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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.68点 書評数:1249件

プロフィール| 書評

No.1249 7点 こころ
夏目漱石
(2024/05/18 21:24登録)
“ただ奥さんが睨めるような眼をお嬢さんに向けるのに気が付いただけでした。”

奥手なフレンチミステリ。 草食系ボワロー&ナルスジャック?の趣。 いっそ本作の恋愛模様にBL要素まで闊達に混入させ、ややこしくしたなら。。 なんて、そりゃないすよね。

数十年ぶりに再読してみると、往時は想いもしなかった真犯人(?)がくっきりと浮かび上がって来たではないか! だが、だとすると寧ろそれだからこそ残される謎。 このリドルストーリーは意外と歯応えがあるようだ。 また単純な構図でもなかろう。

初読時と変わらない、むしろ当時よりも繊細に強力に感じるのは、自分の心を上手に導けなかった時の、その暴走のおそろしさ。 心は病むよりも読め、ってが。 上手いこと言っちゃったな。


No.1248 7点 震えない男
ジョン・ディクスン・カー
(2024/05/11 21:52登録)
⚫️りは⚫️りでも、これはまたなんという複合的で逆説に満ちた⚫️り・・

「だが、誤解せんでくれ。こいつは◯◯◯◯・◯◯◯◯◯の再現じゃないんだ。」 ← この台詞 ……

古の曰くある「幽霊屋敷」にて、招待客の連続殺人事件(← ??)が起こる物語(?)。 フェル博士の登場が早い割に、終盤除いてプレゼンスをかなり抑えているのは鬼貫警部気取りのようで、勝手にちょっと笑った。

中盤までなんともゆるい上質の退屈が支配していたが、真相暴露パートに至り突如一風変わったスリルが場を跋扈し始めた。 こりゃ⚫️⚫️的⚫️⚫️トリックのズッコケぶりに油断させといて・・って事なのか? こんなエキサイティングな真相を秘めた物語だとは予感もさせてくれなかったぜ? まして、まさかエンディングにここまでじんわりさせられるとはな。。。。 そういうわけで創元推理文庫解説の “いろいろなものを吹き飛ばす豪快な展開だ。” にはちょっとクスクス。 同じく “終盤の怒涛の展開も、実はそうした無茶を支えるために導入されたものかもしれない。” には苦笑しつつもハタと膝を打つ。

さてこの真相、A方面の意外性はほぼ無いっちゃゼロに近いけど(当時だってあまり変わりませんよね)、B方面の業の深さと来たらちょっと怖いくらい。 まあその業の深いアレした大元の動機ってのが、ミステリ的にも文芸的にも全く大した事ないんだけどね、そんなん責めませんよ。


No.1247 8点 追いつめる
生島治郎
(2024/05/07 23:04登録)
警察小説と私立探偵小説のハイブリッド。 直接心描がむしろ推進力となった、日本式湿潤ハードボイルド。 舞台は神戸と大阪。 或る事件の容疑者を追う渦中で信頼する同僚を誤射、ほぼ廃人にしてしまい、そこから更に経緯あって辞職した元刑事が、同僚への償いきれない償いの重荷を背負い、件の容疑者を含むより大きな犯罪組織を相手に立ち向かう。 元上司、と呼ぶのも憚られるお偉方の県警本部長が強い味方。 二人の繋がりにはまた深い機微や事情があるわけですが。。

「こうなったら、誰でもかめへん。気にくわんやつはみな殺しや」

時々、ストーリーに油を差し過ぎたか、展開が簡単に行き過ぎて鼻白みかける所もあったけど、全体で見たらそれも方便と言うもの。
震えの来るような入院病室のシーンに黙り込み、ノンケの男三人がラブホテルの一室に集合してしまうコミカルなシーンに笑いを堪える。

さて本作に於ける社会派要素は一見お飾りのようでその実、密度の濃い中核となるちょっと危ない部分なのではないか。 いずれにせよこの結末の、唐突なようでいてそうでもない、読者を振り切って置き去りにするが如くの大反転は、熱かったですね。。 
まあ考えたら「世の中そんなもんだったっしょう」てなもんではありますが、やはりあのハードボイルド・ミステリらしい『反転中締め』二つと、その後の手に汗握るクライマックス・シーンとが見事な目眩しとして、ミステリ的有終の美に貢献すべくしっかり機能したのだと思います。 連城スピリットさえ少しばかり漂いました。

“私は扉を閉めた。棺桶の蓋を閉めるときと同じ響きがした。棺桶の中には二つの屍体と、私を追いかけつづけてきた罪の意識が閉じ込められたのだ。”


No.1246 7点 さまよう刃
東野圭吾
(2024/05/05 09:09登録)
映画じゃない、君の復讐だ。 妻の忘れ形見である一人娘を、不良少年達からの凌辱の末、見殺しにされた主人公は、射撃の名手。 主人公は不良の一人をナイフで惨殺し、残った「ターゲット」を猟銃と共に追う。 警察は「ターゲット」と主人公を追う。 「通報者」の胸先三寸が主人公を動かす。 この暴力的リーダビリティには諸手を挙げて没入するしかない。 八方より嗜虐の雹が連打。 俺も鬼畜よのう.. と訝りつつこりゃあ愉しくて仕方が無い。 「ターゲット」の動向があまりに出し惜しみされるのはちょっとどうかな、とは思う。 ある女性の登場シーンだけ一風変わったメロドラマの風が通り過ぎるのは素敵だけど、もう少し短く非情に纏めてもいいかな。 いっそ全篇通してハードボイルド文体で書いてしまったら、どうだったろう。

“さらにもう一箇所、手紙を出しておかねばならないところがある。 そこへの文面が一番難しい。”

チョィ役(と呼び捨てるには重い存在)の或る少女、この先ロクなばばあにならないだろうと思うと気も重い。 いや、ばばあになるまで心身共に生き延びられたら存外、社会的に尊い存在に変容しているかも知れない。そうであって欲しい。


【【 次のパラグラフ内はネタバレです 】】
まさかの⚫️⚫️トリックは、あるのか、ないのか、ないのか、あるのか ・・・・ まあ言っちゃえば、この⚫️⚫️⚫️⚫️ック暴露旋風のお陰で、結末が漂わせる一種の虚しさを抑え込んでいるようにも思えます。
最後「ターゲット」を殺す事は能わずとも、せめてその者にとって心が潰れる類の障碍を負わせる等、小説上の選択肢は無かったものかという気は致します。
とは言え「ターゲット」が本当にただただ人権解除されて然るべき人間産廃なのか、迷い無く判断するには踏み込んだ描写が足りず、モヤモヤもしました。(「◯◯◯ー◯」の箱の件、もしかして、匂わせてるのかな。。)


社会派スピリットは希薄と見ましたが、エンタメ魂は激熱です。 これでディーーープな社会問題提起まで娯楽性と渾然一体の体で奔出されていたら相当に深い爪痕を残せた事でしょう。 9点まで狙えたかも知れません。


No.1245 6点 ○○○○○○○○殺人事件
早坂吝
(2024/05/02 00:00登録)
「今から私がこの◯を殺します。」

クローズド・サークルとなった南の島(東京都)にて連続殺人。 皆を館に招いたのは仮面を被った紳士。 密室もあるでよ。 一見こんなベタ・ベータな設定ながら、企画物AVいや企画押しミステリの極端なインハイ攻め。まさか「◯◯◯◯」の在り方に手を出して来るとは! 英語タイトルの「maru maru maru .. 」には腹を抱えました。

「作者の早坂さんと友達だから◯◯◯を知ってたらしいです」

語り手のキャラ変(ネタバレに非ず)には大笑い。私は「俺」が好き。 文章良し。 不可解興味に違和感興味良し。 柔らかな叙述トリックに、斬れの良い叙述ギミック。 何よりセンターに金粉撒き散らし聳え立つ『本格魂』! そこへ来てまさかの◯パ◯要素まで登場! 下ネタギャグの応酬に、熱い熱いパロディスピリット。 枝葉のトリックにも細やかな下ネタ配慮。 とんだ青春ユーモアミステリもあったものです。 グロ抜きのエロ一本勝負だから安心だよ(笑)。 ついでに変態要素もほぼ皆無?(個人的に援交はじゅうぶん変態行為だが)。 お約束通りに行かないが飽くまで爽やかなエンディングも味わい深い。

すっかり失念していたタイトル当てのことわざに急襲されて笑っちまった、最後の一行!

「この事件、闇に葬りませんか?」


No.1244 6点 ベイルート情報
松本清張
(2024/04/30 13:15登録)
脊梁/晩景/軍部の妖怪/ベイルート情報  (文藝春秋)

四作それぞれ細部まで読み応えはあるが、前半二作は結末萎んで惜しいかな。「田舎の事件」「特許侵害」「十五年戦争」「中東情勢」と物語の背景は様々だが『裁判』という一応の共通項はある。でも全体見て締まりが緩い感はある。埋もれ気味なのもちょっと納得、清張基準では二線級の寄せ集め的(やや長い)短篇集。

とディスってはみたものの、後半二作はそれなりの重さと熱さでそれぞれ光を見せてくれた。「軍部の妖怪」の物語性ある分厚い人物評伝が呆気なく無様に墜ちて見せる、どこか爽やかに風の吹き抜ける結末。「表題作」は紀行文に寄せたスチャラカ軽クライム短篇、ヒントもやたらアカラサマなばかりと思いきや。。見事に油断させられました。。 あの『ダミートリック』が最後に瞬殺でひっくり返される逆説の輝きもグッド。勢いで吐き棄てる様に海外某短篇のネタバレする清張さんの稚気?に苦大笑い。 物語における『裁判』のプレゼンス、文字数で言えば本作が最も微々たるものかも知れないけれど、その意味する所の熱さはこいつが一番と見た。 そう思えば、やはり本短篇集は『裁判』を通しテーマとした、一本筋の通った作品集なのかも知れない。


No.1243 5点 UFO大通り
島田荘司
(2024/04/24 23:44登録)
UFO大通り
不可解興味がいまいち薄い。不可能興味など認められない。人間関係の落とし前とか何処へすっ飛んでったん? そこ読みたかったんだけどなー。。 あらすじとか書く気も失せまする。規模感の面白みすら無いバカバカ真相に、大枠も細部もバランス悪いグラグラ感。時にはそういうダメダメ遊びの日もあって良い。まして島荘の文章ならそこそこ許セタ。昔、セタセン(世田谷線)の特性を生かしたアリバイトリック考案したって言ってた友人を思い出しました。 2点強。

傘を折る女
表題作よりこっちがズズンと良い。夜中の公道で謎の行動を見せた謎の美女の目撃談から、やがて●●(?)殺人事件の実に込み入った真相が暴き出される。不可解興味が後に進むにつれ爆増しになる構造は誠にマーヴェラス。純粋理性推理部分のスリルと、犯罪実況パートに於ける直接心理描写爆裂のサスペンス。両者のスパンを取ったカットバックが最高。最後の最後まで、歯磨きチューブを絞り上げるに抗うが如く、魅力ある謎要素がしぶとく残留。 そこに□□が記してあったのか..!! んでやっぱちょっとバカなアレもあったけど、味わいのうち。 女とか男とか。。 仮に本作を普通の本格ミステリ仕様で仕立てたとしても、真相解明部分はさぞかしスリリングだったろうなと思わせるが、この犯人視線パートを挟む事によってこそ生じた或る大きな謎と不可解/不可能興味の牽引力はやはり格別。 序盤「9マイル」のふやけたパラフレーズかと危惧を弄んでいたら、ま~~るで違いました。 「ま、そうなりますな。ここにはイソップ型の教訓がある。」 7点。

◆◆最後に、ぼかして書いても構造的ネタバレ◆◆
二作とも或る○○学的キーワードで共通しているが、片方は「そもそもの発端」事象、片方は何気に付随的事象と、その位置づけを違えているのが実によろしい、上手いと思います。


No.1242 6点 今だけのあの子
芦沢央
(2024/04/21 14:45登録)
届かない招待状
そのアレ、連城ならうまく隠し通したかも。。バレバレのチャンチャン。。なにやってんだ主人公。。でもいいんだ。あたたかい気持になりましたよ。 おっと、結婚披露宴に招待されなかった理由がね、決して不仲とかじゃないってのは予想した通りだけど、まさか伏線クッキリのそんな事象だったとは、最後まで分からなかった・・!! まあでも家族間にもズルズルの秘密ってのはあるもんさね。 6点強

帰らない理由  
連城なら。。。。  頭のおかしい人が、気まずい男女二人の溝をリセットする やだー、ケテガイばばーがこわいよー ううーーーむ、この冒頭出会い頭ゴツンからスルスルと解かれ行く風変わり過ぎの設定と来たらとにかく強すぎるんだよ!! 車に轢かれて死んだ女子中学生の危険な日記(?)を巡り、生前の彼女の親友と恋人がそれぞれの思惑こじらせ対立、って構図なのか。。 結末で事件性もドラマ性も萎み、そこに出来た隙間を急襲型の感動が不意に埋めてくれました。 5点強

答えない子ども   
ホワイト反転があまりにそのまんま過ぎて・・・深い感動に至らず、日常生活のホッとした一幕、みたいに終わってしまう。 でも謎解きのロジックはスリリング。 ある人が突如名探偵に化けるのは笑っちゃいますけど。 ママ友どうしとその子供たちの「絵画」を巡るムニャムニャ。 5点弱

願わない少女 
反転の形も意味も、前の三つと全く違う異色作。 ミステリ性は些か薄いかも知れないが読み応えはシュアー。 それぞれ違った経緯で漫画家を夢見る二人の女子中学生が謎の対立を見せる熱いオープニングから、仄暗い過去が解き出される。。。 7点弱

正しくない言葉    
謎解きの所で速やかにドラマがしぼんでしまいました。 だけどすぐ持ち直した。 でも小説のバランスは少し欠いた。 とは言え佳きブライトエンディング。 老人施設に暮らす二人の仲良し老女と其々の家族。 物語のきっかけは、主人公の夫の早かった死。 文章とストーリーに素敵なおとなしさがあり、いちばん「日常の謎」っぽいかな。 6点

各作の繋がりに驚いたり想いを馳せるのも良いが、短篇集タイトルの意味の反転というか変容、これこそが一番味わい深かった。


No.1241 6点 書斎の死体
アガサ・クリスティー
(2024/04/18 20:40登録)
“……の顔に浮かんだ微笑は、美しかったーー勇しく、もの悲しげで。”
「心から、ほんとに心から、あなたの幸福を祈っています」

アガサクらしい企画先行勝負・・・タイトル通りいかにも推理小説にありがちな設定で幕開け・・・の割にというか、だからこそなのか、慎ましく質実な事件捜査の歩みを、されどセミカラフルな描写を引き連れ読者に提示し続ける技は、ある種典型的クロフツのような落ち着きと信頼感を宿している。
地方名士宅の書斎にて若い金髪ダンサーの絞殺死体が発見されるというスキャンダラスな事象から始まる不可能犯罪?アリバイ崩し?の面白本。
犯人の、警察相手にちょいと無理筋な立ち回りには疑問符も付くが、、 序曲を爽やかに省き、手の速い事件紹介からスタスタ進むその様は、章立ての短さも手伝い実にプラクティカルなリーダビリティをリプリゼントしまくっている。 うむ。この真相には味がある。

「複雑な筋書ですな」
「ダンスのステップほどは複雑じゃありませんわ」

探偵ぽい人が何人も登場し存在感を示すのでどうなる事かと危ぶんだが、最後はマープル様がしっかり真相暴露の見せ場を奪って行きました。
或る意味お手本の様な完成度は、まるで無印良品『本格推理小説』のようで、PIL “Album” (a/k/a/ “Compact Disk”, “Cassette” or “mp3”) を思い出す。 ただ、かの盤ほどの対面説得力はプイと放棄しちゃってる感じの軽さも魅力。 
そして最後のオチが強烈だ(短篇みたいだが私は好き)!!


No.1240 5点 終電の神様
阿川大樹
(2024/04/15 21:05登録)
「初回のお客様は○○○○○はサービスなんです」

同じ『終電人身事故』に巻き込まれた人々それぞれのその後の深夜の物語を紡ぐふんわり系日常のサスペンス・・・だけではなかった(!)連作7篇。 良い意味であっさりした、行きずりの感動が次々と得られます。 良い意味で小器用な叙述のアレがちょいちょい。 少しだけ不器用さが見える全体構成も温かし。

第一話 化粧ポーチ
深夜の事故停車中、痴漢めいた行為に遭う主人公には、帰宅前に「どうしても」寄らねばならぬ場所があった。 ある場面で主人公の放った一言が「アレ」なわけですね。。 いいジャブもらいました。

第二話 ブレークポイント
納品クライシスに直面する零細IT企業にて、社長から突然の全員休暇命令、ところが帰宅中の終電が事故停止。 歩いて帰宅するプロジェクトリーダーの主人公は、ふとボクシングジムの前で立ち止まる。。 仕事場の活気が伝わって来るのは良いが、こんなほんわかエンディングで大丈夫なのか..

第三話 スポーツばか
主人公の「不可解な行動」が引っ張るホワット/ホワイダニット興味が光る前半を踏まえ、拗れた人間ドラマで迫る後半。 競輪選手である恋人の家へ、一人の夕食を終えて急ぐ主人公は、終電の人身事故で足止めを喰らう。 最後の「嘘」は、ちょっと苦笑というか、何だかねw
 
第四話 閉じない鋏(はさみ)
タイトルが泣かせた。。。「今夜が山」の父のもとへ終電で急ぐ主人公が、人身事故で身動き取れなくなった時間、いらつきつつも、様々な考えを巡らす。 ラストシーンが良い。重さより爽やかさが勝っていると思います。

第五話 高架下のタツ子
ここでささやかな変化球。 美学生の恋人に会いに来たイラストレーター。ところが恋人は人身事故で終電に閉じ込められたという。それも目と鼻の先の高架で。すぐそばにいるのに触れ合えない二人。 そこへロングスカートの謎の人物が現れ、自らの「遠い過去」の話を始める。 しばらくして電車から解放された美学生の恋人は「謎の人物」の友人で、その人の「近過去」の深堀りした話を主人公に伝え聞かせる。。 甘えなあ、なんて思いつつ、ついじんわり来てしまいます。

第六話 赤い絵の具
変化球。 美大を目指すエキセントリックな高校生が取った驚きの(!)行為が発端となり、クラスメイトが朝のプラットホームで思い切った行動に出る。 ミステリ度というか、ミステリっぽさはいちばん高いのかな。

第七話 ホームドア
本連作集の中ではいちばんの変化球。 ベテランKIOSK店員の日常と、凄い過去と、皮肉ながら明るい未来。 中途の物理サスペンス展開はやばかった。 最後にある事が明らかになるシーン、ある「死角」が鍵を握っていたなんてねえ。。二十五年間も。。。。

唯一書き下ろしの最終話を読了すると、連作短篇集全体の時○○が突如気になりだす仕掛け、と言って良いのでしょうか。
それと、是非、本作のチョイ役男優賞はマイケル・ジャクソン氏、並びにクインシー・ジョーンズ氏に差し上げたいですね。


No.1239 7点 主婦病
森美樹
(2024/04/12 19:48登録)
みんな異常で、みんないい。 なかなかに女くさい日常のサスペンス連作短篇集。 後半に進むにつれ連作の企みの怖さが滲みて来ます。 目を惹くいいフレーズが惜しみなく散りばめられ、フラッシュバックなど緻密な技巧がごく自然ななりで溶け込んでいます。 各話の主人公は、方向や程度の差はあれ、如何にも危ういバランスの上で一見平穏な日々を過ごす主婦達(おっと、一作だけ例外が・・・)。 意外な?『狂言回し』の存在が鈍色の光を見せるのも特色。その人のバイト遍歴?含めた『時系列』も気になる、と言うかちょっとハッとするね、最後まで読むと。 中にはちょいと顔と鼻を顰めてしまう、エグいシーンもあった。 やさしいシーンも当然あった。 ギョッとする逸話もそこかしこ。 ミステリの空気漂う領域に大きく踏み出す場面も際立つ。 最終話、それまでの話の経緯を踏まえ、主人公の或る属性に鑑みれば、最後はきっとああなっちゃうんだよなあ、と予測を立てずにいられませんよね。。 まあ最終話だけ、主人公の境遇が他と大きく異なるせいもあってか、ちょっくらドタバタしたユーモアが見え過ぎの気もあったけど、終盤そこから大きくカーブを切って、この『結末』に至るというね。。

眠る無花果/まばたきがスイッチ/さざなみを抱く/森と蜜/まだ宵の口/月影の背中

さざ波は、目の前に立っている。 ミステリの叙◯ギミック・トリック方法論を大胆に堅実に消化・展開して、頼りになる味方として文中に忍び込ませた、心揺さぶる文芸パラミステリ連作短篇集と言えましょう。


No.1238 7点 屍人荘の殺人
今村昌弘
(2024/04/09 21:47登録)
「いけ、そこだ。頑張れ、殺せ」

被害者の意外性(!!!)はそのまま物語構造への湧き立つような疑惑に直結。 一見目新しいような探偵役が、話が進むにつれぐだぐだに類型的な存在に落ち着いたり、パニックやら恐怖やらがさっぱりリアルに迫って来なかったり(私のホラー感覚欠如障碍もあるが)。 なかなか冴えたるロジック含めて情報はギンギンに詰まっている筈なのに、なんなのこの謎の中だるみは。 しかしリーダビリティは終始丸ビル並みに高いだな。 鋭いロジックの付け込めそうな隙というか場というか違和感がそこかしこふんだんにジャカジャカ踊っているのは見逃せない美点でありましょう。 専門筋からやたらな高評価を受けるのも納得のブレイクスルー新機軸。 ですが、個人的には文章の好みの壁を越えられなかったですね、ミステリそのものの熱エネルギーが。それでも充分に高く評価しちゃいますよ。

“食糧危機と●●●と殺人者、複数の波濤がぶつかり打ち消し合う、不思議な平穏の中に俺たちは身を置いていた。”

エレベーターには、●大●●●がある。。。。 意外な組み合わせの男女に意外なミステリドラマもあった(そこにちょっとした短いアレも。。)。 或るカウントダウンにそこまでスリルを感じる登場人物がいたのは、そういうわけか。。

「おっしゃるとおりです。実際に殺人は起きているのだから、それが可能であることを証明してもなんら意味はありません」

物語の根幹に纏わる所で、ホワイダニットとハウダニットが異例なほど不即不離に連結した或る人間ドラマ事象には、強い力がありましたな。 ところで、プロローグのとエピローグの繋がりは、ちょっとやばくないですか。。。


No.1237 7点 マックス・カラドスの事件簿
アーネスト・ブラマ
(2024/04/06 14:10登録)
「『探偵ジェイク・ジャクスン』を読んでいたのかね?」


ディオニュシオスの銀貨
カラドスとカーライル、意外な再会。そして小手調べの事件解明。蠢き始める一篇。 古銭の偽造に纏わる話。
7点

ストレイスウェイト卿夫人の奸知
灼熱の騙し合い冒険譚。最後に顕れるのは、まるでやさしい連城のような、反転そのものを逆説に掛けたが如くの、滋味溢れる反転模様。
「円の弧はわずかなものであっても、全体の形を作り上げることはできる」
ラストシーンの明るさ、爽やかさ、温かみにはやられました。若い没落貴族夫婦、真珠の盗難に纏わる話。
9点

マッシンガム荘の幽霊
集合住宅にて幽霊騒動。トリックこそギャフンギャフンだが、その背景/動機はなかなか読ませる怖さと面白さがある。ちょっとした冒険シーンも良し。ラストシーン更に良し。
7点

毒キノコ
少年毒死事件。地道な捜査部分含む物語のドラマ性が躍動し、トリックのおとなしさを凌駕。やはりラストシーン良し。
7点

ヘドラム高地の秘密
第一次世界大戦前夜のスパイ疑惑なる深刻な背景を持つ冒険譚。暗号解読に纏わるカラフルな挿話が良いバランサーとして機能。
6点

フラットの惨劇
「命が狙われている」と探偵のもとへ駆け込んで来た浮気亭主。ホームズ譚を大甘にした風情だが、情景の浮かぶ文章に軽いユーモアの配置も効いて読ませる。決定的な偽装発覚ポイントをカラドスが明かす小ぢんまりしたエンドも、ささやかな考えオチで締まり良し。
6点

靴と銀器
民家にて銀製品コレクションが消失し、靴が盗難の証拠品と目される。こういう言い方するとネタバレっちゃネタバレなんだけど、全く無関係な二つの事象がある種小粋に面白い絡み方をして、不思議な結果を見せた話。乾いたメロドラマの中に、手堅く、なかなかに熱いロジック在り。ドタバタ気なユーモアよろし。いきなり小咄風に締めるラストも悪くない。
7点強

カルヴァリー・ストリートの犯罪
卸売会社の優しいお飾り社長が精神錯乱?状態で帰宅。その後、会社の倉庫が火事に遭っていた事が判明。 緩いホームズのような話だが、この過不足無いユーモアと時代感は素敵だ。
6点

探偵二人。主役は盲目。暗闇のようで暗闇でない、あちこちで手掛かりが光る「場」での心理戦が実に眩しい。


  あか あか あか あか あか あか あか
      おお おお おお おお
   おそろしい おそろしい おそろしい
  にゃあお             とびら 




No.1236 8点 無間人形 新宿鮫IV
大沢在昌
(2024/04/01 13:56登録)
若者を標的にした新手の覚醒剤ビジネスを巡り、警察と麻取、ヤクザと不良、地方財閥の本家と分家、そして一人のロックスターが複雑なパズルの様に交錯しながら或る破局へ向けて突っ走る警察×犯罪ノヴェルの剛速球。

詳細コメントは省くが、最大のミステリおよび文芸上の興味は「何故わざわざ違法な仕事を始めたのか」かな。 それと例の「携帯電話は繋がっていた」シーンが熱かった。


No.1235 7点 ソロモンの犬
道尾秀介
(2024/03/27 21:34登録)
「人間と動物を区別するなんて、お茶と飲み物を区別するようなものだ。人間に失礼だよ」

序盤より何気な叙述ジャブ心地よし。あざといくらいで丁度よし。またエピローグでも対称形のように、叙述のアレの答え合わせがそこかしこでパチリパチリと心地よく、碁石を打つが如く響く。 回想配置と時系列揺さ振りの妙味・醍醐味ったらない。 この構成の中でうねりまくり、ミステリ興味を引き摺りまくるストーリーの向こうには作者の固い拳が見える。 頑張ったな、道尾秀介さん。

大学生の男子二人(一人は主人公)+ 女子二人(一人は主人公の恋愛対象)= 人間四人の友達サークル。その周辺にて、シンママ助教のご子息でもある「四人が可愛がっていた少年」が交通事故死。連れていた愛犬に、腕に巻き付いたリードを引っ張られ、トラックの前に体が引き摺られる形で、多くの違和感を残しながら。。。。 或る雨の日偶然に、古式ゆかしい喫茶店に同席した四人は事故?事件?の真相を探り出そうと、年季の入ったテーブルを囲み、過去を振り返り、掘り返そうと対話を始める。
 
普通だったらエピローグになるような「本編最終章」から本当の「エピローグ」の最後の最後まで、魚卵びっしりニシンのように味と謎とミステリ興味が詰まりまくった素晴らしきガッツを見せる入魂の一篇です。 セイスンミステリだからって、いい大人の方も敬遠する事はまるでありません。 犬の習性。ヒトの習性。ふむふむ。。 まあ、或る人物の行く末があまりにも爽やかにうやむやに放置された感は少し気になります。そのため完璧作にはなり損ねていると思いますが、そんな事はいいんです。 メイン事件の真相がちょっと弱いかな、とは思いますけどね。 それでも高得点だね。


No.1234 7点 石の猿
ジェフリー・ディーヴァー
(2024/03/23 14:10登録)
「しかし」ライムが言った。「きみにとっては、事件は集産化されなかった」

蛇頭、中国公安刑事、反体制密航中国人、中国系米国人刑事等こぞって登場し、社会問題孕んだスリルでいくらでも深く抉れそうな所、敢えてソレは気前よく濃いぃダシに使い切り、中国文化へのツンデレ共感帯は盛り立てつつ、JD自家薬籠中の激風サスペンスで平常心の堂々反転勝負を挑んだ、誇り高き一篇!

「だめよ、ライム。このままでいいの。やりすぎなくらいがちょうどいいときもあるのよ」

数十数名の中国人を乗せ、ロシア某港より出航した密航船。ニューヨークに到着する直前、悪天候にも祟られ当局に拿捕されかかったその時、密航を取り仕切る蛇頭「ゴースト」はあろうことか船を爆破させる。更には生き残った密航者たち、即ち自らの大量殺人を告発する証人となり得る者たちの全抹殺に取り掛かる。まずは身内の裏切り者から、古代中国を思わせる惨烈な拷問の末、捜査陣へ見せつけるように葬り去った「ゴースト」。

瞬時の隙も無く読者を揺さぶり続ける本作だが、中でもラス前第四章終わりのヒリヒリする熱さったら無い。 やぱぁ友情・・奇蹟と必然の結晶・・が中心に来るミステリは最高だね。 こ、この泣かせるシーンは、まさか、アレのフラグじゃあるまいな・・と危ぶみつつも、やはり胸熱だ。 しかし、このタイミングでソレをバラすって事は。。などと熱々の先読み、切ない憶測を促す文章力と構成力は本当に強力。 現場(海底)遺留品から数学的に或る疑惑を状況証拠へと具体化して行くくだりも素晴らしい。 最後の、「二人」それぞれの決断。 友情のため、愛のため、それだけではない。 そしてあまりに熱い抱擁。 何より、最高に泣かせる「或る見知らぬ人」への手紙!

今さら言ってネタバレにもならないだろうが(??)、やってくれました、この甘々の、瞬時にしてお花畑の広がる(?)とろける結末・・ だがそこへ行き着くまでのスリルとサスペンスと反転がモ~ァザン盤石であるからこそ、俺は全然好きだ。 それから、これを言うと若干ネタバレかも知れないけれど、ある意味それまでのシリーズ作風が重要な真相隠れ蓑になっているような気配は、いたします。 何しろ、アッチのあの反転はよしんば想定内としても、まさかの大オチがね。。。 
そして相変わらず、高級コールガールの様な高級読み捨てマテリアル。 これぞ最高の美点でありましょう。


No.1233 7点 死者は語らず 「宝石」傑作選集Ⅰ 本格推理編
アンソロジー(国内編集者)
(2024/03/20 16:17登録)
五つの時計■■鮎川哲也   
「大切なお客さんが待っているんだし旨い酒があるし、それに可愛い奥さんもいるからな。十分ばかり邪魔をして帰ってきた。」 
本格推理不滅の象徴。 完璧の化身。 滋味の麹壺。 いい酒、いい音楽、いいニシンの燻製。 文章の節々に覇気と余裕と緻密な配置。 スリルもサスペンスもスロースターターと見せつ、直ぐ点火。 母娘の情愛に絆される場面など有。 堅牢なロジックと涙が出る程の味わいが不可分に結託し、同席で流しそうめんを啜っているよう。 “甘い疑念”潰しも抜かりなく伴走。 何気にエロい実践の説得力たるや。 しかもその持続の妙たるや。
「いや、それとこれとはある程度関連性もありますが、本来別のものなんです。しかしどうにかアリバイを崩すこともできました。」
アリバイ偽装と暴露の極意を『ナんとカ講義』ナんテ大掛かりな光り物でなく、さり気なくも深い耀きの地の文で披歴。 警察内部の犯罪オン犯罪という構造だが、社会派など眼中の大外刈りで颯爽と。 しかし本作の鬼貫は本当に、腹の底から良いな。 君の魅力に、俺もアタイも落ちそうになったぜ。。 更にはラスボス?蕎麦屋のギラつく魅惑の坩堝よ! 締めも言うこと無し! いっそ全文暗誦したい。  10点

風の便り■■竹村直伸  
幻想か、怪奇か、愛なのか。 届く筈のない、精神を病んで入院中の父親から娘への優しい手紙。 その背景には、タイミングの妙が何とももどかしい謎めいた毒死事件。 巨大過ぎる切なさへの、吹雪さえ呑み込む切実な予感。 物語の芯らしきものが罪悪の峡谷へと沁み渡り、うなりを上げる。  ノンキだと・・!?  何故そこで、それを我が子に託す?!  超自然と論駁推理とを結ぶ焦点の在り処には果たして何が。。。  真相はミステリとして特に目新しいものでもないが、そこへ至る道筋のまぁスリリングなこと! 「ハナミズキ」 のエンドレスリピートをバックに読みたくなるのは前半まで。後半はがらっと顔色が変わる。  7点

泥まみれ■■島田一男 
家出癖のある、二十も歳の離れた弟が、遠方にて、遠い親戚筋の女と心中を図り、死亡。 因縁蟠る中で兄は或る復讐を心に誓う。 自然と抒情豊かな物語背景に、島一節のちょぃと熱い所が炸裂。 凄まじさと癒しの行き交うエンディングにはどことなく風太郎風の味わいが。  7点

E・Pマシン■■佐野洋
この真犯人/真相意外性は結構なパワー持ってるよ。 アパートでのガス中毒死に続いた予告殺人。 SFチックな犯罪解決ロボット顛末のオチには流石の左翼魂。 ところで真相暴露のヒントなった或るワードの特性、現在ではちょっと微妙ですかね。。  7点強

吸血鬼考■■渡辺啓介
こんな洒落た羊頭狗肉は許せる。 英国カントリーサイドの大邸宅を舞台に、ちょっとした歴史ロマンと現在の淡い恋愛模様、そして秘めた友情物語が交錯。 ゲーム風展開に及ぶシーンも好き。  6点
 
臨時停留所■■戸板康二
標題が誘う軽いミステリ興味は、ミステリと言うより文学的反転へと帰着。 仄かな旅情を含みつつ、激しい部分もありながらやさしいオチで幕を引く、田舎の人情小品。  6点

消えた家■■日影丈吉
戦中台湾怪奇譚。 軽い数学パズルに絞められる話。 油の軽いフレンチフライ。  5点

おたね■■仁木悦子
「二十二年です」 “日ごろから数えてでもいるのか、おたねはすぐ答えた。” 
これぞ勝利の歌。。。 とも言い切れない物語の襞の深さや佳し。 人を泣かせるのに機械的物理トリックも使いよう。。 と思えばそこには心理のダメ押しが! こりゃ唸った。。 偶然再会した昔の使用人の重い告白を聞く。  8点

毛唐の死■■佃実夫
旧い事件を歴史学者の様に解き明かさんとする図書館司書。事件の被害者は徳島県在住の著名なポルトガル人。 調査の過程はひたすらに地味だが、解決篇となる最後の酒のシーンでは感動押し寄せる忘れ難き一篇。  7点

付録「宝石」の歴史■■中島河太郎
同誌の飛躍と艱難、光と影の道筋を、具体的作者・作品名やエピソードを愉しく散りばめ綿々と証言。 往時の空気が良く漂う。 嗚呼「抜討座談会」。。  8点弱


No.1232 7点 Nのために
湊かなえ
(2024/03/16 13:50登録)
作者自ら語ったという『立体パズル』そのもの! ズルズルと解(ほど)き出される魅惑のゲーム性、新事実は新世界。これに恋愛心理劇や●●●●に纏わる過去など程よくキツめに絡んで彩り豊か、おかげで味気無さとは無縁の小説型パズル。 叙述ギミックも最高に効いている。(「十年後」の置き場所!) こじらせ王子がドえらいことやらかしよった、ってだけの話じゃなかった。 作中作の使い方。 仄かな暗号興味。 将棋の魔力がなにものかを発揮する。 マンション高層階で謎の複数死から始まる所は宮部みゆき「理由」を髣髴と。 頭文字Nに該当する人物ばかり登場するけど、ひょっとしてNobodyのNかも・・・なんて憶測してみたり。 いやはやタイトル通り(?)文句無しの「エンタメ」長篇そのものでした。 圧巻のリーダビリティに是非、あなたも振り回されたし。

「お外はすばらしいでしょ。この世界はみんな、あなたのものなのよ」


No.1231 7点 君の膵臓をたべたい
住野よる
(2024/03/09 20:54登録)
「いい天気ー。こんな日に死のうかなー」

不治の病を膵臓に抱える女子高生は『共病文庫』なる秘密の余命日記を付けている。 現代医療のお蔭で外観は普通に明朗快活な高校生活を送る彼女。 クラスメイトの静謐男子がある日、通院先にて偶然『共病文庫』の存在を知る。 そこから始まる、二人を中心とした、奥深く謎を秘めた青春&人生ストーリー。

「いやぁ、君がまさか私をそこまで必要としてるなんて、思いもよらなかったよ。人間冥利に尽きるね」

殺人事件が起きた。 主人公には名前が無い(最後に明かされる..?)。 ヒロインには将来が無い(だが現在は輝いている)。 この物語にはどうも何かある。 変わりゆく主人公。 この、大馬鹿者・・・・ んもう、じれったいんだか何だか。

“また彼女は韜晦に走るだろうか。そうしたら、僕はどうしよう。更なる追及の勇気が、僕にはあるだろうか。あったとして、何か意味があるのだろうか。”

こう見えて本作、親子愛とキレッキレな友情、そして未来と青空の物語であることは確実。
仄暗さと明るさの好配色のような、柔らかいがイテテ率も高いユーモアが遍く浸透。 ぅっぁーたまらない会話の投げ合いとか。「革命に次ぐ革命で国民がいなくなるよ」 心の言葉のすれ違いとか。。

“やっぱり私は弱い。ばれなかったとは、思う。”  

何処となく漂う、大◯◯トリックへの予感や、その手掛かりめいたもの。 何気なく挿入される ”クイズ” 的な何か。 一見勘違いのようで・・・そうでないような絶妙なダブルミーニングもどき。 主人公の特性に頼った、素晴らしき逆説の煮詰め具合。 ヒロインの命が掛かっている事を実感させるに足る、言葉の意味深さの沁み渡り。

「家に挨拶したの。私を育ててくれた大切な場所だよ」

ようよう結末へ向かうにつれ、来た来たあぁーーと押し寄せる波しぶきの圧と祝福にやられたし。

“旅行も楽しかったし” ・・・ これ泣けたなあ   “一度胸に抱いて” ・・・ このワンフレーズも本当にやばかったですよ

単なる(?)メモの、等比級数的にぶち上げ広がる、心への何か・・・ これほど泣かせる事務的事項の羅列、「(怒)」、「(第一回)」あるかってんですよ。
アレの感動突風のすぐ後に、ミステリ興味のズキズキワクワク展開図を置きに来るってのもねえ、色んな方向から揺さぶられて、こりゃあもうたまらんのですよ。

“仕方なく僕は「考えておく」と答えた。彼女は「お願い」と一言だけ添えた。意味のある一言だった。”

『生きる意味』について、あるいみ最近の理論物理学にも通じるような、ちょいと深い、い~い事が語られるシーンもありました。 最後の方、「えっ!? そっち?!」と展開に嘆き、そこにバランスの悪さを感じもしたけれど、考えたらそれはこちらが勝手に、ある種の静かな常套展開を想定してたに過ぎないのですな。 そんなもの、必要ありませんね。

“世界は、差別をしない。”

本作、可読性こそめっちゃあ高いが、一気に読んじゃああまりに勿体ない。 是非、じっくり行きましょう。
略称は「キミスイ」だそうです。「人間の証明」のアレをチョイ思い出します。 娘の男子クラスメイト推し本を読んでみました。


No.1230 7点 迷走パズル
パトリック・クェンティン
(2024/03/06 22:28登録)
「誰もが己の本分をわきまえるべきです。ぼくは演劇プロデューサーなので、演劇プロデューサーとしてこの問題に取り組みたいと思います。」

信頼できないかも知れない探偵役(候補??)。 意外な被害者と意外な殺人現場。 ドタバタ心理試験。 真犯人かどうかはともかく天才的犯罪者が登場して場を掻き回す。 「台の上のもの!」(笑) そして、高名の指揮者が奏でる美しいピアノよ 。。。。 主人公がアルコール依存症治療のため閉じ込められた精神病院内にて、病理なのか超自然なのか判然としない怪奇現象が続発。 その現象内でまるで予言されたかの様に、やたらパンチとヒネリの効いた連続殺人事件が起こる。 患者の中に佯狂の者はいないのか? 医師や看護師の中に殺人狂は紛れていないのか。。?

“子供たちよ、物事は少しばかり悪いほうへ向かっている。だが、心配することはない””

おお、真犯人暴露へ向かう道筋が最高にスリリングじゃないか!! 多方向への憶測振り撒きが半端でないぞ!! おっとぉ、こいつあ全く以っていよいよ。。いんやいや、この端倪すべからざる、抜け目ない逆説駆け巡る結末と、そこへ至る迄のステップの軽やかにして踏み込みの深い、揺さ振りの眩しさ、頼もしさよ!! 真犯人当てちゃってたにも関わらず、こりゃあ参ってしまいした。 声のトリックこそ、ちょいとご都合すっとこピクニックな感じですが、それがメイントリックってわけでもなし、良いでしょう。 シリーズ第一作目がこれ、という構造もいろんな意味で凄いですね。 イザベルより断然アイリスだねえ。

「自分の推理を過小評価することはない。わたしと同じだったのだから」

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