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パメルさん
平均点: 6.14点 書評数: 573件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.553 7点 #真相をお話しします- 結城真一郎 2024/02/03 19:28
不気味な雰囲気と違和感で何かがおかしい、というところから事態が進んでいき驚愕の真実が明らかになる、現代ならではの事象を織り込んだ5編からなる短編集。
「惨者面談」家庭教師・片桐が、新たな顧客宅を訪問した時、最初は普通の主婦とその息子に見えたのだが。その後、会話が嚙み合わなくなり違和感を覚える。いくつもの不自然さを読み解いた果てに現れる真相に驚かされた。
「ヤリモク」マッチングアプリがもたらす危険な出会いを描く。何だか上手くいきすぎている気が。ミステリとして今ひとつ。
「パンドラ」娘の真夏から、連続幼女誘拐事件の犯人の顔に似ていると言われる。ある日、自分が精子提供した女性が生んだ我が子から衝撃のメールが。不妊治療の結果から、ある真実が明かされる。知らない方が幸せなこともあるという、タイトル通り開けてはいけないパンドラの箱そのもの。
「三角奸計」東京に住む「僕」桐山と関西在住の茂木と宇治原は、久しぶりにリモート飲み会を開くが。二時間後には、友人の殺意を聞かされ意外な結末に至る。ある人物が行った作戦が見事で、背筋がゾッとする。まんまと騙された。
「#拡散希望」現代文明から遠ざかった離島で、4人の小学生がYou Tubeに目覚めるが。現代らしい事物を題材にしつつ、土台にあるのはあくまでも人と人との関係。やがて浮上する隠されていた関係。動画共有サービスが普及する前には存在しなかった動機で、現実的に十分ありそうな残酷なクライマックスに衝撃。社会批判を織り込んだ意欲作。
いずれも限定的な人間関係がモチーフとなっており、語り手が自分の置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする。その真相を開示していく過程が読ませる。

No.552 7点 戻り川心中- 連城三紀彦 2024/01/30 07:01
再読です。流麗な文章、詩的叙情性の中に潜む悪魔的な企みがある5編からなる短編集。
「藤の香」色街に集う男と女。ある者は家庭の事情で売り飛ばされ、ある者は夫の薬代の稼ぎのために。そんな色街で殺人事件が起きる。時代設定が上手く生かされた文学的な香りが濃厚な作品。
「桔梗の宿」梢風館へ行った客が他殺死体で発見された。その死体からは、200円という当時としてはかなりの額の金額が失われていた。何ともやるせない動機が胸に迫ってくる。
「桐の柩」次雄は親分を殺した。兄貴分の貫田が次雄に殺させたのだ。病で半年も、もたなかったはずなのに何故か。逆転の発想の動機が見事だが少し強引か。
「白蓮の寺」鍵野史朗は、幼い時の炎の記憶の中で、母が人を殺すところを見ている。母は誰を殺したのか。鮮やかな反転と意外な動機。
「戻り川心中」大正を代表する天才歌人・苑田岳葉。彼が残した「桂川情死」と「菖蒲心中」は彼の心中事件を題材に自分自身が詠んだ歌で、この二冊で岳葉は名を残したといっても良い。そして彼が起こした心中事件は「戻り川心中」と呼ばれる心中の追随者さえ出た。驚愕の真相、美しくも哀しいラスト。日本推理作家協会賞に輝くのも当然。

No.551 6点 弥勒の掌- 我孫子武丸 2024/01/26 07:17
高校で数学を教えている辻恭一は、教え子を妊娠させてしまうという不祥事を起こして以来、妻とは家庭内別居状態だった。ある日、妻がいなくなり嫌気がして出て行ったのだと思い、居場所を探すわけでもなく、捜索願を出すこともなかった。やがて警察から妻の失踪に辻が関与しているのではと疑われるように。一方刑事の蛯原は、汚職の疑いで人事に目をつけられていた。そんな中、妻がラブホテルで殺されたと一報が入る。蛯原は、妻を殺した人間を見つけ出そうとするが。
辻と蛯原の視点が交互の描かれ、それぞれ自分の妻の行方、自分の妻を殺した犯人の行方を捜していく。するとどちらの線からも、怪しい噂が山ほどあるといわれる宗教団体・救いの御手に行き着く。
宗教団体の内部や手口が丁寧に描かれており、辻が宗教団体の体験入信する箇所は読み応えがある。またリアリズムを感じさせる警察の描き方の丁寧さがあいまって物語を支えている。
奇跡を起こさせるという教祖・弥勒様の正体とは何なのか。二人の妻に関わる事件の真相は。小説的な技巧、ミステリ的な技巧を凝らし計算されたカタルシスへ向かう。最終章で明かされる全体の構図は、驚いたが少し無理があるように感じた。作者はこの大仕掛けを成立させるために、古典的な叙述トリックと現代的な機械トリックを大胆に組み合わせている。

No.550 6点 時空旅行者の砂時計- 方丈貴恵 2024/01/22 19:18
主人公のライター・加茂は、間質性肺炎に冒され命が危うくなった愛妻を救うため、マイスター・ホラと名乗る正体不明の存在の声と砂時計に導かれ、2018年から1960年にタイムトラベルする。そこでは、妻の先祖である竜泉家で忌まわしい連続殺人が起こり、その後に土砂崩れで一族のほとんどが死亡することになっている。
橋の崩壊によって陸の孤島となった古い屋敷、いわくありげな一族の人々、次々に起きる不可能犯罪、見立て殺人、土砂崩れまでのタイムリミット。本格好きにはたまらない要素が満載。
マイスター・ホラによって説明されるタイムトラベルに付随したルール設定が、あまりにご都合主義と感じられたが、中盤に入ると謎の声の正体や、なぜタイムトラベルする必要があったのかも論理的に説明され、真相と緊密に結びついていることが分かり感嘆させられた。終盤には読者への挑戦状が挿入される。いろいろな要素を詰め込みすぎた感はあるが、異様な犯罪動機もSFミステリならではで満足させられた。

No.549 6点 光と影の誘惑- 貫井徳郎 2024/01/18 06:58
重厚な語り口でトリッキーな仕掛けを炸裂させる、誘拐、密室、倒叙、出生の秘密とバラエティに富んだ4編からなる中編集。
「長く孤独な誘拐」森脇耕一の息子が誘拐された。しかし、誘拐犯は身代金を要求せず、森脇に他の子供を誘拐するように要求する。子供を誘拐しておいて、第三者に誘拐させるといった操り構造は、山田風太郎作品を想起させる。森脇の奮闘に胸を打つ。
「二十四羽の目撃者」サンフランシスコ動物園で起きたペンギンの前での殺人事件。第一発見者の証言によると、密室だとしか言いようがない。話自体は面白いが、軽めのタッチで作者らしい作品とは言いかねる。真相も残念。
「光と影の誘惑」競馬場で小林と知り合った銀行員の西村は、小林から現金強奪の話を持ち掛けられ、些細なきっかけからその手引きをする。このトリックは巧妙で、すっかり騙されてしまった。切れ味鋭い傑作。
「我が母の教えたまいし歌」父親の葬儀のために実家に帰省した皓一は、父親が勤めていた会社の同僚から、自分に初音という姉がいた事実を知らされる。連城三紀彦のある短編を想起させる。真相は途中で気付いてしまったが、結末へのプロセスはよく出来ている。

No.548 5点 栞と噓の季節- 米澤穂信 2024/01/14 06:54
高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門を主人公にした図書委員シリーズ第二作。
返却本に挟まっていた押し花をラミネート加工した栞。その花は猛毒のトリカブトだった。堀川と松倉は、持ち主を探し始める。校舎裏でトリカブトが植えられていた痕跡を発見し、その場に瀬野という女生徒がいた。翌日、栞は自分のものだと告げた瀬野は、二人から栞を奪い燃やしてしまう。
人は常に他者の視線にさらされている。他者と一体化することで、自分の「個」としての特性を覆い隠し、その場の色に染まった自分に安心する。人の目が気になりだす思春期以降に顕著な行動様式だ。本作は、その成長過程にいる若者たちを鮮やかに描き出している。
堀川と松倉と瀬野の三人は、それぞれの理由で事件の真相と謎を追っていくが、瀬野は大小の嘘をとり混ぜたりするため、事の究明は一筋縄ではいかない。堀川と松倉の二人もまた、自分が拠って立つ規範や信条から、嘘を交え事実の隠蔽を図らなければならない。
嘘をつくというのは本質的には悪とみなされる行為だ。しかし、なぜ嘘をつかなければならなかったのかということを探ると、そこには嘘をついた当人しか理解し得ぬ心の動きがある。嘘を通して生まれる新たな人間関係が素敵な青春ミステリ。

No.547 6点 狐火の家- 貴志祐介 2024/01/10 06:53
セキュリティの専門家・榎本径と、弁護士・青砥純子の掛け合いが楽しい、密室の謎に挑む4編からなる短編集。
「狐火の家」地方の一軒家で起きた事件は、現場の状況から殺人事件と断じられたものの、密室状態であったことがネックとなり、第一発見者である父親が容疑者に。いわゆる多重解決ものだが、解決のつけ方以外にも、犯人の思考や密室にも見るべきものがあり完成度が高い。二転三転するプロットの密度が濃く、長編として読みたかった作品。
「黒い牙」蜘蛛愛好家が蜘蛛に噛まれて亡くなってしまう。扱いには慣れていたはずなのになぜか。とあるものに仕掛けられたものには唖然とするしかない。
「盤端の迷宮」殺された棋士・竹脇の部屋は密室状態だった。なぜ密室にしたのか。そこから導き出される犯行動機こそが眼目というべきだろう。謎を解くヒントは将棋であり、将棋に対する作者の思いが込められている。
「犬のみぞ知る」以前扱った事件で知り合った、松本さやかが所属する劇団の代表が殺された。被害者はよく吠える犬を飼っており、その犬が意図せずして密室を構成する要素になるのだが。脱力もので馬鹿馬鹿しさが光る。

No.546 10点 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件- 白井智之 2024/01/06 19:33
一九七八年十一月十八日、中南米のガイアナ共和国にある密林を切り拓いた小集落ジョーデンタウン。そこはジム・ジョーデンを教父とする教団「人民教会」の信者たちが、世俗に背を向け奇跡を信じて暮らす楽園だった。しかし、ジョーデンの号令のもと、二百六十七人の子供たちを皮切りに、計九百人以上の人間が服毒自殺に走り、ジョーデン自身も拳銃で自らの命を絶ってしまう。いったい彼らは、なぜこのような終局を迎えることになってしまったのか。この集団自殺事件は、ジム・ジョーンズを教祖とする実在した教団「人民寺院」がたどった惨劇をほぼそのまま下敷きにしている。
ここで物語はいったん時間を遡り、日本を舞台に改めて進み始める。主人公である探偵の大塒崇は、調査先に行ったきり帰ってこない助手・有森りり子を探しにジョーデンタウンを訪れる。ジョーデンタウンは、奇跡の楽園と言われ、病気や怪我も存在しない、しかも失われた四肢さえも蘇るというカルト教団。ジョーデンタウンには助手以外にも外部の人間が訪れていた。その調査団のメンバーが不可解な死を遂げ、その後も次々と起こる。しかし、ここでは病気や怪我もなく、つまり死んだりしないので彼らに事情聴取をしても、事件のことを伝えても誰も信じない。そのような奇跡が存在する土壌で起きた密室殺人という特殊ミステリ。
なんといっても白眉は解決編。全体の1/3以上が解決編という構成。いわゆる多重解決もので、作者の得意としているところ。ひとつの事件に対して仮説を立てて、謎を解決したかと思いきや、その推理を上回る新たな解決が現れることが延々に続く。この圧巻の解決編が読ませる。この多重解決は、今までにない着地のさせ方、新しい趣向がなされている。複数の推理が語られてこそ、この犯人を真に断罪できるという構図が見事。緻密な推理を組み立てるためには、多くの手掛かりが必要であり、多くの手掛かりを生むためには、それと気づかせない工夫が必要だということに労力をかけていることがよくわかる。
最後の最後までサプライズが詰め込まれ、どんでん返しに次ぐどんでん返しで振り回される快感が味わえる。終盤に明かされるタイトルの真意も実に衝撃的で、真犯人の動機には戦慄させられた。作者にしてはグロテスクな描写が抑えられているので、万人にお薦めできる本格ミステリの傑作。

No.545 6点 ブレイクニュース- 薬丸岳 2023/12/28 06:50
SNSが武器にも凶器にもなる現代社会の危うさを7つの事件取材から描いた連作短編集。
「ブレイクニュース」週刊誌記者の真柄新次郎は、人気ユーチューバー・野依美鈴の取材をすることになった。彼女のユーチューブ「ブレイクニュース」は視聴回数1000万回を超える。ギリギリともいえる手法で児童虐待の問題に切り込んでいく美鈴に反発を覚える。
「巣立ち」51歳の息子が19年も引きこもり状態になっていることに悩む老夫婦。自分たちを取材してもらって、ブレイクニュースを視聴している息子に見てもらいたいという依頼だった。ラストに差し込むかすかな光が、希望を感じさせる。
「嫌疑不十分」杉浦周平は、女性を暴行したという容疑で逮捕される。嫌疑不十分で不起訴になったものの、仕事はクビになり両親からは絶縁を言い渡され、苦境に陥っていた。冤罪を晴らしたいとブレイクニュースに依頼する。ラストの捻りの鮮やかさに唸らされた。
「最後の一滴」生活苦からやむなくパパ活という選択肢を取った北川詩織。「あなたは闘ったことがある?」と美鈴に問いかかられた詩織が下した決断は。女性であることが不利にならない社会であってほしいという作者の願いが伝わってくる。
「憎悪の種」は、在日外国人への差別意識を「正義の指」では、SNSの誹謗中傷にスポットを当てている。そして最終話「ハッシュタグ」で美鈴をめぐる謎とブレイクニュースを続けてきた目的が明らかになる。
児童虐待、8050問題、冤罪事件、ヘイトスピーチ、パワハラ、医療過誤など、まさに現代日本が抱える問題が浮き彫りになり、それがネットと絡み、ネットの闇もリアルに描かれている。

No.544 5点 石ノ目- 乙一 2023/12/24 06:51
表題作はホラー、それ以外は奇譚の4編からなる短編集。
「石ノ目」顔を見たら石になってしまうという石ノ目の伝承が息づいている村の中学教師が主人公の物語。夏休みに同僚の教師と山登りに行くも遭難。そこで見知らぬ人に助けられるが、石ノ目ではないかと疑う。落としどころは、そこしかないというところだがプロセスは面白い。意外な伏線もあった。
「はじめ」苦し紛れに創造した架空の女の子が実際に存在してしまうという物語。幽霊という存在ではない微妙な存在ではあるが、その存在感が面白い。
「BLUE」動く人形の視点で語られる。あるグリム童話から発想を得たのかと思われる物語。結末は泣かせる。
「平面いぬ」ふとしたきっかけで、腕に犬のタトゥーを彫ったら、それが動き出すといいう変な物語。しかも、主人公の家族が全員、癌で余命幾ばくもないという。笑ってはいけないんだろうが、笑ってしまう巧さがある。

No.543 6点 顔のない敵- 石持浅海 2023/12/20 06:50
対人地雷を小道具にし、本格ミステリの要素として組み入れた地雷シリーズ6編と処女編1編からなる短編集。
「地雷突破」イベントで爆発しない、安全な使用に作り替えられた地雷原を歩いたスタッフが、なぜか爆死した。読者の裏をかき続ける展開に前向きな結末。
「利口な地雷」対人地雷にも様々な種類があり、本編で出てくるのは、地面に埋めれば時間とともに消える地雷。犯人を絞り込んでいくプロセスに作者らしさが感じられる。
「顔のない敵」地雷その物が生み出す悲劇をここまで切なく描いたミステリも珍しいのではないか。犯人を絞り込むロジックそのものは単純ながら、ロジックがさらに悲劇性を高めている。
「トラバサミ」地雷除去NGOのメンバーの一人が交通事故で死亡した。彼はトラバサミを持っていた。地雷代わりにどこかに仕込んだらしいが、本人が死んだ今、どこにあるか見当がつかない。ちょっとした会話から手掛かりを拾い出し、場所を特定する様は本編の真骨頂。
「銃声でなく、音楽を」NGOのスポンサーの元に赴いた二人。そこで偶然、銃殺事件に遭遇する。説得の論理に一見身勝手だが、それ故に説得力を持つ。
「未来へ踏み出す足」地雷除去装置を以て日本へ来た面々のメンバーが奇妙な格好で死んでいた。シリーズのフィナーレにふさわしい、実に前向きな作品。
「暗い箱の中で」本書のボーナストラック。エレベーターの中で起きる殺人。なぜ犯人はこの場所で人を殺さなければならなかったのか。真っ暗になったエレベーター内での殺人という設定が新鮮。動機は少々無理があるが、瑕疵というほどのものでもない。

No.542 7点 邪教の子- 澤村伊智 2023/12/16 06:56
物語は、慧斗という女性の手記から始まる。少女時代、彼女が暮らすニュウータウンに引っ越してきた同い年の茜は、親が新興宗教に入信していて娘を学校に通わせない。その茜を助け出そうとする慧斗の懸命な行動が描かれる。慧斗の手記には違和感があり、真実が明かされる前から不穏な空気をまとっている。
二部構成のプロットで、中盤に捻りを加え、知らないうちに騙されてしまうミステリの魅力を、知らないうちにオカルト教団に絡めとられてしまう恐怖に重ねて描いているのが巧い。幸せそうなのに素直に受け入れられない恐怖がある。真実が明かされると手記の持つ意味がガラリと変わり物語がひっくり返る。
タイトルの「邪教の子」が意味することは。邪教の子とは誰のことを指すのか。どんでん返しが繰り返され、帯の惹句通り最後の最後まで気が抜けない作品。

No.541 5点 ほうかご探偵隊- 倉知淳 2023/12/12 07:02
ジョブナイルミステリ叢書、ミステリーランドの一冊として刊行された作品で、子供向けではあるが大人でも十分楽しめる。
クラスで起きた、不用品連続消失事件。消えたものは、不細工な手作り招き猫、図工の授業で描かれた風景画、そして縦笛の真ん中の部分。加えて飼育小屋のニワトリまでもが消えてしまい、誰が何のためにこのようなことをやっているのかと謎は深まるばかり。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが好きな龍之介に誘われ、4人で探偵隊を結成する。そして消えた4つに共通点があるのではと推理を始める。
視点は子供だが、会話などに猫丸先輩シリーズを彷彿とさせる。プロットの運びや真相、伏線の張り方が「猫丸先輩の推測」に収録されている数編を思い起こさせるものがあるからだろうか。どこかほのぼのした、それでいて推理の過程をしっかり押さえていて、なかなか本格的。
視点を龍之介の友人に置くことで、子供の視点で物語は進む。本書はそのお約束がかなり効果的に使われており、実に巧い作品に仕上がっている。真相は、いささか拍子抜けする部分もありはしたが、子供に読ませたい作品であることは確かだし、それだけに止まらず、作者のファンならば読んで損はないでしょう。

No.540 7点 疑惑- 折原一 2023/12/08 19:16
オレオレ詐欺、放火、悪徳リフォームなど、テレビでよく報道されているような身近な犯罪がテーマの5編とボーナストラック1編の短編集。
「偶然」一人暮らしの老婆の元に、出ていった息子から電話が入る。切れ味より予定調和な意外さがあって巧さを感じる。
「疑惑」ひきこもりの息子が放火犯ではないかと疑う母親。細かいどんでん返しの連続で、オチは読みやすいが締め方が巧い。
「危険な乗客」夜行列車で乗り合わせた隣の席の女。怪しげな雰囲気の中、折原マジックが炸裂する。
「交換殺人計画」義理の父親を殺す計画を立てた男は、愛人にその計画を打ち明けるが。交換殺人をどう捻るかが話のキモだが、ラストは呆気にとられた。
「津村泰造の優雅な生活」引退して悠々自適の生活を送る津村泰造だったが、そこにセールスマンが来たことから話はややこしくなる。オレオレ詐欺や悪徳リフォーム業者がモチーフになっており、仕掛けられたトリックは一筋縄ではいかない。後味の悪さが印象的。
「黙の家」画家の石田黙の画をふんだんに使っている。沈黙のスピンアウト。

No.539 6点 祈りの幕が下りる時- 東野圭吾 2023/12/04 06:52
加賀恭一郎シリーズ第10作。
アパートで女性が殺されていた事件と河川敷でのホームレス焼死事件。それぞれ同時期に近い場所で殺された事件だった。今回の事件には、加賀の人生にとって重要な過去の出来事が大きく関わっている。彼が子供の頃に家を出ていった母親が残した謎のメモ。そのメモに書かれていたのと同じ内容が書かれたカレンダーが、殺人事件の現場となった部屋で発見されるのだ。
その内容が何を意味するのか。その謎を解き明かした時、事件が解決するとともに、加賀が母について一番知りたかったことも彼の前に現れる。加賀が日本橋署にこだわって異動してきたことも、どのような経緯で母と生き別れになったのかということも、シリーズを通しての謎が明かされスッキリする。
ただ本作は、ミステリとしては地味で派手な仕掛けはない。暗号らしきものが登場するが、暗号とは少し違った意味合いを持つので、謎解きに大きく関わってくるものの、そこに驚きがあるということはない。
縁もゆかりもないはずの人物が入居していたアパートの部屋で殺されていた女性から、少しずつ様々な人物をたどっていき、一本の線につないでいく地道な作業に執念が感じられ、大事なピースがはまった時には感動を呼ぶ。加賀恭一郎という男の謎と人間的魅力、物語全体を貫く切なさ。本作は、どんでん返しや大きなトリックを楽しむものではなく、人間関係のドラマで読ませる作品といえるだろう。

No.538 6点 鋏の記憶- 今邑彩 2023/11/30 06:58
物に触れるとその物が持っている記憶が読み取れるという、サイコメトリーの能力を持った女子高生・桐生紫が活躍する4編からなる連作短編集。
「三時十分の死」財産家の叔父が亡くなり、莫大な遺産を相続することになった順平。しかし、伯父の死が殺人ということで嫌疑がかかってしまう。終盤に浮き彫りになる事柄への伏線の数々はお見事。
「鋏の記憶」紫は同居人である進介の同級生の二瓶に、漫画のアシスタントが休んでしまったため手伝いに駆り出される。紫はその部屋にあった鋏に触れると、血を流して横たわる幼児の絵が見えた。二転三転する展開は巧いが、サイコメトリーの能力が発端にしか絡まないというのは勿体ない。
「弁当は知っている」冴えない男に嫁いだ女性は、誰もがうらやむ美人。しかしある日、書き置きの手紙を残して失踪してしまう。彼女の前夫が刑務所から出所したため、復讐を恐れ逃げるが男は何者かに殺されていた。この作品は、犯人が誰かというよりも男の造形が面白い。サイコメトリーの能力で読み取った映像に哀しみを誘う切ない物語。
「猫の恩返し」小寺雅道は、怪我を手当てし住み着いた猫だけが心の拠り所だったが、いつの間にかいなくなってしまった。ある日、息子の小学校時代の同級生という人物がやってくる。その人物は何故か仏壇の場所を知っている。猫の化身なのか。猫の恩返しという「いい話系」で展開も巧く読ませる。独居老人と殺人事件を絡ませているが、そちらは蛇足。

No.537 6点 退出ゲーム- 初野晴 2023/11/26 19:08
主人公の女子高生と幼馴染の男子高生が部活に関わる謎に挑んでいく4編からなる青春ミステリ。
「結晶泥棒」学園祭の開催が危ぶまれる事態が起きる。毒物を結晶化させたものが盗まれ、しかも脅迫状も送られてくるのだ。メインとなるべき盗難事件に関しては伏線の置き方が印象に残る。
「クロスキューブ」吹奏楽部存続のため、必要な人材をスカウトしようとする。入部の条件は、六面とも白色のルービックキューブの謎を解き明かすことだった。ルービックキューブに隠された謎の正体というよりむしろ、絵解きのシーンなどの個々の細かい描写が印象に残った。
「退出ゲーム」演劇部と吹奏楽部の二つの部が必要な人材を手に入れるために行った勝負は。作中人物にまで叙述トリックを仕掛けるという、叙述トリックという要素を考える上で興味深いものになっている。
「エレファンツ・ブレス」奇妙な枕に関するトラブルを解決する羽目になったのだが、だんだんと深刻なところに話が進んでいく。ひょうたんから駒ということわざがあるが、まさにその通り。

No.536 6点 片眼の猿- 道尾秀介 2023/11/22 06:53
ヨーロッパの民話に「片眼の猿」という話があるらしい。その昔、その猿は皆左眼だけしかない猿であった。ところがある日、両眼をもって生まれた猿が現れた。左眼しか持たない猿の集団の中で、いたたまれなくなり、ついには右眼を潰してしまったという話。
私立探偵の三梨は、盗聴専門という変わり種の探偵であった。彼の元に産業スパイを捜し出す依頼が舞い込む。三梨は着実に調査を進めていたが、そんなある日、知っている人に似た女性を見かけてスカウトする。相棒として調査を進めるが、そんな中殺人が起き、相棒が容疑者として挙がってしまう。
作者の作風は、どちらかといえばダークなサスペンスもの、またはホラー寄りのミステリというイメージがあるが、この作品は底抜けに明るい。プロットそのもの自体は、暗いものが流れているのだが。事件そのものは単純なものであるものの、思いも寄らないところへ転がっていくところに意外性がある。盗聴専門の私立探偵というのは面白い着眼点だ。音に着目し、そこに何かを仕掛けるというのは予想がつくが、小説ならではの仕掛けが仕込まれている。
外見ではなく、何を意識すべきなのか。人間の本質はどこにあるのか。人間にとって本当に大切なものは何か。その答えに三梨は持論を語る。仕掛けの一部は、容易に見当がつくだろうが全てを見破るのは困難だろう。その仕掛けが明かされるプロセスは「シャドウ」に近いテイストがある。

No.535 5点 マーダーズ- 長浦京 2023/11/18 06:55
総合商社に勤める阿久津清春は、柚木玲美がストーカーに襲われる場面に遭遇し助けに入るのだが、彼女は彼をわざと巻き込んだのだった。同じ頃、組織犯罪対策五課の則本敦子も彼女にリクルートされていた。
物語がどこへ行こうとしているのか、なかなかわからない。主要な三人組はいずれも後ろ暗いところがある。この訳あり三人組による未解決事件の捜査を中心に展開される。捜査の対象となるのは、殺人犯ながら誰にも知れず、一般社会で普通に生活している者。そして捜査の過程でも同じような未知の殺人者たちと次々に出会っていくことに。清純な美女ながら、目的のためには親しい人々の犠牲も厭わぬ肝の据わった玲美。品行方正な外見とは裏腹に冷酷でヤクザ相手にも動じず、武器も手作りでこしらえてしまう清春。庁内では浮いた存在ながら、捜査能力に長けたハードボイルドな則子。
そしてやがて浮かび上がる正義や善悪の在り方を問う主題。何が正しいのか、正しいことに意味があるのか。頭の中がかき回されながらも続きが読みたくなる。中盤まではスリリングな捜査劇が繰り広げられ、終盤は迫真のバイオレンスアクションで盛り上がり、クライマックスまで昇りつめる。徹頭徹尾、不穏な小説である。

No.534 5点 フリークス- 綾辻行人 2023/11/14 06:52
サイコホラーと本格ミステリへの愛を感じる、精神病院に入院する患者が描かれる3編からなる中編集。
「夢悪の手 三一三号室の患者」精神病院に入院した母親を見舞う青年・神崎忠の視点で描かれる。ラストのひっくり返し方は作者らしく闇への愛を感じられる。己のアイデンティティを崩壊させる作品。
「四〇九号室の患者」芹沢園子は、何かの事故で大怪我を負い入院していた。しかし、これは医師らが説明した話で、彼女は自分が芹沢園子だと確信を持てなかった。二転三転する展開や、そこに至る伏線の張り方は見事。サイコとアイデンティティテーマの相性の良さが分かる。
「フリークス 五六四号室の患者」小説家の私は、精神科医の桑山から、とある小説を渡される。精神病院患者が殺人事件を扱ったものを書いた小説。作中作の容疑者全員フリークであるという、文字通りの異形のフーダニットでグロテスクな描写が多い作品。「どんどん橋、落ちた」の収録の幾編かを彷彿させるような構造。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 573件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)