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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.7 6点 人間の尊厳と八〇〇メートル- 深水黎一郎 2017/12/23 10:22
傑作が一篇 良作が一篇。他は水準、もしくは水準以下。
深水氏にはどうしても高い水準を求めてしまうので、やや不満の残る短編集でした。

人間の尊厳と八〇〇メートル 7点 
良作。やはり、ダールが思い浮かびますね。八〇〇メートル走こそ人間の尊厳が試される競技であることに異議ありません(笑)。理屈っぽいようでいて理屈を超えたところに着地する。クールでウェットなこの読み味はまさに典型的な深水作品だと思います。

北欧二題 8点と5点
『老城の朝』『北限の町にて』 の二篇を併せて一篇としたもの。
『花窗玻璃 シャガールの黙示』と同じようにカタカナ表記を捨てて書かれています。漢字に拘ることによって奇妙な異国感が生まれています。
『老城の朝』は本短編集中のベスト。素晴らしい。反して『北限の町にて』は平凡な出来でした。二篇を切り離して二つの短編として欲しかったところ。

特別警戒態勢 5点
動機はまあまあ面白いのですが、どうにも既視感ある話で意外性も乏しい。

完全犯罪あるいは善人の見えない牙 5点
アイデアはなかなかいいし、よくまとまっていますが、なぜか面白みに欠ける。どうにも小説を読んだ気がしない作品でした。語り口に工夫の余地ありか。

蜜月旅行LUNE DE MIEL 6点
ミステリではないが、これは面白かった。バックパッカーの旅慣れたことによる不自由さは自分も感じたことがあります。所得水準が違うんだから、ちょっとくらいぼられてもいいじゃん、自分も大昔インドでそう思いました。

No.6 6点 美人薄命- 深水黎一郎 2017/03/04 15:46
ゼミのフィールドワークとして老人に弁当を運ぶヴォランティア活動を始めた大学生の主人公が、とある老婆と親しくなる。このばあさんには辛い過去があって、主人公と老婆の人生が交錯して……みたいな話。

本作を読み終えたことにより『ジークフリートの剣』の序章に登場した婆さんの正体が判明してすっきりした。
ジークフリートは芸術家の挑戦と生態から始まって途中から大きく軌道がずれていったが、こちらは老婆の日常や過去からとんでも話へと展開する。
スケール感ではジークフリートの方が上だが、読む人を選ばず誰でも楽しく読めるのはこちらかも。
ただ、ミステリとしてはどうだろうか。
注意深く読まないと気付かずに流してしまうような伏線、ネタが多く散りばめられていて(自分もけっこう読み落としてそう)、凝った作品だと思うけど、こうした部分が気に留めて貰えずにサラッと読み流されてしまいそうな作品でもある。
また、オチにちょっと強引な部分がある。
驚きのある話、だが、自分はミステリとしては少し評価を下げて、6点とします。

この人の作品は人物造型は類型的だったり浅かったりするんだけど、なんか人間の不思議さを感じさせてくれる。
作中にあった「若い頃に老人を軽んじていた人間は必ず惨めな老後を送る」という説は正しいかどうかはともかくとして、大いに頷きたいところではある。
なんか『トムは真夜中の庭で』が思い浮かび、読み返したくなった。

No.5 7点 エコール・ド・パリ殺人事件- 深水黎一郎 2016/06/09 19:55
トリックには言及しておりませんが、作品の構図についてネタバレしてます。




いやはや、相変わらず構成が凝ってます。密室殺人事件と思わせて、実は裏では別の事件が進行していた。読者への挑戦自体が実は読者を嵌める罠だった。本作の肝は裏の事件の真相。
ただ、以前に書評したトスカと同様で全体の構成は技巧が凝らされた見事なものなのにけっこう大きな瑕疵が散見されます。例えば、他の方のご指摘通り、警察の捜査がかなりいい加減で、当然みつけるべきことを平然と見落としています。ですが、私はこれはまあいいやという気持ちになれます。
気になったのは被害者暁氏の妻に対する行動が二重人格ではないかと思うくらい一貫性がないこと。事件を成立させるため、人物造型についてはかなり無理をしています。これが痛い。どうしてもここが引っかかってしまう。本当に惜しい。

それからもう一点。瑕疵ではなく疑問です。
口にしてはいけないことかもしれませんが、「本作の作中作に価値はあるのか」
暁氏の著作(作中作)を妻の小笠原龍子は斬り捨てました。あの人(暁氏)は芸術(絵画)のことをよく知っているが、芸術家(の心)を理解していない。あんなもの(作中作)を読んでも芸術家を理解することなどできない。龍子はこんなことを言いたかったのだと想像します。
事実、暁氏はモディリアーニの死を待ち望んでいた画商たちと同じようなことを自身も行っていたわけで、こうなるとスーチンを持ち上げていたのもあくまで商売のためではないのかと勘繰ってしまいます。作中作がどうにも胡散臭いものに見えてきてしまうのです。
作中作で真相解明のカギや事件の構図を提示する面白い企みですが、小笠原龍子の魂の叫びを真摯に受け止めた読者ほど暁氏の著作を否定的に見てしまうことになると思うのです。
作者自身はこの作中作を価値あるものだと考えているのでしょうか。
暁氏は本当の天才はスーチンただ一人だのなんだのと書いているくせに、実際にはスーチンの絵をろくに見ようともしていなかったと龍子は言います。こういう人が書いたスーチン論が果たして…… 
私も絵画が好きなので美術の本をたまに読むことがあります。暁氏の著作はそうした書籍などに書かれている知識(藤田画伯の白の秘密だとか)をうまくまとめており、またスーチンというあまり知られていない画家に光を当てたことは特筆すべきで無価値だとは思っておりません。
ただ、本作を龍子の視点で読むと作者自身の考えがわからなくなるのです。

No.4 8点 ジークフリートの剣- 深水黎一郎 2016/03/03 18:41
オペラ歌手藤枝和行は日本人(テノールに関しては)には不可能とされてきた高み、世界の舞台に立つことが決まった。そんなある日、婚約者のたっての願いで占い師の元を訪れたところ、ひどく不吉な予言をされる。藤枝の婚約者はもうすぐ死ぬという。だが、彼女は死んでも藤枝に尽くそうとするだろうと。藤枝はさして気にも留めていなかったのだが、婚約者は本当に非業の死を遂げてしまう……

このサイトで採点した時点である意味ネタバレとなるような小説です。すみません。
ものすごく現代的なミステリともいえるのですが、作者がなにをするつもりなのかが見えるまでひどく時間がかかるので苛々する方もいらっしゃると思われます。
まあやりたいことはわかるのですが、自分はその点ではあまり衝撃は受けませんでした。その他の点ではどうだったのか?
相変わらず構成は凝っています。
なんでここにギャグを挿入する? と何度か考えさせられました。
展開はやはり地味ですが、読ませます。いつも通り伏線を津々浦々に張り巡らせます。
きちんと作中作(オペラ)がメインストーリーに絡みつき、やがてメインストーリーに浸食していきます。
人物造型は……「天才だと言うんじゃない、それを感じさせてくれ」天才を描いている作品を読んで何度こう思ったか数知れません。
本作の主人公は自分のことを天才ではなく努力型と考えている節がありますが、気質は天才型に近いと思われます。天才という言葉は作中にほとんど出てきませんが、この主人公は感じさせてくれました。
まあそれはいいとして、こいつは極めて独善的で私が大嫌いな意味でポジティブ。なんでも自分の都合の良いように考えるのでムカムカして仕方がありませんでした。天才だろうがなんだろうが関係ない。むかつくもんはむかつくんじゃ!
はい。私は所詮、作者の思惑通りに誘導される単純な読者の一人でありました。
そして、ラスト。素晴らしい。感動的。深水作品の中でも屈指のラストだと思われます。
この作者の弱点として、物語の締め方がイマイチというものがあります。エコパリ、トスカ、シャガールとすべて今一つ(この点ウルチモは良かった)。が、この作品はその弱点をあっさりと克服していました。

疑問点 
1 三人称で書かれた小説なのですが、なぜか唐突に三人称から一人称へシフトする部分が何ヶ所かあるのです。小説作法的には完全にルール違反。読んでいて違和感ありありでした。ですが、この作者のことですから意図があってやっているのでしょう。
作者が文庫版のあとがきで述べていた本作のテーマ、男女の相剋を鮮明にするためかなと自分は考えておりますが、いまいち自信がありません。どなたか御教示下されば幸いです。

※追記 そもそも最初の占い師はなんだったのか。この事件を起こしたなにかが存在しているのでは。私はこの作品の全容をまだ理解できていないように思えます。

No.3 9点 花窗玻璃 シャガールの黙示- 深水黎一郎 2016/01/28 21:01
エコパリ、トスカより一つ上に到達した作品であり、深水氏の最初の頂点かなと考えています。
本筋の事件やトリックは及第点といったところだと思いますが、一枚絵を描き終えたらもう一枚の絵が姿を現す息を呑むような構成が美し過ぎる。その構成が縛りとなっておりますが、それを跳ね除けての大技には感服しました。天使の正体もいい。伏線も巧みに張り巡らされており、作者の美学、言葉への拘りも好印象。そのうえ遊び心も満載。中でもさりげなく仕込まれた限りなくどうでもいい叙述トリックには笑いました。そして、自分もベアトリーチェの肖像は真珠の耳飾りの少女よりいいと思います。
瑕疵ではありませんが、個人的には大聖堂にあまり興味がないことと動機がちょっといけすかないことがマイナスポイントでしょうか。
大ヒット作は難しくとも、確実にファンがつく作家でしょう。
専業ではないことですし、はまる人は大いに讃え、ダメな人はさようならと、こういう作風で突き進めば良いのではないかと思います。てか、そうあって欲しい。
ただ、作者本人が「イヤなら読むな」なんてことを言ってはいけません。
※追記 深水先生ご本人が「イヤなら読むな」などと言った事実はありません。誤解を招く懼れあると気付いたため念のため追記いたします。

No.2 8点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!- 深水黎一郎 2016/01/14 19:35
読者が犯人という奇抜なアイデアが成立するか否かばかりに目を向けてこの作品を評価するのはもったいないと思いました。
構成というか構造の妙とその必然性(後述します)、繊細な言葉の使い方、蘊蓄、本筋からは外れていますが超能力に関する面白いトリック、香坂誠一の繊細な心性を窺わせる覚書、などなど読み所が多くありました。
また、ところどころで微妙な違和感を与えておいて、しっかりとその違和感の理由を後述していくのも良かった。その違和感が言葉の選び方、使い方によって醸し出されている点がさらに良。
言葉でなければ表現できないものの存在、映像化が困難な作品であり、ひいては小説であることの必然性があります。私はハサミ男と同様にこのメフィスト賞受賞作にもかなりの好感を抱きました。派手な副題に反して展開は地味ですが、作家としての地力を感じます。
終盤に少し雑になった部分がありましたが、それでも魅力ある作品だと思います。

「読者が犯人」が成立しているか否かについての私見
※ネタバレあります 
※誤解を避けるためかなりくどい書き方をしております。すみませんです。



「犯人はあなただ」の副題における「あなた」というのが作中作である新聞小説の読者(実在しない)だという説に賛成です。
本作はレイブラッドベリへさんが御指摘された通り、幾重にも重なった入れ子構造になっております。そんなややこしい構造にした狙いは、本作(ウルチモ・トルッコ)の実在する読者(私たち)に「自分が犯人だ」と思わせることではなくて、架空の読者を犯人に仕立て上げること。つまり、「読者(架空)を犯人にしてしまう小説(作中作)」が完成した瞬間に読者を立ち会わせることだったのではないかと考えます。
読者自身が「自分は犯人だ」と思うことと、読者が「読者が犯人だという小説の完成を見ること」は違います。
読者が自分が犯人だと思わされる小説なんて成立しえない(私見です)。しかし、この形式なら「読者が犯人」が成立する可能性があると作者は考えたのではないでしょうか。
売るためには『犯人はあなた』を前面に押し出した方が良いに決まっていますが、作者はこの点についてどのように考えていたのかが気になります。  
本作は出版社を替えて文庫化されました。最後のトリックと改題され、副題の「犯人はあなただ」は消えてしまったようです。
文庫版で改稿はされているのでしょうか? 文庫版もそのうち読んでみたいですね。

No.1 7点 トスカの接吻- 深水黎一郎 2015/11/23 12:28
衆人環視の元、オペラの舞台上で殺人は行われた。
悪役の首に女優はナイフを突き立てた。引っ込みナイフのはずだったので頸動脈を狙って思い切り。ところが、ナイフは本物だった。
誰が、いつナイフをすり替えたのか? なぜ彼は殺されたのか?

少しネタバレあります

芸術論とミステリを融合したシリーズの二作目。
最後まで興味深く読めました。オペラの演出が殺人事件と絡んでくる展開なんかは良かった。小説としては満足できました。ただ、ミステリとしては問題あり。全体の構図はいいんですよ。意外性もある。ですが、警察がちょっと有り得ない見落としをしたり、動機や犯行手段が強引に思えたりと瑕疵が散見されます。
芸術部分に比べてミステリ部分には「細部に神が宿っていない」んです。
瞬一郎氏が「ホリゾントに原爆投下の映像を映し出す」演出に不自然さ、センスの悪さを感じ取ってなにかに気付いたりするなど良い点がたくさんあっただけに細部の不自然さがどうにも気になってしまいました。
特に犯人の動機が消化不良に感じられた。読み足りなかった。
真犯人の心情がもう少し丁寧に描かれていれば。瞬一郎がどのように真犯人を懐柔し、どのような会話を交わしたのかは是非とも知りたかった。また、懺悔の神さまポーズで死んだ人と彼の確執についてもう少し突っ込んで書くべきだったのでは。
それから、記者会見のシーンがぬるい。あそこはもっといい場面に出来たと思いました。もっと緊迫させて郷田氏の悪い癖が炙り出されたりしても良かったのでは。

どうでもいいことですが、あのダイイングメッセージは……死にざまを想像すると笑ってしまう。自分だったら死後にあんな情けない姿で発見されたくないなあ。

安定の乱歩賞より、当たり外れの差が大きいメフィスト賞の方が好きなのですが、この作者は中でも特に好きな一人です。
安定した文章力、興味深い芸術論、凝った構成、人間心理の不可解な部分を掬い出す(人物造型そのものは弱いと思われますが)、知的でクールな作風にあって、違和感すら覚えるウェットな読み味を残すところなどなどが好きなポイントです。

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tider-tigerさん
ひとこと
方針
なるべく長所を見るようにしていきたいです。
書評が少ない作品を狙っていきます。
書評が少ない作品にはあらすじ(導入部+α)をつけます。
海外作品には本国での初出年を明記します。
採点はあ...
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