皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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Akeruさん |
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平均点: 4.57点 | 書評数: 21件 |
No.2 | 5点 | 殺人は広告する- ドロシー・L・セイヤーズ | 2017/11/12 02:20 |
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一言で感想を言い表すのなら、"しんどい本"である。
まず、褒めるべき点から。 セイヤーズ流の魅力的なキャラクターと豊富な引用の数々は本作においても健在である。 キャラクターは各々キャラクター固有の特徴や性格を持っており、作中で生き生きとしている。 誰かが誰かに恋したり、誰かが誰かと喧嘩したり、その喧嘩に加担して作中で対立図を作るようにギスギスしてみたり… とにかく、人間模様の表現がこの作家は非常に上手い。 読み進めるだけで実在の人間と対話してるかのような気分にさせられ、あたかも自分が作中空間でキャラクターの輪の一部に入っているかのごとくに錯覚してしまう。 また、この作品は主人公たるウィムジィが貴族の身分を隠し潜入調査する、という点で、これは少年心をくすぐられるというか、妙にワクワクするところがある。 実は高貴な身分なんだけどそれを隠そうとしてるのだが、結局ひょんなところから身分に気づく人も出てきて… というシチュエーションが好きな人は一定数いるのではないか? ライトノベル調である気もするが、その手の韜晦が好きな人にはシリーズの中でも随一だろう。 そして登場人物はみなコミカルで皮肉や洒落好きで、いわゆる"気の利いた"会話というものが大好物な人間には是非セイヤーズ物を全部食してみてはいかがでしょうか、と勧めたくなってくる。 さて、否定的な点だ。 否定的な点は大まかに二つで、(1)ボリュームが多すぎる (2)内容が憂鬱だ の2点に分けられる。 以下に詳細を書く。 (1)ボリュームが多すぎる キャラクターは20人以上いて、犯人の可能性が大いにある人物だけでも10人はくだらない。 これらがそれぞれの自己主張を持って作中を東奔西走するので、横溢どころか氾濫しまっている。 例示すれば、「Aというキャラクターは飴が大好きで妻子持ちでD氏の派閥に属していて経理課でK氏のことが嫌いである」という設定を持ちながら動いているとする。 このキャラクター描写を20人ばかり続けられたところで誰が理解しながら物語を追い続けられるのか? という話である。 情報量で頭がパンパンにさせられ、あたかも地面に埋め込まれて食べ物を喉に流し込まれるフォアグラ用ガチョウの気分が味わえる。 そして、そのうち情報が混じり合ってキャラクターAとキャラクターBの区別がつかなくなってくる。 同作者「学寮祭の夜」もそういう気分にさせられたが、こちらのほうがよりひどい。 (2)内容が憂鬱だ 以下、多少ネタバレ有。 途中から殺人の話ではなく、薬物がらみの話になる。 ピーター卿は殺人の話を追っていたのに、背後に薬物の大量取引の絡みが… という筋書きになる。 それは別にいい。 問題点は、犯人に落ち度も悪意もあまりないという点だ。 要するに『探偵が犯人を指摘して「ババーン! 悪いやつはコイツです!」とやることで作中世界が幸せになる』というのが探偵小説の中のある種のスタイルとして存在していると思う。 勿論、それじゃなければヤだ!と言い張るつもりは毛頭ない。 ただ、この作品ではその周りの展開において納得できない点が多い。 以下拙いながら説明するので空気だけでも理解していただければ幸いである。 説明していけば、「薬物取引団体と、知らず知らずのうちに薬物取引の下働きをさせられてる悪人」がいる。 探偵は薬物取引の下働きを見つけるのだが、しょせん手足にすぎないのである程度泳がせる。 問題は、次に取引する地点を伝える伝達方法だ。 これが本作の綱領と言ってもいい。 何が言いたいのか? 今私は"薬物取引団体"というふわっとした"団体名"を伝えてるわけだが、本作でもこいつらは中身のない組織で、薬物を売り払ってなんやかんやで英国に多大な被害を齎してることことまではわかるのだが、こっちとしては"どうでもいい"くらいの感想でしかない。この謎の薬物取引団体が作中世界で薬物を売ろうが人を殺そうが、薬物で破綻した人間の描写は皆無と言っていいし、殺されてるのは売人という名の悪人なので、この組織に対して「うおーこいつらクソみたいな悪党だな! 是非とも主人公にはこの悪党らをとっちめてもらわなきゃ!」という気分には本当に一切ならない。 2017年現在、EUは中東系難民移民の犯罪でクソみたいな気分を味わってるとの声が強いが、私は日本にいて中東系難民に嫌悪感など感じないのと同様に、人間、自分の目の届かないところにいる悪党に別に何の恨みも感じないのである。 そして本作の黒幕は主人公からしても目の届かないところにいる悪党であるので、読んでいて何とかしてくれとも思わない。 が、主人公の目の届くところにいる"薬物団体の下働き"は悲惨な目に合う。 しかも、コイツ自身は特に悪党でもないし、状況から考えればまあ人間の動きとしては心情に妥当性を感じてしまう。 その上記二つの、真の悪党はどうでもよくて、その被害者ばかり悲惨な目を合ってる、といわんばかりの本作の内容にはどうにも疲れさせられた。 やりきれない、と言おうか。勿論やりきれない探偵小説で、さらに傑作であるものはいくらでもあるんだけれど、それはそれでもっと犯人の出生の悲壮さとかに重点を置かれていて、火サスめいた人間ドラマが… まぁ、これ以上は良そう。 ともかく、私の感想は以上である。 |
No.1 | 4点 | 毒を食らわば- ドロシー・L・セイヤーズ | 2017/10/21 03:41 |
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以下ネタバレ有(少し)。
今更このトリックについて文句をつけるのは見当違いではないだろうか。 勿論、ぱっと思いつくだけでも鮎哲のリラ荘(これは傑作だった)やテレビドラマTRICKなどが同様のトリックを使う作品として挙げられるが、比べるまでもなくセイヤーズのほうが先だ。 我々は後代に生きた人間なのだからその辺りを勘案し、「どこかで見たような」などという批評はさておき非難は控えるに限る。セイヤーズが初出かは知らぬ。 さて、内容に関してだがセイヤーズは聖書やテニスンやディケンズ、果てはルイスキャロルなどからの多彩な引用を楽しむための書物だと再確認させられる一冊だ。 トリックは後代の人間が散々濫用した結果、今更読んでどうこう言えるものはほぼ無いし、そもそもセイヤーズ自身、トリックに重きを置いてもない。 要するにピーター卿と使用人やパーカー警部が喋ってる文章が目に心地いいと思えれば読み続ければいいし、そうでなければセイヤーズからは離れればいい。本作はセイヤーズ品質保証のマークを授かるに足る一冊なのは間違いない。 しかし謎なのは… 何故ピーター卿はハリエットヴェインに恋をしたのだろうか? 喋ってからならまだしも、喋る前から謎の天啓を持って無実だと決めつけ、恋に落ち、喋ろうとする。これは読者を完全に突き放している。 しかも彼女は作中で"美人でもない"との批評も受けているわけだ。 わざわざ指摘するまでもないだろうが、この"身持ちの悪い""不器量な"ヒロイン、ハリエットヴェインは作者自身を投影しているという声が強い。 白馬の王子様願望を書面に託したのは別に良い。 良くないのは主人公がヒロインに恋するというのを納得させる展開の欠如である。 この本はそれを欠いたまま進み、欠いたまま終わる。 更にヒロインは被疑者である。 この被疑者を擁護する最大の理由が"主人公の天啓"なのだから、要するに超能力で謎を解いたのと大差がない。 この一冊がセイヤーズの中でも指折りに数えられるのは全く残念だと言わざるを得ない。 セイヤーズの水準には乗るが、白眉ではないというのが個人的な意見である。 |