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虫暮部さん
平均点: 6.22点 書評数: 1716件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1516 8点 小説家と夜の境界- 山白朝子 2023/08/10 12:30
 人は何故、小説家小説を書くのか。
 本書を題材にその考察を試みるなら、重要なのは『小説家と夜の境界』と言う表題(収録短編に同題のものは無い)。
 これは “教会に寄る” の言い換えであろう。教会に寄ってすることと言えば当然 “懺悔” だ。つまり、ここに集められた物語はどれも作者の実体験であり、罪の告白を意図していると思われる。そうか、O氏死んじゃったか。雑誌掲載時期を鑑みれば、亡くなった多作家X氏はあの人かあの人……?
 特記すべきは最終話で、駄洒落みたいな題のくせに絶望と希望を背中合わせに透かし見たような美しさ。こういうのは山白女史にしか書けないと言っても過言ではなかろう。
 神父たる読者は懺悔を拒否出来ない。神様はお許しになっている。

No.1515 8点 第四の敵- 山田正紀 2023/08/10 12:28
 目次を見るといきなり! カフカじゃないか。これは私の専門なので任せたまえ(嘘)。
 例えば巨大にして曖昧な “敵” の組織は「流刑地で」の奇妙な処刑装置を抽象化したものと読める。主人公がやらせのドキュメンタリーの主役を務めさせられそうになるのは「変身」の逆転であるし、何処まで行っても中枢に近付けない無力感は『城』そのものだ(嘘)。
 しかしこちらはエンタテインメントだから、カフカのように停滞はせず西へ東へテンポ良く駆け回る。敵も味方もキャラ立ち充分。ミス・チャンは出番さほど多くもないのにラストで随分良い役だね(確かに真意を測りかねる……)。

No.1514 7点 レモンと殺人鬼- くわがきあゆ 2023/08/10 12:26
 なかなか凄い。特に、ネタを小出しにする呼吸が絶妙。これだけ反転を重ねても自然に読めるなんて。
 但し、厳しく言えば、これはハードウェアの凄さだと思う。ヘヴィ・メタルを聴いて “ギターの速弾きが凄い” と言うようなものである。どんな曲だったかは覚えていない、もしくはたいしたことのない曲でも技術があれば速弾きの素材にはなるのである。あれよあれよと言いつつ読み終え、さて……と一息入れたところで、心に残っているサムシングはあまり無いかな~。
 人間が描けてないとかそういうことではなく、もとより定義出来ない事柄だけれど、特別な一冊になる為の何かを置くべき場所が空白だと感じた。勿論、小説には色々なタイプの良さがあるし、凄い速弾きなのでそれだけで表現になってはいるのだけれど。

No.1513 7点 首無館の殺人- 月原渉 2023/08/10 12:25
 強引な真相だとは思ったが、それを踏まえて再読すると俄然面白くなる。そういう手続きを要する作品もアリだけど、そこまで一読目で網羅するように書けていたら凄かっただろうなぁ。

 シンプルながら意表を突かれたのは “堀の渡り方”。
 館の見取図が無い → 中庭の建築物について、物語の半ばまで読者に対して隠されているわけで、そのネタバレになるからでは。

No.1512 7点 パディントン発4時50分- アガサ・クリスティー 2023/08/10 12:24
 これはそんなに巧妙な案なのだろうか。最初の事件をクラッケンソープ家と結び付ける犯人のメリットって何? 死体をあそこに永遠に隠せるとは流石に期待してないよね?
 記述が曖昧な為、二件目以降がどの段階で計画されたのか不明だが、わざわざ警察をこの家に注目させた上で決行するのはリスキー。
 それにしても、婚約はおろかカップルになってさえいない相手の将来の収入目当てに殺人。随分と自信家な犯人ですこと。

 サプライジングな目撃劇、ぶちぶち言いつつ適度な距離感(だと私は思う)の一家、モテモテのルーシー、探偵活動にはしゃぐキッズ、と読みどころ多数。あの子達が余計なものを見付けて襲われたら嫌だな~と本気で心配だった。
 つまり真相以外は面白い困惑作。

No.1511 6点 ブラックスワン- 山田正紀 2023/08/03 13:03
 トリックはさして重要ではない。問題はキャラクター。

 “最後の手記” で語られる亜矢子:嫉妬して裏工作を企てる。プライドは高いが、自分に厳しくはない。見栄っ張り。

 勿論これは彼女の裏の部分であるから物語前半で伏せられているのは当然なのだが、では最後に開示されて納得出来たかと言うと難しい。亜矢子ってこんなキャラクター? その状況でそんな行動するかなぁ?
 特に中学生時代とのギャップがあまりに激しい。“いたずら” のトリックだけでは説明し切れない。
 亜矢子が行方不明になった経緯に直接関わる事柄である。現実にはそういう個人の多面性とか普通だろうけど、フィクションとしては説得力のある伏線がもっと欲しいと私は思った。

No.1510 6点 しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人- 早坂吝 2023/08/03 13:02
 全体の構造はなんとも大胆。すれた読者の思い込みを上手く逆手に取られた。
 ところが読後感としては “あっ、そう” と言った気分が少なからずあって、何故かな~? 伏線が妙にチマチマした印象で、特に迷宮の図は疲れた。種の明かし方がぎこちない。つい(没入しないで)俯瞰的に読んでしまうので、驚いても世界が反転しないのだ。
 でもまぁ思い起こせばこの人はずっとそういう作風である。文章に深みが無いのはもはや前提であり、この程度の当たり外れは許容範囲内とするしかない。

No.1509 5点 ポケットにライ麦を- アガサ・クリスティー 2023/08/03 13:01
 マザー・グース云々と騒いでいるのはミス・マープルだけ。直接の関係者は誰も気付いていない。もっと目立たせないと捜査陣に対するミスリードにならないよ。
 犯人と探偵役だけが共通言語を持ち、判り合っている。この状況をもう少し強調すれば、見立てテーマに対するユーモラスな批評になったかも知れない。ACは “名探偵のジレンマ” とかには縁が無さそうだが、無自覚に(?)踏み込みかけているような作品も幾つか見受けられるしね。

No.1508 6点 被害者は誰?- 貫井徳郎 2023/08/03 13:01
 吉祥院先輩と桂島くんがBLみたいじゃない?
 呼びつけられていそいそ掃除しに参上。何を言われても “これが先輩の愛情表現なのである”。
 先輩だって、結婚についての軽口にムキになって反論。4話目では悪い虫を追い払ってしまう。
 更に第三の男も登場してどーなっちゃうの? ってところで幕。ここからがいいとこなのに!

No.1507 5点 暗黒星- 江戸川乱歩 2023/08/03 13:00
 明智小五郎と犯人との関係性がロマンスみたいじゃない?
 犯人が美しいから人殺しが出来るなどとは夢にも考えなかった、なんて言ってる。明智、目が曇り過ぎである。
 犯人としても、あれこれ劇場的な(大して意味の無い)演出を施したのは、明智先生と同じ土俵に上りたかったんです、ってところじゃないのか。

No.1506 5点 回廊亭の殺人- 東野圭吾 2023/07/27 12:13
 主人公の計画の根本、“遺書を奪わねばならない人間とは、心中事件の犯人だ”――このロジックは弱い。心中事件の犯人 “だけ” とは限らない。と言うか実際そうだったわけで、途中で方針変更しても良かったんじゃない?

 心中事件に共犯者がいる、と推測した経緯も根拠が弱く良く判らない。そもそも心中を演出するなら、何故ガラス戸だけでなくドアにも鍵をかけなかったのか。

 回廊亭見取図と照らし合わせると、人の動きにおかしなところがある。回廊には壁と天井があって庭から直接は入れないんだよね?
 主人公がガラス戸から庭に出て川を飛び越える場面。いつの間にか回廊を透過している。
 心中事件の犯人が近道をする場面。現場から直接庭に出て逃げちゃ駄目なの?

 と言った辻褄を合わせてくれれば、プロットとしてはとても面白いんだけどな~。

No.1505 8点 ウェルテルタウンでやすらかに- 西尾維新 2023/07/27 12:12
 2011年、『少女不十分』発表――“この本を書くのに、10年かかった”。
 それに倣い “この本を書くのに、更に10年(+α)かかった” とでも謳いたいのが本書。
 自分が小説家を続けることに関する、言い訳、正当化、マイルストーン、矜持。かと言って決してありきたりな作家小説ではなく、全然別のエンタテインメントとして引っ張っておいて突如メタ化した叙述トリックの如く小説礼賛を滑り込ませるあたりは効果抜群、流石転んでもロハでは起きない売れっ子だ。

 「死なずに待っててあげるから」

 ちょっと恥ずかしくなるくらいの結末を二度も書くのだから、この人は自分が書き過ぎだと言うことについて愛憎半ばする自意識が絶ち難くあるんだろうな~と邪推する私である。と邪推させることを狙って書いているのかな~と言う気もちょっとする。

No.1504 4点 最上階ペンタグラム- 南園律 2023/07/27 12:10
 表題作、ミステリとしては失敗。
 何故、そうまでして凶器を隠す必要があったのか?
 犯人につながるような物証ではない。
 凶器がソレだと仮定して検証しても、それだけでは犯人を確定出来なかった。
 そもそも、引出しの中に凶器を仕込む手法では、発動のタイミングを微調整出来ない。犯人不在時に事件が起きて凶器は丸判り、と言う可能性も小さくなかった筈だ。隠滅が必要な凶器なら、手法と矛盾する。
 “凶器の始末という一大事が、犯人の計画からはきれいに抜け落ちていたんだ” なんて言っているがそうではない。“凶器が見付かっても問題は無いと犯人は気付かなかったんだ” である。
 ――てな感じの台詞を最後に付け足して、犯人が間抜けだったとするしかない。

 他の話も、あまりロジカルとは言えず、ワン・アイデア的なストーリーをキャラクターとユーモアで包んでどうにか形を整えた、と言う程度。もう少し頑張りましょう。

No.1503 7点 覆面作家は二人いる- 北村薫 2023/07/27 12:09
 “あなたの好きな名探偵は?” と問われると、“好き” の定義について考えてしまう。
 名探偵はその設定上必然的に事件に対応している姿を描かれがちである。役不足な事件だと活躍し切れないから、名探偵の評価は名事件の存在と表裏一体だと言えるかも知れない。しかし両者を抱き合わせで捉えるのは、名探偵に対する純粋な “好き” ではなく、作品に対する総合的な評価なのではないか。
 従って一つの解釈として、冒頭の問いを “ミステリ要素の無い番外編があったら読みたい名探偵は?” と換言することも可能ではないだろうか。
 はい、だったら私はまず一番に、新妻千秋。

 因みに円紫師匠は特に読みたくはない。ベッキーさんならそれなりに。他作家では亜愛一郎と掟上今日子さん。火村英生はアリスも登場すると言う条件付きで。

 ところで、本書。
 読み返してみたら、ぼんやり記憶していた程にパーフェクトと言うわけではなかった。エピソードに色々とムラがある。素直に頷けない部分もある。
 しかしそこはそれ、まさしく名事件は無くとも楽しめる名探偵の作品集として楽しめた。

No.1502 6点 幽鬼の塔- 江戸川乱歩 2023/07/20 12:44
 札束を燃やす場面が良かった。“予言に真実性を与えることが義務” と言うのも説得力がまぁ認められるが、美しき霊感少女についてはもっと突っ込んで書いて欲しかった。血に餓えたあの娘は如何にも中途半端。
 しかし、書いていない部分に関する想像を大々的に誘発する力がある。絶妙な氷山の一角を読者に対して見せている感じ。
 そういえば、題は忘れたが良く似た内容の海外作品を読んだ記憶がある。

No.1501 8点 超・博物誌- 山田正紀 2023/07/20 12:43
 山田正紀には珍しい宇宙SF。ハードSFと言う程ではないが、もっともらしい科学的解説を含みつつ、牧歌的とも言える筆致で架空の生態系を生き生きと描き出す、文系と理系の美しき融合(笑)。中でも焼死必至の皮肉なジャンプを繰り返す “RUN” があまりにも哀しく可笑しい。

 曲解&拡大解釈をすると、本作は最初期の〈神シリーズ〉の到達目標地点に反対方向からアプローチしたもの、のように思える。
 説明出来ないものを説明する為には、世界の領域を広げればいいじゃないか。但し正規の手続きを取るのは大変なので、ほわほわ~としたファジィなもので境界線を曖昧にしよう、と言うわけだ。勿論その核にあるヴィジョンがクオリティを伴っているからこそ可能な業である。

No.1500 8点 恋する殺人者- 倉知淳 2023/07/20 12:42
 ネタバレするけれども、これはなかなかの快作。ぎりぎり長編扱いの短さでサクッとまとめたのが大正解。謎はシンプルだが効果抜群。表紙は大胆。

 ただ、推理場面で、助手のKを犯人ではないと判断した根拠が示されていない。
 “翼の性別に関して誤認する立場にないから”、それはその通りだが、もう一つ可能性がある。
 “犯行日に、熊渡家のドアから出て来た人物について、外見が女性的なので女性だと誤認した” である(この部分、叙述トリックで曖昧な書き方故に、作者の意図とは違うトリックとしての解釈も出来てしまうのだ)。
 その可能性は “被害者の外見がそういうものではない” ならば否定される。従って、高文がニュースで被害者の写真を見る等の描写を一行挿んでおくべきだった。

 もう一点。ページは戻るが、真帆子殺害の場面。飛び出して出会い頭に突き落とそうとしたら、真帆子が最上段で立ち止まった。何故それで作戦変更するのか、判らない。状況は特に変わらないのでは?

 あと一つ。突っ込みに関する意見。
 その人を殺してしまうと、肝心な相手との接点が失われる、と言う問題があると思います。

No.1499 7点 火祭りの巫女- 月原渉 2023/07/20 12:41
 作者としても色々模索する時期だったのか。これはどうしても三津田信三の名が浮かんでしまうな。
 決して安易な亜流ではなく、カロリー高めな三津田作品にセンス良くダウンサイジングを施しており、疲れる前に読了出来るところが良い。岡目八目と言うか、このくらいの塩梅でまとめればいいんですよ三津田さん、と実作によるアドヴァイスなのである。

No.1498 7点 サン・フォリアン寺院の首吊人- ジョルジュ・シムノン 2023/07/20 12:41
 主人公はメグレなる警察官。大金を普通小包で送る男を自殺に追い込む。その不可解さに金のニオイを嗅ぎ付けたか、上司に報告もせず非正規な捜査を進める。と案の定、近寄って来る謎の男達。
 そこで部下には手紙を送る。脅迫者の常套手段、こっちの身に万一のことがあれば然るべきスジに……と言う奴だね。
 秘密に迫るメグレに対して “五万フラン、十万、二十万でどうだ!” と交渉を試みる男。こういう物言いは悪手であって、もっとふんだくれると踏んだメグレは相手にしない。
 ところがいよいよ事の次第が語られるに当たって力関係は一変。あと一ヶ月で時効成立とあってはネタも期限切れ、しかも多勢に無勢。相手方は告白にかこつけて “きみには人を殺す勇気があるのか?” “あるにきまってるだろう” とメグレに脅しをかける。こうなっては、せいぜい友好的な顔で撤退するしかない。
 骨折り損のメグレ。最後のページで痛飲したのもむべなるかな。秘められた内心をわざわざ想像するのは野暮だが、“あの二十万で手を打っときゃ良かった” であろう。

 てな感じで、悪徳警官ものの佳作。
 読者に対してもメグレの真意が巧みに隠蔽されている為、漫然と読むと彼が使命感や好奇心で行動しているようにも思えてしまうところが面白い。
 自殺誘発の件は結局最後まで御咎め無しで腹立たしい。“鞄のすり替え” って、単なる窃盗じゃないか。

No.1497 8点 顔のない神々- 山田正紀 2023/07/14 13:15
 “SF幻代史” と謳っていて、確かに架空の歴史なんだけれど、特殊能力者が多少登場する他は明確に “これはSFだ!” と言うガジェットは見当たらない。以前読んだ時はそれが物足りなかったのだが、読み返してみるとポイントはそこじゃないんだな。
 これは時代のうねりを骨太に描いた物語、1970年代の “闘争の季節” の総括である。それを新興宗教の側から見ることで絶妙な胡散臭さが加味されて、単純な敵味方の二元論を中和している。子供達を巻き込むのは辛いよなぁ。尻切れ蜻蛉な終わり方だって、良くも悪くも革命が起きない日本への評価と考えるなら相応しいのかも。

 千二百枚を費やしただけあって皆キャラクターが立っていて群像劇としての読み応えも充分。
 埴生建二が(特に前半)倉知淳の猫丸先輩を彷彿させて可笑しかった。後半は随分グレちゃって……。

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虫暮部さん
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泡坂妻夫、山田正紀、西尾維新
採点傾向
平均点: 6.22点   採点数: 1716件
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