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ぷちレコードさん
平均点: 6.32点 書評数: 208件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.168 5点 栄光なき凱旋- 真保裕一 2023/07/30 22:31
三人の日系二世を主人公にしている。日本軍による真珠湾攻撃で人生が暗転し、日系人たちが強制収容所に送られるなか、ある者は法廷の場で争い、ある者は語学兵として米陸軍情報部に入り、ある者はハワイの国防軍へ志願する。
日系人として逆境にありながらも、米国を祖国とみなすのだが、やがて両親が生まれ育ったもう一つの祖国への思いが強まる。二つの祖国があるゆえに、愛国心のありかは複雑となり考えさせられる。特に終盤、日系アメリカ人のみの軍隊、第四四二連隊の欧州での死闘を描いてテーマ把握を強くしている。

No.167 5点 いつかの人質- 芦沢央 2023/07/30 22:21
三歳の時に連れ去られた宮下愛子は、ほどなく自宅に戻れたものの、その時の怪我で視力を失ってしまう。それでも、両親の庇護のもと、健やかに育っていた愛子だったが、初めて親の介助なしに友人同士で出掛けたアイドルのコンサート会場から、またしても何者かに連れ去られてしまう。折しも、それは十二年前、愛子を連れ去った犯人の娘で、今は漫画家となっている江間優奈が、夫の礼遠とともに宮下家を訪れた後のことだった。
愛子の誘拐事件を追う過程で、優奈が失踪していることが明らかになる。物語は、愛子を誘拐した犯人捜し、礼遠の優奈捜しを並行して描いていく。二つの謎がたどり着く先は、何処なのか。メインのストーリーはミステリなのだが、根底にあるのは、愛子と家族の物語であり、優奈と礼遠の夫婦の物語である。
とりわけ、端から恵まれたカップルに見えていた優奈と礼遠の、その実は「すれ違ってしまう愛」が息苦しいまでに迫ってくる。

No.166 6点 グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ- 飛浩隆 2023/07/16 22:19
舞台は仮想リゾートの一区画、南欧の港町を模した「夏の区界」。人類の訪問が途絶えてから千年、取り残されたAIたちは同じ夏の一日を繰り返している。しかし突如として永遠の夏は終焉を迎える。
物憂げなリゾート地、多感な少年の年上の奔放な少女への淡い恋心、といった叙情的な序盤とは一転して、中盤以降は激しい攻防戦とAIたちを襲う残虐な運命が、五感のすべてを駆使した圧倒的な文章で描かれる。透明な叙情とエロスとグロテスクさが渾然一体となった、陶酔感あふれる作品。

No.165 8点 しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術- 泡坂妻夫 2023/07/16 22:12
ヨガと奇術の達人ヨギガンジーが登場するシリーズの第一作。ある宗教団体が発行する、小冊子「しあわせの書」を偶然手に入れたことから、ガンジーとその仲間は教祖継承問題に巻き込まれていく。読者はユーモアたっぷりの賑やかな謎解きを楽しむうちに、作者が用意したとんでもない企みに驚くことになる。
家業の紋章上絵師を継いだ職人であるうえ、マジシャンとしても有名。直木賞受賞作の「蔭桔梗」のようにしっとりとした作品を発表する一方、こうした仕掛けのある作品を丁寧に組み立てていくのも得意と多才。
本書のトリックは紙の本ならではのもの。普段は本を読まない人にも、こんな風に本で遊ぶことが出来ると知ってもらえたら嬉しい。

No.164 6点 神の悪手- 芦沢央 2023/07/01 22:18
東日本大震災を背景に、若い才能について棋士が「好ましからざる状況」を見抜き、さらにある選択を迫られる第一話や、駒を選ぶ際に棋士が心変わりした謎を探る第五話など、将棋が題材の五編を収録した短編集。
ミステリ味の濃淡はあれど、各編の主人公が読み手の心に入り込んでくるため、読者はまさに当事者として悩むことになる。その刺激は抜群に鋭利。決断に至る道筋の意外性もある。

No.163 6点 完全恋愛- 牧薩次 2023/07/01 22:10
戦時中から昭和末期にかけて、心に純愛を秘めて生き続けた男の生涯と、彼が遭遇した三つの不可能犯罪を巧みに絡めた恋愛ミステリ。
信州と沖縄の間を凶器が瞬間移動する二つ目の事件の豪快さは、トリックの名手の面目躍如。さらに恋愛小説の中に埋め込まれていた伏線が過不足なく回収された瞬間、それまで陳腐に見えていたトリックが全く違った光芒を放つ。

No.162 6点 ハルさん- 藤野恵美 2023/06/15 23:18
妻が早くに亡くなり、一人で育ててきた娘・ふうちゃんが今日結婚する。式場に向かう父の脳裏には、彼女の成長の過程で遭遇したいくつかの小さな事件の思い出が浮かぶ。ハルさんとは心優しいその父親の名前だ。児童文学で人気を博する著者が初めて大人に向けて書いた、ほのぼのとした連作ミステリ。
幼稚園の友達のお弁当箱から卵焼きが消えたこと、小学四年の夏休み、植物図鑑を眺めていたふうちゃんが翌日失踪したこと。謎にぶつかるたび、天国の妻が話しかけて名推理を発揮、ハルさんを助ける。娘の知らないところで交わされる夫婦愛、親子愛に満ちた会話が心温まる。いわゆる幽霊探偵のパターンだが、亡くなった妻を探偵役にすることで、夫婦の思いと謎解きの描写を両立させたところが見事。冒険好きなふうちゃんも非常に魅力的。
終盤の結婚式の場面では、ふうちゃんがなぜその男性を選んだのか、過去の親子の会話の中にヒントがあったと分かって胸を打つ。

No.161 6点 ガソリン生活- 伊坂幸太郎 2023/06/15 23:08
緑色の車デミオが語り手になっている。世界中で走り回っている車同士は、普段から会話をしており、ただそのことを人間のほうは気付いていない、という架空の設定が奇抜で微笑ましい。
ストーリーはデミオの持ち主である望月家の長男・良夫と小学生の次男・亨が偶然、元女優を同乗させるところから始まる。スキャンダルを追うマスコミに辟易している彼女を安全な場所へ運ぶ。ところが翌日、彼女は別の車で事故死する。本当に事故だったのか疑念を抱いた亨は、独自の調査を開始する。
明らかにライトミステリの体裁を取っているけれど、こめられた思想は深い。なぜ人はツイッターに夢中になるのか、マスコミを悪者扱いする考えは正しいのか、といった問題をさりげなく掘り下げる。つまり現在の様々なコミュニケーションを取り上げて、最も理想的な絆のありかたを探る小説なのだ。深い内容を易しく楽しく語るのである。

No.160 7点 追想五断章- 米澤穂信 2023/05/30 23:07
叔父の古書店で店番をしている青年が、客に頼まれて奇妙なアルバイトを引き受ける。依頼人の父親が生前に書いた五つの短編小説を探し出す仕事である。
そのうち四編は古い同人雑誌などの載っているのが見つかったが、なぜかいずれも結末の一行を伏せたリドル・ストーリーになっていた。調査を続けるうちに、彼は未解決のまま終わった「アントワープの銃声」事件に行き当たる。二十二年前のその夜、依頼人の両親の間にいったい何があったのか。真相はその最後の一行に隠されている。
小説の中に別の小説を組み入れて、異なった時制の物語を同時進行させる手法は珍しくない。しかし、このように五編の「小説中小説」が緊密に組み合わさってひとつの物語を構成するミステリは、あまり無いのではないか。

No.159 6点 誓約- 薬丸岳 2023/05/30 23:00
バーテンダーが、ある老人と交わした約束の実行を迫られる話。その約束とは?実行とは?
殺人事件が起きて、濡れ衣を着せられて、謎を解いていくと意外な真犯人がいるというミステリではあるけれど、その興趣以上に少年の犯罪の告発と更生という問題を正面から捉えて、読者の善悪観を揺るがせにかかる。
ラストはいつものように温かいけれど、必ずしもすっきりしたものではない。非情な現実と長く厳しい人生を見据えているからだが、それでも作者の小説らしく、人の幸福と良き魂を願う思いは本作でも貫かれていて思わず落涙する人もいるでしょう。

No.158 7点 暗手- 馳星周 2023/05/16 22:11
犯罪者の内面を掘り下げて描いた圧巻のスリラーである。舞台となるイタリアの描写も興味深い。
「暗手」と呼ばれるプロの犯罪者・加藤昭彦は、サッカーの八百長工作を進めていた。だが、ある女性に出会ったことが切っ掛けで、彼の計画に暗雲が立ち込め始める。人の心を捨てたはずの男が、沸き上がる恋慕の思いに苦しめられる物語だ。終盤の非情な展開が読みどころである。

No.157 7点 名も知らぬ夫- 新章文子 2023/05/16 22:08
作者は宝塚歌劇団出身という経歴を持つ乱歩賞作家。
8編を収録した本書では、主として女性の視点から人の心に中で殺意が成長していくメカニズムを描いている。
表題作は、長く音信不通の途絶えていた従兄に恋した女性が窮地にはまっていく話で、日常が悪意に侵食される過程には有無を言わせない凄味がある。

No.156 6点 おまえの罪を自白しろ- 真保裕一 2023/04/28 23:13
冒頭で三歳の幼女が誘拐される。犯人の要求が身代金ではなく政治家の祖父の汚職の罪の自白であるところが意表を突く。マスメディアを使ってスキャンダルを広める策略も、その指示をウェブサイトに書き込む周到さも現代の犯罪ならでは。今や日常茶飯事となった謝罪会見や身近なネットの脅威が臨場感たっぷりに描かれる。
さらに政治家同士と忖度や家族間の愛憎、警察との駆け引き、露になってゆく過去。やはり弱い者が犠牲になるのかと幼女の安否にハラハラドキドキで息もつかせない。しかも手の込んだ伏線が幾重にも張り巡らされているので、タイトルを逆手にとった鮮やかな事件の解決まで、これでもかと翻弄させられる。
随所に鋭い舌鋒が展開されるが、著者は単純な勝ち負けを良しとしない。ほろ苦い決着がそれを物語っている。

No.155 6点 ホワイトラビット- 伊坂幸太郎 2023/04/28 23:05
仙台駅近くの釣り堀にいることが多い泥棒で、伊坂作品ではお馴染みの「黒澤」が登場する長編。
仙台市の住宅街で発生した人質立てこもり事件に、依頼された空き巣の仕事中だった黒澤が巻き込まれてしまう。警察と犯人の駆け引き、窮地に追い込まれても機転が利く黒澤の策略、二転三転する物語から目が離せなくなる。
黒澤だけでなく、犯人、捜査員、人質家族とそれぞれの人物像が立ち上がってくる様を読んでいると、登場人物をストーリーに供するコマだけにしない著者の愛情が伝わってくる。端役まで人柄を実感させる技があり、それが小説に深みを与えている。

No.154 6点 SINKER 沈むもの- 平山夢明 2023/04/15 22:26
幼女を冷酷無残に切り刻む連続殺人事件が発生。捜査に窮した警察庁警備局は、児童殺害容疑で収監中の天才心理学者プゾーの助言を得ようとする。その見返りは、他人の意識に「沈む」ことで、その身体を操る超能力者ビトーを、プゾーと接触させることだった。
「羊たちの沈黙」をサイコ・ダイビング風にひと捻りしたような設定だが、さすがその道のエキスパートの手になるだけあって、細部にわたる猟奇的蘊蓄が半端じゃない。人間とはかくも残虐になれるものか、と暗澹たる思いに駆られるようなエピソードが詰め込まれているのだ。何よりも恐ろしいのは、それらの多くに紛れもない現実的裏付けがあることだろう。

No.153 5点 ささやき- 立原透耶 2023/04/15 22:19
音感ホラーとでも呼びたくなるような特異な着眼点が光る連作集で、全六編を収めている。
携帯電話、ベルやチャイム、サイレン、鈴の音、様々な人の声、雑踏の騒音。思えば現代社会は、何と多様で時には猥雑なまでの「音声」に満ち満ちていることか。そして、もしもそれらが超自然世界の媒介物と化すとしたら、世界はたちまちにして目に見えない恐怖に侵されることになるだろう。本書に通底するのは、そんな過敏なまでに研ぎ澄まされた「音声」に対する恐怖感である。
そうした感覚を忠実に伝えようとするあまりなのか、時に描写が饒舌に流れる点や、不用意な擬音語・擬態語の多用など、気になる点もあった。

No.152 7点 invert 城塚翡翠倒叙集- 相沢沙呼 2023/03/30 22:27
タイトル通り、犯人の視点から語られる3つの中編が収められている。緻密な計画で完全犯罪を狙った殺人者たち。事故や自殺として片づけられるはずが、霊能力を持つという奇妙な美女・ 城塚翡翠の登場によって事態は変わる。彼女はなぜか自分を犯人と見抜いて追い詰めようとするのだ。            城塚翡翠という特異なキャラクターもさることながら、犯人と対決し追い詰める過程のひりひりする緊張が忘れがたい。探偵と犯人の頭脳戦も、なぜ犯人が疑われるに至ったかの謎解きも、緻密な論理の快楽を堪能できる。
犯人を追い詰めるロジックと仕掛けは、時には読者も欺いてみせる。読み終わった途端に、表紙に戻ってみたくなる一冊。

No.151 8点 兇人邸の殺人- 今村昌弘 2023/03/30 22:19
デビュー作同様、本作でも閉鎖環境への考察が新鮮で、なおかつ行き届いている。営業中のテーマパークの一角にありつつも、そこだけは来園者の立ち入りが禁じられた兇人邸の特殊性が登場人物たちに強烈な焦燥感をもたらすし、読者にはサスペンスを与える。また、それが登場人物の思考の筋道にも影響を与え、事件の構造にも関わってくる造りも見事。
さらに密閉環境における事件解明のためのロジックが丁寧に作られている点にも好感を抱く。最終的に意外性に富んだ真相が明らかにされると同時に、犯人の悲哀も明らかになって胸を打つ。

No.150 7点 朽ちゆく庭- 伊岡瞬 2023/03/16 22:51
中堅ゼネコン勤務の父は会社内でトラブルを抱え、税理士事務所に勤める母は上司と不倫関係をもち、不登校の中学生の息子は、近所の訳ありの少女と言葉を交わすようになり、やがて殺人事件が起きて世界は暗転する。
おぞましいまでの秘密の暴露がもつ切迫感、逃げ道のない閉塞感などは十二分にイヤミス的な救いのなさをもつ。見た目とは異なる真相を二重三重にして驚かせて予想外の結末へともっていく。そこには満足感と、もっと読みたくなる醜くも深い真実がある。

No.149 6点 écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅴ 信頼できない語り手- 松岡圭祐 2023/03/16 22:44
東京都内のホテルで起きた大規模な火災により、作家と編集者たち計218人が亡くなった事件を追求する。
明快な謎解きも面白いが、慣れない探偵役をこなし、文学的問題に直面しながら成長していく23歳の女性作家の成長小説の部分に引き付けられる。「架空の物語を通じ、現実的に人を描くとは」何か、「理想に生命を与えるすべは」妄想ばかりでなく、自らの行動と実践にある。「真に人を知ればこそ、文学で人を表現する意義が生じうる」といたるところで真摯に事件と人生と文学に向き合い、気づきを得る。物語に厚みのあるシリーズだ。

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ひとこと
中学生の頃、ミステリにはまった。でも続いたのは3年間ぐらい。今また、ミステリにはまりつつある。やっぱりミステリは最高だ。
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.32点   採点数: 208件
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伊坂幸太郎(11)
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