home

ミステリの祭典

login
ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:212件

プロフィール| 書評

No.212 5点 贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚
阿泉来堂
(2024/05/19 22:19登録)
インチキ霊媒師が霊現象にまつわる四つの事件に挑む物語。
あらゆる霊障・祟りを祓うと豪語する霊媒師・櫛備十三。しかし実は霊が見えるだけで、祓う能力などは特にない。彼の武器は調査と観察、そして洞察力。いわば「名探偵」的な資質の持ち主である。そんな男が助手の美幸に叱られながら、推理とハッタリを駆使して挑む。
殺人事件に遭遇した男の霊と対話して、事件の真相を解き明かす第一話をはじめ、ホラーというよりはミステリの色合いが濃厚な作品。後半も、強力な霊現象との戦いの裏側に驚きを仕掛けて見せる。霊媒師と助手の造形もさることながら、全体を通しての仕掛けも凝っている。小粒ながらも印象深い一冊。


No.211 5点 可制御の殺人
松城明
(2024/05/19 22:08登録)
表題作は、Q大学の大学院生・更科千冬が白川真凛を殺そうと決意するところから始まる。千冬は得意の道具を使って機械工学専攻らしい犯罪計画を立てる。いかにも倒叙もののようだが、犯罪の陰に黒幕あり。そこに関わってくるのが、真凛の知り合いの鬼界。
鬼界は、人を一つの制御システムとして捉えて操作する研究をしており、誰もその素顔を知らない謎の工学部性。どんでん返しの妙もさることながら、鬼界が千冬の犯罪にどう関わっているかがポイント。
「とうに降伏点を過ぎて」はQ大のサークル工作部からはみ出た連中の集まり、工作本部に鬼界も参加するが、その素顔というのが、という部活事件もの。
「二進数の密室」は前編に登場した工作本部の月浦一真の妹・紫音の身辺劇というふうに登場人物が連鎖していき、最終的に各編の謎を貫く全体が見えてくるという構成になっている。


No.210 5点 パレード
吉田修一
(2024/05/07 22:30登録)
疑似家族をテーマにしており、2LDKのマンションで共同生活する十八歳から二十八歳までの五人の男女の物語。
ここには日本的な離脱不可能な共同体ではなく、いつでも離脱可能な共同体が作り出され、住人のあいだに緩やかな共犯性を育んでいる。
ラストの突発的な事件も単に物語を締めるための苦しまぎれの結末ではなく、この疑似的な家に潜在する危うさの露呈であり、こうした危機への感覚は生々しく鋭い。


No.209 10点 双頭の悪魔
有栖川有栖
(2024/05/07 22:25登録)
江神部長以下四人の推理小説研究会メンバーは、麻里亜の父から娘を連れ戻して欲しいと依頼され、木更村とは橋一本で繋がった隣村の夏森村までやってきた。しかし芸術の里の住人達はことさら外部の人間を警戒していて、麻里亜との接触も拒絶されてしまう。
物語は江神部長だけ潜入に成功した木更村と、陸の孤島となってしまった夏森村とで二元中継的に進む。木更村の方は有馬麻里亜が、夏森村の方は作者と同名の研究会員・有栖川有栖が、それぞれ語り手を務める。荒天のさなか、両方の村で時を置かず殺人事件が発生し、片やシリーズ探偵の江神が、片や残された研究メンバーが、物証と証言をもとに推理を積み重ね、論理的に犯人を限定していく。その詰め筋は、着実かつスリリングである。


No.208 6点 不老虫
石持浅海
(2024/04/23 22:34登録)
人類の脅威になるという寄生虫サトゥルヌス・リーチ(別名不老虫)が密かに日本に運ばれてくるという密告があった。農林水産省で防疫に従事する恭平と、米国から呼び寄せられた専門家が、その対策に奔走する。
不老虫が妊娠中の女性の子宮に宿るという設定はなかなかに良識を逸脱しているし、不老虫を退治するシーンはそこそこグロテスク。それはそれである種の魅力なのだが、それだけではない。密輸側と対策側の攻防という大きな枠組みがあり、ここで知恵比べが繰り広げられる。
相手の次の一手を読む様は、作者らしく理詰め。読者を選ぶと思うが、この世界観に馴染めれば楽しめるはず。


No.207 6点 理由
宮部みゆき
(2024/04/23 22:22登録)
バブル崩壊後に、寂しく取り残されたようなマンションに住む一家四人が、六月の台風のさなかに惨殺される。しかし彼らの身元を割る警察の作業は難航した。なぜなら、彼らはその部屋に住んでいたはずの一家ではなかったからだ。彼らの正体は、そして犯人は。                         
被害者一家を取り巻く人々にも家族がいる。その一つ一つを丁寧に描き分けようという作者の狙いは成功していて、それぞれの事情を追っていくのも面白い。


No.206 7点 ぼっけえ、きょうてえ
岩井志麻子
(2024/04/10 22:14登録)
舞台は、明治期の岡山の遊郭。売れ残り女郎が、客に対して語り始めた身の上話そのままの物語。言ってみればただそれだけの、非常に動きの乏しい小説なのだが、それがとにかく怖い。
女郎が語る貧しい農村での思い出話は、飢饉あり、間引きあり、沢で腐る水子ありと、身震いする材料に事欠かない。女郎の口から発せされる古くさい岡山弁が、陰惨な暗幕で覆ってしまう。怪談話において、方言がいかに強烈な演出効果を生み出すものかを思い知ることになる。


No.205 6点 麦酒の家の冒険
西澤保彦
(2024/04/10 22:08登録)
至って普通の山荘にもかかわらず、その中にはベッドが一つと九十六本のビールしか目立つものがない。一体この家は何なのか、という大掛かりだけれど確かに日常の謎という物語。
明らかに多すぎるビールは何のためのものなのか。そもそもこんな山荘の中にビールとベッドしか用意されていないなんて、どういう意図があっての配置なんだ、とこれだけで物語を牽引できる強力な謎。けれど、事件らしき事件は何一つ起こっておらず、ただ大量のビールがあるだけ。そこから始まるホワイダニットの推理合戦は、大変読み応えがある仕様になっている。


No.204 7点 青の炎
貴志祐介
(2024/03/29 22:14登録)
主人公の櫛森秀一は、17歳の高校生。母と妹の三人で平和に暮らしていたが、元父親の曾根が家族の前に現れ、再び家に居座り始めてから、家族の平和が崩壊し始める。
秀一は幸せな家庭を取り戻すために、曾根を葬る完全犯罪を計画する。仕掛ける側に視点があることで、キャラクターと読者の見据える先は合致し、スリリングな展開が味わえる。そして高校生の青春と孤独な殺人者としての苦衷 が、表裏一体となり流れ着く先にある結末が、愛と青春の物語であることは見逃せない。美しくも切ない感動作。


No.203 9点 大誘拐
天藤真
(2024/03/29 22:07登録)
刑務所を出所した三人組が、和歌山屈指の大富豪の老女を誘拐する話。しかし、気づけば老女に主導権が移り、身代金を釣り上げるなど犯人と被害者の立場が逆転する。
警察と丁々発止のやり取りが面白いだけでなく、老女の国家に対する思いなどが明かされ、単なる娯楽作品に終わらないところに作者の神髄がある。奇想天外なシチュエーションをベースに、ユーモア溢れる登場人物を配した本作は、読み直しても今なお古さを感じさせない。


No.202 6点 闇祓
辻村深月
(2024/03/16 22:20登録)
不気味な転校生につきまとわれる澪は、その恐怖を打ち明けたことから憧れの先輩と急接近する。だがそれは、さらなる恐怖の始まりに過ぎなかった。他人との距離感がおかしく、双方向のコミュニケーションが不全な人間を日常に潜む人外の存在としてリアルな恐怖にまで高めるのみならず、その元凶として日本最凶の妖怪あるいは怨霊の現代版とでもいうべき、「家」が生み出す空虚で無機質な負の連鎖に社会解体の縮図を映し出す。家族に始まり社会を構築する人間の関係性が恐怖の根源であるという、何とも逃げ場の無い物語だ。


No.201 6点 教室が、ひとりになるまで
浅倉秋成
(2024/03/16 22:13登録)
三人の死を自殺だと信じていた垣内友弘は、クラスメイトの白瀬美月から、三人を殺したのは正体不明の「死神」であり、自分も命を狙われていると打ち明けられる。その後、友弘のもとに謎の手紙が届いて間もなく、他人の嘘を見破る能力が彼に備わる。特殊な能力を授けられた生徒は、彼以外に三人いるらしい。
主人公が自分以外の能力の持ち主を知らず、しかも他人の三人の能力の中身も知らないという設定であり、誰がどうやって三人もの生徒を自殺としか思えないやり方で死に至らしめたのかをロジカルに推定する過程は、異能バトルと頭脳バトルが有機的に統合していて極めてスリリング。悲痛な感情のぶつけ合いの中で動機が明らかになるクライマックスも鮮烈。


No.200 7点 蟬かえる
櫻田智也
(2024/03/04 22:18登録)
幻想的ともいえるほどの不思議な謎が、鮮やかに解明されていく5編からなる連作短編集。
一話ごとに本格短編としての工夫があって、精度の高い謎解きが関係者の人生と社会の歪みを閃光のように照らし出す。さらに連作短編集としての配列が秀逸で、特に後半の三編を通じて魞沢泉という狂言回し的な探偵役の生き方が徐々に浮き彫りになり、最終話の結末が巻頭の災害ボランティア仲間の挿話に呼応する構成に感銘を受けた。
少し強引と思えるトリックも、登場人物たちの気持ちや事情が丁寧に描かれていることによって、無理なく読み進められた。ストーリーの構築と人間ドラマが見事に融合している。


No.199 6点 パンダ探偵
鳥飼否宇
(2024/03/04 22:12登録)
動物たちが言葉を話し、社会活動を営むようになった世界のミステリ。
連続誘拐、大量千草消失、要人密室殺人の謎が描かれ、いずれも獣の特性を活かした意外な動機や仕掛けが愉しめると同時に、パンダらしい愛らしさでも歓待してくれる。そこに獣の言動を通じて人間の愚かさが見えるというから堪らない。
探偵役は、ライオンと虎を両親に持つライガーのタイゴ。第一話で被害者の一人であったパンダのナンナンは、第二話では新米探偵としてタイゴの相棒となり、第三話では独り立ちの兆しもみせる。今後も続くのではという期待もあるがどうだろうか。


No.198 5点 ドミノin上海
恩田陸
(2024/02/16 23:04登録)
パンダが動物園からの脱走を目論み、アートの売買が高額で進行し、日本人OLが観光で訪れ、コードネーム「蝙蝠」なるブツが香港から運び込まれ、才能豊かな風水師がアドバイスを施し、そして大混乱が生じる。
物語はハイテンポかつ高密度で転がり弾けるのだが、そこは作者のこと、きっちりと計算尽くしでドミノを並べており、多数の列は最終的に一に点に収斂する。


No.197 6点 そして誰も死ななかった
白井智之
(2024/02/16 22:59登録)
五人の推理作家が覆面作家の天城に招かれ、絶海の孤島を訪れた。だが、天城の館に主人はおらず、泥人形が並べられているだけであった。往路のトラブルのせいで、この孤島に封じ込められることになった推理作家に、次々と奇怪な死が訪れる。
滑稽なほど残酷な一方で、どこかしら純で同時に異形のルーツに縛られて、多様な推理がロジカルに飛翔する。食事時に読むのは避けたほうが良い描写があちこちにあるが、推理の魅力は抜群。脳が刺激されることこの上ない。


No.196 7点 方壺園
陳舜臣
(2024/02/03 22:35登録)
周囲を壁に囲まれた、まるで四角い壺のような箱型の建物で、名高い詩人が殺された。美しいトリック、端正な文体、詩情あふれる9話はいずれも質が高い。謎を解くのは名探偵ではなく、それぞれの人物がそれぞれの心情を持って犯行に相対する。
登場人物たちの心情に踏み込みすぎない冷静な距離感、見事な着地を読んでいて心地よい。ミステリと歴史小説の名手による素晴らしい短編集。


No.195 6点 巴里マカロンの謎
米澤穂信
(2024/02/03 22:31登録)
中学時代の失敗から、目立たたずに生きることを旨としている高校生の小鳩君と小山内さんが、日常の中で小事件に遭遇するというのが物語の基本形式。小市民的な体面を崩さずに、その謎を解くことが彼らにとっては重要なのである。
表題作を含めお菓子の名前を配した短編が並んでいるが、動機を問うものや犯人捜しをするものなど、提示される謎の種類がすべて異なっている。「花府シュークリームの謎」は、手掛かりの出し方が抜群に巧い。


No.194 8点 大鞠家殺人事件
芦辺拓
(2024/01/21 22:22登録)
昭和十八年、美禰子は大鞠家の長男・多一郎に嫁ぐ。だが、軍医の夫は間もなく出征に。彼女は大阪で商家・大鞠家の人々と共に暮らすことになる。そして昭和二十年。一族の本宅で奇妙な殺人事件が起き、やがて奇妙な探偵が訪れる。
謎とその解決が織り成すドラマもさることながら、その枠からはみ出したところにある要素が心に残る。悲哀とユーモアの入り交じった船場の描写、時代の移り変わりを経て失われていくものへの郷愁。ただノスタルジーに浸るだけでなく、旧弊なしきたりが人々にもたらす過酷な運命をも描き出している。
時の流れと人々の運命を、謎解きのフォーマットに載せて語って見せる。波瀾に満ちた物語を堪能できる作品。


No.193 6点 マイクロスパイ・アンサンブル
伊坂幸太郎
(2024/01/21 22:15登録)
ストーリーはごく平凡な会社員の生活と、一般世界とは全くかけ離れたスパイたちの活動の、二つの軸で紡がれ繰り広げられている。およそ結びつくはずのない異質な関係が、いつしかあざなえる蠅のごとく、ぴったりと寄り添うように共鳴する。
理知的でありながら、人間的な情感がたっぷりと凝縮されている。忙しい毎日で置き忘れてしまった大切な気持ちを取り戻させてくれる魅力がある。

212中の書評を表示しています 1 - 20