皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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505さん |
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平均点: 6.36点 | 書評数: 36件 |
No.3 | 7点 | マレー鉄道の謎- 有栖川有栖 | 2015/10/26 13:49 |
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国名シリーズかつ作家アリスシリーズでは、かつての過去最長編であった本書であるが、事件そのものは堅固なフーダニットが主題にあり、その付属品として『密室』がある。
密室状況に至っては、現場のケースを考慮すればするほどに〝死体は他殺体なのか否か〟に揺れに揺れることで、巧妙にミスリードを誘っていると言える。そして、物語途中で遺書までが見付かる始末ときて、連続殺人が起きるわけであるが、ホワイダニットとハウダニットのバランスが良い。突き詰めれば〝なぜ遺書を書いたのか〟と〝どうやって密室状況を作ったのか〟という一見矛盾する仮説が生まれるわけで、自殺説自体を有力視することは難しくなるのだが、そこに作家アリスの珍推理が炸裂したり状況を一転させたり、と様々な要素が蓋然的に絡み合う複雑な構図を有栖川有栖の見事な筆でスムーズに運ぶことによってミスディレクションを効かせている。 密室に対するアンサーも、バカミスと言う程突き抜けてはいないと感じたが、〝それすらも利用し、あれすらも伏線に使う〟技巧的な筆致に目を奪われた方が衝撃的であった。 探偵役の火村の犯人当ての際では、逆説的かつ蓋然性の高い推理が披露されるが、これがまた隙が小さく、解明していく様は非常に作者らしい力がある。 遺書や死体の死亡推定時刻から導かれる推論から、着実に進んでいく思考過程が楽しい。 そこで終わりかと思いきや、物語終盤に更なるサプライズを用意してある構成も大長編に相応しい質と量を兼ね備えており、ただのロマンチストで終わらない後味を残してくれるので、単なるトラベルミステリと侮るなかれといったところか。 改めて、長編シリーズにおける作家アリスの頓珍漢な推理と手堅い火村の言動のバランスが良く、このコンビならではの掛け合いもあるため、キャラクター小説としても本格ミステリとしても佳作の出来だと言って差し支えないだろう。 |
No.2 | 7点 | スイス時計の謎- 有栖川有栖 | 2015/10/15 10:04 |
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バラエティに富んだ国名シリーズであるが、なかでも表題作は必読の価値あり。これぞ、本格ということを自ら主張するかのように、直球勝負を仕掛けてくれた作者に感謝の言葉を述べたくなる。傑作である。〝なぜ犯人は被害者の腕時計を奪ったのか〟から導かれる犯人像の絞りと展開の流麗さは圧巻。純粋なフーダニットでもあるが、それ以上に〝腕時計を奪った〟というホワイダニットがシンプルがゆえに手堅い。論理的にもって犯人に迫る火村という探偵の存在感を際立たせつつ、容赦なく切って捨てる一面も見せるところもあるので、キャラ小説としてもこの上ない出来だと言えるだろう。『腕時計』という小道具から見えてくる可能性に対して、心理的根拠と物理的根拠を駆使して真正面から切り込んでいく様こそ本格ミステリの醍醐味ではないだろうか。意外性よりも論理の美しさを追求した作品である。
『あるYの悲劇』は、タイトル通りにエラリー・クイーンの名作を意識した作品で、凶器が楽器である。根幹としてあるのは、〝Y〟を絡めたダイイング・メッセージもの。本家では、堅牢なロジック以外にも〝意外な犯人〟と強烈な結末が売りであるが、本作はダイイング・メッセージの意味がやはり肝で、ある意味な〝意外な犯人〟という形まで描かれている。多少のツッコミ所はあるが、それに目を瞑りたいほどのミスディレクションがあり、その意図は唸らされる。 『女彫刻家の首』は、顔のない死体モノである。フーダニットというよりも、なぜ首を切ったのかが根底としてある。オーソドックスなミステリでありながら、ある人物のリアクションから導かれた発想は興味深いものとなっている。そして、火村の無神論者としての強烈な振る舞いが、ファンとしては印象に残るであろう作品。 『シャイロックな密室』は、シェイクスピアの香りを醸し出した、倒叙形式の密室モノ。倒叙ミステリなので、犯人が火村に追い詰められるシーンの迫力は確かなものがある。密室殺人自体は斬新というわけでもないが、その伏線の張り方は丁寧。シェイクスピアから感化された作品だけあって、モチーフにもヒントが隠されているが、そこに頼り切りではないところが好印象。倒叙形式にしたことにより、火村というキャラを際立たせたオチがシリーズ作品としての厚みを持たせる。 |
No.1 | 6点 | ブラジル蝶の謎- 有栖川有栖 | 2015/10/05 19:31 |
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短編としてのクオリティを示した本作という印象。パズラーに相応しい。全体的に読者への挑戦状がなくとも、火村先生よりも先に真相に辿り着きたいと意気込ませる魅力がある。
表題作の蝶の謎と浦島太郎状態の被害者の絡ませ方は、実に心地よい着地点を示す。更に、蝶を使った誘導も巧みであり、実にパズルとして機能している。無理矢理に国名シリーズの名を付けた訳ではないことを自ら主張するような佳作。 『妄想日記』は暗号モノとして称していいと思うが、ミッシングリンクの意味合いが強い。明かされる謎も興味深く、死体の状況と上手く嵌る。 『彼女か彼か』は題名通りの展開が待っており、倒錯感が堪能できるオーソドックスなミステリ。ただ、教科書通りで終わらせないのが有栖川有栖である。冒頭の蘭ちゃんの語りからの視点で、上手く被害者像を描き、最後の美味しい所を持っていかせる。探偵役はなにも火村だけではないというユニークな趣向が光る。 『鍵』では、誰が殺したのかは明白だが、現場に落ちていた鍵は何の鍵だったのか?というのが最大の謎というもので、その真相は驚愕そのもの。被害者の行動を考えれば、ピタリと符合する。作品の冒頭と終幕で鍵の存在感が変貌する怪作。 『人喰い滝』は、不可能状況に奇想なアイデアで勝負した作品。雪に埋まっていたマッチから導かれる意味をストレートに活かしたという意味ではトリックは他愛もないものだが、シンプルでありながらも変化球的な発想と言えるだろう。 『蝶々がはばたく』はメッセージ性が強く、寂寥感に駆られる密室モノ。35年前に起きたというのがポイントになるのだが、収録作の中で異彩を放つ同作は形容し難い読後感を与えてくれる。作家としての覚悟がここにある。 |