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パメルさん
平均点: 6.14点 書評数: 573件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.513 6点 告解- 薬丸岳 2023/08/07 06:45
「今すぐ会いに来てくれなければ別れる」という恋人からのメールを見て、大学生の翔太は深夜、車を飛ばす。先程まで酒を飲んでいたが、もう終電がなかった。だが、運転中の何かに乗り上げた衝撃を覚える。恐怖で走り去るが翌日、自分が老女の命を奪ったことを知る。翔太は警察に逮捕され、懲役4年10カ月の判決を受ける。一方、被害者の夫である法輪二三久は、ある意図をもって出所後の翔太に近づいていく。
服役しても罪は償えない。ならばどのように生きていけばいいのかと苦悩する。その贖罪を問い掛けるうえで重要なのが、翔太に接近を図る法輪の存在だろう。法輪が望むものとは何なのかが終盤、前面にせりだしてきて、驚きとともに感動を呼ぶ大きなうねりを作り上げる。
エピローグでさらに静かに盛り上げて、優しく力強い台詞を出して、温かな余韻を味あわせる。罪と罰をめぐる物語の構図が複雑かつ重層化されて、キャラクターの輪郭が一段と際立ち、テーマが鋭く強く打ち出される。犯した罪は一生消えない。しかし、その罪を抱えて前向きに生きていくことは出来るはず。翔太のある言動を身勝手ととるか、リアルととるかで評価が分かれるかもしれない。最後に、何よりもタイトルがもつ深い意味が分かり、作者の意図が明確になる。

No.512 6点 葬式組曲- 天祢涼 2023/08/02 06:34
舞台は宗教的儀式に批判的な風潮が高まったことで、「葬式」をしないで火葬する「直葬」が主流となった現代日本。そんな日本において、S県だけは反発し、唯一葬式の風習を残した。そのS県の北条葬儀社に焦点を当てた連作集。
個人の心の内の深いところを解きほぐす「父の葬式」や、霊安室から死体消失という密室トリックを描いた「息子の葬式」など、章ごとにそれぞれの葬式が行われ、そこで起きた謎や騒動を葬儀社の従業員が解き明かしていく。その謎や推理は、葬式ならではのもので独特の説得力があるし、バリエーションに富んでいて魅力的。また、葬式の舞台裏を知ることが出来る。仕事内容と情熱を把握できるのはもちろん、大事な存在を失った者の心の傷みが葬式という行為を通じて痛切に伝わってくる。
日常の謎ミステリとしての読み応えもあるが、ラストの「葬儀屋の葬式」になると、連作ならではの仕掛けが炸裂し予想外の展開に驚かされた。巧妙なミスディレクション、回収されていく伏線と見えていた世界が変貌していく感覚が心地よい。

No.511 6点 ひげのある男たち- 結城昌治 2023/07/29 06:41
アパートの一室で若い女性が死んでいるのが発見された。殺人事件として捜査されるが、その捜査の過程で被害者の周囲にひげのある男が数名いて、それも一癖も二癖もある人間ばかりで事件解決の糸口がつかめない。さらに捜査にあたる郷原部長刑事もひげを生やしていた。
ひげで始まりひげで終わる、ひげだらけの殺人事件。殺人事件の顛末が、ウィットとユーモアに富んだ口調で語られる。本書はロジカルな系統のパズラーであるが、その出来映えはなかなか。消去法の美学というべきか、終幕とある人物がなす犯人限定の過程はよく出来ている。
捜査会議にぬけぬけと部外者が紛れ込んでしまうというコントめいたところが笑ってしまう。このシーンの意味が明かされる時、作者の用意周到さに唖然とされる。全体的に流れる飄々とした雰囲気と本格ミステリとしての骨格。楽しさの中にも、緻密に伏線を仕掛けて終盤の畳みかけるような論理展開で驚かせてくれる。わずかな手掛かりから真相に到達するまでの論理だけでも十分に読ませる

No.510 7点 君のクイズ- 小川哲 2023/07/24 06:25
生放送のテレビ番組「Q1グランプリ」の決勝戦に出場した本庄絆は、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答して正解し、優勝を果たす。対戦相手であった三島玲央は、この不可解な事態を訝しむ。三島は真相を解明するため、本庄について調べ決勝戦の一問一答を振り返り、0文字解答の真相を探る。イカサマなのか、それともテクニックなのか。
作中に描かれるトップレベルのプレイヤーにとっての早押しクイズは、問題が読み終えられてから動くようでは遅い。固有名詞や助詞の使われ方から、正解が確定する瞬間を見極めてボタンを押し回答する。極端に短い時間の中で思考を突き詰める頭脳競技なのだ。
ミステリとしての謎は、シンプルだが深い。クイズとは、覚えた知識の量を競うものではなく、クイズに正解する能力を競うもの。いかにそのポイントを早く発見できるかが重要である。三島は真摯に競技クイズと向き合っているし、彼の人生がクイズの答えに繋がっている。
わずかな手掛かりから真相にたどり着いた時、クイズの世界の奥深さ、三島の思考力に圧倒された。人間ドラマに息をのみ、知的興奮と刺激に満ちた痛快な作品。好きなことへの情熱を感じる作品で、クイズでなくても、何か夢中になっているものがある人は、共感できるのではないか。

No.509 5点 ミハスの落日- 貫井徳郎 2023/07/19 06:42
海外を旅しているように思わせてくれる世界の都市を舞台にした5編からなる短編集。
「ミハスの落日」スペイン有数の製薬会社の会長からベニートは、突如呼び出しを受ける。訪れると母親の昔話を聞くことになる。旅情あふれる雰囲気は好きだが、密室トリックは無理がある。動機は切なくやるせない。
「ストックホルムの埋み火」レンタルビデオショップに勤めるブランクセンは、客にストーカー行為をし、挙句の果てに殺そうと決意する。しかし、すでに誰かに殺されていた。淡々と物語が進むところは好みではないが、最後に意外な事実が判明するという驚きがある。
「サンフランシスコの深い闇」保険調査員の「おれ」は、旧知の刑事から知り合いの保険金が早く下りるように段取りしろと言われる。その事件に興味を持ち、調べを進めるとその知り合いは、過去に二度夫が死んで保険金を受け取っていることが判明する。恐怖小説になりそうなテーマを軽い文体で描いている。真相は先が読めてしまった。
「ジャカルタの黎明」ジャカルタの娼窟でディタの元夫が殺され、悪徳刑事に付きまとわれていた。一方、彼女には日本人の上客がつき満たされていたのだが。悪徳刑事や娼窟というノワール素材を使いながら、最終的に世界を反転させるトリッキーな作品。
「カイロの残照」旅行社でガイドを務めるマムフードは観光客から、夫がエジプトで失踪した手掛かりをつかみたいと相談を受ける。連城三紀彦作品を想起するような反転で、後味は悪いが印象に残る作品。

No.508 7点 真相- 横山秀夫 2023/07/15 07:06
犯罪と人間心理をテーマとした5編からなる短編集。
「真相」十年前の殺人事件で死んだ息子の犯人を逮捕したと、税務会計事務所の経営者・篠田は警察から電話を受ける。だが、犯人は息子が万引きしたのを見たと供述する。二代目経営者として懊悩する篠田の決意と、事件の顛末が絡み合って涼やかさを残す。
「18番ホール」友人にほだされて、故郷の村の村長選挙に立候補することにした。また、どうしても村長にならなくてはならない理由もあった。疑心暗鬼に陥り、転覆していく様がサスペンスフル。ラストもいい
「不眠」会社をリストラされ、再就職もままならない中、山室は製薬会社の被験者のアルバイトのせいか、不眠がちだ。そんな中、殺人事件が起き容疑者となる。ありがちなオチだが、再生を感じさせる余韻がいい。
「花輪の海」大学時代の合宿のある夜、しごきの果てに死んだ一人の友人。それから月日が経ち、その時の同級生が集う。関わった人の心情が苦く思い。結末にやや物足りなさを感じる。
「他人の家」刑務所で罪を償い、新たな生活を始めた貝塚夫妻だったが過去の罪が知られて、住んでいる場所から出ていかなければならなくなる。さりげなく仕掛けられた悪意が明らかになり、希望を見出すラストが読みどころ。

No.507 7点 マザー・マーダー- 矢樹純 2023/07/10 06:10
母という存在をテーマとした5つの物語からなる連作短編集。
冒頭の「永い祈り」は、ローンのある一軒家で夫と一歳の娘・陽菜と暮らす専業主婦の佐保瑞希が主人公。娘の誕生をきっかけに中古住宅で夫と三人で暮らし始めたが、隣人が厄介だった。隣家の梶原美里から、陽菜の泣き声がうるさいとクレームを受ける。クレーマーに悩む若い母親という構図に始まるが、予想もしない方向に転がり、その果てに待つ結果も予想外。ミステリの焦点はそこだったのかと納得した後、見事な騙しのテクニックに感心。
第二話の「忘れられた果実」は、病院で看護助手として働く相馬が、離婚した後に亡くなった元夫の隠し子と、遺産にまつわる騒動に巻き込まれる。後半で意外な事実が明らかになる。しかも二段構えで。どんでん返しの連続を堪能できる。
第三話の「崖っぷちの涙」から一気に、梶原家の物語に突入する。監禁された男の脱出劇やロジカルな謎解きなど、各話で読み味を変えながら、第五話「Mother Marder」で衝撃的な真実が明らかになる。ダメ押しともいうべき、ラストのブラックな一撃も凄まじい。
その一方で、母と子というテーマが、五つの物語を通じて多角的に浮かび上がるようになっている。子供を愛するがゆえに、どんな醜悪な行為も辞さない。全体を通した梶原家の物語としてのピリオドが、見事に一体化する。各編に仕込まれた毒を味わえ、巧みな構成を堪能することが出来る作品。

No.506 6点 時空犯- 潮谷験 2023/07/04 06:37
ある日、私立探偵の姫崎智弘を含む八人の男女の元に、成功報酬一千万円という破格の依頼が舞い込んできた。情報工学の天才である依頼主の北神伊織博士によると、時間遡行を体験しており、何と依頼日である今日、2018年6月1日を、すでに千回近く繰り返しているという。
招集された八人は巻き戻しを認識することが出来るという薬剤を服用して、博士同様に6月1日の巻き戻し体験直後、博士は何者かに殺害されてしまう。繰り返される日付の中、謎は深まっていく。
怪しげな会場に集められた男女、莫大な報酬、発見された死体。博士殺害までは予想の範囲だろうが、時間遡行により事態が刻一刻と変化し、姫崎たちがそれに対して迫られる対処法も目まぐるしく変化を余儀なくされるあたりで、先が読めなくなる。
個性的なキャラクター揃いで、それぞれのキャラクターたちが存分に映える台詞、特に中盤の犯人を出し抜こうとしたある人物の提案には背筋が凍る。タイムリープという突飛な設定ではあるが、規則性や制限が開示されており、それを活かしたパズラーとしての謎解きが緻密で、現実的な推論を積み重ねて正体に迫っていくところが読みどころで説得力がある。
主人公の関係者を集めて謎を解く定番のシーンのシチュエーションにも、あまり類を見ない趣向が用意されている。SFでありながら、時にバイオレンス・アクション、時にラブストーリーと様々な側面を持つが、ラストは緻密に計算されたロジックの正統派本格ミステリに仕上がっている。ただし、派手な展開の割に仕掛けが小粒な点は評価が分かれるかもしれない。

No.505 6点 幻視時代- 西澤保彦 2023/06/30 06:30
文芸評論家の矢渡利悠人、小説家のオークラ、編集者の長廻の三人は、立ち寄った写真展で恐ろしい事実に気付く。
本書のメインの謎として、写真が撮られていた時点で四年前に亡くなっていた同級生の少女・風祭飛鳥が写り込んでいたという不可解な謎が提示されるが、その謎自体の不可能性に力点はない。なぜ、このような状況が生じたのかという動機の謎こそがメインとなる。この写真が生まれるまでに、様々な人間の様々な行動が関わっており、それら一つ一つの行動がなぜなされたのか、という部分が無理がないように描かれている。
そして本書は、ミステリとしてだけでなく、苦みのある青春小説としても読ませる。飛鳥という奥の深いキャラクター、主人公の恋心、教師である白洲と飛鳥の関係など、その時代特有の人間関係、飛鳥にしても矢渡利にしても、創作の苦しみが描かれ青春している。
目先の重圧を先延ばしし、罪悪感はありながらも、そこまで気負ってやったわけではない行動の積み重ねが、最終的に不幸を呼び寄せてしまうことになるという流れはよく出来ている。
合理的に解き明かすのが困難だろうと思われる謎を、メイン部分に仕込まれた伏線が二転三転する当事者の心理と推理を支えつつ、動機の謎を解き明かす論理展開が見事。

No.504 6点 看守の流儀- 城山真一 2023/06/24 06:38
金沢の刑務所を舞台に、刑務官と受刑者たちを主人公とした5編からなる連作短編集。
「ヨンピン」仮出所した模範囚の失踪と、薬を誤飲し重体となった認知症気味の受刑者の事案が相次ぎ、波紋を広げていく。
「Gとれ」所内の工場で印刷された大学入試問題の漏洩容疑で、署内が警察によるガサ入れの危機に陥る。
「レッドゾーン」受刑者の健康診断記録と胸部レントゲンフィルムの紛失が判明する。
「ガラ受け」重篤な病で数カ月の余命を宣告された模範囚に対し、刑の執行停止を実現しようと奮闘する看守。
「お礼参り」再犯リスクが高い満期釈放犯の処遇を巡り、さまざまな思惑が交錯する。
受刑者が絡む事件だけではなく、所員の対立が原因と思える作品もあり、バラエティに富んでいる。日本の刑務所は、受刑者の「更生」よりも「懲罰」の要素が高いという批判に晒されることも多いが、本書に登場する所員たちは受刑者に対し、皆が真摯に向き合っている。意外性のあるミステリとしても優れているが、謎解きと同時に所員たちの職務に対する矜持が浮かび上がるなど、人間ドラマとしても優れていて、横山秀夫作品を想起させる。
陰で謎を見通す探偵役の役割を負っているのが、警備指導官・火石司である。最終話の「お礼参り」では謎めいたこの人物に関する詳細が描かれるとともに、全編を通したある仕掛けが炸裂している。
最後に、それぞれのタイトルが刑務所内での隠語を使っているのでその意味を。
「ヨンピン」服役期間の残り4分の1を残して仮出所する模範囚。
「Gとれ」暴力団から足を洗うこと。
「レッドゾーン」刑務所内でまともな日常生活が送れない受刑者が大半を占めている場所。
「ガラ受け」受刑者が仮出所するときに、家族や後見人が身柄を引き受けること。
「お礼参り」仕返し、報復、復讐などの意。

No.503 5点 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2- 大山誠一郎 2023/06/19 06:45
前作「アリバイ崩し承ります」に続く第二弾で、那野県警捜査一課の新人刑事「僕」が、美谷時計店の女性店主・時乃に捜査中の事件について相談し、容疑者のアリバイを崩して事件を解決に導くというスタイルが貫かれている5編からなる短編集。
「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」一人の男性が自動車ごと湖に落ちて亡くなった。甥に容疑がかかったが、防犯カメラに残った画像からアリバイが確認される。
「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」県会議員のパーティーの最中、秘書が殺された。議員は秘書を殺す動機があったことが分かったが、彼には完璧のアリバイがあった。
「時計屋探偵と一族のアリバイ」資産家の男性が刺殺された。彼の甥と姪の三人が容疑者になるが、三人にはそれぞれアリバイがあった。
「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」主婦が自宅で殺害され夫が容疑者として浮上するが、彼には同時刻に別の女性を殺害した容疑がかかっていた。片方の事件で彼が犯人と立証されれば、もう片方の犯行は出来ない。
「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」祖父からアリバイ崩しを学んでいた時乃の高校時代の話。夏休みのある日、美術部員が作った石膏像が壊されていた。事件当時、茶道部の先輩が現場近くで目撃されていたが、犯行する時間はなくそのアリバイは時乃自身が確認していた。
凝った設定を駆使して、謎解きを提示している。だが毎回アリバイを崩して一件落着という流れでは単調になってしまう。これに対してアリバイを崩すことによって、さらに事件の様相が複雑になったり、状況の工夫によって展開の幅を広げてみせている。
白眉は、第75回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」で、狡猾で周到なアリバイ工作の真相には驚かされた。最終話の「時計屋探偵の夏休みのアリバイ」も、犯人が用いたトリックが効果的に機能している。その上で、時乃や祖父が見抜くロジックが美しく、アリバイが崩れた先に心地よい温かさが優しく訪れる忘れ難い作品となった。

No.502 5点 欺瞞の殺意 - 深木章子 2023/06/14 07:11
昭和四十一年の夏、県内で名を馳せる資産家だった楡伊一郎の法要で事件が起きる。家族と関係者がダイニングルームでお茶の時間を過ごしていた最中、故人の長女である澤子と孫の芳雄が毒物によって亡くなったのだ。澤子の飲んだコーヒーカップと芳雄が食べたチョコレートからは砒素が入っていたことが分かる。チョコレートを包んだ紙の破片が、ある人物の喪服のポケットに入っていたことが判明し、自首するに至り事件は収束を迎えたかに見えた。
無期懲役となり四十年を経て、仮釈放の身となった人物から事件関係者の一人に手紙が届くことで、本書は謎解きミステリの方向性を露にする。物語は受刑者と手紙を受け取った人物の間で交わされる書簡によって仮説の構築と否定が繰り返されるかたちで進んでいく。
この作品の中核を占めるのが、往復書簡である。この書簡から、伊一郎という独裁者によって歪められた楡家の人々の関係や、隠されていた愛憎を知ることになる。さらに推理合戦が繰り広げられ、真相に近づいていく過程に寄り添うことになる。
展開は目まぐるしく、終始息つく暇もない。限定された容疑者によるフーダニット、被害者のコーヒーだけに毒を混入させる手管とポケットの包み紙の謎を巡るハウダニット、旧家の複雑な人間関係に端を発するホワイダニット、それらのすべてが、手紙の文中に潜んだ大胆かつ巧妙な伏線とともに複数の推理となって、次々と現れる。シンプルに見えた状況が見え方を変え、多様な推理が導かれ、そして消えていく様は異様の一言に尽きる。仮説を否定する伏線までもが美しい。書簡という形態を逆手に取った仕掛けが炸裂する、最後まで油断できない作品。

No.501 6点 完全犯罪に猫は何匹必要か?- 東川篤哉 2023/06/10 06:54
烏賊川市を代表する回転寿司チェーンの社長、豪徳寺から成功報酬120万円という破格の仕事を請け負った鵜飼探偵事務所。その仕事は、家からいなくなった三毛猫を探し出すというもの。三毛猫探しに奔走する鵜飼たちであったが、当の依頼主が何者かによって殺害される。犯行現場には巨大な招き猫が鎮座し、不気味な様相に華を添える。
刑事と探偵の二つの視点で物語は進行し、絶妙に関わり合い、邪魔をし合っていく。本書は、猫に始まり猫で終わる、正確に言うと招き猫尽くしである。そして、気の抜けるギャグは本書でも健在である。猫を探して「ニャーゴ」と猫の真似をする探偵の姿は、ただでさえ冴えない中年探偵なのに、それに追い打ちをかけて笑いを誘う。それ以外にも漫才の掛け合いのような笑えるポイントはいくつかあり、ユーモアミステリ作家の本領が発揮されている。
また、作者お得意の大技的なバカトリックも炸裂している。木の葉を隠すならば、森の中へと言わんばかりに痕跡を隠蔽するという奇想に脱帽。猫尽くしなのは、こういう理由なのかと感嘆させられる。招き猫と三毛猫を鮮やかに結びつける解決はお見事。とにかく猫好きにはたまらない作品となっている。

No.500 6点 うるはしみにくし あなたのともだち- 澤村伊智 2023/06/05 07:07
四ツ角高校の三年二組で、クラスでナンバー1の美少女だった羽村更紗が自殺し、続いてナンバー2の野島夕菜が授業中に顔から血膿を噴き出すという凄まじい異変の連続から始まる。どうやら、人の顔を美しくも醜くも出来る「ユアフレンド」なる呪いを何者かがかけているらしく、更紗もそのせいで顔が老婆のようになり、悲観して自殺したようだった。担任の小谷舞香は、「ユアフレンド」にまつわる噂を聞き、事態を止めるべく奔走するが。
学校という狭い世界での、美醜価値観に基づく人間模様、教師たちの悪趣味のメタ推理。少女たちの美醜が、惨劇を引き起こすホラーの伝統を踏まえながら、そこに現代的な批評性を加えている。それは、女性が男性から顔の美醜で格付けされたり、女性自身がそれに基づいてスクールカーストを形成したりするようなルッキズムの呪縛に対しての批判である。ルッキズムの問題は、「人は見た目ではない」というところに単純に落としがちだが、そうならないところが、この作品の良いところ。
呪いの法則を解き明かすミステリ的興味の果てに浮かび上がる真犯人の像は、あまりにも悲哀に満ちていて切実だ。「美醜とは何か」という問題を突き付ける苦い後味が印象に残るホラーミステリ。

No.499 7点 黙過- 下村敦史 2023/05/31 06:35
タイトルの「黙過」とは、知らないふりをして見逃すの意。移植手術、安楽死、動物愛護など生命の現場を舞台にした5編からなる短編集だが、通して読むと一つの主題が姿を現すような構成となっている。最終章以外は、どこから読んでも構わないが最終章の「究極の選択」は最後に読むようにしてください。
「優先順位」轢き逃げ事故によって病院に運ばれた、肝不全で意識不明の患者が病室から消えてしまう。臓器移植を巡る医局の抗争物語。
「詐病」パーキンソン病で自宅介護を受けていた父親の病気が実は詐病ではないかと疑惑を持つ。安楽死を乞う父親を前に懊悩する家族。
「命の天秤」養豚場である朝、出産を控えた母豚十頭の胎内から、全ての子豚が盗まれる。過激な動物愛護団体が突き付けた狂気な正義。
「不正疑惑」細胞研究所の有名な研究者で学術調査官だった友人の自殺が、ある不正疑惑が原因かもしれないと知った精神神経医療研究センターの副センター長である小野田が、情報をもたらした医療ジャーナリストと共に真相に迫る。
「究極の選択」ここまでの4編は難しい命題が出てきて、それぞれ独立したかたちで結末まで描かれている。しかしこれら4つの作品を繋ぎ合わせるように一つに収束していく。それぞれ全く関係のない話だと思っていたから驚き。ここまでの4編が、読み終わった後もなぜかモヤモヤした感が残り、釈然としなかったが最後の1編で理由がわかってくる。最後に明かされる真実は、温かく包み込まれた感じになる。命の重さについて考えさせられる作品である。

No.498 6点 ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人- 東野圭吾 2023/05/24 06:51
コロナ禍の日本の地方都市で起きる殺人件が題材となっており、当時の世相を反映している作品。
神尾真世はコロナ禍で自粛が広がる最中、故郷で開かれる同窓会に出るか出ないか迷っていた。恩師が父・英一だったから、何ともばつが悪い。だが翌日、その父は自宅で他殺死体で発見される。真世は、翌日現場検証に立ち会うべく生家に行くと、警察相手に横柄な物言いをする男が現れる。父方の叔父・武史であった。
イリュージョニストである彼は、真世に警察より先に自分の手で真相を突き止めたいと言い、あの手この手で手掛かりを集め始めるが、警察の強面たちをも煙に巻く探偵術には恐れ入るばかり。観客相手に鍛えた洞察力といい、アメリカ仕込みの対話術といい、まさに現代版シャーロック・ホームズというべきか。本書の読みどころも、「謎を解くためなら、手段を選ばない」その名探偵ぶりにある。
表題の「名もなき町」は伊豆周辺の温泉町を想定しているのだろうが、もちろん架空のもの。真世の同級生をはじめ地元民は寂れてゆく町の復興に懸命だが、コロナ禍のために風前の灯。その意味では、本書はコロナ禍を正面から取り込んだミステリ初の町興しものではあるまいか。
また被害者の神尾英一はなぜ殺されなければならなかったのか。真世の同級生たちもその中に容疑者がいるかもしれないと平静ではいられない。同窓会ものとしても今風な趣向が凝らされている辺りはさすが。
ラストで突然明かされる真世のあることに関する鬱屈には驚かされた。武史と真世のコンビはよかったが、武史のキャラクターはもう少し掘り下げて欲しかった。シリーズ化はするのだろうか。今後の二人の活躍を見たいものだ。

No.497 6点 政治的に正しい警察小説- 葉真中顕 2023/05/19 06:44
多彩なテーマをブラックユーモアたっぷりで描く6編からなる短編集。
「秘密の海」親から虐待されて育った人は、自分の子供にも同じことをするのか。絶妙なミスリードに唸らされた。
「神を殺した男」天才棋士の紅藤は、ライバルの黒縞に殺される。あまりにも身勝手な動機には驚かされた。AI将棋が進化した故の悲劇。
「推定冤罪」警察による自白の強要。昔はまかり通っていたらしいが。人が脳内で真実を捻じ曲げた記憶を作ることの怖さが印象的。
「リビング・ウィル」松山千鶴は、母から祖父が意識不明の重体だと連絡を受けて病院に向かう。終末治療における尊厳死に関して考えさせられる作品。感動するお話かと思えば、皮肉な結末に唖然。
「カレーの女王様」主人公が幼い頃に食べた母親のカレーの隠し味の真相。トラウマになるぐらい衝撃的な結末。まさかのホラー。味覚が信じられない。
「政治的に正しい警察小説」小説から差別的な用語を排除していくとどうなるのか。主人公がそのような描写を排除することに取り憑かれていく様が狂気的。表現を突き詰めることの怖さが伝わってくる。

No.496 6点 殺人鬼フジコの衝動- 真梨幸子 2023/05/15 07:24
全編に渡り、イヤミス要素満載。不快な気持ちになるにはもってこいの作品。
両親と姉を惨殺され、たった一人生き残った11歳のフジコは、その後の人生をどう歩んだのか。幸福を何より望んでいたはずの彼女は、運命の残酷な導きにより、あれよあれよという間に残忍極まりない連続殺人犯へと化してゆく。この作品は、そんな「殺人鬼フジコ」の生涯を追った未発表原稿が、亡くなった執筆者の関係者の手によって世に出たという、いささか凝った構成になっている。
とにかくフジコの幼少期の境遇の酷さといったら、筆舌には尽くし難い。何も持っていない彼女から、さらに人生は容赦なくすべてを奪い去ろうとする。そこには同情や憐憫さえ寄せ付けないほどの、強烈な悲惨さがある。彼女を取り巻く登場人物たちも、かけらほども共感できない。非道で悪辣な者だらけ。だが同時に、ここまで極めると妙な痛快さが漂ってくるのも確か。あまりにネガティブな展開の連続とフジコの犯行のあっけなさ加減には、ついつい笑ってしまう。終盤、腑に落ちないことが残ったまま、突然あとがきのページになるので、面食らったがそこからがこの作品の真骨頂。
この作品には巧妙なトリックが仕掛けられている。最後のページまで読めば、この小説の魅力が単に「人の不幸は蜜の味」だけではないことがわかるでしょう。

No.495 8点 花束は毒- 織守きょうや 2023/05/10 07:36
木瀬は、かつて中学生の頃に家庭教師をしてもらっていた真壁が脅迫状を送られていることを知り、犯人を突き止めようと中学時代の先輩・北見理花が所属している探偵事務所を訪ねる。偶然再会した真壁が、彼と婚約者との関係を揺るがす脅迫者に悩まされていることを知り、真壁を助けたい一心で理花の元を訪れたのである。
主に理花の視点による物語は私立探偵小説の形式で淡々と進んでいく。かつて医大生だった真壁は、目下インテリアショップの雇われ店長をしている。脅迫の原因となっていると思われる過去の事件は真壁にとっても、そして木瀬にとっても掘り起こすことが現在の状況を好転させるとは思えないものだ。
事件の背後にあるものを探偵が追っていく過程が丁寧に描かれている。探偵と依頼者が直面する不都合な真実が、やがて脅迫者にたどり着くのだが、本書の真骨頂はその人物の真意が明かされたその先にある。
予期せぬ謎が突如解明され、総毛立つ感覚に見舞われる。恐るべき執念・狂気を明かし、推理へ回帰する構成が素晴らしい。作者の人間に対する透徹した眼差しが生んだトリッキーなサスペンスに背筋が凍る。
正義があれば真実を暴いていいのか。ラストに残る深い問い掛けに考えさせられる。一連の真相を知った主人公の決断は、どちらに傾いたのかを読者の想像に委ねたところに評価が分かれるかもしれない。個人的にはこれでよかったと思ったが。

No.494 6点 救国ゲーム- 結城真一郎 2023/05/04 06:44
過疎問題や地域再生を扱った作品。少子高齢化の加速で国家の経営が危機に瀕していた。その対策として全国民を大都市圏への集住をネット動画で訴えていた謎の仮面人物・パトリシアが、自分の計画通りにしなければ地方をドローンで無差別テロを決行すると告げる。
ドローンや自動運転車両を用いて限界集落を活性化しようと地方創生のスターとして活躍してきた神楽零士が殺される。遺体は首が切り離され、胴体だけが自動運転車両に乗せられ、山中へ送られていた。事件のあった集落の住人・晴山陽菜子は真相解明のため、旧知の中で死神の異名を持つ官僚・雨宮に協力を要請する。
出だしは謀略パニックものだが、話の興味は謎解きに一転する。現代の社会問題をYouTubeやドローンといったメディアやツールを駆使しているところが新しく、個人の訴えが広く伝わるソーシャルメディアの感覚などが、巧みに物語に取り込まれているのが上手く魅了される。ドローンの特有の動きが盲点となり、アリバイを成立させているところや、ある証言が最後のどんでん返しの有効な手掛かりへと翻る展開などが工夫されている。
フーダニットに関しては、早い段階で明かされてしまうが本作は、緻密なアリバイ崩しの過程と犯行計画に至った経緯が読みどころなので問題はないだろう。
真相が明らかになり事件が収束する終盤には、そうまでしなければならなかった切実さが胸に突き刺さる。社会問題を突き付けられ考えさせられる作品。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 573件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)