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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2025件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.16 7点 死者だけが血を流す- 生島治郎 2023/05/07 08:39
(ネタバレなし)
 昭和30年代の北陸。外地からの引き揚げ者で、左翼活動を経た学士・牧良一は、不況のなかで成り行きから暴力団「常盤組」に参加。25歳の現在は、若頭のインテリヤクザとして活躍していた。だが組が懐柔を図り、縁故を結ぼうとした相手は、牧の不仲な実の伯父で、地元の市議会議員でもある牧喜一郎だった。互いに憎み合う伯父、そして常盤組に背を向けた牧は組を抜け、喜一郎の政敵である市議会議員、進藤羚之助に接触。そのまま新藤に気に入られて、彼の秘書となった。それから6年、進藤の若妻・由美とともに、密な側近として新藤を支え続けてきた牧だが、国政への参加の道を歩む進藤の前に障害が続発。それはやがて参事と化し、牧までも容赦なく巻き込んでいく。

 処女長編『傷痕の街』に続く、生島治郎の第二長編。元版は1965年刊行。
 初の三人称での叙述(筋運びは主人公・牧の、ほぼ一視点で展開)、地方都市での選挙戦という特異なものが主題と、生島作品の系譜のなかではいささか格別なポジションだが、それなりにファンの評価が高い作品なのは評者も窺い知っていた(先日、他界した北上次郎などは、後年まで、最も好きな長編に、本作をあげている)。
 
 評者の場合は、大昔の少年時代に古書店で入手した日本版EQMMのバックナンバー誌面で、元編集長の生島が本作についてのメイキングエッセイめいたものを寄せていたのを覚えている(そのエッセイの内容は、タイトリングに苦労して考えたという主旨のこと以外、ほとんど何も覚えていないが)。
 いずれにしろ、前から関心のある作品ではあったが、こないだ出た創元文庫の新版ではどーも読む気になれず(なんだろね)、市内のブックオフの100円棚で数か月前にようやく見つけた徳間文庫版で、今回初めて読了。

 選挙戦という主題に関しては、当時のポケミス400~500番台あたりで結構、海外ミステリなら幅広いテーマやドラマジャンルのものが出てきていたので、そういう風潮を参考にしながら、自らが手掛ける国産ハードボイルドミステリの中に、一風変わった趣向のものを求めた感じである。

 さすがに作中の叙述や筋の組み立てに時代性は感じるものの、そういう意味での送り手の挑戦心には、21世紀の今の眼でも新鮮な思いを見やる。

 一人称叙述をふくめて、和風生島流チャンドラーだった前作『傷痕の街』に比して、文体も筋立ても微妙に一皮むけた感があり、小説としての充足感はそれなりに高い(ただし、厳密な意味でのハードボイルドらしくない、内面描写に引きずられている嫌いはまだある。まあそこが結局は、初期生島らしい良い味になるのだが)。
 
 ミステリとしての骨子について、ここではあまり言わないが、終盤で明かされる意外な真実というか、動機の謎については軽く感心。
 ただまぁ、それでホメて株が上がるような作品では決してなく、初期生島ティストのコンデンスをしっかり味合わせてくれるために読むような一冊。

 好きになる人と、そんなでもない人、評価がけっこう分かれそう……な気配もある。

 評者は……いい作品だけど、だけど……のあとにイロイロ続き、でもやっぱり最終的にはスキ、となるではあろう。そんな一編。

 評点は0.25くらいオマケじゃ。

No.15 6点 密室演技- 生島治郎 2022/12/01 15:36
(ネタバレなし)
 文庫オリジナル。1979~80年にかけて「小説推理」や中間小説誌に掲載された私立探偵・志田司郎主役編の短編を6本集めた連作集。

 以下、簡単に感想、あらすじなどのメモ書き。
(なおブックオフで買った本だが、目次の各編のタイトルの上下に鉛筆で、これは「裏窓」とか「大鹿マロイ」とかネタ元、または連想されるキーワードが書いてあるのには笑った。)

『過去との清算』……不動産業で成功している夫が悪い女に引っかかり、手切れ金を要求されているということで、その支払い役を司郎に願う妻が依頼人。短い尺数にテンポの良い展開が詰め込まれ、真相の意外性もなかなか。

『密室演技』……さる秘密を抱えて司郎に相談してくる、人気アイドル俳優が依頼人。密室殺人が生じるパズラー要素のある、本シリーズでのたぶん異色編。トリックはどこかで見たようなものだが、そういう意味で名探偵役を務める司郎の図が楽しい。

『目撃』……創作中の気分転換に、こっそり町の人々のプライベートを双眼鏡で覗き見する趣味がある若手推理作家の目撃したものは? これが『裏窓』(原作はウールリッチの『窓』だっけ)ネタの話。早めに犯人側のトリックを半ば明かし、後半は別の興味に誘導。

『歪んだ道』……姿を見せない謎の女依頼人がヤクザとの交渉を司郎に願う。『追いつめる』で重要な物語要素だった大物ヤクザ組織の浜内組が再登場し、志田司郎ファンには嬉しい一本。事件の意外性も結構な感じ(ただし、ある趣向から、先読みできる部分もある)。手元の古書の目次には本篇の上に「Good」と書き込まれていた(笑)。

『ねじれた女』……司郎が六本木の酒場で出会った美女は、さる秘密を抱えていた。あまり詳しく言えないが、ファンには、シリーズの中でもちょっと印象に残る話になるかもしれない。クロージングが読み手の情感を煽る。

『悪運に乾杯』……刑務所帰りの初老の男が、悪い男に騙されて覚醒剤中毒になっている娘を救ってほしいと依頼してくる。「大鹿マロイ」と目次の鉛筆書きにあったので、まんまの元カノを捜す話を予期していたが、だいぶ印象が違う。佳作。

 相変わらず、基本はやくざを相手に渡り合うトラブルシューター稼業の話が基本で、その上でそれなりのバラエティ感を抱かせるのは強み。
 大半のエピソードが仕事がない、金がない、という司郎のボヤキから開幕。この辺の人間臭さが(いささかテンプレで定番ながら)、志田司郎というキャラクターが長らく生島ファンから愛された事由ではあろう。

 いろんな長編ミステリの合間に、外出時の待ち時間や車内の読書用にもってこいの一冊であった。

No.14 7点 あの墓を掘れ- 生島治郎 2022/11/18 05:57
(ネタバレなし)
 兵庫県警を退職し、妻子とも別れた「私」こと志田司郎は、東京に上京。安アパートで無為の日を過ごしながら、そろそろ何か仕事を始めようと考えていた。そんな時、兵庫県警の本部長で司郎の元上司だった草柳啓明から長距離電話で、失踪人を捜索する仕事の紹介がある。捜す相手の名は、天野コンツェルンの現社長・弥一郎の娘の真沙子。親から政略結婚を設定されていた真沙子が家をとびだしたようだった。だが司郎は、昨夜たまたま自宅の近所の酒場で出会った娘が、その当の真沙子だったのではと思い当たる。

 「週刊アサヒ芸能」1967年11月から翌年4月まで連載、6月に徳間書店から刊行された長編で、『追いつめる』に続く志田司郎シリーズの二作目。刑事を辞めて上京し、しかしまだ私立探偵として開業もしていない時期の事件である。
 評者はそれなりに長い付き合いのシリーズキャラクター・志田司郎だが、こういう境遇のシークエンスがあったことはこのたび初めて知った。今回は、一昨日、古書で入手したばかりの、集英社文庫版で読了。

 物語の序盤で出会ったメインヒロインのひとり、天野真沙子と短い縁で一度別れた司郎は、改めて彼女の周辺の人間関係からその足取りを追うが、事態はハイテンポで新たな局面を矢継ぎ早に迎えることになる。この辺は毎回の見せ場を作る雑誌連載作品らしい。

 で、このサイトでも何度もこれまで述べてきたように、評者は世評の高い『追いつめる』がそんなに好きじゃなく、その理由をあえて今の気分での言葉で整理するなら、作品全体のロマンや格調は確かに認める一方、どこか既存の海外ハードボイルドからの借りものっぽさが、かなり強すぎるからだと思う。その「どこか」については、実作を読んだ人には、もしかしたらわかってもらえるかもしれない?

 さて、シリーズ二作目のこちらは、けっこう乱暴というか雑な部分も多く、特に集英社文庫版の139~146ページの描写などは、これが本当にあの志田司郎? 当時の作者は「ハードボイルド」を勘違いしていた? いやもしかしたら、ここまで割り切って冷徹に考えていたのか? と相応のショックを受けた。いずれにせよ、良くも悪くも、安定してからの志田司郎では見られない叙述であった(詳しくは書かないが)。

 後半は事件のなりゆきから、(現実で事実上、トヨタの自治地区になっている豊田市みたいな)とある地方都市に司郎が乗り込んでいくが、それ以降の展開は終盤に至るまで、意外なほどに読み手(評者)の予想を裏切っていく感じでなかなか面白い。
 先に『追いつめる』を借りものとクサしたが、そういう意味ではこちらは色々と粗削りながら、作者のオリジナリティを感じる(もちろん、昭和の同時代のなんらかの作品や現実の事件から影響を受けていて、21世紀の今ではその辺が見えにくくなっている、そんな可能性は見過ごせないものの)。

 あと、思わず「うっ」と唸ったのは、集英社文庫版265ページの某メインキャラとの司郎の関わり。
 そうだ、自分が読みたい、出会いたい「ハードボイルド」の心というのは、こーゆーものなんだよ! という刹那の煌めきがある。これだけで、自分なんかはこの作品をスキになれる。
 志田司郎サーガにおいての、そして生島の多数の著作の、これはたぶんそれらの黎明期ならではの輝きなのだろう、という感じ。作者も主人公キャラクターもまだ若い、熟成してないときだからこそ、こういうのが似合う、ハマる感じだ。あ、もちろんここでは、その辺については具体的に書かないが。

 終盤に暴かれる事件の様相も、はあ、そういうビジョンのものを……といささか驚嘆。昭和の社会派ミステリを意識して取り込んだ気配はあるが、生島がこの時期にこういう文芸ネタに目を向けてるとは結構、意表をつかれた。
 クロージングはやや舌っ足らずだが、そこは却って余韻をもたらす効果を上げている。
 
 前半のうちは、もしかしたら、シリーズ前作の高評の上に胡坐をかいた悪い意味でのチェンジアップ編か? という思いもまったくない訳ではなかった(汗)が、全編を読み終えてみると、むしろシリーズ二作目という名探偵の事件簿連作のポジションを十全に活かした作品という気もする。 
 ただし完成したものはまとまりが悪い部分もないではないので、評点はあえてこの位で。でももちろん『追いつめる』よりはずっとお気に入り(笑)。

 志田司郎シリーズ、長編も悪くない。……というより、これはまあ、先に書いたとおり、シリーズ二作目でこんなのが来た! 的なオモシロさだという気もするけど。

No.13 8点 殺しの前に口笛を- 生島治郎 2021/12/17 07:38
(ネタバレなし)
 1970年代の初め。「私」こと32歳の世界ウェルター級チャンピオンボクサーの伊吹礼一は9回目の防衛戦に辛勝するが、同時に拳闘選手としての限界を感じて引退を表明した。だがその直後、伊吹は何者かの手で身に覚えのない殺人の犯人に仕立てられてしまう。伊吹を逆境に追いやった謎の男「ウィリアム・フォークナー」は、彼の窮地からの救済、さらには多額の報酬と引き換えに、あるミッションへの参加を願い出た。

「週刊大衆」に連載された長編で、評者は大昔に購入した1976年のスリーセブン社版の新書で読了。
(本文だけで、作者のあとがきも他者の巻末解説もない、簡素な版だ。)

 主人公の伊吹、そして彼の仲間となるアジア系のセミプロ工作員(本業のスパイではないが、その資質を認められた連中)3人とともに中国内に潜入し、とある目的を果たそうとするストーリー。
 忍者潜入ものというか、山田正紀の傑作『火神を盗め』みたいなプロットと同種のものだと思えば、まあよい。

 伊吹がいきなり思わぬ逆境の中に引きずり込まれていく序盤~前半の物語は、アンブラー風の巻き込まれ型サスペンス・スパイスリラーの趣。
 そのあとは、ヒギンズが丁寧に書いたときみたいな歯応えの、潜入工作ものの冒険小説に転調する。

 活劇スパイスリラー的なB級感がある一方で、場面場面の叙述はかなり細部まで丁寧で、独特の格調を感じさせる仕上がり。つまり当初の予想以上に骨太な感触で、同時にぐいぐい読者を引き込む勢いがある。
 かたや伊吹の一人称による内面描写、心情吐露も、進展するストーリーの局面ごとにマメに語られるので、この辺に生島作品らしい和製ハードボイルド的な詩情とそれっぽい美学(メロウさとドライさ)が満ち満ちている。
 
 伊吹をリーダー格とする4人の主人公チーム(みなアジア系)、そして彼らに関わり合うサブキャラたちの描写もしっかり書き込まれており、その辺の「苦い男の美学」は昭和的な、悪く言えば自分に酔ったような感触もまったくない訳ではない。
 が、一方で過酷な状況の中でご都合主義を許さず、細部をツメていく筋立ては、ほぼ全編通してかなりの緊張感があり、生島作品の中では出来がいい方だと思う。
 あえて言えばヒロインであるフィリピン歌手のマヌエラの作中でのポジションと、彼女と主人公・伊吹との関係性などは、ちょっと緩めの感じがしたが(当のマヌエラのキャラクター造形そのものは、しっかりした過去設定で、決して悪くはないんだけれどね)。

 終盤の(中略)なども作品全体のテーマを引き締めて、本作の連載中にどんどんヒートしていった当時の作者の入れ込みがうかがえるような気もする。
 ラストはちょっと思うところもあるが、これはこれで話の主題を完結させたものではあろう。いずれにしろ、作者の著作の中では力作の部類に入るものだとは思う。
 評点は0.5点くらいオマケして。

No.12 6点 白いパスポート- 生島治郎 2021/09/12 15:32
(ネタバレなし)
 1970年代の半ば。大手商社「三友商事」の本社内に爆弾が持ち込まれ、27歳のOL・横堀伊都子が爆死する。「私」こと同社の第二営業課係長で、伊都子の婚約者でもあった35歳の日疋(ひびき)守は、くだんの爆弾が伊都子の弟で過激派である真人によって社内にもたらされたらしい、そして伊都子は弟の行為を知って爆弾の被害を軽減しようとして死んだ可能性を認めた。こんな事件と前後して、日疋は上司・草刈志津雄部長から、ベイルートへ長期出張の相談を受けていた。現在のベイルート支部長は伊都子と真人の叔父である横堀正人である。正人も伊都子も真人の過激派活動に必ずしも協力的ではないが、一方で真人が叔父との縁も踏まえて政治的に不穏なレバノンに逃亡した形跡もあった。恋人の死の真実の調査と彼女の復讐を願う日疋はベイルートに向かうが。

「週刊小説」の昭和50年9月26日号から翌年の1月2日・9日合併号まで連載された生島のノンシリーズ長編。
 評者は今回、大昔に買ったままだった集英社文庫版で読了。同文庫の巻末には尾崎秀樹による詳細な解説がついている(ただし何故か、元版の実業之日本社版についての書誌的な言及はまったく無い。集英社と実業之日本社の仲が悪いのか? あるいは生島と実業之日本社の間でなんかあったか?)。

 主人公・日疋は、渡航中の機内で知り合った「中央日報」社会部の記者で巨漢の晴野伸之の協力を得ながら、ベイルートで現地の活動家たち(通称「コマンドス」)に接触。かたや上司の草刈からも何やら裏の事情を含む業務の指示、そしてそれに見合ったある程度の自由度と予算を与えられており、中盤の物語は欧州に向かうオリエント急行での電車旅にもからむ。

 現実の1970年代前半のオリエント急行は、71年に国際寝台車会社が寝台車の営業事業から撤退し、やがて77年にはダイレクト・オリエント急行が廃止されるなど衰退。かつての栄華が薄れた不衛生でサービスも悪いローカル線になっていたようだが、作者の生島はこの70年代初頭に実際に当時のオリエント急行に取材旅行に赴いたそうで、本作での同列車内の臨場感はかなり生々しい。日疋と、考え合って彼のバディ格となった晴野が体験する車内の喧騒の数々の大半は、たぶん作者の実体験か周辺での見聞に基づくものだろう。

 ミステリとしてはいくつかの物語上の二転三転はあるが、強烈なサプライズや意外性を主体にした作品ではない。むしろ主人公・日疋の基本は能動的な調査&復讐行、さらに半ば巻き込まれた状況のなかでの立場や精神的な姿勢を追うことが主軸。集英社文庫の解説で尾崎は「巻き込まれ型冒険小説」といった修辞よりは、あくまで生島流ハードボイルドの系列で本作を語っているが、それも頷けるものだ。

 ちなみに題名の「白い」とは、中盤から物語の表面に大きく出てくるヘロインのこと。禁断の麻薬だが、この扱いに向かい合う日疋の姿勢は現実的ながらあくまでまっとうで、そこも本作の読みどころのひとつとなる。
 
 全体の読み応え、相棒の晴野のいかにも生島サブヒーロー的な魅力、そして何より最後まで貫徹される主人公の気骨などから評価して7点でもいいかとも思ったが、作者がオリエント急行の思い出をくっちゃべる部分がちょっと多すぎる気もするので、この評点。
 まあベテラン作家がいい感じに肩の力を抜きながら、一方で情感を盛り込んだ好編だとは思う。

 ちなみに実にどうでもいいことだけれど、一時期、この作品は発表時期と何よりこのタイトルから、田宮二郎の連作テレビドラマ「白い」シリーズの関係作品(原作か原案か)とか勘違いしていた。実際にはまったく関係はなかったのだが。
 そもそもヘロインという主題が前面に出てくる内容は、毎回ストーリーがひと区切りする事件ものの各話ごとのネタならともかく、連続ドラマ向けではないな。

No.11 6点 銀座迷宮クラブ- 生島治郎 2021/06/25 19:22
(ネタバレなし)
「私」こと、銀座の高級クラブ「しくらめん」のフロア・マネージャーで35歳の宮路は、恋人と足抜けするホステスを助けたため、制裁を受けて失業した。そんな宮路を拾ったのは、熊本出身のママが経営する小規模なクラブ「ばっかす」(愛称「もっこす」)のオーナー一家だ。「しくらめん」の背後にいる暴力団・飛鳥組に睨まれながら、宮路は「もっこす」でマネージャーとしての業務を始めるが、そんな彼の周囲ではさまざまなトラブルが湧き起こる。

 雑誌「問題小説」に連載された全6編の連作をまとめた、文庫オリジナル(「文庫封切り」と表記)の一冊。

 ホステスの変死や宝石がらみの詐欺など事件性のある主題に接近するエピソードもあるが、基本は銀座の繁華街の一角での日々の変事や謎を題材とする生島版「日常の謎」的なシリーズ。

 一回45分枠の連続・毎回完結形式のTVドラマを楽しむような感覚でサクサク読めるが、随所にいつもの<生島作品らしいハードボイルド感>は込められており、その意味でも安定した面白さ。

 くだんの日常の謎ミステリとしては、第五話の、金持ちの囲い者になったとたん、無駄に多数のペットを飼いまくるホステスの事情などがちょっと印象深い(さる事情から迷惑な目にあう動物たちののことを考えると、いささか不愉快でもあるが)。

 真っ当な謎解きミステリのフォーマットを遵守する必要がない分、各話エピソードが幅広く、話にバラエティ感があるのが強みのシリーズだった。
 外出の際に車中で読んだり、病院の待合室のお供などには、最適な一冊。

No.10 7点 狙われる男- 生島治郎 2021/04/03 18:54
(ネタバレなし) 
 部長の桂秀樹が統括する、警視庁の特捜部隊「影」。同組織は「ブラック・チェンバー」の別称で警察内に知られ、所轄を超えた自由な捜査権を持つ。だがそれは同時に、国内各地の犯罪やトラブルへの対処を何でも強いられる、どぶさらいのような仕事であった。「影」の主力である二人の刑事、青年・鏡俊太郎と中年・轟啓介は今日もまた新たな事件の中に。

 1969年からフジテレビ系で2クール放映された1時間枠のテレビドラマ「ブラックチェンバー」(主演、中山仁、内田良平。番組は後半『特命捜査室』に改題)の原作。
 本書『狙われる男』には7編の連作中短編(鏡と轟の事件簿)が収録されている。

 評者が読んだ本作『狙われる男』は1970年の元版で、テレビ番組とほぼ同時に刊行。
 生島が番組プロデューサーの要請に応じて先に原作設定を提出し、番組の流れが定まってから、タイアップ的にどこかの雑誌にこの「原作小説」を連載したのかもしれない。

 テレビ用企画が先行か? と疑うと何となく安っぽく思えるところもあって、これまで読まずに放っておいた。が、いざ読み出すとエピソードのネタはバラエティに富み、また一方で良い感じに生島ハードボイルドになっていて面白い。

 なんというか、志田、久須見、紅真吾あたりの生島の生粋の自前キャラなら、あとあとまで大事にしたいのであろう作者の思い入れゆえにソコまで汚れ役を任せられないような際どいテリトリーまで、テレビ企画用の使い捨てキャラという意味合いで踏み込ませている気配がある。
 そういうニュアンスで期待以上にワルの匂いが漂っていた主人公たちだが、そう構えて付き合おうとすると関係者への人情や繊細な弱い面も披露してきて、なかなかキャラクターの懐が深い。

 潜入捜査官という設定ゆえ、最初はメインゲストキャラの視点で物語を始めて、そこに変名を用いた鏡たちが介入してくるパターンの話なども随時用意され、お話の内容はなかなかバラエティ感豊か。
 全部が全部秀作というわけではないが、それなりに手の込んだストーリーに続けてシンプルなプロットの話が続いたりするのも、一冊の連作ミステリ集としての起伏につながっていって楽しかった。
 外出時の読み物としては結構な一冊で、就寝前にもベッドに持ち込んで何編か読んだ。
「こういうもの」が楽しめるヒトなら、読んでもいいんじゃないかと思うよ。

No.9 6点 犯罪ハネムーン―新婚刑事事件簿- 生島治郎 2021/03/08 05:48
(ネタバレなし)
 フリーライターの牧村容子は、大学の先輩で7歳年上の警視庁捜査四課の刑事・青野純平とめでたく結婚。純平の希望を受けて専業主婦となった容子は、夫が仕事中のアパートでヒマを持て余す。だがそんな彼女の周囲に、それぞれの事情から困った人や夫の仕事がらみの犯罪者? などが出現。牧村夫妻の対応はいかに。

 連作集『犯罪ラブコール』の続編で、今回は8本の短編を収録した一冊。シリーズものとは知らなかった(さらにもう一冊ある)ので、ブックオフの棚で現物を見つけて軽く驚いた。

 ちなみに本作の巻頭に収録の「女房暴走族」が新婚編の第一話だが、純平が、独身時代はフリーライターとしてバリバリやっていた容子に言ったセリフが「夫が働いて帰ってきて、女房が家で仕事して原稿なんか書いていたらたまらんからやめろ」(大意)であり、これって生島がかつて小泉喜美子と結婚する際に当人に告げた現実の物言いとほぼいっしょ(生島夫妻の場合はより正確には、夫婦で机並べて書き物なんかしてる図を考えるとたまらないからやめろ、とかだっけ)。
 本作の元版は85年3月の初版で、さらにこのシリーズが雑誌連載とかしていたら、85年11月に亡くなった小泉喜美子は晩年に本作にも触れた可能性も強いよね。あまり下世話なことを言ってはいけないのだけれど、なんらかの感じるものはあったのではと当時を偲んでしまった。

 読み物キャラクターミステリとしては、前巻同様にいい感じの佳作~秀作ぞろいで、サクサク楽しめた。全8本のなかでベスト上位は、小味ながらトリッキィな「囮になった女房」、ゲストヒロインが印象的な「姦通刑事」、犯人像がちょっと怖い「新郎逮捕」あたり。

 今回も集英社文庫巻末の、清水谷宏のいかにもミステリファンっぽい解説は楽しい。ところで警察小説ジャンルの刑事の夫婦ものの話題で、メグレ夫妻は挙げなくていいんですか? 

No.8 6点 悪人専用- 生島治郎 2021/03/05 05:29
(ネタバレなし)
 東京オリンピックの熱気が冷えつつある1960年代半ば。警視庁づとめの第一線社会部記者・橋田雄三は、遊び気分で抱いた女・奥村真紀子を捨てるが、本気のつもりだった相手は失意のあまり自殺した。奇しくも真紀子の父親は橋田の新聞社の重役で、橋田は懲罰人事で横浜支局の閑職に飛ばされる。天職とする事件屋として羽根をもがれた橋田だが、地元で起きた労務者の殺人事件に関心を抱き、そこに巨額の麻薬取引の事実を気取る。橋田はこの件に関わりあった者や使えそうな知人を集めて、薬物の横取りを企むが。

「スポーツニッポン」に連載されたのち元版の書籍が1966年に講談社から刊行。
 自分は今回、集英社文庫版で読了。昔から気になっていた生島の初期作品のひとつだが、ようやく読んだ。
 
 内容は完全な、和製昭和クライムノワール。
 集英社文庫版の巻末解説を担当している北上次郎が元版の作者のことばから引用するに、生島は<外国にはクライムストーリーの秀作が輩出されているが、国内にはないのでこういうものに挑戦してみた>という主旨のスポークスをしていたらしいが、いや、ちょっと違うでしょ? スポーツニッポンの編集部はたぶんズバリ「生島先生、大藪先生みたいなものを」というオーダーだったんでしょ? というような内容である(笑)。
 犯罪小説としてのひねりぐあい・まとめ具合は、大外しもしてないが、ことさら特筆するような褒めたたえるところもあまりない、という感じだ。 

 しかし基本的に悪人しか登場しないノワールで、主要人物の配置そのものも悪くはないものの、正直、なんでここでこの人物がこうなるの? というところどころの箇所が気に障る、そんな作品でもある。
 特に中盤から登場するメインキャラのひとりで元ボクサーの花井卓二が、メインヒロインのはすっぱ娘・中川伊都子にいきなり惚れるくだりとか、さらにその伊都子の終盤の挙動とか、これってどう読んでも作中人物に共感できないだろ、という思いが強い。

 一方で前半、その伊都子が半ば暴力的に橋田に体を求められ、それに自分から応じることで暗いヒロイン像を示すあたりとか、後半に登場する「海蛇」こと競馬狂のアクアダイバー・黒木利介のキャラの立った描写とか、いつもの生島作品とひと味違う感触はなかなか魅力的であったが。

 なお先の北上の解説によると、この集英社文庫版(1979年)刊行当時の作者は本作を振り返って<出来はよくないが愛着がある作品>とかなんとか述懐してるそうで、あーあー、そうだろうね、と、すごく納得がいく(笑)。
 
 作者が作品に込めようとした狙いどころをのぞき込んでいくと、ひとつひとつはさらにひろがっていく可能性もあったんだけれど、全体としては消化不良に終わった感がある。

 ただしいつもの醤油味チャンドラーとは一風異なる食感はなかなか新鮮で、そういう意味では読んでよかったと思える。
 なんか、あとから、じわじわ感じるものが浮かんできそうな気配がないでもない……かな?

No.7 6点 修羅の向う側 志田司郎探偵事務所- 生島治郎 2020/06/07 02:47
(ネタバレなし)
 1999年12月に刊行のトクマ・ノベルズ。
 もう何冊目かわからない、私立探偵・志田司郎の事件簿(連作短編集)で、今回は8本の短編を収録。各編30~40頁の読みやすい紙幅で、ほとんどの内容が例によって暴力団からみ。悪質な組織から善良な市民を守ったり、ヤクザ内部の揉め事を鎮静化したり、裏の世界から足抜けしたい極道を支援したり、それなりに事件のバラエティには事欠かない。

 今回もミステリの謎解き以外の、人間関係の機微で勝負するお仕事連作みたいな味わいがあって、これはこれで楽しめる。20世紀終盤の都内を舞台にした捕物帖(そんなに読んでいる訳ではないが)みたいな感触だ。もしかしたらメグレシリーズにも通じる、人生の修理人的な趣も……といったらホメすぎか? 

 なお警察を退職して15年という志田司郎のキャラ設定はほぼ固定だと思うが、最後の話「チンピラのピラ」などは『追いつめる』以降の志田司郎主役の長編の後日譚のようである。志田ものの長編はその『追いつめる』しか読んでないから、具体的にどの長編かはわからないけれど。まだまだこのシリーズには未読の長短篇があるから、少しずつ読んでいけば、いずれ、ここで話題にされた過去の事件の情報も見えてくるんだろうな。楽しみである。

No.6 8点 傷痕の街- 生島治郎 2020/06/05 03:26
(ネタバレなし)
 元日本海軍・潜水艇の艇長で、戦後は横浜で貨物船相手のシップ・チャンドラー(航海中に必要となる食料や雑貨を船舶に調達する業者)会社を営む「私」こと久須見健三。彼は朝鮮戦争特需で横浜が賑わう中、悪質な同業者の恨みを買い、左足を膝下から失う重傷を負った。それから約10年後の1962年。戦争特需も去った横浜界隈には閑古鳥が鳴き、現在は39歳になった久須見は自分の会社「アッカー・トレイディング・カンパニィ」の金策に追われる。そんな中、戦時中の昵懇の部下で今は会社の専務を務める稲垣が、金融の当てができたと告げた。金融先は、久須見なじみのバー「どりあん」の美人マダム・井関斐那子の父で、高利貸しの井関卓也。井関は久須見が必要とする100万単位の金を用立てるが、期限までに返せなければ「アッカー~」を事実上、自分の傘下に置く約束をさせた。とにもかくにも当面の金策がついた久須見だが、その時、会社に、稲垣の妻・千代を誘拐したと称する者から、久須見が井関から借りたばかりの現金を要求する電話があった。

 言うまでもないが、早川書房の編集者を経て作家生活をスタートさせた生島治郎の処女長編。
 その昔、雑誌「幻影城」で、当時の各大学のミステリサークルが持ち回りで近況を語ったり、各組織ごとの国産ベストミステリを披露したりする連載コーナーがあった。その連載の何回目かで本作を「(当時までの)オールタイム国産ベスト10」のひとつに選んだサークルがあり、そのセレクトに添えられたコメント「生島治郎といえば代表作は一般には『追いつめる』だが、むしろこの作品や『男たちのブルース』の方が彼のセンチメンタル・ハードボイルドとしての持ち味がしっかり出ているのではないか(大意)」がとても印象に残った。
 それで評者は『男たちのブルース』の方は20年くらい前にすでに読んでいる(大好きな一冊になった)が、本書は読むのが惜しいまま、例によってずっと寝かし続けていた。いや、もしかしたら、その「幻影城」の記事に、原体験的に洗脳されたのかもしれんけど(苦笑)。
 それで評者がもともと購入していたのは1974年の講談社の文庫版だが、これが家の中でまたどっかに行ってしまい(汗)、今から数年前、行きつけのブックオフで1990年に新刊行された集英社文庫版を見つけて改めて購入。
 今回ようやく初めて読んだのは、この集英社文庫版である(なお現状で、この集英社版は本サイトに登録されてない)。

 その集英社文庫の巻末には北上次郎によるオマージュたっぷりの解説を掲載。それを読むと、もともと本作は早川書房の編集者時代に生島が担当した叢書「日本ミステリ・シリーズ」(『ゴメスの名はゴメス』『翳ある墓標』『風は故郷に向う』とか)に新世代の作家による国産ハードボイルドをいれたかったのだが、当時は適当な作家が存在しなくてその願いが叶わなかった、そんな無念の思いも踏まえながら、生島自身が2年後に講談社からこの作品を刊行したそうである。地味にドラマチックな話で、正にミステリ編集者の立場から書き手に新生した当時の生島の飛躍の具現ともいえる一作だった。
(……と言いつつ、前述の「日本ミステリ・シリーズ」でも河野典生の『群青』辺りは、和製新世代ハードボイルドといってもいいような気もするが……。北上次郎的には『群青』は「青春ミステリ」または「非行少年もの」カテゴリーになるのか?)

 なお以下のパラグラフは、あくまでハードボイルドミステリ全般についての評者の勝手でおせっかいなお喋りと思って笑覧願いたいが、評者は<正統派ハードボイルドミステリ(特にシリーズ探偵もの)とフーダニットの要素は実にくいあわせが悪い>と思っている。
 というのは、ハードボイルドミステリの定石のひとつは、事件を介して心にダメージを負い、そこからまた克己していつもの日常に戻る、あるいは次の事件に備える主人公探偵の軌跡の物語である。しかしそこで主人公にもっとも強烈な精神ダメージを与えるには、その主人公にとって特に大事な人間<恋人・親友・恩人そのほか>が実は……というパターンこそがなにより効果的だからだ。実際にハードボイルドミステリの名作といわれる<あの作品>も<かの作品>も……(以下略)。これではサプライズ感あるフーダニットなど、やりにくいことこの上ない。
 だからこそ(逆説になるが)、半ばカメラ・アイ的な視座で隣人の家庭の悲劇を覗き込むリュウ・アーチャーや、軽ハードボイルド作品として毎回の事件でメンタル的に傷を負う責任の軽いマイケル・シェーン(愛妻と死別した彼は別の部分で人生に大きな傷を負っているが)などの諸作群が総じてフーダニットの要素も強いミステリとして楽しめるのは、実はこのためである。その辺りの私立探偵たちは人物配置の上で、主人公と犯人とのそういった種類の関係性が必ずしも必要とされないから(?)。これはもう、正統派ハードボイルドミステリの構造的な弱点みたいなものなんだけどね。

 それで本作『傷痕の街』がそういう見地から実際にどうだかは、ここではもちろん書かないし、決して言うつもりもない。が、この処女作に当時、相当の精力をつぎ込んだであろう生島の「正統派ハードボイルドミステリ」へのアプローチは結構~かなり深い。早川書房の翻訳ミステリ編集部という苗床のなかで数年間にわたって感性を磨いてきた創作者だからこそ、当時ここまで高められたとは思う。
(具体的には第六章の前半辺りの叙述。ほとんど、数年後のフランシスの某作品だよね。)
 作中のリアリティとして、21世紀の今では絶対に通用しないミステリ的な部分もあるが、それはここで文句を言っても仕方ない。
(そういう意味では、旧作は得だな。)

『追いつめる』のあまりにフォーミュラー的な端正さがいまだもって馴染めない評者(まあ再読したらまた見方は変わるかもしれないが。実際にのちの連作短編シリーズを読んでいて今ではかなり志田司郎が好きになってるし)にとっても、確かにこっちの方がいい。もっとも『男たちのブルース』はこれに負けず劣らず大好きだが(笑)。
 評点は0.5点オマケ。

【余談その1】
本作では久須見の部下の社員で阿南(あなみ)敬介という男が登場。結構、印象的な脇役だけど、初登場シーンでは「敬介」の名前が集英社文庫版の116~117ページでは「亮介」になっている。誤植か?
(しかし「敬介」だの「亮(介)」だの……仮面ライダーX?)

【余談その2】
集英社文庫版の107ページで、久須見健三は『七人の刑事』の芦田伸介に似ていると言われる。これを読んでニヤリとした。というのも芦田は本作ではなく、前述の生島の代表作のひとつ『男たちのブルース』のテレビドラマ版で、主人公・泉一を演じていたので。Wikipediaにも現状で書かれていない情報だけどね。たぶん1960年代半ばのテレビドラマ。テレビ埼玉で1980年前後に再放送があり、終盤の回をちらりと見かけた記憶がある。その時はまだ原作も読んでなかったし、途中から観るのもナンだったのでそのうちまた再放送するだろと呑気に構えてスルーしたら、その後ウン十年、CSですらオンエアの機会がない(大泣)。当時、一応は家にビデオがあったので(生テープは高価だったが)、一本くらい録画しておけば良かったとつくづく後悔している。
 数年前にCSで『ゴメスの名はゴメス』の旧作ドラマ版が発掘されたみたいに、コレもどっかで見つけて放映してくれんかしら。『非常のライセンス』とかと合わせて「生島アワー」とか謳って企画プログラムを組めばいいのだ。

No.5 6点 死に金稼業- 生島治郎 2019/12/26 20:54
(ネタバレなし)
 おなじみ私立探偵・志田司郎ものの連作短編集(何冊目だ?)で、読みやすい長さの7本の事件簿を収録。評者は文庫版で読了。

 全編がヤクザ・暴力団がらみの事件ばかりで、それぞれ相談の案件を持ち込んできた依頼人や事件関係者のために、志田司郎がどう事態の落しどころを探すかが興味の主体。
 肝心のミステリ味は、事件の裏の策略や、意外な動機を暴くかたちで数編の話で発露する。
 
 巻末の「難民哀歌」は、日本に来た中国人留学生が苦学生として学業の傍らで就労するなか、仲介業者のヤクザとその顔色を窺う雇い主に賃金を搾取される話。外国人労働者の奴隷化が社会問題になっている2010年代の終りだが、30年前からこんな話題はあったのである(物語の背景には、当時世界に反響を呼んだ天安門事件がからむ)。

 安定した面白さだが今回もそれなりにバラエティ感には富んでおり、中年の貧乏私立探偵の矜持のあり方に、いかにも生島らしいハードボイルド観が覗く話も散在する。
 最近、私的にあれこれあって本がまとめてゆっくり読みにくいこのしばらくだが、ちびちび一編ずつ楽しんで、心の渇きを癒やしてくれる一冊であった。

No.4 5点 危険な女に背を向けろ- 生島治郎 2019/07/07 16:08
(ネタバレなし)
 クライムものや捜査ものなどのノンシリーズ作品、それもショートショートでも中編でもない、まさに「短編」という長さの作品ばかりを11本集めた一冊。たぶん作者が当時の「小説推理」とかあちこちの中間小説誌とかに書いた(一部書き飛ばした)作品を集成したものであろう。

 基本的にオチをつけてまとめる作品が主体だが、早々に結末が読めてしまうものもいくつかあり、はは、昭和っぽいこの種のライトミステリの、のんきな作風だね、という感じでほぼ一色。
 異色? なのは巻末の自伝風作品『浪漫渡世』で、これは作者がかつて早川書房に入社し、日本版EQMMの二代目編集長に就任した際の回顧譚。実在人物は変名で登場するが、世代人ミステリファンなら大方の見当はつくはず。生島から見た先輩・田村隆一への深い敬愛と親愛の念、早川清への悪態(? 笑)、日本ミステリオヲタクの先駆・田中潤司へのなんともいえない視線など、それぞれ興味深いし楽しい。

No.3 6点 報酬か死か- 生島治郎 2019/04/25 17:23
(ネタバレなし)
 『追いつめる』の主人公・志田司郎の事件簿をまとめた全7編の連作短編集。
 今回評者が読んだのは元版の桃源社・ポピュラーブックス版だが、各編の雑誌の初出が記載されてないので、それぞれいつ頃書かれた作品かはわからない(調べる手段はあるが)。ただし第三話「裏の裏」のなかでの依頼人との会話で、2年前に暴力団組織を壊滅させたと『追いつめる』事件のことが話題になるので、現実の執筆・刊行よりも劇中の時間は経っていなかったかもしれない。
 個人的には『追いつめる』という生島作品も志田司郎という生島ヒーローもともに昭和期の国産ハードボイルド、和製ハードボイルド私立探偵として、スタンダードすぎる感じがしてあまり思い入れがないのだが、本作の諸編では以前に華々しい成果を上げた(そして痛い苦い思いもした)ヒーローが、ここでは貧乏に地道に日々の仕事を片づけている感覚がしてとても親しみやすい。正にテリー・レノックスのいう「人生に一回だけ拍手喝采を浴びる空中ブランコを披露して、あとはドブに落ちないように気をつけながら歩いている」ハードボイルド世界の登場人物だ。
 なんか田舎のラーメン屋に入って備え付けのコミックスで、人間ドラマが粒ぞろいと世評が高い(でもまだ読んだことのなかった)専門プロフェッショナル・連作ものの青年劇画を料理そっちのけで楽しんだような感じである。
 全7編、基調に一本芯が通りながらも、一冊の事件簿としては適度にバラエティ感があるのもいい。
 この一冊で志田司郎が以前より少しスキになった。

No.2 6点 東京2065- 生島治郎 2019/03/21 03:07
(ネタバレなし)
 『傷痕の街』『黄土の奔流』をすでに上梓し、一方でまだ『追いつめる』をものにしていないタイミングの作者がハヤカワ・SF・シリーズ(銀背)から刊行したSF主体の短編集。7編の短編と12編のショートショート。そして巻末に表題作の中編作品が収録されている。7編の短編と12編のショートショートはものの見事に玉石同架という感じの中身で、中にはいかにも昭和っぽい悪い意味でシンプルな<ロボットオチ><タイムパラドックスオチ>の作品などもある。短編の中で良かったのは、トリッキィな仕掛けを用意していた『前世』とか、我々の21世紀の現実の機械文明に雇用が奪われていく風潮を予見・風刺した『ゆたかな眠りを』あたりか。

 意外に読みごたえがあったのが表題作『東京2065』で、これは西暦2065年の未来世界での秘密捜査官・日高嶺二を主人公にした連作風の事件簿。映画『ブレードランナー』(評者はディックの原作は未読なのでこう書く)のレプリカントみたいな、人間そっくり・皮膚に傷もつけば血も流れて、判別困難なロボットが浸透した世界で、その種の高性能ロボットを悪用した犯罪を企図する天才科学者を向こうに回したシリーズ。生島流の国産ハードボイルドと敷居の低い未来SF世界観との融合がなかなか楽しめる。できれば同じ主人公での長編作品の執筆、もしくは丸々一冊分~二冊目の連作短編集の刊行までシリーズを膨らませてほしかった気もするが、特殊な設定だけにすぐにマンネリか薄味になっていた可能性もある。そう考えるなら、この現状の全80ページ(その中で章割りして6つの事件)で終わらせて良かったかもしれない(万が一、自分が知らない、更なるシリーズ展開がもしあったらアレだが~汗~)。

 残念なのは、各作品の初出誌の書誌データがまったく記載されていないこと。こういう種類の短編集の作品群こそ、それぞれどういう出版社のどういう読者を対象にした雑誌に載ったのか、ソコが気になるのだが。

No.1 6点 犯罪ラブコール―のんびり刑事未解決事件簿- 生島治郎 2019/02/07 16:37
(ネタバレなし)
 暴力団犯罪を担当する警視庁捜査四課の青野純平は36歳の部長刑事。素性だけ聞くとかなりの強面風だが、当人は163㎝と小柄な体格の二枚目だった。だが正義感と義侠心は本人なりに強く、そんな彼のところに大学の後輩でフリーライターのガールフレンド・29歳の牧村容子が、困った人のため、事態を公にしないままにトラブルを解決してほしいと、今日も相談事を持ち込んでくる。互いに憎からず思いながらも恋人関係にまで至らない容子のため、またも面倒ごとに乗り出す純平だが。

 昭和の中学生でも読めそうなラブコメ設定をベースにした全8話の連作短編集で、こういう軽いものも得意とした作者・生島の持ち味が出た作品。こういった作風の幅広さは、弟分の大沢在昌にもそのまま受け継がれている。
 お人好しで窮地の人を放っておけないヒロインと、そんなガールフレンドのちゃっかりした毎回の頼みで、基本的に警視庁にはナイショで非公式に事件を解決(またはそれに近い状態まで持ってく)しなきゃならない刑事、というアイデアは、個人で行動する私立探偵的な足捌きと、警察の捜査権限の利便性との折衷でなかなか面白い。この設定のおかげで、きわめてハイテンポに毎回の事件が進んでいく。
 ミステリとしては原則ライトな感じだが、途中には純平の捜査官というか人間としてのモラルを厳しめに問うエピソードなどもあり、この辺は軽めの作品にもハードボイルドの気概をちょっとは込めておきたかった生島の心意気が覗けて評価が上がる。一冊楽しく読めて、心にどこかちょっと引っかかる、そんな感じの昭和軽ハードボイルド。
 ちなみに今回は集英社文庫版で読んだけど、巻末の解説を書いている清水谷宏という人。あまり聞かない名前だけど、記事の内容が良い意味でファン的でいい感じ。先に自分の好きな海外のハードボイルド作家たちの話題をしたくて、牽強付会っぽく、解説にそれらの件を持ち出してきてるみたいな感じもふくめて、なんか微笑ましい。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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