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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2034件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 6点 肌色の仮面- 高木彬光 2024/02/29 19:10
(ネタバレなし)
 昭和30年代の東京。「水橋建設」社長の甥で建築技術者・鶴橋龍次。その美貌の若妻・澄子は、一般投資家として日々の相場を張っていた。澄子の実家の父・近藤則彦博士は「東邦大学」の冶金学者(合金の研究家)で、その開発中の新金属「γ(ガンマ)合金」には鉄鋼業界、建築業界でも注目が集まり、その完成の情報は株式市場にも大きな影響を与えるのは必至だった。澄子と取引する「丸高証券」の外交員・野崎政夫のかつての部下で、今は私立探偵事務所を営む青年・富岡俊介は、さる筋から依頼を受けた産業スパイとしてγ合金の機密を狙う。一方で研究の機密を守る近藤博士は、株の売り買いの「材料」を求める娘の澄子にさえ情報を与えなかったが、そんな澄子を含む周囲にも俊介は接触し、情報を漁ろうとした。だがやがて、とある予期せぬ事件が起きる。
 
 昭和三十年代の半ば、当時の人気女優の東紀江からの依頼(仲介)で、作者がフジテレビの<よろめきスリラー>用に提供したストーリー案を、メディアミックスで原作者自ら小説化した作品(小説版は雑誌「週刊大衆」に連載)。
 もちろん構想も小説も作者・高木彬光の頭から生まれたオリジナル作品だが、企画の経緯を厳密に考えるなら、原作者自らの手によるセルフノベライズ、ともいえるかもしれない。そんな意味で高木作品の中では、かなり異色の一編のハズである。

 設定は完全なノンシリーズもので、多数の人間が入り乱れる群像劇。メインキャラも即答しにくいが、形質的にはやはり澄子と俊介が主役で、この二人の<よろめき>ものになる(ただしまったくエロくないし、扇情さもほとんどない)。

 相場・投資などは作者お得意の主題だが、さらに今回は合金開発の冶金技術の世界をテーマに採取。
 なんとなく社会派ものをやってもいいような雰囲気の方向に行きかけるが、結局は作者が正直で、実はそういうの、あんまり興味ないんだよね、という感じにまとまる。少なくとも業界の体質的な構造や人間関係の方向で社会悪を叫ぶような作品では決してない(笑)。

 前半で出された謎(ここでは具体的に書かない)がかなりのちのちまで引っ張られ、ページ数が残り少なくなったところで<意外な犯人>が判明。
 <そっちの方向>で決着するなら、ちょ~っとだけ読者を振り回し過ぎじゃないですか? 高木センセという感慨もある。まあ100%純粋なフーダニットじゃなくて、犯人当て要素もある人間関係スリラーもの(事件もの)、という作りなので、まあいいか。
 なかなか面白かったけど、良くも悪くもお話を右往左往にドライブさせすぎた感もあり、秀作・優秀作とホメきるにはちょっと微妙。ただし読みごたえはあり、この時期の作者のある種の円熟感は認める。
 7点に近いこの評点で。

 最後に、今回は、どうせなら元版で読もうとカッパ・ノベルス版を古書で安く買ったけど、巻末の作者あとがきにはくだんのテレビ版のキャスティング表までついていて、ちょっと儲けた気になった。俊介のキャストは、「地獄車」車周作&天神の小六&「娘よ、男は選べ!!」の高松英郎。高松は笹沢の『死人狩り』の最初のテレビドラマ版の主演もやってるし、そっちもこっちも観てみたいが、なかなか観る機会はないだろうな。まあ機会があればぜひ。

No.12 6点 失踪- 高木彬光 2023/10/23 18:51
(ネタバレなし)
 その年の9月。後楽園球場では、東京イーグルスと大阪ジャガースの今期のペナントレースの流れに関わる重大な試合が展開していた。その試合でイーグルスの若手投手・渡部信治は好調なピッチングを披露するが、なぜか波に乗った勢いのなかで降板。試合後にそのまま球場から人知れず、姿を消した。一方、その試合中に、青年弁護士・百谷泉一郎の自宅を訪ねる若い女性があり、泉一郎が不在ななか、妻の明子が応対する。が、訪問客の「山本あや子」は明子が席を外した客間で持参してきたトランジスタラジオを取り出し、野球中継を熱心に聞き入った。そして泉一郎が、たまたま友人で大のイーグルスファンの村尾利明を伴って帰宅すると、娘は逃げるように百谷邸から姿を消した。それぞれの奇妙な出来事は、やがて殺人事件へと連鎖してゆく。

 角川文庫版で読了。
 弁護士・百谷泉一郎&その愛妻・明子シリーズの第五長編で、もともとは昭和37年9月から「週刊読売スポーツ」誌に「殺人への退場」の題名で連載された作品。
 
 文庫解説の権田萬治によると、作者の高木はプロ野球をよく知らない、ふだんは特に興味もないと称していたらしく、なるほどそう意識して読むと野球の試合そのものの叙述は序盤のみに固まり、そこでノルマを果たしたという感じ。一方で当時のトレードシステムの裏事情などの情報はしっかり押さえてあり、その辺はきちんと高木本人か編集者、周辺スタッフが取材したのであろう。
 なお事件の中身は、プロ野球ファンの間で野球賭博が行なわれているという事態の露見にもつながり(早々に判明するので、この辺までは書かせて下さい)、スポーツ専門誌でそういう悪いイメージの文芸設定導入して良かったんかいな、という気もする。その辺は昭和らしい大らかさか。

 ミステリとしては良くも悪くも薄口だが、犯人の意外性などはちゃんと意識しているようだし、殺人状況の中でのトリックもビギナークラスのものながら用意されている。
 高い期待をしなければそれなりに面白い、昭和の空気の中での垢ぬけた、夫婦探偵もののB級の昭和パズラー。明子もところどころ、夫以上に名探偵。この事件のなかで泉一郎のライバル格となる警視庁の速水恒男警部のキャラもいい。
 ただし題名にもなった渡部選手の失踪についての謎の興味は、あまり面白くない。

 角川文庫版の180ページ目で泉一郎の最初の事件『人蟻』の回想が出てきて、本人は今でも同事件を相応に記憶に留めているようなのが興味深い。
 佳作。

No.11 7点 炎の女- 高木彬光 2023/09/29 20:02
(ネタバレなし)
 昭和40年代の初め。28歳のバーのホステス・小林律子は、商社「光和産業」の厚生課長・毛利直樹と男女の関係にあった。直樹の妻で、レディ向けの装飾品・衣装専門店「カンナ」の店長でもある初恵(旧姓・金子)は、律子の中学時代の学友であり、律子がいまだに消えない憎悪の念を抱いている女王様然とした女性だった。そんななか、直樹は妻の初恵の殺害に乗り出し、律子を巻き込むが、犯行の直後、律子は何者かに襲われて昏睡。律子が居合わせたカンナにも火が放たれ、律子は全身に大やけどの重傷を負う。律子は初恵と誤認されて大病院に収容され、直樹も口裏を合わせたまま、包帯姿の「毛利初恵」として治療を受ける。だがそんな律子の周囲に、殺されたはずの初恵の影がちらつきはじめた。そんな一方、光和産業の青年社員・潮田昭二の周辺では、思わぬ殺人事件が生じていた。


 霧島三郎シリーズの第五長編。
 元版のカッパ・ノベルス(第49版)で読了。

 物語の中盤、一部の叙述から、作者がこんな書き方をするのなら、では……と先読みできた気になるが、そんな甘い考えでいると、事態は二転三転、えー、えー、と驚かされる。
 読後にX(旧Twitter)で本書の感想を拾うと、高木彬光のあまり語られざる、知られざるベスト級作品扱いしているミステリファンも何人かいるようで、納得! の出来。

 ネタバレになるのでもちろん詳述は控えるが、物語、事件全体の構造についての着想が素晴らしい。
 真犯人も相当に意外だが、作者の頭にはかの欧米の某作品が頭にあったのでは? とも思った。とんがった犯人像は、いかにもこの作者らしいかも。

 得点的には稼ぎまくる秀作だが、蟷螂の斧さんのおっしゃるいつの間にか忘れられた部分もたしかにあり、完成度という意味で傑作にはなりきれなかった優秀作、というところ。それでも霧島シリーズの長編のなかでは、確実に上位に来る出来であろう。
(評者はまだ未読の長編が二冊残っているが。)

 いや、最後の最後までおもしろかった。

No.10 6点 都会の狼- 高木彬光 2023/04/17 04:57
(ネタバレなし)
 昭和37年8月の宮城刑務所。暴力団・末広組の若手幹部で、対抗勢力の大物を射殺したのち自首して服役していた模範囚・安藤健司は、かねてより旧知の間柄だった死刑囚・小山栄太郎の刑の執行を見届ける。所内で健司と運命的に再開した小山は、終戦直後に健司と彼の母が大陸から引き上げる時に、命がけで面倒を見てくれた大恩人であった。その小山は強盗殺人の嫌疑で逮捕され、死刑の判決を受けていたが、最後まで己の無実を叫びながら、死刑台の露と消えた。そして昭和40年。仮釈放になった健司は、小山が「真犯人かもしれない」と告げた本名不明の男「ザキ町のジャック」を捜すが、かたや職務で小山の死刑に立ち会った青年検事・霧島三郎もまた、かの小山は冤罪ではなかったかと疑問を抱いていた。そんななか、健司の周辺で予期せぬ殺人事件が。

 霧島三郎シリーズ第四弾。これまでの三冊はカッパ・ノベルスで読んできた評者だが、これは本シリーズで初めて角川文庫版で通読。
 500頁の長丁場で読むのに二日かかったが、もともとが小刻みに山場を設けた新聞小説という形質のせいか、リーダビリティは良好でサクサク読める。

 作劇の上では霧島三郎と並んで、健司がもうひとりの主役だが、これはシリーズ4弾めに際して、少し幅を広げた方向でやってみようとした感じ。
 出所した主人公がヤクザ世界との距離感を絶えず気にしながら、ニセ私立探偵の風体で過去の事件を散策して回る図は、昭和の通俗ハードボイルドっぽいが、これはこれでなかなか面白い。
 読み進めるこっちも、どうせそのうちどっかのタイミングでパズラーっぽく転調するんだろうという期待感もあって、その辺のワクワクぶりも心地よい。

 でまあ、真犯人というか、事件の真相はかなり意外であった(といいつつ、先読みできた部分もあるんだけれど)。
 この長さに見合う密度? 結晶度? かというと、やや微妙だが、読んでるうちは楽しめて、最後の背負い投げはかなり鮮やかに決められた思いはある。
 評点は、7点に近い、この点数で、というところで。

 なお角川文庫版の解説は山村美紗が書いてるが、いささか無神経に自分の主張ばっか述べていて(その内容自体は、まあまあよいのだが)、かなりネタバレ気味なので、本文より先に読まない方がいいよ。 

No.9 6点 死を開く扉- 高木彬光 2023/03/13 07:07
(ネタバレなし)
 昭和32年の夏。推理作家の松下研三は福井県小浜に避暑旅行し、同地に在住する東大時代の旧友で開業医の福原保の家にやっかいになる。そこで松下は福原から、インターンの若者でミステリマニアの柿原雄次郎を紹介された。さらに福原は、近隣に住む財産家で、四次元の世界に傾注し、外に何もない二階の壁に扉をこしらえた風変わりな「四次元の男」こと、林百竹の噂を語った。そしてその直後、くだんの林家で、謎の密室殺人が発生する。

 トリック自体はかなり有名で、何十年も前から知っていた。たしか小林信彦か誰かが知識自慢し、ミステリとは必ずしも関係ないジャンルのフィクションの中で同一のギミックが使われていたので、その類似を指摘し、ネタバレするという罪深いアホなことをしていたのだと記憶する。
(ちなみに現在、Twitterで本書の題名を検索すると、トリックの関連性のある&あるらしい? 別作品の題名を羅列し、得意になっている××がひとりいるので、注意のこと。)

 トリックだけの作品、という評価には特に異論はないが、昭和の時代に先行して誕生した新本格パズラーみたいな全体の雰囲気は、けっこう楽しい。
 犯人については、こういう文芸なら誰でもいいんじゃないかとも思ったが、一応の伏線は張ってあるのか? まあ必然的にそうなるというよりは、蓋然性でそういうことになってもよいのだろう、程度の絞り込みだが。

 松下研三がいきなり? 結婚していて軽く驚いたが、『白妖鬼』で付き合っていたガールフレンドとは名前が違うので、そっちとは別れたのち、こっちの奥さんとくっついたということになるのか。どっかでシャーロッキアン的な研究とかも読んでみたい。

No.8 7点 黒白の虹- 高木彬光 2022/05/22 07:16
(ネタバレなし)
 昭和28年。朝鮮戦争の影響が日本に好景気をもたらしていた時代。「東福証券」の若手証券マン・西沢貞彦は、社長の井上文治に呼ばれて、戦時中から残る満州鉄道の今は紙屑同然の株券を、なんとか高騰させるよう拝命する。友人・桂田京介の従姉妹で美人の豊川美佐子のふとした一言から、そのヒントを得た貞彦は作戦を実行に移し、見事に狙いを的中させた。だがそれは、多くの人生を狂わす遠因ともなり、自殺者の悲劇が続出。やがて時代は数年後へと流れて。

 カッパ・ノベルスの31版(1979年1月刊行)で読了。
 近松検事シリーズの第一弾で、評判のいい『黒白の囮』を読む前にまずこちらからと 、この元版の古書をネットで安く購入した。
 
 あまり詳しく書かないが、作品本文は三つのパートで構成。第一部の朝鮮戦争時代に主人公の証券マンたちが法律の枠スレスレで証券価格を上昇させる操作を行い、その結果の災禍が広がっていく。さらにその第一部を端緒に物語は、メインパートといえる歳月を経た第二部に突入。そこではカラーテレビ普及前夜の低価格商品開発競争を主題にした業界・経済もの的な駆け引きのドラマが語られる。

 第一部は、先日読んだばっかりの山田正紀の『弥勒戦争』を想起させて趣深かったが、こっちの第二部の方ではまるで梶山季之の世界のようで、これはこれで非常に面白かった。
 でもって肝心のミステリ要素に関しては、こういう大枠の中でフーダニットパズラーやトリッキィな仕掛けをいくつも導入しようという意欲は買うし、それまでに積み重ねられた伏線がはじける第三部の緊張感は確かにオモシロイ……んだけれど、偶然の多用、作中での同じネタの重複、そして仕掛けの一部が透けてみえる……などなど、やや雑な感じがしないでもない。

 ただし前述したような、まるで別のジャンルの読み物を読んでいるような雰囲気からじわじわとミステリへと転調して、しかも終盤にコンデンスにネタが仕込まれているあたりは、どこか新本格ミステリっぽい。
 そういう意味では内容そのものは120%昭和の時代を舞台にしたストーリーながら、なんとなく平成以降の新本格系の味わいも感じる作品ではあった。
 繰り返すが大味な印象もあるんだけれど、それでも独特のパワーは感じさせる力作だとは思う。
 作者のオールタイム作品を並べていけば、意外に悪くない順位に位置するかもね。

 とはいえ、名探偵キャラクターとしての近松の魅力は、正直まだそんなに見えない。その辺はシリーズ2冊目以降に期待しましょう。

No.7 7点 ゼロの蜜月- 高木彬光 2022/03/08 05:11
(ネタバレなし)
 ベテラン弁護士、尾形卓蔵の娘で26歳の悦子は、失恋の傷心が癒えないなか、父から意に添わぬ縁談話を勧められる。そんな折、悦子は偶然に、千代田大学の経済学の助教授で33歳の塚本義宏と知り合い、互いに恋に落ちた。だがやがて、義宏の家庭内に複数の問題が発覚。それでも悦子は、青年検事・霧島三郎の妻である友人の恭子にも応援されて、自分の恋を結婚に向けて完遂させる。しかしそんな悦子を待っていたのは、殺人事件という名の予想もしない惨劇だった。

 霧島三郎シリーズの第三弾。今回も元版のカッパ・ノベルスで読了(ただし昭和49年の52版)。
 シリーズ中でも秀作と噂の一編だが、メインゲストキャラクターの設定が第一作『検事・霧島三郎』の後日譚的な文芸ポジションだったのに軽く驚き。
 というわけで、こだわる人はそっちから読んでください(ストーリーそのものは本作から読んでも全然問題はないし、別に本作内で第一作のミステリ的なネタバレをされる訳でもないけど)。

 メインヒロイン悦子の恋愛ドラマを主軸にサクサク進んでいく前半も、殺人事件の発生で霧島三郎が前面に出てくる中盤以降も、ともにリーダビリティは高い。
 評者は例によって登場人物一覧リストを作りながら読んだが、物語の表に多数の登場人物を出したり引っ込めたりしながら、それぞれのパーソナルデータが増えて行く感覚が実に快い。
(しかし一部のいかにも思わせぶりな描写は、たぶん確信的なミスディレクションだったのだろうな? これが結構うまい感じで、評者はまんまと引っかかった~汗~。)
 後半、明らかになるメインキャラクターの背後に秘められた秘密もなかなかのインパクトではあった。

 で、かなり特殊な状況、タイミングで殺人が行われ、最後まで引っ張られるフーダニットの興味とともに「なぜそんな時局に?」というホワイダニットの謎が、本作の最大の求心力のひとつとなる。真相を教えられると、説得力としてはやや微妙な部分もあるが、それなり以上にロジカル、とはいえるものか。いずれにしろ、終盤、残りページ数がどんどん少なくなるなか、ギリギリまで解決を引っ張るサスペンスの形成はかなりのもの。
 
 ちょっと不満だったのは、某キャラクターの(中略)が見え見えだったことかな。アレは「そうなんだろうね」と早々に察しがつくし、さらに一方で、「そう」だと、スナオに受け取ると、ちょっと描写が不自然な印象もある。まあいいけど。

 なお本作は『刺青』『密告者』(霧島ものの第二作)とともに、英訳されて欧米に紹介された高木作品三冊のひとつのようである。
 なるほど、恋するヒロインの立場の変遷をスピーディに語る本作のプロットは向こうの読者にもウケそうだが、これいいんだろうか、と思うのは、英訳タイトル。ちょっと中盤以降のネタバレっぽい。
 気になる人は、本作を読んでから、英語版のタイトルを確認してください。 

No.6 7点 密告者- 高木彬光 2021/10/03 15:50
(ネタバレなし)
 昭和39年。元・やり手の証券マンでその後、起業するが失敗した20代末の瀬川繁夫は、昔の彼女の山口和美に再会。良い勤め口として、30代半ばの男・酒井幹雄が社長の商事会社「新和商会」を紹介された。それと前後して、瀬川にはかつての恋人・室崎栄子の妹・俊子が接近してくる。いまの栄子は、瀬川の親友で中堅企業「七洋化学」の若手常務となった荻野省一の妻であった。だがその荻野が実はサディストで栄子をSMプレイで苦しめているので、姉に会ってほしいと俊子は言う。栄子のことを気にしながらも荻野に借金のある瀬川は、二の足を踏んだ。しかしそこで酒井が、実は産業スパイという秘めた顔を現した。酒井は瀬川にこの機会を利用して荻野家にあらためて接触し、七洋化学の企業秘密を探るように指示する。

 1965年5月10日にカッパ・ノベルスから書き下ろし刊行された、青年検事・霧島三郎シリーズの第二弾。前作でいろいろあった霧島三郎は、現在も東京地検の所属ながら、部署が変わっている。

 1961~62年頃から作者・高木彬光は、戦後の昭和30年の著名な殺人事件「丸正事件」から派生した<弁護士・正木ひろしの名誉棄損事件>の特選弁護人を担当。足掛け4年におよぶ同件の審理のかたわらで、さすがに多作の作者もやや執筆活動が少なくなった(それでも相応の作品を世に出しているが)。そんな事情も踏まえて、本作は高木が4年越しの正木弁護士の案件を終えて久々に本腰を入れて放つ作品、といった主旨のメッセージがカッパ・ノベルス版の巻末に書かれている。(評者は今回、そのカッパ・ノベルス版で読了。)

 作品の前半はあらすじの通り、当時のムーブメントだった「産業スパイもの」「人妻よろめきもの」の興味を前面に展開。達者な語り口とある種の業界もの、昭和風俗などの興味で、かなり読ませる。
 だが中盤でいきなり某・メインキャラクターが殺害されて、サスペンス要素も込めたフーダニットの謎解きパズラーに転調する。
 こういうある種の二部構成は、昭和のミステリ作家たちや1940~50年台代の欧米の当時の新世代パズラー作家を思わせるが、けっこう鮮烈な効果を上げている。

 ただしミステリとしては割と早めに仕掛けが見えてしまう面もあり、さらに途中で気になったいくつかの箇所もスルーされたまま終わった。
 これでは凡作とまではいかないにせよ、普通なら相応に評価は下がるところだが、一方で最後の方で、欧米の某大家がよく使いそうなネタが導入され、それなりに失点を回復。
 前半の当時の読み物ミステリっぽい面白さも踏まえて、佳作~秀作くらいには見てもいいだろう。いずれにしても一晩じっくり楽しめた。
 たぶんこれが独身時代の最後であろう霧島三郎の描写も、等身大の青年名探偵キャラクターの素描として、なかなか味がある。
 評価は0.25点くらいおまけ。

 次のシリーズ第三作はそれなりに評判がいいようなので、たのしみ。 

No.5 4点 魔弾の射手- 高木彬光 2020/07/29 03:39
(ネタバレなし~なお、本書をこれから読む人向けに、ネタバレ回避のための警告をしております。)
 
 1974年の4月初版の「桃源社・ポピュラー・ブックス」版で読了。
 1950年初頭刊行の元版や後年の角川文庫版はどうなっているか知らないが、この74年のポピュラー・ブックス版では、目次に並べられた各章の小見出し、その最後の方を見ると、おおむね一目で犯人がわかってしまう(……)。
 このヒドい仕様はあんまりで、こんな目次を設けた作者も編集者も天然か! と腹を立てた。
【そういうわけで本書をまだ未読で、これから読む意志のある人は、絶対に目次を見ないように!】

  ……ということで、大昔から何回か手にしながら、そのたびに興ざめな思いを感じて、とうとうウン十年もの間、読むことのなかった神津ものの初期長編。
 でもってまあ、ここで年貢を納めるつもりで(涙)覚悟して読んでみたら、いや、これは金田一耕助のB級スリラーと同じ方向性で、しかも作品そのもののできは少年ものレベルでしょう(苦笑)。
 実際に本作の神津は『覆面紳士』『死神博士』そのほかのジュブナイルに出てきそうな中期以降の明智小五郎の、エピゴーネン的なキャラクターであった。
 ただまあ最後の辺りは、これはこれで神津のキャラクター性のひとつを強く押し出した感じではある。だから全編を読み終えた瞬間だけは、この作品の存在意義をちょっとは認めてもいいかという気になった。
 
 とはいえシビアな言い方を許してもらえるなら、今後ずっとプロ作家としてやっていこうと思った当時の作者が『刺青』『能面』『呪縛』みたいなハイレベルのものばかり輩出することなんか無理だと自覚し、「あの乱歩先生も横溝先生もそういうものを書いているんだから、オレもこういうユルいものもいいだろう」と割り切ってものにした一作という感じ。
 当時、これを読んで「期待の本格派の新鋭も、全部が全部、傑作・秀作というわけにはやはりいかないのだな……」と大きく失望したであろう、探偵小説の鬼(ミステリマニア)たちの落胆ぶりが察せられる。
 まあそれでもここで終わらなかったからこそ、高木彬光という創作者はやっぱりすごいんだけれど。

No.4 4点 白妖鬼- 高木彬光 2020/05/23 17:35
(ネタバレなし)
 nukkamさんのレビューを拝見して「神津恭介シリーズ第4作」の長編だと改めて意識した。じゃあ『刺青』『呪縛』の流れを受けた初期作品できっと骨っぽくて読み応えあるだろうと期待してAmazonで古書(桃源社の新書・1977年の新装版)を注文したが……なんじゃこりゃ。

 文中の記述によると、神津の事件簿としてはこの直前に荊木歓喜との共演編『悪霊の群』(評者は大昔に稀覯本だった古書を購入したが、例によっていまだ積ん読……)が入るらしいが、そっちからの影響があるのかどうか、やたら無意味なスリラー臭が強く、しかも導入されたセンセーショナリズムの大半は、犯人の立場からしてもかえって無駄に事件をややこしくしてないか? といいたくなるものばかり。
 一応はフーダニットパズラーの枠内に収めようとした作者の矜持は認めるものの、それだからといって出来たものは面白くないし。

 とはいえ箇条書き風に記せばそれなりにネタの多い作品であり

・徳田球一の逃亡中の時期、半ばテロリスト予備軍のように一部の市民から扱われる日本共産党(神津の視線は冷静だが)。当時の世相がよくわかる。しかしこれだけ共産党がメインファクターになった作品ってほかにないね?
・松下研三とオールドミス劇作家の、友達以上恋人未満的なラブコメ模様が印象的
・前述の『悪霊の群』にからんでか、地の文で山田風太郎を「突発性痴呆症」と揶揄する記述あり
・しれっと作中に登場して、殺人鬼「白妖鬼」事件にコメントする作者・高木彬光
・神津恭介は31歳の現在まで童貞? まあこれは松下研三たちがそう言っているだけだが、シリーズの流れを鑑みるにさもありなん?

 昭和っぽい雰囲気は悪くないんだけどな。改めて全編を俯瞰すると褒めるところもほとんどない。という訳で、評価はこんなとこで。

No.3 6点 人蟻- 高木彬光 2020/04/14 20:18
(ネタバレなし)
 記憶の中にある『誘拐』『破戒裁判』の二大傑作に比すると、百谷泉一郎の若々しい言動がかなり新鮮であった。
 かたや明子のいい女っぷりは初弾の本作から全開で、たぶん当時の高木彬光の目標は<アメリカのよくできた夫婦探偵ものの再現>だったのだろうと勝手に想像している(明子の「メイスン」シリーズファンだという発言は、本作を法曹界ものというより、まずはそっちの<おしどりコンビもの>のラインで、という作者の意志表示だろうね)。

 ストーリーの前半は文句なしに面白いが、途中で敵側の設定が見えてからは話がとっちらかってきた。過去の事件の実態なども、キーパーソンのキャラクターを見せるためにあれこれ都合よく調整された感じ。「シャーロック・ホームズ」の正体も、途中で仮想される人物の方がロマンがあった。

 今後のシリーズを築き上げていく前の助走的な感触だが、断片的には得点要素も少なくない。ページが残り少なくなっていく中、最終的にどのジャンルに着地するかという読み手の興味を煽る感覚は、この作品ならではの趣だったし。

No.2 5点 黄金の鍵- 高木彬光 2020/01/04 01:31
(ネタバレなし)
「わたし」こと34歳の有閑未亡人でミステリマニアの村田和子は、40歳代と思われるハンサムで知的な紳士・墨野隴人(すみのろうじん)と出会い、恋に落ちる。墨野の秘書兼友人の上松三男を交えて和子と墨野の交流が進む一方、その和子は亡き夫の従姉である児玉洋子から、洋子の夫の晴夫についての相談事を受けた。さらにもう一人、やはり亡き夫の友人・重原鋭作から、彼の家に現れた怪しい僧侶について悩み事を聞かされる和子。ざわつく周囲の中で、やがて殺人が発生。そしてその喧噪の中から、幕末の英傑・小栗上野介が隠したとされる幕府の財宝の伝説が聞えてきた。

 高木彬光の後期~晩期の主要シリーズ「墨野隴人」ものの第一弾。
 ちなみに本作の元版は光文社のカッパノベルス書下ろしで、初版は昭和45年11月10日刊行の奥付。なんかしらんけど、現状のAmazonではカッパノベルス版の刊行時期の表記がオカシイ。今回はこのカッパノベルス版で読んだ。
(同年11月15日の第7版。異常にハイペースな重版だ(爆笑)。)

 そこでまたミステリファンとしての私的な述懐になるが、評者はこのシリーズ、一番最初に第二作の『一、二、三-死』を読了。それ以降は第三作から最終巻の第五作まで順々に追い掛けた。
 なんで『一、二、三-死』から読んだかと言うと、大昔にあるミステリガイドブック(『推理小説雑学事典』廣済堂出版)の本文記事で、思いきりそのトンデモな趣向をネタバレされたものの、この場合はそれが苦にならず「そりゃすごい、読みたい!」と飛びついたため(笑)。
 今でも『一、二、三-死』のあまりにもぶっとんだ(アホな、かもしれない・笑)真相は大好きである。

 しかしその一方で、風の噂ではこの第一作『黄金の鍵』はあんまり評判がよろしくなく、そうこうしてるうちに第三作でシリーズ最大の破格編? 『大東京四谷怪談』が刊行。ここで妙に盛り上がったのち、続く第四作『現代夜討曽我』は凡作だったものの、最終巻『仮面よ、さらば』があの仕掛け! ギャー!! となる。
 ……つーことで、もう今さらこの第一作『黄金の鍵』なんか読む必要ねーや、的な気分でウン十年もいたのだが、いいトシになった今、まあそろそろ読んでもいいかな、と思って手に取ってみる。
 本書、そして墨野シリーズについては、そんな流れでの長い付き合い、というワケでして(笑)。

 でもって単品としてのミステリ『黄金の鍵』の評価だけど、……うん……まあ、シリーズ最低作(というかまるで印象に残ってない)『現代夜討曽我』よりはいくらか面白い(笑)。

 しかし、ややこしい人間関係の綾を、最後の最後にけっこう大雑把に、悪い意味の大技で処理した感は拭えない。それに細部の謎解きの雑さ(結局、軽井沢で死体が見つかった真相はアレでいいの? あと第一の殺人はああいう事後処理をする意味があったの?)もあって、マトモなパズラーとしては、まあボチボチの出来だろうね。
 他の評者の方もおっしゃっているけど、小栗上野介からみの財宝についての歴史推理の方がまだ楽しめる。その歴史部分がなかったら、たぶん評価はもう一点減点。

 ところでミステリファンを自称し「ミステリの鬼」ならぬ「(ミステリの)女鬼」を自認する主人公ヒロインの和子だけど、モノローグの中で語る知識にいくつも勘違いがあって妙に楽しい(笑)。
 ポーの『黄金虫』がデュパンのデビュー作だとか(え!?)、名探偵クロフツ警部だとか(フレンチのことらしい)、愉快なツッコミ所が続出(笑)。
 今回は元版のカッパノベルス版で読んだから、のちの文庫版では改修されているかもしれないが……あ、もしかしたらこの描写も(中略)のための(中略)なのか? (たぶん違うだろーけど。)

 ……そーいや第十四章前半の、あのセリフ。アレももしかすると……だとしたら、高木彬光、改めておそるべし!? 
(↑いや、それもきっと、たぶん違うとは思うが……(汗))

 最後に、第十七章で、上松が語った墨野とマタ・ハリの娘との過去の悲恋の逸話。あれも、どこまでが……(以下略)。

 いやー、改めて本当に奥の深いシリーズですの~(笑)。こわいこわい。

No.1 7点 検事 霧島三郎- 高木彬光 2019/02/12 12:43
(ネタバレなし)
 評者の大昔の少年時代は、高木彬光といえば神津主人公のパズラーもののみが主軸で、他の名探偵主人公たちは、当時の趨勢が社会派に移行した際の、今で言う一種の企画もの的なキャラクターくらいにしか思っていない面もあった(でも偶々読んだ『誘拐』は面白かったな~)。
 もちろんそれは後から思えば度外れた勘違いで、後年に読んだ『破戒裁判』も素晴らしかった。ということでイイ年をしたオッサンミステリファンとなった現在、まだ読んでない手つかずの百谷、霧島、近松ものが山のようにあることに人生の幸福を感じている。(墨野は、初期の一冊だけが未読。大前田は……どうなんだろ。『狐の密室』はさすがに読んだけど。)

 というわけ少し前に古書で非・神津もののカッパ・ノベルスを十数冊まとめて入手。その中の最初の一冊がコレである。
 本作はもともと1964年の「サンデー毎日」に連載。同じ雑誌に長谷川町子先生の『エプロンおばさん』が連載され、その連載中にのちのスピンオフ主人公となるいじわる(意地悪)ばあさんが顔を出していた時期だね。
 それで初の書籍化となるカッパ・ノベルス版の表紙折り返しには「著者の言葉」として
「わたくしはこの作品で、限界状況といえるような一つの恋愛を主軸とし、スリルとサスペンスを基調とした推理ロマンを書きあげようと考えた。あくまで、リアリズムの線をつらぬこうと思ったために、組織暴力、麻薬取引、野ばなしの精神病者、政治の暗黒面など、現代日本社会の病根といえるような、いくつかの現象についても、かなりつっこんだ調査検討をつづけた。」
 とある。いやホント、この言葉に偽りのない、かなりカオスながら独特な力強さとまとまりを感じさせる作品である。さらに言うなら本作がシリーズ第一作となる主人公、二十代の青年検事・霧島三郎を主人公とした青春ミステリでもあるし、検察庁内部を一つの大きな「家族」に見立てた組織を描く職場小説でもある。特に婚約者・龍田恭子の父親が、行方不明で指名手配を受ける殺人容疑者となってしまった三郎の立場は、検察庁内でもすごく微妙になる。検察庁トップの親心で当該事件の捜査権限をもらいながらも、一方で恋人との逢瀬あれこれに制限がかかって孤軍苦悩する辺りは、一匹狼の私立探偵ものの変種的な趣もある(その一方で、検事という立場での権力は良い意味で駆使しまくり、警官を自在に動かす三郎の柔軟さも描かれるのだが)。
 さらに特記すべきは登場人物の多さで、名前が出てきてメモしたキャラだけで70人弱。カッパノベルスで二段組み本文370ページ前後は際だって厚い訳ではないが、殺人事件~麻薬事件~ヤクザと政界の結託、など犯罪の内容が拡散するに従って増えていくキャラクターの物量にはちょっと色を失った。
 そんななかで後々から出てくるサブキャラクター、たとえば恭子の親友で美人とはいえない若い娘・尾形悦子などに、かなり入れ込んだキャラクタードラマ(?)が用意されているのが印象的だった。この辺は作者が書いているうちに当初の自分の構想を越えて感情移入しちゃったんだろうなあ。ある意味じゃ、すごく美味しいポジションのサブヒロインだし。
 
 一方で物語要素を増やしすぎたため、作者が「かなりつっこんだ」というほどのこともなく、やや総花的な叙述になってしまったファクターもまったく無くはない。まあ、著者が「かなりつっこんだ」というのは「(現実の中での)調査検討」であり、作中の描写ではないのかもしれんが。
 ミステリ的には丁寧な伏線の叙述が仇となって犯人は早々に透けて見えるパターンだし、某キャラクターの相応に重要な情報が後出しっぽいのが気になるが、「恋愛を主軸とし、スリルとサスペンスを基調とした推理ロマン」としては十分に読ませる力作だろう。
(ただし第42章の最後の二行……結構、きわどい本音だね。)

 ちなみにまだ一冊しか読んでないわけだけど、このシリーズはたぶん途中から乗り入れず、本作から入った方が絶対にいいと思う。二作目以降、三郎の周辺の描写で、本作のいろんな情報がネタバレになってしまいそうだから。

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