。 傲慢なノエルは自分は賢いとうぬぼれているが実際には簡単に騙されてしまうという愚かな役どころであるが、虚栄心の裏側にある劣等感や繊細なこわれやすい性格はレカウント夫人との会話劇の中で見事に表現されていく。時々レカウント夫人を思いやる態度も見せ、ここにも悪と善の混然一体といった上記テーマのバリエーションが感じられる。 飲んだくれのメイジー爺さんはバートラム海軍少将の忠実な部下で屋敷の裏庭で舩の模型を作ったり手入れをしたりしている。その神出鬼没ぶりや「残念じゃのう」(下巻p149,155)を繰り返すあたりはもしかしたら作者は神の視点を象徴させているのではなかろうか。もしそうであればここにも上記テーマのバリエーションがあるといえよう。 1862年出版の本作は長大のため1930年代の本格推理小説と比べると冗長という感もあるが、事件の謎の解決が中心テーマではなく上記のような善と悪という主題を軸にして織りなす様々な人間模様を描きそれを味わうことが主眼となっていると思われる。各登場人物の細かい心理や言動のそれぞれが謎解きの対象でありそういう意味ではミステリとしても最高峰の完成度を誇るといえるのではなかろうか。 本書には登場人物一覧がなかったので以下に補足しておくことにする。 <上巻> アンドルー・ヴァンストン:イギリスの裕福な上流階級でクーム・レイブン邸の主人。 ノラ・ヴァンストン(ヴァンストン夫人):アンドルーの妻 ノラ:アンドルーの長女(26歳) マグダレン:アンドルーの次女(18歳) ハリエット・ガース(ガース先生):住み込みの家庭教師 トマス:従僕 クレア:隣に住むアンドルーの友人 フランシス・クレア(フランク):クレアの長男 マラブル夫妻:ブリストル市の商人でアンドルーの知人。エヴァグリーン・ロッジ邸の主人。 ハクスタブル:演劇公演のマネージャで俳優 ホレイショ・ラッグ(ラッグ大尉):ヴァンストン夫人の遠い親戚 マチルダ・ラッグ(ラッグ夫人):ラッグ大尉の妻。ダーチ食堂の元ウェトレス。 ウィリアム・ペンドリル:アンドルーの弁護士 マイケル・ヴァンストン:アンドルーの兄 セリーナ・ヴァンストン:アンドルーの姉(故人) ノエル・ヴァンストン:マイケルの息子 ジョージ・バートラム:ノエルの従兄。セリーナの息子。 <中巻> ヴルジニー・ルコント(レカウント夫人):マイケル、ノエル親子に長年仕える召使頭。 ルコント教授:レカウント夫人の夫(故人)。有名なスイスの自然科学者。 アーサー・エヴァラード・バートラム(バートラム海軍少将):ジョージ・バートラムの伯父。マイケルの友人。セント・クラックス邸の主人 ウィリアム・ストリックランド:教区牧師 リジー・ストリックランド(ストリックランド夫人):その妻 ロバート・カーク:商船船長。リジーの兄。 トーマス・バイグレーブ:ラッグ大尉の変名 ジュリア・バイグレーブ:その妻。ラッグ夫人の変名 スーザン・バイグレーブ:その姪。マグダレンの変名 ルイザ:小間使 <下巻> ティレル家:ノラの家庭教師としての勤め先 ジョン・ロスコム:ノエルの弁護士 アルフレ・ド・ブレリオ:私立探偵所長 ガードルストーン夫人:ジョージ・バートラムの姉。セリーナ・ヴァンストンの娘。 アッドウッド夫人:ロスコム弁護士事務所の召使頭 ソフィア・ドレイク(ドレイク夫人):バートラム海軍少将の召使頭 メイジー爺さん:バートラム海軍少将の忠実な部下。セント・クラックス邸に住む。 ブルータス:バートラム海軍少将のラブラドル犬(鼻が黒) カシアス :バートラム海軍少将のラブラドル犬(鼻が白) サー・フランクリン・ブロック:バートラム海軍少将の旧友 トマス・ネイグル:靴屋 ドークス:バートラム海軍少将の農場管理人の部下 キャサリン・ラドック(ラドック夫人):ロンドンのセント・ジョンズ・ウッドの下宿の女主人 メリック:医師 |