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E-BANKERさん
平均点: 6.01点 書評数: 1785件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1765 6点 伽藍堂の殺人~Banach-Tarski Paradox~- 周木律 2023/12/09 13:52
「眼球堂」「双孔堂」「五覚堂」に続いて出された「堂シリーズ」の第四弾。
シリーズも方向性が見えて、そろそろ佳境に入るのではないかという雰囲気も漂ってきている。
さて、どうだろうか? 2014年発表。

~警視庁キャリアの宮司司は大学院の妹・百合子とともに宗教施設として使われた二つの館が佇む島・・・伽藍島を訪れる。島には数学史上最大の難問である「リーマン予想」の解法を求め、「超越者・善知鳥神、放浪の数学者・十和田只人も招待されていた。不吉な予感を覚える司をあざ笑うかのように講演会直後、招かれた数学者たちが姿を消し、死体となって発見される。だが、その死体は瞬間移動したとしか思われず・・・張り巡らされた謎が一点に収束を始めるシリーズの極点~

いやいや、これはなかなかたまげた!
そう言っていいレベルの大型物理トリック。
前作(「五覚堂」)の物理トリックも結構大掛かりなものだったことを考えると、こんなトリックを連発できるあたり、作者の只者ではない感が相当増してきている。
もちろんリアリテイは全くない。新興宗教の怪しげな教祖を登場させて話の雰囲気作りもしてはいるけど、日本海の真っただ中にこんな施設をつくったら、さすがに気づくだろ!っていうツッコミは封印しておく。

でもまあ、このメイントリックに尽きるよなあー
結構伏線はあった。特に「色」の問題。間違いなくヒントだろうという「扱い」だった。
それに「はやにえ」を模した二つの死体。圧倒的な力が加えられたとしか思えない・・・ってことはー
いやいや、読後もちょっと興奮している。
それでも評価がそれほど高くないのはなぜか? それはもう、トリック以外の魅力が少なすぎることに相違ない。
ラストでの百合子の驚くべき「推理」(いや、「指摘」だろうか?)。これは本シリーズを揺るがしかねないような「爆弾」か?
それでも、淡々と流れる物語は私の心の奥には響いてこなかった。(そもそも作者はそんなことを気にしてないのだろうが・・・)

蛇足ですが、本作のサブタイトルにもなっている「バナッハ・タルスキのパラドックス」。
数学の世界ではメジャーな定理?のようだが、コテコテの文系人間である私は初めて聞いた「ことば」だった。(ついでに「リーマン予想」も) でも、不思議だ!!

No.1764 5点 幻の屋敷- マージェリー・アリンガム 2023/11/18 14:08
日本版オリジナル短編集の第二弾。とはいえ、前作の「窓辺の老人」を読了してはや八年強。
もはやすっかり忘れております。どんな雰囲気だったっけ?
ということで、原作は1938年ごろの発表(と思われます)。

①「綴られた名前」=とあるパーティーの会場で起こった宝石盗難事件が本編の謎。キャンピオン氏も当然巻き込まれるのだが、彼が偶然拾った指輪をもとに、持ち主やらそれに基づいた事件の解明やらをあっという間に行ってしまう。スゲえ推理力。神業級。
②「魔法の帽子」=この帽子をレストランの机に置いておけば、お代が無料になるという不思議な帽子。なんていい帽子なんだ! 欲しい!!って当然裏事情という奴がありまして、それはたいがい犯罪に関わっているわけです。残念。
③「幻の屋敷」=とある田舎町に存在するというある屋敷。それが「灰色小孔雀荘」。その場所を知っているという老人を案内させると、その屋敷はとっくに壊されたという。でもここに、先週その屋敷を訪れたという若き女性が登場! あれ、なんか変な感じになってきたぞ・・・と思いきや。あっけなくキャンピオン氏が解き明かしてしまう。そりゃそうだ。
④「見えないドア」=タイトルからして「名作」っぽい雰囲気だったのだが・・・。真相はまさかの「〇が〇〇ない」! そりゃないでしょう。周りも気付くんじゃないの?
⑤「極秘書類」=ひとりのチンケな犯罪者とその正体を知らず、彼に恋をしたひとりの無垢な女性。かの英国でもこんな陳腐な物語が紡がれるのか。犯罪者の言い訳がなかなか笑える。
⑥「キャンピオン氏の幸運な一日」=まぁよくある手な作品だけど、短い分だけきれいに決まった感じ。
⑦「面子の問題」=これがよく分からなかったんだよねー。結局、事件のほうはどうなった?
⑧「ママはなんでも知っている」=これってヤッフェの同名の作品集とはまったく関係ない? 根本的な部分では共通してますが・・・
⑨「ある朝、絞首台に」=意外な犯人。というほどでもない。むしろ、よく見てきたやつだ。
⑩「奇人横丁の怪事件」=この時代から「空飛ぶ円盤」「UFO」なんてものが話題にのぼっていたんだね。さすがイギリス!
⑪「聖夜の言葉」=キャンピオン氏の愛犬が主人公のお話、だそうです。

以上11編+ボーナストラック1編。
分量はたいしたことはないけれど、結構お腹一杯になりました。
作品によって出来不出来はあるけれど、どれもワンアイデアがキラリと光る、と好意的に評価したい。
まぁ時代も時代なんでねぇ・・・日本だったら戦中戦後の暗い時代。そんな時代にかの大英帝国はこんな洒落た探偵小説が書かれていたのだから、そりゃ勝てるはずありません。

作品の印象としては短い作品ほど切れ味があって高い評価。
個人的ベストは・・・うーん。難しいな。

No.1763 7点 レオナルドの沈黙- 飛鳥部勝則 2023/11/18 14:07
作者の作品はデビュー長編の「殉教カテリナ車輪」以来となる。
本作は名探偵・妹尾悠二シリーズの第一弾でもある(とのこと)で楽しみ!
単行本の発表は2004年。

~「私は遠隔のこの地にいたまま、目的の人物を思念によって殺して見せる」。交霊会の夜、霊媒師によって宣言された殺人予告とその恐るべき達成。すべての家具が外に運び出された状態の家の中で首を吊って死んでいた男。密室状態の現場。踏み台にされたレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿本と鏡文字の考察。第二の不可能犯罪の勃発。そして読者への挑戦・・・。本当に犯人は霊媒師なのか? 違うとすれば果たして誰なのか? 逆さまずくしの大胆不敵な事件に挑むのは美形の芸術家探偵~

かなりガチガチの本格ミステリー。しかも、かなり「出来の良い」。
何より出てくる「謎」が魅力的だ。
“今どき”交霊会が舞台。不気味な霊媒師が殺人を予告し、そのとおりに起こってしまう殺人事件。なぜか家具がすべて外に出された現場。そして再び起こる殺人事件。しかも、またもや遠隔殺人の様相を呈している・・・
と、枚挙にいとまがないほど奇怪な謎が押し寄せてくる。
そして登場する「読者への挑戦」。うーん、なんて魅力的なんだ! 実にクラシカルでフォーマットに則った本格ミステリーである。

当然ながら問題はその解法にかかってくる。
第一の事件の解法はなかなか見事。探偵役の妹尾の言うとおり、不確実な事柄を排除していくと残ったものが厳然たる事実ということになる。
これについては作者もかなり念入りに伏線を張っているので、途中で気付く人もいるだろう。ただ、一見すると不可思議な遠隔殺人を如何にして現実的な事象に下ろしていくか、この辺りは何となくだが、連城の「暗色コメディ」を彷彿させるところがある。
で、問題が第二の事件。
これは・・・バカミスと呼ばれても仕方ないのでは? なにせ被害者が〇〇〇マで〇〇るなんて・・・(もはや爆笑!)
ただし、このフーダニット。これには意表を突かれた。ズルいといえばそうかもしれないけど、個人的には「そうきたか!」と思わせるに十分だった。

ということで、トータルで評価するなら、大変良くできたミステリーだと思うし、作者のトリックメーカーぶりが伺える作品になっている。
ただ、突っ込みところは多いよ。この手のミステリーに共通する「偶然の連続」とか。
でも好きだな。好みに合った作品なのは間違いない。

No.1762 5点 星詠師の記憶- 阿津川辰海 2023/11/18 14:06
「名探偵は嘘をつかない」につづく作者の第二長編作品がコレ。
作者お得意の「特殊設定」下の事件を扱う本格ミステリー。でも、こんな設定、よく考えつくよなぁ・・・
単行本は2018年の発表。

~被疑者射殺の責任を問われ、限りなく謹慎に近い長期休暇をとっている警視庁刑事の獅堂。気分転換に訪れた山間の寒村・入山村で、香島と名乗る少年に出会う。香島は紫水晶を使った未来予知の研究をしている「星詠会」の一員で、会の内部で起こった殺人事件の真相を探って欲しいという。不信感を隠さず、それでも調査を始める獅堂だったが、その推理は予め記録されていたという「未来の映像」に阻まれる。いったい何が記録されていたのか?~

最初に書いたとおり、本作もかなりの「特殊設定」「特殊な条件下」での推理を探偵も読者も強いられる。
くだんの「星詠会」の「星詠師たち」は紫水晶のなかに未来を映し出すことができる・・・というのが今回のメイン特殊設定となる。
殺人事件は容疑者が明白な形でその映像に残っていたのだが、その欺瞞を解き明かすのが探偵役の獅堂。

ストーリーは現在進行形の事件と、会の創始者でもある男が自身の特殊能力を知った過去の事件がクロスオーバーしながら進んでいく形をとる。当然、ふたつの事件は大きな関わりがあるはずと読者は意識することになる。
ただなぁー。他の方も書かれているけど、この条件がかなり“ややこしい”。
普通の頭ではどうにもこうにも「矛盾」が生じてしまうような設定なのだが、そこはそう日本の最高学府出身の作者だけあって、凡人たちが矛盾だらけに苦しむなかでスイスイと真相に行き着いてしまう。

なので、どうにも凡人の私にとってもスッキリしない感覚に陥ってしまう。
正直、事件関係者の人数は少ないので、役割を与えていけば真相に到達するということがないわけではない。なんだけど、そのためにずいぶんややこしいことしたなあという印象を持ってしまう。
動機もねぇ。ここまで精緻なミステリーを組んできた作品としては、えらく陳腐な動機だなぁという感想。

話の性質上、ジミになるのはやむを得ないのかもしれないけど、「特殊設定」というと比較的派手な展開というイメージがある中で、玄人好みの作品といえそう。
純粋なパズラー好きの方なら、もう少し高評価になってもよいだろう。
凡人の私はこの程度の評価で・・・

No.1761 5点 カナダ金貨の謎- 有栖川有栖 2023/11/03 19:20
安定感超抜群の「火村・アリスコンビ」の国名シリーズもついに第10弾に突入。
今回はカナダか・・・いいところなんだろうね(行ったことないけど)
新書は2019年の発表。

①「船長が死んだ夜」=何の「てらい」もない、純正な短編ミステリーだ。逆に珍しい・・・で、本筋としてもロジックによるフーダニットの興趣が味わえる一品。
②「エア・キャット」=名探偵火村准教授の小ネタが味わい深い一編。でも真相が分かってみると、「なーんだ」っていうようなもの。だからこその小ネタ。
③「カナダ金貨の謎」=名短編として名高い、同じ国名シリーズの「スイス時計の謎」。「スイス…」はキレキレのロジックが有名だが、同作に対する言及が出てくる本作はとてもその域には達してないと思えるのだが・・・。まあ工夫した倒叙ものではある。
④「あるトリックの蹉跌」=“あるトリック”とは、学生時代のアリスが火村と初めて出会ったとき、たまたま書いていたミステリーに出てくるトリックのこと。若き火村は見事、簡単にそのトリックを看破してしまうわけである。まぁ「シリーズゼロ」のような作品といえばカッコいいが・・・。
⑤「トロッコの行方」=“トロッコ問題”(何のことか分からない方は本作をご一読ください)を根底に敷いた一編。でもこの終わり方はあまりに唐突で投げやりな気がする。動機なんてこんなものかもしれんが・・・

以上5編。中編3編+短編2編というのは、かのクイーンの短編集になぞらえたとのこと。
まあ相変わらずの安定ぶりである。
いま日本で最も安心して楽しめるミステリー作家であり、シリーズなのは確かでしょう。
前にも書いたような気がするけど、特殊設定全盛の現代ミステリー界で、それに抗うがごとく普遍的ミステリーを発表し続ける作者には敬意を表するほかありません。
本作もサプライズ感こそ小粒ですが、決して侮ることのできない佳作ぞろい。

・・・ちょっと言い過ぎかもしれんが。
(個人的ベストはうーん、⑤かな。)

No.1760 6点 リンカーン弁護士- マイクル・コナリー 2023/11/03 19:18
M.コナリーが創造した新たなスター。それが弁護士ミッキー・ハラー。
これまで読み継いできた「ハリー・ボッシュ」の物語から少し外れ、同じLAで活躍する彼の物語をのぞいてみることにしようか・・・
2005年の発表。

~高級車リンカーンの後部座席を事務所代わりにLAを駆け巡り、細かく報酬を稼ぐ刑事弁護士ミッキー・ハラー。収入は苦しく誇れる地位もない。そんな彼に暴行容疑で逮捕された資産家の息子から弁護の依頼が舞い込んだ。久々の儲け話に意気込むハラーなのだが・・・。その事件はかつて弁護を引き受けたある裁判へとたどり着く。もしかしたら自分は無実の人間を重罰に追いやったのではないか。思い悩む彼の周囲にさらに恐るべき魔手が迫る・・・~

まさに「正調リーガル・サスペンス」と称したくなる一品。
そんな作品だった。
冒頭、冴えない弁護士稼業に精を出しているミッキー・ハラーに思わぬ儲け話が舞い込んでくる。
容疑者に話を聞き、周辺調査を行うハラーだが、十分に勝算の立つ弁護だと思われた。
しかし、まず立ちはだかったのが、若き検察官ミントン。ハラーの使った調査員が集めた証拠に実は瑕疵のあることが判明する。そして、次に立ちはだかったのが「・・・」。こいつが本命。しかもまさかの・・・

というわけで、そこはコナリーらしく、起伏に富んだストーリー展開。読者の勘所を押さえに押さえたプロット。
文庫版の下巻に突入すると、いよいよ山場の法廷シーン、対決が始まる。
これが本作最大の盛り上がる場面。
若き検察官を蹴散らし、ついに「本命」の相手にも引導を渡せるのか・・・?
リーガルサスペンスらしい、検察VS弁護士に加えて、弁護士VS真の相手という二重の対決が本作の売りなのだろう。
いつものボッシュシリーズだと、彼のアクティブな捜査行やピンチの連続が味わえるけど、そこは本作でもヒケを取らない。特にラストはハラーの娘までも巻き込みつつ、まさかの黒幕(?)までも判明することに・・・

・・・こんなふうに書いてると、実に面白い読書だったことが分かる。
しかしながら、ここでちょっと立ち止まる。うーん。そこまで面白かったっけ? なんか麻酔をかけられたように、コナリーの術中にはまってしまったけど、ボッシュシリーズほど楽しめたかというと、「そこまでではなかったかな」というのが冷静な判断かもしれない。
ただ、続編が楽しみなのは確か。しかもボッシュとハラーの共演らしいし。
読むしかないでしょ。
(なんだかんだ言いながら、本作の裏テーマも「親子」の愛情だったと思う)

No.1759 5点 賛美せよ、と成功は言った- 石持浅海 2023/11/03 19:17
「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」「彼女が追ってくる」短編集「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」に続く、碓氷優佳シリーズの続編。それにしても変わったタイトルだな・・・
2017年の発表。

~武田小春は十五年ぶりに再会したかつての親友、碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。仲間のひとり、湯村勝治がロボット開発事業で名誉ある賞を受賞したことを祝うためだった。出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子をはじめ教え子が九名。総勢十名で宴は和やかに進行する。そんななか、出席者のひとり、神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。旧友の蛮行に皆が動揺するなか、優佳は神山の行動に“ある人物”の意志を感じ取る。小春が見守るなか、優佳とその人物の息詰まる心理戦が始まった・・・~

本作、紹介文のとおりで、優佳と旧友である〇〇のふたりが息詰まる心理戦を繰り広げる。それをこれまた旧友の小春があれこれと考え、想像しながらまるで解説者のように振る舞う、という図式になっている。
なので、倒叙形式とも違う、ちょっと変わったスタイルで進んでいく。
これを面白いと感じるかは人それぞれだろうけど、個人的にはあまりピンとこなかったかな。
ある種の「操り殺人」というテーマになるのかもしれないけれど、あまりにもプロバビリティすぎるし、ふたりの心理戦についても長編を引っ張るほどの面白味はなかったように思う。

まぁこのシリーズは優佳を軸とした心理戦が肝なので、パターンをいろいろと模索するのは正解なのだろうし、作者の工夫の跡は伺える。
しかし、三人とも実に人が悪い! 女性だからこそなのか、男性にはなかなか理解できない心理だな。まるで将棋のプロのように何手も先の手を読む、互いにマウントを取り合う・・・おぉコワイ!
まるで「駒」のように扱われ、操られる男性陣・・・ご愁傷様です。
続編も読むだろうな・・・

No.1758 5点 列車の死- F・W・クロフツ 2023/10/09 12:40
フレンチ警部登場作として26番目。つまりはかなり後期の作品ということ。
今回は作者の十八番(おはこ)とも言うべき「列車」「線路」が舞台となる。真骨頂発揮!なのかどうか・・・
1946年の発表。

~第二次世界大戦。ドイツ軍の猛攻撃により英国軍は後退を余儀なくされていた。英国政府は緊急会議を開き、急遽極秘の物資輸送を決定した。ところが、その輸送列車のわずかな故障によって先行した旅客列車が豪音とともに転覆したのだ。破壊工作の跡から輸送計画の漏洩に気付いた政府は、ロンドン警視庁に捜査を命じた。フレンチ警部はスパイ組織壊滅の密命を受けたが、巧妙を極めた犯罪の隠蔽工作の前に捜査は一進一退。突破口を開くべくフレンチは一計を案じたが・・・~

他の方も書かれてますが、いつものクロフツ、いつものフレンチ警部ものとはかなり毛色の異なる作品。
確かに途中はいつものとおり、お得意の「靴底をすり減らす」「丹念な」捜査行が描かれていますが、なにぶん今回は相手がデカイ。そして手強い。なかなか思う通りの成果が上がらず、いつも以上に苦悩することとなる。
しかしまぁ、宮仕えとはいえ酷使されるねぇ・・・フレンチ警部は
今回はドイツ軍スパイが相手ですよ! 普通は公安的な専門家が対処するだろうに・・・
ただ、ドイツ軍スパイに対する「目くらまし」「ダミー」としての役割も担っているから仕方ないのか・・・上司であるエリソン卿も罪な人である。

で、本筋なのだが、今回はフーダニット的な興趣は殆どなく、メインの謎は「どのように列車が転覆させられたのか?」と「なぜ機密情報が敵に漏れたのか?」の2つ。
ただし、前者は列車運行の専門家がほぼ真相を見抜いておりフレンチはそれをなぞるだけ。後者もその中途の仕掛けや罠は面白いけど、かなりあっけなく謎が氷解してしまう。
なので、やはり本作はサスペンス的な側面が大きいという結論かな。(なんとラストはフレンチがひとりで犯罪グループと対峙して、もしや銃弾に倒れた?という場面まで用意されている)

やっぱりシリーズものの宿命で、長く続けるとどうしても変化球的作品を入れないと、ストレートばかりでは読者も三振してくれない・・・ということなんでしょう。ねぇクロフツさん・・・などと想像してみた。
ただ、それがうまくいっているかというと、非常にビミョー。
(フレンチ警部ものも残り僅かになってしまった。寂しい)

No.1757 4点 神とさざなみの密室- 市川憂人 2023/10/09 12:39
「マリア&漣シリーズ」以外では初読みとなる本作。同シリーズでは大掛かりな舞台と丹念なロジックがかなり面白くて、本作にも期待十分!と言いたいところですが、さて・・・
2019年の発表。

~和田政権打倒を標榜する若者の団体「コスモス」で活躍する凛は、気付くと薄暗い部屋にいた。両手首をしばられ動けない。一方、隣の部屋では外国人排斥を謳う「AFPU」のメンバーである大輝が目を覚ましていた。ふたりに直前の記憶はなく、眼前には横たわる死体。誰が、何のために、敵対するふたりを密室に閉じ込めたのか。そして、この身元不明死体の正体は? 真の民主主義とは何か? 人は正しい道を選べるのか? 日本はどこへ向かっているのか?・・・~

以前少し考えてみたことがある。「なぜ政治家たちは70歳や80歳にまでもなって、権力闘争やらワケの分からん答弁やら、意味もない外遊などやってるんだろうか?」
そうは言っても、政治家はシンドイ仕事であるのは間違いない。居眠りするのがたまに話題になるけど、国会だってかなりの時間をかけている。普通の70や80の爺たちにはこたえるだろうに・・・ってことを。
そのとき結論づけたのは、「きっと政治って面白いのだろう」ということ。男も70や80にでもなれば、当然アッチの方は役立たず、近寄る女性だってなんかワケありだろうし、普通は仕事だってとっくに引退・・・
そんな年寄りがですよ。堂々主役になって振舞えるのが政治家の世界。特に「人事」なんて面白いだろうねぇ。金や人脈の力でうまいこと人を操る・・・なんて絶対面白い。だからこそ、あんな爺が必死になって政治家にしがみつく。

すみません。脱線しまくってました。
ただ、本作の政治に関する論議とミステリーとの組み合わせはかなり「違和感」があった。
真犯人がこの犯罪を計画し、準備し、実行するに至る経緯、動機。1960年代や70年代ならまだ分かるが、令和のこの時代に!っていうのがどうにも違和感だった。
本作の主人公となる若き女性「凛」の行動もそう。彼女にシンパシーを感じる人がいるのだろうか?物語のラスト。作者的にはきれいにまとめようとしたのかもしれないが、こんな形で終わっては結局偽善以外のなにものでもないと思わざるを得なかったなぁ。

まぁ政治的な部分は正直どうでもよいというのが本音。読む人それぞれが感じることは異なるでしょうし、それで良い。ただ、結局、死体の顔が焼かれていたことにせよ、真犯人の正体に関する欺瞞にせよ、ミステリーの出来としては薄いなという印象は拭えなかった。
作者については、やっぱり「マリア&漣」シリーズの続編を期待したい!

No.1756 6点 三年目の真実- 西村京太郎 2023/10/09 12:38
双葉社が編んだ作者の初期作品集。昭和39年から昭和54年までに各雑誌などに発表されたもの。
作者の多芸ぶりや懐の深さについては、作者の死後改めて思い知らされてしまう。そんな作品のひとつ。
2003年発表。

①「三年目の真実」=舞台は昭和30年代終わりごろの東京。世間は空前の経済成長に沸いていた時代なのか? それでも市井はまだまだ戦後が色濃く残る・・・そんな時代背景。でもテーマは割と新しい。現代でもよくニュースに取り上げられるような話題なのだ。その辺りはさすがだ。
②「夜の脅迫者」=これは別の作品集にて既読。ただ、出来はよい。冷静になれば「こんな馬鹿なことやるか?」という気にはなるのだが、昭和39年という時代を考えればかなり斬新。徐々に追いつめられる主人公の姿がイタい。
③「変身」=同種のプロットが先行の海外作品にもあったような気はするが・・・。でも、これも②と同様で主人公の男の心情が痛いほど分かるような気が・・・。どんな時代でも男の欲望は「金」と「女」だ!
④「アリバイ引き受けます」=これはラストの反転というかオチが決まっている。まあ因果応報ということだが・・・。最近の著作(「アリバイ崩し承ります」)との相似も面白い。
⑤「海の沈黙」=初期の作品には「海」をテーマとするものも多かったが、これもそのひとつになるのか。時代背景は全然違うけれど、漁師が食えないのは今も同じだろう。
⑥「所得倍増計画」=当然ながら、その昔に佐藤栄作首相が唱えた政策(合ってる?)を揶揄しているのだけど、実に皮肉に満ちた作品。こういう小品こそ作者の腕前がよく分かるというもの。
⑦「裏切りの果て」=あーあ。小市民。なんの取り柄もない、しがないサラリーマンが嵌まってしまった陥穽。当然最後には「報い」がやってきます。アーメン。
⑧「相銀貸金庫盗難事件」=いったいなんなんですか? この作品は?ドキュメント?社会派? 結局最後まで何が言いたいのか、どういうことを訴えているか理解できないまま終了・・・

以上8編。今まで何度も書いてますが、作者の初期作品にハズレなし(たまーにありますけどね)。
本作もなかなかの粒ぞろい。ただ、ちょっと堅い作品が多いような印象。
でも読みごたえは十分。後期の気の抜けたようなトラベルミステリーとは一味も二味も違ってる。
まだまだ未読の佳作はあるんだろうなあー。
(個人的ベストは再読だけど②になる)

No.1755 6点 ハヤブサ消防団- 池井戸潤 2023/09/16 13:52
地上波のTVドラマも好調な池井戸潤の最新作。
これまでの「勧善懲悪もの」とは一線を画した作品になっている模様だが・・・
単行本は2022年の発表。

~信州・ハヤブサ地区に移住してきたミステリー作家を待ち受けていたのは連続放火事件だった。果たしてその真相とは? 東京での暮らしに見切りをつけ亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移り住んだミステリー作家の三馬太郎。地元の人の誘いで居酒屋を訪れた太郎は消防団に勧誘される。迷った末に入団を決意した太郎だったが、やがてのどかな集落でひそかに進行していた事件の存在を知る・・・~

前回の書評(「ノーサイドゲーム」)で、「もうそろそろ、この作風(勧善懲悪+企業ドラマ)を続けるのは厳しいかも・・・」なんていうコメントに対する作者の答えが本作・・・なわけはない!
ないんだけど、確かにプロットは一変している。ただし、読んでいくうちに何となく過去作の「ようこそ我が家へ」と似たようなプロットであるように思えた。
舞台が都会と田舎という違いはあるけど、日常の普通の暮らしをしているなかに、密やかに事件や悪意が生まれ、それが徐々に自分に近づいてくる恐怖。
これがふたつの作品に共通している。要は、サスペンスでよく出てくるプロットということ。

作者久々のミステリーということで、いったいどんな仕掛けが用意されているのかと期待はしてみたものの、正直ミステリーとしての興趣は“超薄”である。
謎多き美女として登場する「彩」の立ち位置がくるくる変わり、そこのフーダニット的な興趣は感じるし、「家系図」を軸にしたドロドロの血の宿命なんていう「昭和の時代かよ!」って言いたくなるような仕掛けもあったりはする。
するんだけど、そこに「深み」は感じない。
道具立てはいろいろと並べて、ミステリーというスパイスはふりかけてみました。どうぞ!って出された料理だったけど、うーん。これは何料理ですか?って作者に聞きたくなってくる。そんな感想(よく分からん感想で申し訳ない)

もう無理にミステリーに寄せる必要はないんでしょう。作者の「強み」はやはり「人間ドラマ」なのだと再認識した。
本作でも、主人公の太郎はもちろん、ハヤブサ消防団に所属する団員のひとりひとり、その他の村民に至るまで、実に生き生きと描かれている。(むしろ真犯人キャラの書き分けが一番つまらない)
それと日ごろから何となく目にしたり、耳にしたりするけど、一般的にあまり知られてない事柄についてのフォーカスの当て方(本作では当然「消防団」。これが実に生き生きと描かれてる。過去作でもラグビー?や農機、などなど)

ということでスミマセンでした。作者はこれからも「勧善懲悪+企業または人間ドラマ」を書き続けるべきです。
そして、日本を代表する役者たちが精一杯の演技をする。これが「正解」(なのでしょう)。

No.1754 7点 007 白紙委任状- ジェフリー・ディーヴァー 2023/09/16 13:50
稀代の人気作家であるJ.ディーヴァーと世界中で最も有名なスパイ=ジェームス・ボンド007がタッグを組むなんて、なんという素晴らしい試みか!と巻末解説者の吉野仁氏も書かれてます。
舞台は本国であるイギリス以外にもセルビア、そして主舞台となる南アフリカなど世界を股にかけるジェットコースターミステリー。
単行本は2011年の発表。

~金曜夜の計画を確認。当日の死傷者は数千人にのぼる見込み。イギリスへの大規模テロ計画の存在が察知された。金曜までの6日間で計画を阻止せよ・・・指令を受けた男の名はジェームス・ボンド。暗号名007。攻撃計画のカギを握る謎の男を追って彼はセルビアへ飛ぶ。世界最高のヒーローを世界最高のサスペンス作家が描く大作!~

個人的に、007については映画でさえまともに見通したことはない。なので断片的な知識しか持ち合わせていないというのが正直なところ。
なので、フレミングの007と比較してどうかなどと書く資格はない。ただ、こんな私からみても、本作のジェームス・ボンドは魅力的には思えた。なによりその「正義漢」ぶりだ。
出会う女性という女性が全員美女ばかり、そしてその殆どがボンドのことを好きになるという羨ましい限りの環境。そして本業のスパイ活動についても、ほぼノーミス。大ピンチ!と読者に思わせておいて、次章ではアッサリと逆転してみせる姿。
もう何でもアリである。
普通に考えると、こんな完璧無比な主人公に対しては逆に嫌気が差してしまいかねないのだが、そこはさすがの007。そんじょそこらの「にわか主人公」ではない。もう圧倒的な説得力とでも言えばいいのか。
女性だけでなく、最初は非協力的だった男性までもいつも間にか彼の協力者となってしまう。
つまり、「さすが」である。

プロットとしてはディーヴァーらしい「引っくり返し」の連続。「味方」「味方に見えて敵」「敵にみえて味方」「敵」などなど、ありとあらゆるところに「ワナ」が仕掛けらている。
リンカーン・ライムシリーズには毎回魅力的な敵キャラが出てくるが、本作では通称「アイリッシュマン」という強力な男が相手となる。さすがのボンドも手こずらされるのだが、最後には影の黒幕までもが登場して・・・

ということで、もう安心して楽しめる大作に仕上がっている。ちょっと予定調和すぎるところもあるので、そこは玉に瑕だが・・・
割と007の内面を描写した場面も多いので、人間ジェームス・ボンドという一面も垣間見える作品。
そして、廃棄物処理に関するテーマは21世紀の今という時代背景を表している。
総じて言うなら“スーパーヒーロー 007”大活躍の巻!
(やっぱり007シリーズの映画も一度は見てみるか・・・)

No.1753 5点 江ノ島西浦写真館- 三上延 2023/09/16 13:49
「江の島」って聞くだけで何となくオシャレな感じがしてくる。これって、ひと昔前の人間特有なんだろうか?
それはともかく、江の島にある一軒の写真館を軸に繰り広げられる連作集(長編かもしれんが・・・)。
単行本は2015年の発表。

①「第1話」=本作の主人公である「繭」。まだ二十代のくせに辛い過去を引きずっている女性。彼女の祖母が営んでいたのが「西浦写真館」。で、謎は当然写真に関わるものになる。
②「第2話」=繭の辛い過去の原因。それも当然写真に関連している。ひとりの美少年を深く傷つけてしまったのだ。で、本話の謎は、誰がこの少年の写真を勝手にSNSにアップしたのか?
③「第3話」=起承転結でいえばちょうど「転」に当たる部分だけに、話の角度が変わってくる第3話。土産物屋の若主人である研司が、自分の過去のついでに「繭」たちの過去の扉も開くことに・・・
④「第4話」=そして最終章。今まで謎めいていたことのすべてに一応のケリが付けられる。エピローグの章でまぁハッピーエンドかな?

以上4編。
特に追記はありません。
作者らしいといえば作者らしいかもしれない。けど、「ビブリア古書堂」シリーズほど引き込まれることはなかった。
「写真」が巻き起こす事件、謎というのも割と古臭くって、既視感のあるプロットだったな。
いずれにしてもオッサンの読み物ではなかったように思う。悲しいかな・・・

No.1752 6点 ゴースト・スナイパー- ジェフリー・ディーヴァー 2023/08/13 13:27
いまや世界で最も著名なミステリーシリーズになった感のある「リンカーン・ライム」シリーズも数えて十作目。
普通ならとっくに飽きられているに違いないのだが、それは他とは一味も二味も違う本シリーズ。十作目突入以降もきっと満足感を与えてくれるに違いない・・・と思いたい。
単行本は2014年の発表。

~アメリカ政府を批判していた活動家モレノがバハマで殺害された。2,000メートルの距離からの狙撃。まさに神業。「百万ドルの一弾」による暗殺といえた。直後、科学捜査の天才・リンカーン・ライムのもとを地方検事補ローレルが訪れた。モレノ殺害はアメリカの諜報機関の仕業だという。しかも「テロリスト」とされて消されたモレノは無実だったのだ。ローレルはこの事件を法廷で裁くべく、ライムとアメリア・サックスを特別捜査チームに引き入れる。スナイパーを割り出し、諜報機関の罪を暴け! ライムと仲間たちは動き出す。だが、現場は遠く、証拠が収集できない。ライムはバハマへの遠征を決意する~

本作の特徴のひとつは、紹介文のとおり、いつものNYマンハッタンの自室を離れ、ライムが遠くバハマまで捜査に出かけること。
(確か「エンプティーチェア」事件でもNYを離れたはずではあるが・・・)
現地警察も非協力的なバハマで、いつもと勝手が違う捜査に苦労するライムに更なる困難が降りかかる・・・スナイパーが送り込んだ男たちに危うく溺死させられそうになるのだ。
いつもならアメリアのピンチシーンに五感が刺激されてしまう私なのだが、まさか今回はライムのピンチシーンを拝むことになろうとは・・・(さすがにあまり刺激はされなかったけど・・・)

それはともかく、最大のピンチを切り抜けた後のライムは、まさに神業級の推理をつぎつぎと披露する。
圧巻は、「真のターゲット」に関する考察だろう。
本シリーズでは「よくある手」なのは確かなのだが、複数人が殺害された現場で、真に殺害したかったのは実は「脇役」と思われた人物でした、っていう仕掛け。これはもう、本シリーズの「お約束」に近いプロットではある。
ただ、そこはディーヴァー。本作では更なる仕掛けを用意している。(「ウラ」の「ウラ」は「オモテ」という引っ掛け、ではない)

かように本作は「引っ掛け」「ひっくり返し」の連続を味わえる。
最終的に判明した「真の」「真相」は、最初見えていた、予想していたものとはかなり異なる状態で読者の前に現れることになる。
それがライムの神業的推理によるもの、といえばかっこいいが、そこはやや唐突ではあるし、予定調和な感じがしないでもない。それが本作の弱み。
あとは、長らく本シリーズに接した副作用としてのマンネリ感かな。これはもう、如何ともしがたい。

ウォッチメーカーをはじめ、本シリーズでは魅力的(?)な犯人役がつぎつぎと出てくるが、本作の「未詳516号」もなかなか。日本製の「出刃包丁」を使って死体を切り刻むさまは・・・かなりエグイ。本作のみで捕まったのがやや惜しい気はする。
ということで、次作も楽しみ、という結論にはなる。
(その割には評点が辛いけど・・・)

No.1751 5点 ノーサイド・ゲーム- 池井戸潤 2023/08/13 13:25
今さらの本作である。ちなみに地上波ドラマは番宣のたぐいも殆ど見ていません。
ただ、本作を読みながら、読んでる途中も米津玄師が頭から離れませんでしたが・・・
単行本は2019年の発表。

~未来につながるパスがある。大手自動車メーカー・「トキワ自動車」のエリート社員だった君嶋隼人は、とある大型買収案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長へ左遷させられ、同社ラグビー部のアストロズのGM(ゼネラル・マネージャー)を兼務することに。かつて強豪として鳴らしたアストロズも今は成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばずの状況。巨額の赤字を垂れ流していた。「アストロズを再生せよ」。ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋がお荷物社会人ラグビー部の再建に挑む!~

これは、もう、池井戸潤の純正フォーマットである。今まで何度も接してきたフォーマット。
これだったら、別に本人でなくとも誰でも書けるような気がしないでもない・・・
それでも、そこかしこに感動ポイントは組み込まれている。特に圧巻は、最後のアストロズVS宿敵サイクロンズの天王山の戦い。
浜畑が、七尾が、佐々が、アストロズの勝利に向かって全力でプレイする(きっと、地上波を見ていた方なら、あの一場面が頭の中にプレイバックしているのでしょう)。まるで、目の前で見ているかのような臨場感。もう、さすがの筆力を感じてしまう。

そして、いつものように企業内の権力争いも本作の重要なピースになる。
ただし、「半沢直樹シリーズ」ほどのクドさがないところは、逆に食い足りなくて、今回の悪役となる常務取締役もアッサリと白旗をあげてしまう・・・

まぁさすがにこのフォーマットも食傷気味にはなってくるよなぁー
プロットの二番煎じ感もあるので、作者にとっても踏ん張りどころかもしれない。
読者にとっては安心して楽しめるという利点はあるのだけど・・・

いずれにしてもラグビーW杯も近づくこの時期、ラグビーというスポーツのメジャー化に一役買ったのは間違いないところだろう。それだけでもスゴイ気はする。
(やっぱりラグビーは「キング・オブ・スポーツ」だと思う)

No.1750 6点 Iの悲劇- 米澤穂信 2023/08/13 13:22
~山間の小さな集落「蓑石」。六年前に滅びたこの場所に人を呼び戻すため、Iターン支援プロジェクトが実施されることになった。業務に当たるのは「蓑石」地区を擁する南はかま市「甦り課」の三人・・・~
作者の”多芸多才さ?”を示すかのような、一風変わった連作ミステリー。単行本は2019年の発表。

①「軽い雨」=本格的な移住プロジェクト開始前に移住してきたふた家族。ひと家族はラジコンヘリマニア。ひと家族は夜中でも大音量の音楽をかけるアウトドア好き。で、当然にトラブルが発生する。結果は・・・最悪。
②「浅い池」=本格的な移住プロジェクトが開始され、意気揚々と移住してきた一人の若者。「蓑石」には夢と未来があると宣言したのもつかの間・・・。事業開始してすぐ、大きな失策をやらかしてしまう。結果は・・・最悪。
③「重い本」=移住者の熟年男性と別の一家の少年。ふたりは「本」を通して仲良くなったのだが、ある日それが大きな事件を引き起こしてしまう。結果は・・・最悪?(それほどではないか)
④「黒い網」=移住者の親睦のために開催されたBBQ。そこで焼かれていたキノコに当たってしまったのがある女性。この女性は「蓑石」で数々のトラブルの元となっていた。なので誰かが腹いせに彼女に毒キノコを食わせたのではという疑惑が持ち上がる。結果は・・・最悪(かな)?
⑤「深い沼」=この章では事件は何も起きない。ただし、作者の意図としては非常に重要な章なのだと思う。主人公である公務員の万願寺と東京で多忙な生活をおくる彼の弟との会話。それがなかなか深いのだ。
⑥「白い仏」=移住者が住む古い家屋に残されていた「円空」の彫り物。それが大きな事件の元凶となる。「円空」を観光資源にしようという移住者の男と、それを神懸かり的なものと捉える男のふたりがいざこざを起こしたとき・・・。結果は最悪(か?)
⑦「Iの喜劇」=連作の締め、カラクリが判明する最終章。そうか・・・「悲劇」ではなく「喜劇」というのが作者らしいアイロニーなのか?

以上7編。
うーーん。⑦でカラクリが判明した後の万願寺の姿にどうしようもない共感を覚えた。
確かにこの問題は実に複雑な要素を孕んでいる。コロナ禍を挟んで、この国の出生率は過去最悪を更新し続け、政府は「異次元のナニヤラ」といって、全く異次元とは程遠い小手先の政策を行おうとしている。
はっきりいって、10年後、この国の多数では「蓑石」と同じ状況になっていることは容易に想像できる。
国は言わずもがな、田舎の自治体は致命的な財源不足に陥り、正常な社会インフラを提供できなくなるのは時間の問題だ。
でも、だからといって西野課長のやり方が許容できるのかと問われれば、言葉に詰まる。万願寺の感じたどうしようもない空虚な感情・・・それがこの国の未来を表しているようで、直視できなくなる。
作者も罪な人だ。分かっていながら敢えて、こんなアイロニーに満ちた作品を出すなんて・・・。

No.1749 6点 鳩のなかの猫- アガサ・クリスティー 2023/07/23 14:14
クリスティの長編で51番目、ポワロ登場作では28番目、つまりは後期or晩年の作品ということ。
他の方の書評を拝見しても、あまり評判はよろしくないようで・・・
原題は""Cat among the Pigeons"" 1959年の発表。

~中東の王国で起きた革命騒ぎのさなか、莫大な価値を持つ宝石が消え失せた! 一方、ロンドン郊外の名門女子校、メドウバンクにも事件の影が忍び寄っていた。新任の体育教師が何者かに射殺されたのだ。ふたつの謎めいた事件の関連はなにか? 女子学生の懇願を受けて、ついに名探偵エルキュール・ポワロが事件解決に乗り出した~

「さすがに旨いもんだなぁー」というのが、読書中と読了後すぐの感想。
個人的にはそれほど悪い作品には思えなかった。評判が良くないというのも、作者のキラ星のような有名作品群との相対的な比較であって、名もないほかの作家が発表していたら、「へぇー」って具合に好意的に捉えていたかもしれない。

何より、舞台設定が魅力的。まさかクリスティがガチガチの学園ものを書くなんて・・・
それと、やはり“バルストロード校長”だ! こんな魅力的な(?)女性キャラ、そうはいないだろう。(今でいうなら「上司にしたい有名人」ランキングで絶対上位に入ると思う・・・)

で、本筋に戻ると、うん。この真犯人の「隠し方」が実にクリスティすぎるのが確かに難点かもしれない。
怪しそうな人物が数名いて、読者としても消去法でひとりずつ消していくつもりが、作者の絶妙なワナにかかって・・・というのがクリスティの定番なのだが、今回のアリバイ処理はまあちょっと雑かなというところもある。
まぁでも旨いですよ。読者のツボは十分に分かってますと言わんばかりのプロットだし。
でもファンとしてはポワロが冒頭付近から登場して巧緻極まりない犯人役とがっぷり四つの好勝負をみたいね。
(ポワロ登場の未読作もあと数編となってしまった・・・)

No.1748 6点 ベーシックインカム- 井上真偽 2023/07/23 14:13
~遺伝子操作、AI、人間強化、VR、ベーシックインカム・・・。来るべき世界に満ちるのは、希望か絶望か。”未来”に美しい謎を織り込んだSFミステリー短編集~
単行本は2019年の発表。

①「言の葉の子ら」=事件の舞台は保育園。主役は保母のエレナ先生。容姿端麗、経験は少ないけれど、園児たちには大人気の先生。ある園児のちょっとした変化の理由を彼女が突き止めたとき、あるサプライズも明らかになる。なるほど・・・そういう方向か!
②「存在しないゼロ」=一転して、刑事である父親が幼い我が子に過去の事件の顛末について語る本編。「虫」がポイントにはなるのだが、そんなこと以上に「遺伝子操作」というキーワードがクローズアップされることになる。当然、植物だけでなく人間も・・・
③「もう一度、君と」=本編のテーマとなるのが”VR”(バーチャル・リアリティ)。最新のVRは完全にその世界に入り込めてしまえる。自宅勤務になった主人公が家を出て行った妻がよく入り込んでいたのと同じVR空間を経験したとき・・・
④「目に見えない愛情」=まさに「目に見えない」ことがストーリー上のカギとなる。そしてもう一つの隠しテーマが「人間強化=エンハンスメント」。ラストにある事実が明らかとなるが、それはまあ予想の範囲内だった。
⑤「ベーシックインカム」=一時期新聞紙上も賑わしたように記憶している「ベーシックインカム」という単語。要は社会におけるセーフティーネットの一種なのだが、SFミステリーとはそぐわない気が・・・。単行本化に当たり、連作の締めとして追加されたのが本編のようなのだが、ちょっと無理があるようにも思えた。

以上5編。
まずまず良くまとまっているとは思う。その反面、「まとまりすぎ」のようにも感じた。
まだまだ若手作家のはずなのに、妙に老練しているような・・・
今回は冒頭にも書いたとおり、SFチックな題材を扱ってはいるものの、「SF」というほどのものは一切なく、実に短編らしい作品が並ぶこととなった。
まあ作者の器用さはよく分かったので、次回は腰の据わった長編が読みたい。そんな気にはさせられた。
評価は・・・まずまずってところ。
(個人的ベストは②か③か。)

No.1747 5点 記録の中の殺人- 石崎幸二 2023/07/23 14:11
作者の初読みとなる本作。なぜ本作を手に取ることになったのかというと・・・分からん!
別に避けてきたわけではないので、たまたま読む機会がなかったということかな。
2010年の発表。

~「女子高生連続殺人事件」・・・201X年9月、五人の女子高校生の遺体が埼玉県山中、産業廃棄物の投棄現場で発見された。被害者の共通点は、生年月日が全員同じだということ。それから四か月後、またも女子高校生の遺体が東京と埼玉の県境にある産廃の現場で見つかった・・・。被害者は同じく五人。全裸のうえ、手足を切断されていた。凶悪な犯行に世間はパニック! 犯人の次なる狙いはなにか?~

上の紹介文だけ読んでると、「ミッシング・リンク」がテーマの連続猟奇殺人事件で、フーダニットを主体にしたトリッキーな作品かな?という先入観を持ってしまう。
それは、ただの先入観です。実際は大きく異なってます。
作品の舞台は途中からなぜか日本海に浮かぶ孤島に移って、そこで発生する連続殺人の謎が加わってきます。
どうも、本シリーズは「孤島」への強い拘りがあるようで(なにぶん初読なもので、よく知らんかったわけで・・・)、ミリア・ユリ・石崎の三人のコンビも「孤島」ネタをつぎつぎとブッ込んできます。

ただ・・・読了後は、「家に例えるなら、どうにも安普請な家を建てたなぁー」という印象。
見た目はそう悪くないのだ。
ふたつの、一見無関係そうな連続殺人事件を提示しておいて、本作の裏テーマである〇N〇を動機として信憑性を持たせるというプロット。まぁ無理やりといえば無理矢理だし、動機としても荒唐無稽という気がしないでもないけど、とにもかくにも成立はさせている。
ただ、どうにもねぇ「安さ」が目についてしまう・・・のだ。
(エピローグもいるかな? こんな後日談を挿入するなんて、ページ稼ぎかと勘ぐってしまう)

もともとこんな作風なんだろうし、重厚なミステリーではなく、メインの三人の掛け合いがウリの「お笑い系ミステリー」なんだから、「安くても」いいじゃないとも思うんだけど、うーmm。
後はまぁ好みの問題なのかな。個人的にはあまりお勧めはできないという評価。

No.1746 8点 ノースライト- 横山秀夫 2023/07/08 15:58
前作「64(ロクヨン)」以来の横山秀夫である。再び大作である。心して読みたい。
「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」という紹介文がある。楽しみである。じっくり味わうべし。
単行本は2019年の発表。

~一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新築の家にあんなに喜んでいたのに・・・。「Y邸」は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただひとつ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば・・・。この「Y邸」でいったい何が起きたのだろうか?~

『ブルーノ・タウト』・・・ドイツ・ケーニヒスベルクの生まれの建築家。「鉄の記念塔」「ガラスの家」が評価され、表現主義の建築家として知られる。1933年、ナチスの迫害から逃れるため上野伊三郎率いる日本インターナショナル建築協会の招聘で来日し3年半滞在した・・・Wikipediaより
寡聞にして全く知らなかった。しかし、本作は彼の存在なしでは語ることはできない。
主人公となる青瀬稔。妻子と別離し、恵まれた仕事もできない彼が賭けた一軒の家・・・「Y邸」。しかし、完成もつかの間、施主が住むこともなく打ち捨てられてしまう。そんな中、ポツンと、そして“ノースライト”に照らされて存在していたのが「タウトの椅子」。
この椅子の存在がなければ、その後の物語は存在しなかった。青瀬は行方不明となった施主・吉野の捜索を行うなか、タウトの数奇な運命、そして彼の建築そして「美」に対する深い想いを知ることとなる・・・
そして、友にして上司の岡嶋の存在。岡嶋の賭けたある建築コンペをめぐる物語が、青瀬や周囲の人たちに大きな波をもたらす・・・。うーん。なかなか語り尽くせんなぁー。

確かに本作はミステリー的な興趣は薄い。作者もミステリーの土台は用意したのだが、書きたかったのはそこではなかったのだろう。
今さら「バブルの敗残兵」なんて言葉が出てくるのだ。青瀬も岡嶋もバブルの後遺症に苦しんだ人たちとして描かれる。もう何十年前?って思うだろう。でも、書きたかったのだろう。これは「再生の物語」なのだ。そう書くと「よくある話」に堕ちてしまいそうだが、決してそうではない。
私自身、恐らく主人公と同世代なのだと思うが、人生長くやってると、日々いろいろなことがある。当然、楽しいことより嫌なことの方が多いが、それよりも「何でもない日」がいかに多いことか。当然「何でもない日」が幸せなんだという考えもあるだろう。ただ、この「何でもない」というのは「さまざまな痛みや苦しみ」を経ての「何でもない」なのか、「ただ、何でもないのか」で大きく違う。
「敗残兵」として生きてきた青瀬だが、自分の周りには様々な「人」がいるのに気付く。「人」が動けば、その大小はともかく「波」は起きるのだ。その「波」に気付くか気付かないか、無視するか・・・そんなことで人生は大きく変わる。
青瀬の再生の物語を追っているうちに、どうしても自身の生活、人生を考えてしまう。まあそれも当然かもしれないが、最終的には「さすが横山秀夫である」。いろいろと評価はあるだろうが、「稀代のストーリーテラー」のひとりではないかと思ってしまう。

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