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HORNETさん
平均点: 6.30点 書評数: 1069件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1069 6点 任侠楽団- 今野敏 2024/04/15 21:22
 阿岐本組組長・阿岐本雄蔵は、義理人情に厚く、域内の困りごとに一肌脱ぐのが大好き。代貸の日村はそんな親分に振り回される日々。今回は、公演間近のオーケストラが、内紛によって分裂の危機!? コンサルティング会社の社員を装って楽団に潜入した阿岐本組の面々だったが、そんな矢先に指揮者が襲撃される事件が発生し…!

 今回は、傷害事件も発生し、その犯人を明らかにするというフーダニットも含んでおり、シリーズ作の中ではなかなかミステリっぽい。「誰が犯人か」を推察していく過程で、登場人物一人一人の人柄が明らかになっていくので、シリーズの面白さをうまくミステリに絡めていると思う。
 とはいえ、真犯人の見当は前半早々につき、もののみごとにそのとおりだったので、謎解きそのものは作品の魅力のメインではない。組長・阿岐本の豪放さと人情、振り回される体であっても結局そんなオヤジを敬う日村、それぞれのシリーズキャラクターが存分にらしさを発揮して、ハートフルなストーリーに帰結するシリーズの魅力は変わらず。

No.1068 7点 鼓動- 葉真中顕 2024/04/15 21:08
 ホームレスの老女が殺され燃やされた。犯人草鹿秀郎はもう18年も引きこもった生活を送っていた。彼は父親も刺し殺したと自供する。長年引きこもった果てに残酷な方法で二人を殺した男の人生にいったい何があったのか。事件を追う刑事、奥貫綾乃は、殺された老女に自分の未来を重ねる。私もこんなふうに死ぬのかもしれない――。刑事と犯人、二つの孤独な魂が交錯する。困難な時代に生の意味を問う、感動の社会派ミステリー。(出版社より)

<ネタバレあり>
 犯人・草鹿秀郎の小学校時代からの回想と、奥貫綾乃が主人公の現在の捜査を描く物語が、交互に描かれ、ラストにそれらが重なって真相に―という構成。著者の代表作「Blue」のように、草鹿の回想部分では昭和から平成にかけての時代状況や風俗がリアルに描かれていてそれ自体面白い。草鹿がいわゆる「就職氷河期世代」で、そこからつながる「8050問題(中年の引きこもりと、それを抱える親の問題)」を描いているのも、本作の一つのテーマなのだろう。
 序盤から「犯人」草鹿秀郎が自白しており、それを裏付けるような回想が並行して描かれていることから、メインの謎は犯人の「動機」であるような展開だったが、ラストにフーダニットへと転ずる仕掛けが施されていて、予想以上に面白かった。
 前半に小出しされているその伏線は弱いので、ミステリ単体としてはそこそこだが、社会派小説としての魅力が強く、全体的に面白い作品だった。

No.1067 8点 ビブリア古書堂の事件手帖IV ~扉子たちと継がれる道~- 三上延 2024/04/15 20:54
 戦中、鎌倉の文士達が立ち上げた貸本屋「鎌倉文庫」。運営メンバーは、久米正雄、川端康成、小林秀雄、里見弴、らそうそうたるメンバー。千冊あったといわれる貸出本も発見されたのはわずか数冊。中には明治の文豪、夏目漱石の初版本も含まれているという。ではその行方は―。篠川智恵子、栞子、扉子と三代に渡って受け継がれる「本の虫」の遺伝子が織りなす古書に纏わる物語。

 今回の題材は、夏目漱石。「鎌倉文庫」の蔵書であったはずの「鶉籠」(世に有名な題でいえば「坊ちゃん」)の初版本の行方を捜すストーリーが、扉子と戸山圭の苦い思い出を紐解く中で描かれていく。
 思えばシリーズスタートからはや13年。当時、「日常の謎」スタイルの安楽椅子探偵ものがいくつか後発して、本シリーズも一流行となっていくのかな…と思っていたけど、適度な間隔でコンスタントにシリーズが続けられていて嬉しい。時流に惑わされずあくまでマイペースに、変わらず上質な物語が呈されるのは素晴らしい。
 失われた「鎌倉文庫」の在庫をめぐる推理、謎解きも、その過程で描かれる文学史談義も、どちらも魅力十分。
 変わらず面白かった。

No.1066 6点 友情よここで終われ - ネレ・ノイハウス 2024/04/06 20:41
 著名な小説編集者、ハイケ・ヴェルシュが失踪した。大手出版社に勤めていたハイケは、新社長と合わず、自身で新しい会社を立ち上げようと奔走していた時だった。ただ関わる出版関係者は、ハイケの学生時代からの友人ばかり。事件の背景に何があるのか、ハイケは無事なのか―ホーフハイム警察署の刑事オリヴァーと首席警部のピアが、鋭い嗅覚で真相解明に乗り出す。

 古き良き文学を守る、という大義をかざしながら、その実自身の社会的成功を目論むハイケ。学生時代からの旧友という体でいながら、その実確執にまみれている人間関係。オリヴァーらいつもの面々により、それらが一つ一つ暴かれていく過程は読みごたえがあったが、ここまで長い必要があるのかという感じはした。本シリーズのサブストーリーとしてお馴染みになっている、オリヴァーの家庭事情のほうがシリーズファンとしては興味深かったところ。
 怪しい人物が二転三転した末の結末は、面白かったといえるし、真犯人は意外な人物であったとは思う。

No.1065 6点 私が先生を殺した- 桜井美奈 2024/04/06 20:19
 全校生徒が集合する避難訓練中、その目の前で一人の教師が飛び降り自殺をした。そして彼のクラスの黒板には、「私が先生を殺した」というメッセージが…

 語り手を変えながら物語を進行させることで、事件の全体像、真相を浮かび上がらせるという手法で、面白くはあったがやや ややこしさも感じた。
 浮かび上がる真実は非常に切なく残酷で、きれいに立てつけられたミステリだと感じる。
 普通に楽しめた。

No.1064 6点 殺した夫が帰ってきました- 桜井美奈 2024/04/06 20:10
 鈴倉茉菜に付きまとう男が、自宅まで押しかけてきた。その時、その男を押しとどめ、茉菜を助けた男は―茉菜が「殺した」はずの夫・和希だった―

 非常に魅力的な物語の入り。夫・和希は記憶をなくしているということで、しかも殺意に至った当時のDVぶりとは打って変わって優しい男になっている。はてさて、これはどう展開していく物語なのか…と興味は尽きない。

<ネタバレあり>
 結果、あろうことか両者(!)別人という飛び道具的な着地。読者の想定を根本から覆すという点では話題作になると思うが、タイトル通り「殺したはずのその男本人の生還」としての行く末であったほうが、よりサスペンス感は増したかな… テンポよく読みやすい展開で、楽しむ分には全く問題ないとは思う。

No.1063 8点 日本の黒い霧- 松本清張 2024/03/24 21:12
 清張作品は有名どころを数冊しか読んでいないが、フィクションの物語でない本作が私には最も印象深い。
 これがどれほど真相に肉薄している内容なのか、所詮一推理作家の妄想じみた謀略論なのか、まったく分からないが、昭和にあった歴史的な事件について掘り下げる記述は非常に生々しく、時に背筋を震わせながら読んだ。
 やはり、上巻一編目の「下山国鉄総裁謀殺論」や、下巻「帝銀事件の謎」の内容は衝撃的であるし、全編を通して戦後の社会の混乱や暗黒的な雰囲気が漂っていて、そこに想像を馳せながら読み進める読書体験は何とも言えないものだった。
 どこまでいっても想像の域を出ないが、国、政府、軍隊といった巨大な公的機関といえども結局は生身の「人」でできているものであり、信じられないような罪悪や隠蔽が行われていてもおかしくない…と思わされてしまう作品だった。

No.1062 6点 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来- 南原詠 2024/03/24 20:47
大鳳未来は、特許権侵害を警告された企業を守ることを専門にする弁理士。クライアントを守るためには非合法的な裏取引も厭わない、結果にコミットする敏腕弁理士として知られている。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告された人気VTuber。未来は、事案の背後にある複雑な裏事情を乗り越え、起死回生の一手を打つ。

 今までにない、新しいジャンルのミステリとして面白さがある作品であろう。そもそも特許権のこととかあまり知らないので、その内幕を知っていくこと自体興味深さがある。逆に、そういう埒外の題材なのでミステリとしての仕掛けも「へえ、なるほど」と受け身一方にはなる。まぁ致し方ないかも。
 現役弁理士である作者自身の経験と知識を持って紡ぎあげた、いわば一般人には及ばない知識の先で仕組まれたミステリではあるので、初見としての楽しさ、というのが正直な印象である。

No.1061 8点 ヒポクラテスの悲嘆- 中山七里 2024/03/17 12:42
 光崎教授率いる浦和医大法医学教室の助教授・栂野真琴と、埼玉県警刑事・小手川が、遺体の解剖から事件の真相を解くシリーズ第5弾。今回は、いわゆる「8050問題」と言われる、中高年の「ひきこもり」となった子供を抱える高齢な親を題材にした連作短編集となっている。
 現代社会の問題をテーマとして取り上げ、その現状をリアルに描きながらミステリにまとめあげる手腕は相変わらず素晴らしい。謎解き要素だけでなく、一つ一つの物語の肉付けがしっかりしていて、非常に面白い。3作目の「8070」だけは「老々介護」の問題だったが、これまた面白い。それぞれの物語に仕掛けられたミステリも一つ一つ味があり、「8050」など特によかった。
 「解剖でこそ分かる真相」というネタをこれだけ並べられる氏の発想、創作力を、素直に尊敬する。

No.1060 7点 好きです、死んでください- 中村あき 2024/03/17 12:10
 無人島のコテージに滞在する男女の恋模様を放送する、恋愛リアリティーショー「クローズド・カップル」の撮影が始まった。俳優、小説家、グラビアアイドルなど、様々な業種から集められた出演者は交流を深めていくが、撮影期間中に出演者である人気女優・松浦花火が死体となって見つかった。
事件現場の部屋は密室状態で、本土と隔絶された島にいたのは出演者とスタッフをあわせて八人のみ。一体誰がどうやって殺したのか?
そして彼女の死は、新たな惨劇を生み出して――(「BOOK」データベースより)


<ネタバレあり>
 並行して進む二つのストーリーの時間軸を誤認させるという仕掛けは、今やよくあるパターンになりつつある。本作は事件の動機、背景が隠されているのだが、「クローズド・サークル下での犯人当て」よりもこちらのトリックの方が作品のメインになっている感じ。島で起きた連続殺人の解き明かしそれ自体は出色の出来ではないと思うが、良い意味でオーソドックスで、安心して楽しめる本道と言える。
 ただ、略し方が違うとはいえ、数年前の恋愛リアリティーショーで世間で話題になり、今回の登場人物も複数関わっていた事件について、言い出されるまで気づかない、誰も話題にしないというのは…ないんじゃないかな。

No.1059 7点 あなたが殺したのは誰- まさきとしか 2024/03/17 11:49
 マンションの一室で、若いシングルマザーが頭部を殴打されて意識不明で発見され、幼い娘が連れ去られていた。現場には「私は人殺しです。」と書かれた謎の紙片が。捜査にあたる警視庁捜一の名物刑事・三ツ矢は、些細な違和感と地道な聞き込みから、90年代初頭、リゾート村開発に沸いた北海道の離島での連続不審死事件とのつながりを見出していく。バブルに翻弄される北海道の離島と、現在の東京、離れた二点を貫く事件の真相とは―

 事件が進行する現在と、90年代の北海道・鐘尻島の物語とが交互に配され、終末に向けて結びついてくる構成。バブル期の悲哀を描いた、鐘尻島の悲劇の物語も、それ単体でも読めるほど濃い。それぞれの登場人物の名前の重なりも終盤までなかなかなく、2つがどう一体化するのか、高まる期待に引っ張られて読んだ。
 一見何のかかわりもなさそうな点と点を結びつける三ツ矢の推理力は超人的だが、だからこそ読み手が推理するのは無理があり、受け入れる一方にはなってしまうが。

No.1058 4点 SOSの猿- 伊坂幸太郎 2024/03/10 20:19
 古本市で、ワゴンにある本を物色していたら本作のサイン本を発見したので「ラッキー!」と思って購入。久しぶりに氏の作品を読む機会となった。
 だが、氏の作品としては珍しくリーダビリティが高まらなかった。文体が読みにくいわけではなくいつものトーンなのだが、いかんせん物語設定についていけない。昔なじみの近所のお姉さんに、ひきこもりの息子の相談をされた遠藤二郎が、そのひきこもり息子・辺見眞人が語る妄想(?)が、未来を予言していた(かもしれない)ことに気付くストーリーなのだが、結局何だったのかあいまいなまま終結する。どれがイマジネーションで、どれが現実なのか読み分けるのもややこしく、そのうえ結末が書いたとおりなので、なんだか…って感じだった。

No.1057 6点 高層の死角- 森村誠一 2024/03/03 19:23
 社会派ミステリ、アリバイものが隆盛を誇っていた時代を強く感じさせる一作。「…であった。」といういささか仰々しい文体もまた。
 密室のトリックも、飛行機を使ったアリバイ工作も、今の時代の眼から見ると色褪せたしろものではあるが、読み手としては当時の社会状況に仮想的に身を置くので気にならない。あとは好みの問題で、時刻表によるトリックは面倒で煩わしく感じる人はいるかもしれない。
 秀逸に感じたのは最後の壁「レジスターカード」のトリック(これも現在のようなセキュリティではない話だが)。連番で打刻されるナンバーの途中に、アリバイにする自身のカードを挿入させる手口は、ホテル勤務を経験していた作者ならではの着眼点だろう。

No.1056 6点 殺人者志願- 岡嶋二人 2024/03/03 19:09
 氏の作品はそれほど読んでおらず、ファン的な期待感がよい意味でなかったため、フラットな立ち位置で楽しめたと思う。
 その日暮らしの綱渡り生活ながら、ラブラブなノリでちょっとイッちゃってるカップルというのが、いかにも作品当時の社会文化を映し出していてなんか懐かしい。軽妙で小気味の良い2人のやり取りもしかり。
 冒頭の雰囲気では、ぶっ飛んだ2人がそのまま嘱託殺人を実行する話かと思っていたら、隆友と鳩子が意外に真人間で予想外の方向へ。殺人に失敗したあと、何がどうなっているのか分からない状況が立て続けに起こり、謎が深まっていく段は非常に面白かった。
 宇田川には気の毒だが、予想外にハッピーエンドに落ち着き、読後感もよかった。

No.1055 5点 町長選挙- 奥田英朗 2024/02/27 23:08
 まぁ、ミステリではない。特に前半2編「オーナー」「アンポンマン」は特定の実在著名人をモデルにしており、社会風刺風の読み物。とはいえ、その実在モデルを批判・批評する趣旨ではなく、それを題材にしながらの一種のハートウォーミングな短編にまとめている。
 しかし、伊良部は本作で、「アホを装う実は深遠な何かがある人物」ではなく、本当に「ただただアホ」であることが確定した。表題作「町長選挙」では、それでも何か「もっている」人物として描かれてはいたが。
 上に書いたように、基本ハッピーエンドに着するので読後感はよい。特に、結末はどうなることかとにやにやしながら読んだ表題作「町長選挙」は、都会から派遣された公務員の心情の変化に映し出される物語の趣旨がよかった。
 ミステリの採点サイトなので、その意味で高評価にはしづらいが、短編集としてよい出来ではあると思う。

No.1054 7点 黄土館の殺人- 阿津川辰海 2024/02/25 19:50
 高名な芸術家・土塔雷蔵の滞在する「荒土館」に招かれた名探偵・葛城輝義と助手・田所信哉。ところが到着した途端に地震による土砂崩れが起き、葛城だけが土砂のこちら側に取り残されてしまった。クローズド・サークルとなってしまった荒土館では何が起きているのか?心配する葛城のいる側でも、殺人を匂わせる不穏な動きが起きていき―

 シリーズを通して館、クローズド・サークルを貫く姿勢は大変うれしく、作者の本格ミステリ愛を強く感じる。
 今回は、葛城と田所が分かれてしまうという設定で(有栖川有巣の某名作ををちょっと思い出した)、タイトルにある事件のメインは田所が残された荒土館になる。一方冒頭では、外側に残された葛城の方で未遂事件が起きるのだが、あくまでその時は「前段エピソード」のような印象。だったが…最終的にはそちら側のストーリーも真相の伏線として巧みに機能しており、改めてこの作家の腕を感じさせる見事な組み立てだった。
 ただ、事件の「真犯人」は、物語の構成上でほぼほぼ想像ができてしまうのではないかなぁ。もちろん、「どうやって?」「なぜ?」という謎を見破らなければただの当て推量なのだが…。「どうやって?」の部分は複雑なトリックや本作でいえば「偶然」も多々絡んできているのでちょっと推理は無理っぽい。そして「なぜ?」の部分は、これこそわかってしまう感じだった(「双○」というワードをさらっと流されて、反応しないミステリファンはいないって)

No.1053 7点 網走発遙かなり- 島田荘司 2024/02/25 19:30
 このたび刊行された完全改訂版。
 連作短編として共通した登場人物が出てくるとはいえ、それぞれが独立した一編であり、作品の毛色も違う。どの作品も、昭和の香りが色濃く出ており、興趣をそそった。
 経済的成功者と平凡な家庭を隔てる格差から武器な老人の話へと展開する「丘の上」、都会の喧騒にまぎれて怪しげに動き回るピエロの動きから謎解きが始まる「化石の街」、乱歩に耽溺した女性の行き過ぎた詮索が疑惑をもたらす「乱歩の幻影」、四十年前に殺された父の真相に迫るタイトル作。
 本当に、四者四様の面白さで、非常にお得な短編集だと感じる。 

No.1052 8点 悪なき殺人- コラン・ニエル 2024/02/25 19:07
 吹雪の夜、フランス山間の町で一人の女性が殺害された。事件に関係していたのは、人間嫌いの羊飼い、彼と不倫関係にあるソーシャルワーカーとその夫、デザイナー志望の若い娘という、4人の男女。それぞれの報われぬ愛への執着を描く物語は、遠くアフリカに住むロマンス詐欺師の青年の物語と結びつき、やがて不可解な事件の真相を明らかにしていく。思わぬ結末が待ち受ける心理サスペンス。ランデルノー賞(ミステリー部門)受賞。(「BOOK」データベースより)

 農夫と不倫しているアリス、その相手の農夫ジョゼフ、デザイナー志望の女マリベと、各人物の視点から描かれる章が続く中、読者は事件の像を想像する。分かりそうでいまいちピンとこないその想像が膨らんだ先に、「アルマン」というロマンス詐欺師の章になり、全く意外な物語の仕掛けが明らかになる。最後、アリスの夫・ミシェルの章で終わる構成には膝を打つ思いで、高いストーリーテーリングの技量を感じさせる一作。
 何となく、ルース・レンデルを思い起こさせるような作風で、私の好みに合う作品だった。

No.1051 8点 少女が最後に見た蛍- 天祢涼 2024/02/13 20:50
 神奈川県警生活安全課の婦警・仲田蛍。弁護士になるために「軍師」キャラで高校生活をやり過ごそうとしている正義感の強い少年が目撃した、同級のいじめっ子のひったくり強盗(十七歳の目撃)。両親を思う気持ちゆえに、SNS上の言動から国会議員宅に暴挙を仕掛けた少年(言の葉)。青少年の心に寄り添い、理解しながらも正しい道へ導こうとする警察官・蛍のどこか心が温まる連作短編集。

 有名ランキング等で華々しく耳目を集めてはいるわけではないが、天祢涼は個人的に非常に信頼を置いている作家である。読みやすい文体、リーダビリティの高い構成、満足感の高い結末。本短編集も、その期待に沿う快作といえる。シリーズものの主人公が、青少年時代から異彩を放つ存在であった、という体はまぁよくあるパターンではあるが、どんな作品を読んでもそのたびに面白いのだからよい。
 表題作以外は人が死ぬこともない、いわゆる「日常の謎」(犯罪はあるが…)のような作品集だが、「殺人」という極端で分かりやすいミステリではない題材で、ミステリとして仕上げるのはかなりの腕前が必要なのではないか、と本作のような短編集を読むとつくづく感じる。
 いずれにせよ、好きなシリーズ(そして作家)になっている。そしてハズれないという信頼もある。本作以降も期待したい。

No.1050 6点 アンリアル- 長浦京 2024/02/13 20:25
 両親の死の真相を探るため、警察官となった19歳の沖野修也。警察学校在校中、二件の未解決事件を解決に導いたが、推理遊び扱いされ組織からは嫌悪の目を向けられていた。その目は、暗がりの中で身構える猫のように赤く光って見えるー。それが、沖野の持つ「特質」だった。ある日、「内閣府国際平和協力本部事務局分室 国際交流課二係」という聞きなれない部署への出向を命じられた。そこは人知れず、諜報、防諜を行う、スパイ組織であったー。(「BOOK」データベースより)

 「悪意、敵意をもっている人間の目が赤く光って見える」という特異能力を有する主人公の、SF?特殊設定?仕立ての、スパイ小説。
 こうした仕立ての作品によくあるように、登場人物たちが超人的な技能をもちながら、ある意味「淡々と」それを行使し日常業務的に過ごしている。毒殺や爆殺の危険がそこかしこにありながら、その先の先を読んで防護したり、仕掛けたりとか。まぁ現実的にはありえないスペシャリスト感なのだが、「現実的にはあり得ないスペシャリスト感」だからこそ面白いのであって。ある意味アニメ的な。
 ということで、小気味よく面白かったことは間違いない。ただ、主人公の一番の核である「事故死とされた両親の真相」が、結局何ら解明されないまま終わっているのはいかがなものか。続編へと続くということなのだろうか。だとしてもこの問題は、本作の中で完結しておくべきだったのでは…と思う。

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ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.30点   採点数: 1069件
採点の多い作家(TOP10)
今野敏(48)
有栖川有栖(44)
中山七里(40)
東野圭吾(34)
エラリイ・クイーン(34)
米澤穂信(20)
アンソロジー(出版社編)(19)
島田荘司(18)
柚月裕子(16)
佐々木譲(16)