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おっさんさん
平均点: 6.35点 書評数: 219件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.15 4点 緋牡丹狂女 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2012/06/16 10:19
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>の、最終第14巻です。収録作は――

1.松竹梅三人娘 2.鬼の面 3.花見の仮面 4.身代わり千之丞 5.戯作地獄 6.緋牡丹狂女 7.影法師 8.からくり駕籠 9.ろくろ首の女 10.猫と女行者

正直なところ、新味の無いイマイチな話、謎解きされても釈然としないお話のオンパレードです。
表題作の6は無意味に長い。
7は、佐七がまだ独り身のときのエピソードですが、それをなぜここに持ってきたのか意味不明。夏のお話だからともかく入れちゃえ(各巻は、季節の順の作品配列)、ということで、本書が出た昭和五十年当時、横溝ブームの渦中で新作(!)を執筆中だった正史には、もう改稿の余裕もなかったのでしょうね。
しいて、集中のお薦めを挙げるとすれば、タイトルが前振りになっていること、江戸時代ならではのトリックに犯人像を印象づける書き方のうまさということで、9ですかね。品の無い、イヤな話ではありますが、ミステリ・ファン向き。

佐七シリーズ全180話のうち、この<全集>で150話がまとめられたことになります。完走記念に振り返っておくと――
最高傑作は、問答無用の面白さと、まとまりの良さで中編「くらやみ婿」(7巻)。
トリッキーな趣向でミステリ・ファンにアピールする秀作が、連続殺人もの「風流六歌仙」(6巻)に怪盗ものの「日本左衛門」(13巻)。
草双紙趣味の怪談仕立てから、人情噺として余韻を残す「雪女郎」(2巻)と、佐七ファミリー(恋女房のお粂、子分のふたり・きんちゃくの辰にうらなりの豆六)の大活躍が楽しい「離魂病」(6巻)。
浮気性の佐七とやきもち焼きのお粂の夫婦喧嘩という、シリーズの一面w を代表させて(しかし油断していると、最後にアッと言わされること必至の)「五つめの鐘馗」(2巻)。

このへんは、もし機会がありましたら、騙されたと思って目を通していただければ・・・と願ってやみません。
岡本綺堂の<半七捕物帳>が写実派なら、こちらはまあ印象派で、時代物の愛好家でなくても大丈夫、敷居は低いですw

シリーズの、気になる残りの30話は、出版芸術社の<横溝正史時代小説コレクション 捕物篇>の『幽霊山伏』と『江戸名所図絵』にまとめられています。
なぜこれが春陽文庫未収録なのか、と不思議に思うくらい面白い作も目につきますから(もちろん出来不出来の差は激しいですがw)、こちらもおってご紹介しましょう。

No.14 7点 浮世絵師 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2012/04/14 10:53
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>、その第13巻です。
収録作は――

1.美男虚無僧 2.いなり娘 3.巡礼塚由来 4.日本左衛門 5.二枚短冊 6.怪談五色猫 7.蛇を使う女 8.かんざし籤 9.狼侍 10.浮世絵師

玉石混交です。
まさに狐につままれたような、2のエンディングの投げっぱなし感(悪人が謎の男たちに拉致されてオシマイ)、5の、女の生腕(!)をオモチャにした導入部と結びの文章の非常識さ(「こうなると、腕の一本ぐらい切り落とされても、むしろ幸福だったといわなければなるまい」)、8のもってまわったプロット(異常者による異常犯罪)と陰惨な読後感――このへんは、シリーズのファンにとっても、ちょっと挨拶に困ります。

そんななかにあって。
名代の大泥棒・日本左衛門が刑死してから二十余年、またもや江戸に現われた、いわば日本左衛門二世が佐七に挑戦状をたたきつける4は、幾分、説明不足の気味はあっても、事件の連続性(将軍の寵妾が寺に寄進する御進物が、吉原の太夫の身請けの金が、相次いで奪われる)に探偵小説らしい工夫の凝らされた、隠れた逸品。
人情噺的な決着も良く、これはシリーズのベストテンに入ります。

人情噺といえば。
旗本屋敷の若殿と、見世物小屋の女芸人が、同じ日に蝮にかまれるという二つの出来事が、意外な結びつきを見せる7も、謎の解明と人情味のバランスがよくとれ、笑い(お色気のサービスのおおらかさ)が悲哀を中和して、読後感を好ましいものにしています。

表題作の10は、昭和三十年代なかばの<お役者文七捕物暦>第五話「江戸の陰獣」の改稿版。
猫々亭(びょうびょうてい)独眼斎と名乗る隻眼の浮世絵師(怪人)が女の乳房をかみ裂いて殺していくのを、若い御用聞きを助けて我らが佐七(名探偵)が迎え撃つ――なんだかとても懐かしいw テイストの力作です。
ありていに言ってしまえば、昭和三十年代の、都会を舞台にした金田一もの(幽霊男、狼男、雨男に青蜥蜴といったライヴァルたちを想起せられよ)の“あの”パターンを流用しただけなのですが、時代物に落とし込むことで、通俗がかった金田一ものの違和感は減じています。
エログロシーンは好悪の分かれるところでしょうし、佐七でこれをやらなくても、と言う声は当然あると思いますが、複雑な真相をうまくさばいて、それぞれのキャラクターを印象づけているのはポイントが高く、ラストで佐七の初手柄「羽子板娘」が回想されるのも、いい味を出しています。

春陽文庫の全集版は、昭和四十八年から四十九年にかけて、いったんこの第13巻で完結しました。
ここでそのまま終わっていれば、シリーズ全体の締めが美しかったのですが・・・
しかし、あいにく翌年、好評に応えて一冊、追加されてしまいましたw

No.13 5点 梅若水揚帳 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2012/02/08 15:59
春陽文庫<人形佐七捕物帳全集>全14巻のうち、第12巻となります。
収録作は――

1.梅若水揚帳 2.謎坊主 3.お時計献上 4.当たり矢 5.妖犬伝 6.百物語の夜 7.二人亀之助 8.きつねの宗丹 9.くらげ大尽 10.座頭の鈴

以前に読んだときも感じたのですが、どうもこの巻は好きくないw
前巻(『鼓狂言』)に比べれば、作品の水準はまあ持ち直していますし、ミステリ的趣向を凝らしたトリッキーな作も散見する(たとえば4などは、お色直しのうえ、金田一ものの「毒の矢」にヘンシンする)のですが・・・

巻頭の表題作1が、なんか全体のトーンを象徴しているんですよね。非情な犯行にエログロ志向。金田一もので言うなら、『悪魔の百唇譜』、あのセンです。
この1は、昭和三十年代なかばに書かれた<お役者文七捕物暦>からの改作(原型は「恐怖の雪だるま」)ですが、戦中の<朝顔金太捕物帳>からのリライトが、密室殺人テーマの3。面白くなる要素は充分ながら、余計な殺人と、これまた無意味な愛欲シーンが追加されて、いちじるしく読後感を損ねる結果になっています。
原型となった金太版「お時計献上」(昭和19年発表。基本は人情噺ながら、ミステリ面で、はじめてディクスン・カーの影響がストレートに現れた、注目作)は、出版芸術社の<横溝正史時代小説コレクション>捕物篇③『奇傑左一平』に収録されているので、正史の“改稿”に興味をお持ちの向きは、読み比べてみてください。

アンソロジーに採られたりもして、比較的、ミステリ・ファンに知られているのは、6でしょうか。海外ミステリの有名どころを換骨奪胎した一篇ですが、「羽子板娘」や「ほおずき大尽」(ともに第1巻収録)あたりと比べてもアレンジの面白さに乏しく、ストーリーも幾分はしょり気味で、出来はもうひとつ。こういうお話こそ、加筆してブラッシュ・アップすべきなのになあ。

しいてベスト作を選出するとすれば――
異様な設定(いちどに二人の妻を娶っては、その二人を同時に離縁することを繰り返す、お大尽)と二転三転するストーリー展開(お大尽は・・・不死なのか?)のかげに探偵小説ならではの仕掛けを忍ばせた、9になります。
なりますが、前提となる“障害者”の描き方には、かなりの問題があり、広く一般に推薦するのは、ためらわれます。
あくまで“時代性”をかんがみ、隠れてこっそり読みましょう。

ああ、やっぱりこの巻も微妙だw

No.12 4点 鼓狂言 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/12/06 11:53
師走に読む捕物帳には、格別な風情があるような。
たとえそれが、『鼓狂言』であってもw

春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>中、ある意味、もっとも記憶鮮明な11巻の再読です。収録作は――

1.初春笑い薬 2.孟宗竹 3.鼓狂言 4.人面瘡若衆 5.非人の仇討ち 6.半分鶴之助 7.嵐の修験者 8.唐草権太 9.夜歩き娘 10.出世競べ三人旅

ぶっちゃけ、出来の悪い作が多いです。謎解きが消化不良だったり、ドラマに救いが無かったり・・・収録作のレヴェルは、ここまでで最低でしょう。
ただ。
可もなし不可もなし、といった水準作が多い巻にくらべると、逆になんじゃこりゃあ、という印象の強さはあるんですよ。

たとえば4。「世にも因果なかたわ者を一堂にあつめて、そのなかから、もっとも奇妙きてれつな因果者に、一等賞として金十両進呈しよう」という催しが事件の契機となり、人面瘡をもつ美少年やら、手足の無い、首と胴だけの女(彼女が殺人の被害者になる)やらがゾロゾロ登場します((-_-;)。
読者サービス用(?)の“お色気”も、完全に18禁というか、目も当てられないエログロが展開して・・・これは佐七全話をとおしてのワースト候補。忘れ難いw

以前、佐七が将軍・徳川家斉と共演する「日食御殿」(第4巻『好色いもり酒』所収)を紹介しましたが、その続編的性格をもつ、表題作の3も、「人面瘡若衆」とは別な意味でとんでもない。
将軍じきじきの依頼で、男子禁制の江戸城大奥へ出頭した佐七は、幽霊騒ぎと毒殺魔の跳梁(この両者の関連は?)を探索するため、なんと前代未聞、大奥での泊りこみを開始します! 将軍と取り決めたタイムリミットは48時間。女の争いの渦中に分け入る佐七にも、やがて犯人の凶手は伸びて・・・
いや~、佐七ひとりならともかく、辰や豆六を連れて乗り込むのは無茶でしょ(もしリライトするなら、お目付け役のお年寄――老婆の意に非ず。奥向きの家政をつかさどる大奥の権威――を登場させて、佐七とのバディものにしたら、面白からん。ツンデレ希望)。事件の背景にある、一年前の部屋子の自害の真相も、ちょっと理解に苦しむシロモノ。設定だけは、抜群に興味深いんだけど・・・この臆面の無いストーリーは、まるでインチキなTV時代劇の特番だよぉ。あ、でも、ドラマ化されたら是非観てみたいw

まあ、比較的スンナリ読めて、この巻でオススメと言えるのは、シリーズ恒例の、本物はどっちだヴァリエーション(今回は、美少年をめぐる二人の母親)の6と、女の髪飾りを狙う、奇妙な通り魔騒動が殺人に発展する8――ミステリ的趣向はさておき、人情噺としての決着が美しい、この2篇でしょうか。
しかし、くどいようですが、ダメダメな作品のほうが、はるかにインパクトがあるという、じつになんとも、微妙な巻ではあります。

No.11 7点 小倉百人一首 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/10/08 10:41
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>も、いよいよ二桁に突入の第10巻です。収録作は――

1.小倉百人一首 2.紅梅屋敷 3.彫物師の娘 4.括り猿の秘密 5.睡り鈴之助 6.ふたり後家 7.三日月おせん 8.狸ばやし 9.お玉が池 10.若衆かつら

以前、このシリーズをアトランダムに読んだときは、きわだった印象の無い巻と思ったのですが、読み返してみると、たしかに傑出した作は無いものの、意外に読み物として楽しめる作が目につき、前巻(『女刺青師』)や前々巻(『三人色若衆』)にくらべると持ち直しています。
集中のベストは、二人のうち本物はどっち? という佐七でおなじみのパターンに、ひねりを利かせた3でしょう。人情噺としても、よくまとまっています。余談ですが、近年の本格ミステリの収穫、三津田信三の『○○の如き○○もの』(さて、何作目でしょう?)、あの発想源はコレではないかしらん。
佐七ファミリーが俳句に凝りだす9(変形のダイイング・メッセージもの・・・かなw)、嫉妬に駆られたお粂の活躍がユニークな2(シリーズ中、屈指のケッサク「離魂病」――第6巻『坊主斬り貞宗』所収――を引き合いに出して、すべて丸く収めてしまうエンディングがグッド)あたりも良いのですが、個人的にピック・アップしておきたいのは5ですね。

 「これはいったいどうしたことじゃ。拙者はどうしてこんなところに寝ているのだ」
 喧嘩で頭を打たれ意識を失った、非人(士農工商の下の位置づけの、最下層)の鈴之助。
 目を覚ますと、急に侍言葉で暴れだした。
 それを見ていた女房のお小夜は、涙ながらに言う。
 「あなたさまは眠っていられたのでございます。三年のあいだ――」
 鈴之助とお小夜が非人の境涯に落ちる原因となった、三年前の仕組まれた心中未遂事件の謎を、佐七が暴く。

別々に男と女を殺して(この場合、被害者はまだ死にきっていなかったんですけど)、その二人を一緒にしておいて心中に見せかける、という着想が光ります。そう、じつはこれ、松本清張の、あの『点と線』(昭和32~33年)の先取りなんですよ(「睡り鈴之助」は昭和17年の作)。
また、横溝正史の投稿作家時代の、幻の時代小説「三年睡った鈴之助」の改作らしいという点でも、正史ファンなら要チェックです。
設定の問題もあって、なかなか再録は難しいでしょうから、興味をお持ちの向きは、古本をお探しください。

No.10 6点 女刺青師 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/08/01 17:08
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>第9巻です。

1.女刺青師 2.からかさ榎 3.色八卦 4.まぼろし役者
5.蝙蝠屋敷 6.舟幽霊 7.捕物三つ巴 8.丑の時参り 9.仮面の若殿 10.白痴娘

全体に、ルーティン・ワークっぽい印象を受けます。あまり出来は良くないけど、それなりにサービスしてくれてるし、まあこの水準ならよしとするか・・・的な読後感。
そんななかにあって、プロットが頭ひとつ抜きんでているのは6ですね。じつは以前に読んだときは、ああ、例のパターンのトリック、ヨコセイ好きだからな・・・くらいに思ってたんですが、真相を承知して読み返すと、これ、ビンビン来ます。
「舟幽霊」というタイトルがほのめかす、怪談めいた“つかみ”から読者を導く先は、たとえばカーの名作「妖魔の森の家」がそうであるように、スーパーナチュラルな怪談とは別種のコワさの領域。
手掛りにもとづく事件の絵解きが、いきあたりばったりで大胆、非情にして狡猾――そんな犯人像を鮮やかに浮かび上がらせます。

あとのお話は、(それなりに凝らされてはいる)ミステリ的趣向より、レギュラー・キャラクターの掛け合いをおおらかに楽しむのが吉、といったところでしょうか。
表題作の1は、同じ彫師の刺青をもつ女たちが次々に変死していく、という「羽子板娘」的連続殺人パターンを長尺でみっちり描きますが、ストーリーを複雑化したぶん、逆に印象が散漫になってしまい、記憶にとどまるのは、佐七の敵役である御用聞き・海坊主の茂平次のサイド・ストーリーだったりします。
捕物くらべという魅力的な設定をいかしきれず失速する(駆け足で予定調和のエンディングを迎える)7なども、本筋より、佐七のほうが嫉妬に燃えてお粂にエキサイトする、夫婦喧嘩もののヴァリエーションの新機軸w で読ませます。

なお、前巻のレヴューでは、「性対象」の描き方を問題点として指摘しましたが、本書でいえば、オシマイのほうの話の「難病」や「知的障害者」のあつかいは、この場合、後味が悪くなるような処理ではないものの、「作品発表当時の時代的背景」を充分に考慮する必要があります。

No.9 5点 三人色若衆 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/04/25 12:13
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>第8巻です。収録作は――

1.万歳かぞえ唄 2.神隠しばやり 3.吉様まいる 4.お俊ざんげ 5.比丘尼宿 6.幽霊姉妹 7.浄波璃の鏡 8.三人色若衆 9.生きている自来也 10.河童の捕り物

あまりパッとしません。
この手の短編集は、巻頭作が面白いとはずみがつきますし(四巻がそう)、表題作が傑作だと印象が強く(七巻は文句なし)、全体のレヴェルは平均的でもトリを飾る作が余韻を残すと、点数がアップして感じられます(二巻ですね)。
本書の場合、巻頭の1と表題の8がダラダラと長く、トリの10も後味が悪い。三重苦ですw
気をとりなおして、しいて推薦作をあげるとすれば・・・
大店の一人娘の懐妊が発覚し、責められても相手の名を告げぬまま、彼女は男児を出産して死亡するが、その後、我こそ父親なりと三人の男が名乗り出てきて、という騒動記の3でしょうか。物語(ミスリード)と謎解き(手掛りの置き方)のバランスはいいほうです。
しかし、このパターンには、すでにレヴューした「くらやみ婿」という極めつけがありますから(発表は「吉様まいる」のほうが先とはいえ)、比べるといささか粒が小さい。
説得力にはひとまず目をつぶり、ミステリ的な趣向からピックアップすれば、神隠しにあった娘が次々に殺されていく2と、七年の時を隔てて怪盗が暗躍する9は、事件の連続性に横溝正史らしいアイデアを見ることができます。とくに2は、鬼畜のような犯人像が良くも悪くも強烈。
犯人像――と書いたついでに。うん、これはやはり書いておこう。

本書の読後感を芳しくないものにしている一因に、一部の作品の性対象の問題があります。
ぶっちゃけ、ホモとレズなのですが、これを作者は、単におぞましい行為、ゆがんだ関係と決めつけて、悪人の造型や事件の異常性の演出に利用しています。
私は同性愛支持者ではありませんが、愛のカタチとして理解する、もう少し公平な視点もないと(行き過ぎると、栗本薫になってしまうとはいえw)、興味本位の通俗的な意匠にとどまり、作品の価値を下げるだけに思えます。

No.8 8点 くらやみ婿 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/02/22 10:15
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集>全14巻の、ちょうど半分にあたる7巻目。その収録作は――

1.春姿七福神 2.血屋敷 3.女虚無僧 4.武者人形の首 5.狸御殿 6.化け物屋敷 7.雷の宿 8.鶴の千番 9.くらやみ婿 10.団十郎びいき

表題作の9が傑作です。
呉服屋の総領娘を孕ませたのは誰? という、書きようによっては煽情的な謎を、ロマンチックな演出(町中あかりを消して真っ暗になる、くらやみ祭りというセッティング、お堂の中の濡れ場を印象づける、蛍火のイリュージョン)で昇華し、そこに新たな謎をかけ合わせていく展開の妙。意外性に富んだ、その構成と話術は、佐七シリーズの最良のものだと思います。十年ほどまえ、わけあって佐七全話を通読したさいも好印象で、細部までストーリーを記憶していましたが(忘れている話のほうが多いんですよ)、場面場面が生き生きしているので、読み返してもじつに楽しかった。
芝居のヒイキ筋の対立を、タイム・リミットのある謎解きでまるくおさめる、人情噺としての後味の良さでは、10もいいセンいってますし、トリッキーな趣向では、金ピカの御殿で美人のお酌で酔いつぶれた辰と豆六が、目を覚ましてみると、御殿はボロボロに立ち腐れていた――という怪異からスタートし、和風のダイイング・メッセージを盛り込んだ殺人につなげる5が、要注目です。
表題作のみで判断すれば10点満点でもO.K.なのですが、本全体として見ると、最初のほうの作が、若干テンション低めで説得力に欠けることを考慮し・・・それでも堂々の8点認定。お薦めの巻です。

No.7 8点 坊主斬り貞宗 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/01/27 18:00
春陽文庫の<全集>も、6巻目に突入。
収録作は――1.銀の簪 2.夢の浮橋 3.藁人形 4.夜毎来る男 5.離魂病 6.風流女相撲 7.坊主斬り貞宗 8.風流六歌仙 9.緋鹿の子娘 10.本所七不思議
前巻までは、各12話でまとめられていましたが、本書からは10話構成となります。これまでは、ヴォリュームのある中編サイズがひとつ入っていて、それが表題作、というパターンだったのですが、ここからは、トータルの話数が減った代わりに長めの話がもうひとつ増えた(この巻でいえば、7と10が中編サイズ)、とまあ、そういう違いですね。
セカンド・シーズンの開幕ですw
人形佐七ものは、戦前、戦中、戦後と書きつがれています。この<全集>では、それがシャッフルされているわけですが、本書の1~4は、戦後第一作から第四作までが順に並んでいます。
幕府の変革にともない、佐七を贔屓にしていた与力の神埼が失脚、十手捕縄を返上していた佐七が、神埼の復職に応じて復帰を果たすのが1。一の子分・きんちゃくの辰五郎が江戸に戻って来るのが2。そして、辰五郎の弟分の浪花っ子・うらなりの豆六も帰ってきて“ファミリー”が完全復活するのが3。
しかし本書のベストは、なんといっても戦前作品の5と8です。
佐七と生き写しのニセ者が暗躍、とうとう殺しの下手人として捕縛されてしまった佐七の無実の罪を晴らそうと、ファミリーが奔走する5は、シリーズ読者のツボを突きまくる展開がたまりません。ご都合主義を逆手に取った、快作。
いっぽう短編ミステリとして見事なまとまりを見せるのが8。限定された小グループ内の連続殺人をサスペンスフルに描き、解決までのプロセスも、海外古典を消化した本格ミステリの趣向も水際立っています。
表題作の7が水増しで面白みに欠けたり、巻末の10が投げやりな終わりかたで興をそいだり、と、長めの話がいささか足を引っ張っていますが、「離魂病」に「風流六歌仙」という、まったく別種のふたつの輝きが美しく、一読をお薦めしたい巻なので、ここは甘めに採点w

No.6 5点 春宵とんとんとん 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2011/01/12 10:03
春陽文庫の<全集5>です。
収録作は―― 1.春宵とんとんとん 2.三河万歳 3.蝶合戦 4.女難剣難 5.まぼろし小町 6.蛇性の淫 7.猫屋敷 8.蛇使い浪人 9.狐の裁判 10.どくろ祝言 11.黒蝶呪縛 12.雪達磨の怪
今回は・・・ちと低調かな。
ミステリ的趣向に着目するなら、異様な凶器を取り上げた表題作の1と、足跡のない殺人テーマの12が、まあ印象に残るとはいえますが、全体に、あっけなかったり、焼き直しだったり、後味が悪かったり、といった話が目につきます。
“お色気”のサービスも、1の冒頭の、4ページにわたる書き込みが象徴するように、いささか過剰気味。
佐七のベスト10を選出するとき、挙げたい作が見当たりません。

ここまで5巻にわたって、60編(シリーズ全体のちょうど三分の一)を再読してきた中間報告をしておくと――
ベスト10候補は、「ほおずき大尽」(1巻)、「五つめの鐘馗」(2巻)、「雪女郎」(2巻)、「神隠しにあった女」(3巻)、「恋の通し矢」(4巻)あたりでしょう。
別格は、ともに1巻収録で、佐七の一番手柄「羽子板娘」と、恋女房・お粂との出会いの記「嘆きの遊女」。
個人的な“お気に入り”なら、「佐七の青春」(1巻)と「日食御殿」(4巻)です。

No.5 7点 青い外套を着た女- 横溝正史 2010/12/25 17:52
春陽の、じゃない、角川文庫の昔懐かしの黒背から、整理番号:緑304-60 です。

雪の降りしきる、クリスマスの夜。横浜の、波止場近くにある酒場にやって来た、二人の男――緒方と親友・栗林。ともにある劇場の演出家同士だが、うち緒方は、失恋で傷ついた心を癒やすため、今晩、ヨーロッパへ向けて船出することになっていた。しかし栗林に誘われ、途中、立ち寄ったその酒場が、五年前の同じクリスマスの晩、たまたま彼が酔っぱらいに絡まれた花売り娘を助けた店であったことから、お話は意外な展開を見せていく・・・

正史が聖夜に贈る、ハートウォーミングな珠玉作「クリスマスの酒場」ほか、昭和十年代前半に雑誌掲載のまま埋もれた短編を中心に、中島河太郎氏がまとめた全九編を収録。
怪談あり、謎解き(名探偵・由利麟太郎登場の「木乃伊の花嫁」)あり、コントあり、ちょっといい話ありの、まさに横溝正史ヴァラエティ。
完成度はさておき、正史のさまざまなストーリー・テリングの見本帳を見る楽しさがあります。
おおらかな世界で、ひととき浮世を忘れたい向きは、是非どうぞ。かなわなかった恋が世代を超えて成就する、「仮面舞踏会」(例の長編とは関係ありません)の古風なロマンティシズムとか、たまりませんよ。
クリスマスなので、点数も一点オマケw

No.4 7点 好色いもり酒 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2010/12/23 07:00
春陽文庫の<全集4>、今回の収録作は――
1.日食御殿 2.角兵衛獅子 3.呪いの畳針 4.花見の仇討ち 5.艶説遠眼鏡 6.水芸三姉妹 7.たぬき女郎 8.好色いもり酒 9.敵討ち走馬灯 10.恋の通し矢 11.万引き娘 12.妙法丸
ほぼ同時刻に二つの場所でおきた、毒酒さわぎの顛末を描く表題作8も悪くありませんが、同じ毒殺ものなら、衆人環視下の弓勢くらべというセッティング(師弟対決の場でいっぽうが死に至るが、本当に狙われたのはどちらか?)が魅力的で、三角関係の悲劇が胸を打つ、10を推したいですね。マジに本格ミステリとして注文をつけるなら、“殺人予告”の必然性と伏線の張りかたに、あとひと工夫、必要ですが。
設定で度肝を抜かれるのが1。ときの将軍・徳川家斉公じきじきの依頼により、佐七が隠密殺しの下手人と消えた密書の行方を追う、タイムリミット・サスペンスw です。
基本的に、金田一ものの「黒蘭姫」なのですが、ユニーク過ぎる“手がかり”が強烈な印象を残すのが11。
語り口の工夫を買いたいのが、詐欺をたくらむ小悪党たちのエピソードが、計画の破綻から、後半、佐七側のストーリーに移行する12ですね。炸裂するおバカなトリックを笑って許せるようなら、あなたは佐七上級者w
とまあ、この巻は、きわだった一篇こそありませんが、ヴァラエティに富み、読後感を語り合いたいような作がいっぱいです。収録作全体の水準は、ここまでで一番といっていいでしょう。

No.3 6点 地獄の花嫁 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2010/12/16 20:44
春陽文庫の<全集3>です。収録作は――1.恩愛の凧 2.ふたり市子 3.神隠しにあった女 4.春色眉かくし 5.幽霊の見せ物 6.地獄の花嫁 7.怪談閨の鴛鴦 8.八つ目鰻 9.七人比丘尼 10.女易者 11.狸の長兵衛 12・敵討ち人形噺
海で釣られた魚の腹の中から、紙入れにしまわれた不審な(殺人を暗示する)手紙が見つかった!? という表題作6が典型的なのですが、今回は、導入部の無類の面白さにくらべて、ミステリ的にはやや尻つぼみ、という話が目につきます。
そんななか、怪談めいた出来事が繰り返される趣向と、婚礼を終えた新郎新婦が離れ座敷で死骸になり加害者が消失する、『本陣殺人事件』の試作的シチュエーションが印象的なのが7。
しかしこの巻の白眉は、人情噺の系列で、入り組んだ人間模様の決着に作者のストーリー・テリングの才が発揮された、3でしょうね。
刀屋の手代が、ある夜、真っ暗な舟の中で“買った”女は、悪人にかどわかされた、主人の姪だったのか?
舟の中に忘れられた刀、という小道具が最後に意味を持ってくる、そのへんの巧さは、さすが正史。ときにサービス過剰になる“濡れ場”も、きちんとストーリーに即しています。これを表題作にして欲しかったなあ。

No.2 7点 遠眼鏡の殿様 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2010/12/14 19:45
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集 2>です。
<全集>と銘打っていますが、編年体の構成ではなく、どの巻も、正月・春・夏・秋・冬と、事件の背景が一年を通して移り変わっていくように、歳時記ふうに編集されていますから、巻数に関係なく手にとっても、問題はありません。
収録作は――1.屠蘇機嫌女夫捕物 2.福笑いの夜 3.雛の呪い 4.すっぽん政談 5.五つめの鐘馗 6.遠眼鏡の殿様 7.白羽の矢 8.猫姫様 9.たぬき汁 10.冠婚葬祭 11.どもり和尚 12.雪女郎
表題作の6は、逢引きの現場に射かけられた矢がのちに凶器に使われる話で、金田一ものの短編「猟奇の始末書」の原型なのですが・・・設定のわりにミステリ的工夫が乏しいのを補う、作者のサービス精神(愛欲シーンw)が裏目に出て、どうも後味が良くありません。
大人の“お色気”は、シリーズの特色のひとつですが、親分とあねさんのお約束の喧嘩から、意外すぎる展開を見せる5のように、ユーモアと一体になっているとき、もっとも効果をあげていると思います。
集中の傑作は、これまた佐七ものの特色のひとつである怪奇趣味(死者の復讐、人間ばなれした凶行)と、余韻を残す人情噺のバランスが良い、12でしょう。
シリーズ自体のベスト10にも入れたい、この「雪女郎」がトリをつとめていることで、点数も一点アップ。

No.1 6点 ほおずき大尽 人形佐七捕物帳- 横溝正史 2010/12/10 14:42
横溝正史ファンに、もっともっと読んで欲しいのが、人形佐七のシリーズ。岡本綺堂の半七ものが、捕物帳の“正装”だとすれば、こちらは“着流し”の親しみやすさがあります。
全180編と結構な数ですが、春陽文庫版14冊と、出版芸術社の<横溝正史時代小説コレクション 捕物篇>2冊を合わせれば、完全制覇も可能。
春陽の一冊目から(不定期ではありますが)順番にとりあげていきます。
『ほおずき大尽』の収録作は―― 1.羽子板娘 2.開かずの間3.嘆きの遊女 4.音羽の猫 5.蛍屋敷 6.佐七の青春 7.ほおずき大尽 8.鳥追い人形 9.稚児地蔵 10.石見銀山 11.双葉将棋 12.うかれ坊主
レギュラーキャラクター(佐七ファミリー)が揃っていく過程を楽しめる、入門編ですね。
過去、アンソロジーに採られることが多かった1は、トリッキーな趣向はあるものの、シリーズの基本が定まる前の話なので、けして代表作ではありません。
同じく海外ミステリの応用として知られる、表題作の7は、後半の展開に難がありますが、前半の緊張感はマル。
個人的なお気に入りは、夫婦喧嘩ものw の代表作といっていい6ですね。
でも、佐七の傑作、秀作が出てくるのは、まだまだこのあとです。

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おっさんさん
ひとこと
1960年代生まれの、いいかげんくたびれたロートル・ミステリ・ファンです。
再読本を中心に、あまり他の方が取り上げていない作品の感想を、のんびり書き込んでいきたいと思っています。
好きな作家
西のアガサ・クリスティー 、東の横溝正史が双璧。
採点傾向
平均点: 6.35点   採点数: 219件
採点の多い作家(TOP10)
栗本薫(18)
横溝正史(15)
甲賀三郎(12)
評論・エッセイ(11)
エドガー・アラン・ポー(9)
アーサー・コナン・ドイル(9)
ダシール・ハメット(8)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(7)
アンソロジー(国内編集者)(7)
野村美月(7)