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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2024件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.26 5点 密会- 笹沢左保 2024/04/02 08:08
(ネタバレなし)
「昭和海上火災」の美人OLで23歳の沖本奈美子は、ある目的を秘めて一人の男に近づく。だがその計画は相手との繰り返させる密会のなかで、次第に当初の意味と最終到達点を変えていった。そんななか、彼女たちの周囲で殺人事件が起きる。

 「オール読物」の昭和56年2月号~翌年1月号に連載され、1982年に文芸春秋から書籍化された長編。評者は文庫版で読了。

 例によっての若いヒロインが主役の不倫官能サスペンス。呼び方はエロでもポルノでもいいが、例によって妙にマジメな筆致の性愛描写なので、やはり官能小説ミステリという言葉が一番しっくりくる。

 扇情的ないやらしさをさほど感じさせずにイッキに読ませてしまう筆力はもはや円熟の名人芸で、それはそれで評価。
 ミステリとしては小味だが、最後に明かされる事件の真相にはちょっと意外性はある(勘のいいヒトは先読み可能かもしれないが)。
 
 ただし最後のサプライズは、正にそのサプライズのためのサプライズという感じで、劇中のリアリティとか当該人物の思考の成り行きとか慮ると、おいおい……それはないんじゃないの? という思いであった。

 もう二時間、短めの長編が一本読みたい、というワガママな希求に応えてくれた有難い作品で、読んでるうちはそれなりに楽しめた。
 ただまあ、笹沢作品のなかで優先的にこれを読む必要はないだろう。評判の良い未読のものがあるなら、そちらからどうぞ。
(といいつつ、ミステリって秀作~優秀作ばっか選んで読むものじゃ決してないと思うけどね。常にイージーゴーイング&おのれのスタイル~ただし他の方へのネタバレは注意で~で読めばよいと思う。)

「まあ、楽しめ」ました。

No.25 7点 闇の性- 笹沢左保 2024/01/19 18:34
(ネタバレなし)
 その年の初め。都内の一角では「貞操強盗」と呼ばれる、謎の押し込み連続レイプ魔が、一人暮らしの女性を標的に出没していた。一方、大手観光開発会社「東西総合開発」の企画開発部長で、現社長の甥でもある31歳の美男・花形秀一郎は、筋金入りのプレイボーイとして複数の女性をかわるがわる相手にし、性の悦楽を楽しんでいる。そんな花形の情人の一人で、製薬会社のOLである水谷佐和子との仲がこじれた。佐和子は花形に、妻の三津代と別れ、自分と一緒になるよう要求する。花形は、美人で貞淑で、まるで忠犬のように自分に無償で奉仕する三津代に愛を感じるどころか、むしろその理解を超えた滅私ぶりに、憎悪の念すら抱いていた。そんななか、佐和子が突然に姿を消した知らせが、花形のもとに届く。

 元版のノン・ノベル版は、正確には1973年3月前後に刊行。

 また私事で恐縮ながら、実は自分が少年時代に一番最初にリアルタイムで購読したミステリマガジン(HMM)が、1973年1月号(通巻201号)だった。それから数年間は毎月25日の発売日が楽しみで、中味も毎号毎号、二読三読したものだったが、やはりある種の原体験として最初に出会ってから半年~1年目くらいの時期の号には独特の強い思い入れがある。
 こんなマクラをふったことからすぐに分かると思うが、本作『闇の性』は、当時の73年前半のHMMの国産新刊レビューで、あの瀬戸川猛資が書評・紹介(当時、毎号の月評コーナーを担当)。
 自分にとってその書評記事が、ミステリ作家・笹沢佐保を意識した、正にファースト・コンタクトとなった。
 
 同レビューは数年前に、同人書籍の書評集「二人がかりで死体をどうぞ」にまとめられたので、本サイトの参加者でも読んだ人もいるかとも思うが、とにかくここ(その瀬戸川レビュー)で、当時のひとりの少年ミステリファンは本書について「エロい作品である」「だがそれだけじゃない」「実は、笹沢佐保のかつての名作『六本木心中」に通じる、笹沢ロマン作品のひとつ」(それぞれ大意)と啓蒙されてしまったのである。

 でまあ実作『闇の性』の現物にはなかなか出会えないまま、ほかの笹沢作品はそれなりに読んできたので、当時、瀬戸川氏が言っていたことは、ああ、きっと間違いなく、その通りなんだろうな(笹沢の作風からして、そーゆーものもあるだろうし)、と思っていた。
 で、気が付いたらいつのまにか、半世紀が経過。なんかネットでも古書があまり出ず、出てもなぜか結構高いので(まさかオレと同じような妙な接点を感じてる世代人が多いのか? ←いねーよ)、なかなか読む機会がなかったが、こないだようやっと、文庫版の方をほかの文庫ミステリとのまとめ買いで入手。今年になってから家に届き、昨夜、読む。

 はたして笹沢エロ作品といってもまだ70年代の初頭だから可愛い方で、こんななら後年の『悪魔の部屋』そのほかの方がずっとスゴイ。瀬戸川先生、当時はこんなもので、濃厚な性描写とか騒いでられたんですね、と不遜にも思ったりする。

 ただしなんのかんの言っても、ミステリよりエロだろ、ロマンだろ、そんな作品だろ、と予断していたら、意外に(?)ミステリとしての大技を使ってあるのに軽く驚いた。
 あわてて「二人がかり~」の瀬戸川評を読み返してみると、うん、たしかにその主旨のことには触れてある。でもって瀬戸川氏、今でいう「無理筋」だと言いたかったみたいで、その意見には半ば賛同するものの、実は新本格系で一昨年にも、この大技トリックの系譜は登場しており、もしかしてこの作品、けっこうソノ手の先駆だったのか? とも評価を改めている。いやまあ、しっかり検証すれば、さらにまだ先鞭をつけた作品はきっとあるんだろうけど。
 どんでん返しとかサプライズとかあんまり書いちゃいけないけど、この半世紀、心のどこかに固まっていたものは、なんか(中略)。
 弱点としては、犯人はすぐわかること。まあ、これはね。 

 なんにしろ、長い歳月の果てに、読んで良かった一作ではあった。印象的なセリフも多い。キーパーソンの最後の叫び? うん、そりゃ心に残らない訳はない。

No.24 5点 愛人関係- 笹沢左保 2023/06/19 17:26
(ネタバレなし)
 大手商社「日興倉石」に勤務する23歳の美人OL・剣城夕子は、三百年近くも続く老舗の和菓子屋「夕月堂」の長女でもあった。夕子の父で夕月堂の当主でもある54歳の久太郎は、彼が眼をかけてる若手菓子職人・磯部達也と夕子が夫婦になって店を継いでくれることを望んでいた。だが夕子にはそんな気はまるでなく、それどころか彼女は別の部署の同僚で妻帯者でもある35歳の青年・伊集院夏彦に2年前に処女を捧げ、それ以来ずっと実家にも世間にも秘密の愛人関係を続けてきた仲だった。そんななか、夕月堂が同家とはまったく関係のなさそうな殺人事件に巻き込まれ? さらに夕子と伊集院の愛人関係にも、不測の事態が生じた。

 日本でいちばん「愛人」というキーワードをタイトルに用いたであろうミステリ作家・笹沢佐保のラブロマン・ミステリの一冊。光文社文庫版で読了。 

 二号や妾はパトロンからお金をもらうが、愛人は心身の純愛で結ばれているから高潔だとか、情人に奥さんと別れて私と結婚してほしいなどという女の欲求は、生活のために体を売る娼婦と同じだとかいうメインヒロイン(主人公)夕子の主張は、大昔に同じ作者の『愛人岬』で、似たようなヒロインの物言いを読んだような記憶がある。ぶれない笹沢ラブロマン。

 ブックオフの100円棚で手にしたら、解説で武蔵野次郎がラストの意外性が印象的とか書いている。それで購入して読んだが、さほどでもない。犯人もストーリーの流れと登場人物の配置、さらには作者の手癖からおおむね予想がつくし。
 ただし途中の細部での話の転がし方は、部分的には曲があってそこそこ面白かった。
 窮状に陥った夕子のため、彼女が秘密にしていた愛人の立場を鼻白みながらも、剣城家の家族がほぼ一丸となるあたりは、この時期の笹沢作品らしい。不器用な家族の絆は、笹沢作品の底流にある文芸テーマのひとつだ。

 評価はこれもまさに「まぁ楽しめた」なので、この評点。

No.23 6点 霧の晩餐―四重交換殺人事件- 笹沢左保 2023/05/23 22:51
(ネタバレ なし)
 都内でフラワーショップを経営する29歳の女性・奈良井律子は、岩手県遠野市を一人旅の最中、雨宿りの場で、他の初対面同士の女3人と知り合う。4人それぞれが一人旅で言葉を交わし合った女性たちは、近所の名所に向かうが、そこでは何者かに殺害されかけた重傷の血まみれの男が倒れていた。衝撃のなか、動転した女たちは警察や病院への通報もせず、男を見捨てて逃げるが、その行為に引け目を感じた女たちの間には次第に妙な連帯感が生じていく。やがてそのいびつな絆は……。

 良い意味で、視聴者の目をぐいぐい引き寄せる、良く出来た2時間ドラマみたいな内容、そしてそんな感じの加速感。
 さらに後半の筋運びは、終盤の大技的なサプライズまで含めて、かなりの捻り具合、ではある。

 というわけで一気読みする程度には十分おもしろかったのだが、ここでホメきるわけにはいかない。
 リーダビリティの高さと後半~最後のどんでん返しを確保するために、この作品が対価にしたものは……その分の強引さと無理筋の発生(笑)。

 うん。蓋然性からいえば絶対にありえない! とは言い切れない筋立てなのだが、まず、これは、ねえ……。

No.22 5点 悪魔の部屋- 笹沢左保 2023/04/20 17:01
(ネタバレなし)
 23歳で処女の美女・松原世志子は、巨大財閥「シルバー興業」の代表取締役会長・伏島京太郎の一人息子で同社の課長職、29歳の裕之と恋愛結婚の末に結ばれた。新妻としての幸福に包まれていた世志子だが、彼女は夫の部下と称する青年、中戸川不時(なかとがわ ふじ)によって誘拐され、高級ホテルの密室に拘禁される。世志子を待つのは……。

 作者の官能サスペンスもの?「悪魔シリーズ」の第一弾。
 大昔に新刊書店で元版のカッパ・ノベルス版を手に取って、ドキドキしていたような記憶もうっすらあるが、結局、買った覚えも読んだ覚えもない。
 今回は、先日の出先のブックオフの100円コーナーで見かけた光文社文庫を、懐かしい(笑)タイトルだと思って購入。

 文庫版で350頁ほどの物語が、全編ほぼホテルの室内のみで進行。登場人物も主人公の男女コンビをふくめてぎりぎりまで絞られ、なるほどその辺は解説で権田萬次が語るとおり、ちょっとフランスミステリっぽいかもしれない。

 そっちの方向に本気になった笹沢作品なのでエロ描写は濃厚だが、おっさんが読んでドキドキワクワクするようないやらしさは希薄で、むしろあの手この手で官能描写を重ねる作者の手際に感心するばかりであった。エロとか官能とかいうより性愛小説に近いかも。
(あ、たぶん一番近いのは『サルまん』レディスコミック編の、作中サンプル・コミックだ。)

 ちなみに最もイヤラシイ、羞ずかしい、と思ったのは、ヒロインの世志子が自分に凌辱行為を重ねる中戸川に向けて、殺してやる! と刃物を突き立てたところ、中戸川の方がそれを黙って受け、流血の傷を見てなぜか罪悪感を抱いた世志子が、彼の手当てをする場面。ここが文句なしに一番いやらしい。顔が真っ赤になる。

 ミステリとしてはさしたるサプライズもなく、最後の決着も共感できる反面、今風にいうなら「めんどくさい」ものの考え方。
 そういう不器用さを最終的に作品の背骨にする笹沢の官能純愛ロマンが炸裂、という印象であった。

 ちなみにAmazonのレビューで初期の笹沢作品(『霧に溶ける』とか)みたいなのを期待して読んだら、こんなのだったのでガッカリした、星ひとつという評があって笑った。いや、そりゃ、あーた……。

No.21 7点 暗い傾斜- 笹沢左保 2023/03/22 11:46
(ネタバレなし)
 昭和の中盤。港区にある中堅の町工場、大平製作所は、当てにしていた新案技術が利益につながらないと判明し、経営危機に陥る。亡き両親から会社の経営を引き継いでいた32歳の美しい女性社長、汐見ユカは、彼女を10年間にわたって精神的に支え続けてきた総務部長の青年・松島順二の献身も甲斐なく、苦境に立たされる。そんななか、会社の周辺で、重要な関係者の一人が死亡した。

 評判がいいので、以前から読みたい、と思っていたが、古書価がやや高めなので二の足を踏んでいた。今回の復刊で容易に読めるようになり、とてもありがたい。

 女の肉体が性器具としてどーのこーのとか、男は女の体に飽きるのが当然だとか、21世紀の今なら確実にコンプライアンスにひっかりそうな叙述がてんこ盛り。旧「宝石」に連載された作品だから、特にのちの中間小説的な方向を狙ったわけではなく、作者の地とそれを許した当時の世相の賜物であろう(その一方で、おなじみの笹沢ロマンらしい、男女間の独特の情感もかなり色濃い作品だが)。
 知的な謎解きパズラーを読むふりをして、昭和ミステリを、リミッター解除されたいやらし小説として愉しむ21世紀現在の中高生とか、世の中のあちこちにいそうな気がする。

 小説としてはスラスラ読みやすいが、これがどう、定評の(中略)トリック作品に転ずるのかと思いながら、後半までページをめくると……ああ、そういうことね。
 確かに、これがある種のリアリティというか説得力を持っているのはわかるのだが、主人公に限らず、捜査陣の誰かがひとりでも「こういうこともあるのではないでしょうか」と言い出したら、一瞬で瓦解しそうなきわどさも感じた。
 あと、このアイデアというか、ものの考え方は、後年の某・国産ミステリの某作によくいえば影響を与えている、悪く言えばちょっとだけひねってパクられているような。
(そーゆー意味では、源流または先駆に触れた意味で、よかったか。)

 笹沢作品にありがちだが、(中略)が、後半へと物語が進むなかで交代。けっこう気に入ったんだけど、最後の余計な文芸は要らなかったとも思う。かといって無いではないで、それではキャラクターが薄い、という警戒が作者の胸中に芽生えたのだとしたら、まあその気分もわからないでもない。
 いろんな想念が次々と湧いてくる作品。さほど突出した優秀作とまでは思えないけれど、作者らしさはかなり濃厚ではあろう。
 佳作の上か秀作の下くらいか。

No.20 7点 孤独な彼らの恐しさ- 笹沢左保 2022/09/21 16:11
(ネタバレなし)
 同年の友人二人と自動車修理工場を経営している32歳の三木秀彦。三木には26歳の美人の婚約者・水森麻衣子がいる。が、三木は次第に実は自分が、麻衣子の姉で35歳の和風美人・今日子の方に、内心で惹かれ始めているのを自覚した。今日子は先に、不動産業者で47歳の宇佐美勉と離婚したばかりで、当人は妹やほかの女子を社員にして女性向けの高級アクセサリー店を経営し、成功を収めていた。そんなある日、三木は訪ねた水森家で、今日子から意外な話を聞く。

 1966年の長編。徳間文庫版で読了。
 笹沢の比較的初期長編の一本で、この時期の諸作は出来不出来が激しいが、その実態ぶりを一冊ずつ、自分の目で確認するのも楽しい。
 で、結論からするとこれはなかなか当たり。

 間を置かず、スピーディに展開する作劇はいかにも笹沢作品らしいし、周囲のヒロインとの関係性のなかで主人公・三木自身のある種の自分探しめいた文芸があるのもいかにもこの作者っぽい。三木と友人たちの会社に勤める24歳の事務員で三木に片想いの好意を抱く美人・藤野雪代がなかなか魅力的。今でいうヤンデレ系のヒロインだが、本作のなかに複数登場する大小の役割の女性のなかでは、笹沢持ち前のちょっとくすんだロマンチシズムが一番投影されている。

 終盤に次々と明らかになる意外な真相の一部は先読みできないこともないが、手数は多いので全部を読み切ることはちょっと難しい? だろうし、さらに本作では犯罪そのものの生成の由来と、反面、主人公の三木側の視点で不審を抱くくだりの契機(あれやこれやと段階的に疑問を抱く流れがよろしい)など、それぞれ効果的に綴られている。本作を賞賛するゆえん。

 ダイイングメッセージめいた部分の真相や、とある物的証拠についての推理の甘さなど、いささか強引さを感じる面はあるものの、印象的な犯人の造形まで踏まえて、トータルとしてはそれなり以上に高く評価したい。

No.19 7点 結婚って何さ- 笹沢左保 2022/08/27 18:06
(ネタバレなし)
「万里石油」東京支社の臨時雇いOLである20歳の美人・遠井真弓は、職場の妻子持ちの係長から求愛されるが拒否し、それがもとで辞職した。同い年の同僚・赤毛の疋田三枝子も真弓に付合う形で退職。失業した二人は夜の町で酒を飲むうちに、森川と名乗る眼帯の男と知り合い、三人で同じ宿に泊ることになる。だが酔いつぶれた真弓たちが密室の中で認めたのは、絞殺された男の死体だった。

 先日、ブックオフの100円棚で見つけた講談社文庫版で読了。大昔に別版(文華新書版?)を持っていたような気がするが、書庫で見つからず、この数年、何らかの適当な版との出会いを待っていた。
 もともと本作のタイトルを知ったのは、70年代後半の初期の「幻影城」で、どっかの大学のミステリサークルが本書を(その時代までの)国産オールタイムミステリのベスト10、そのひとつに入れていたときだと思う。初めて題名を知った時は、なに、このマーガレットコミックスにありそうなタイトル、と思ったものだった。
『招かれざる客』『霧に溶ける』『人喰い』と同年の1960年作品のようだが、他の3作のどこか格調を残す題名に比べ、このタイトルは明らかに異質だったが、このあとの笹沢作品のタイトリングはこの手の口語的、会話でのセリフっぽいものも多くなるので、その辺が商業作家の意図的な戦略だとしたら、今日び21世紀のやたらと長いタイトリングで受け手に印象づけようとするラノベ文化などに一脈通じることもあるかもしれない。

 閑話休題。評者の場合、もしかしたら本作はすでに一度、その持っているかどうかも曖昧な蔵書で一度読んでいるかも? という記憶が曖昧なところもあったが、このたび通読してみると完全に初読。一回でも読んでいたら、どっかは記憶に残るだろうという印象的なシーンや叙述が続出する。なんで勘違いしていたんだ、オレ?

 サスペンス枠の方向性の中にパズラーの要素を組み込み、事件全体の輪郭もなかなか判然としないあたりの構成は、よく練り込まれている。
 一方で雪さんのレビューにある、終盤でのアマチュア探偵(主人公たち)の仮説的な推理が検証もされず、ほぼ正鵠を射てしまうのはナンだというのは確かに弱点だが、まあその辺は東西のミステリ全般での普遍的な隙ともいえるので、ぎりぎり。

 全体としてはかなり短めの紙幅(文庫で220ページ弱)ながら中身は濃い。評者の予想外に飛び出した密室殺人の解法もふくめて、小技と中技の組み合わせで期待通りに面白かった。
 
 ちなみに肝心のタイトリングの作中での用法は、終盤で回収されるが、作者は当初からこういう形で言わせるつもりだったんだろうなと思える一方、実際のそのハマり具合にもニヤリ。作中でこのセリフを聞いた、脇にいる人物のリアクションが微笑ましい。

 あと実にどーでもいいが、講談社文庫版の145ページで「目前に怪獣が迫ったように、顔をそむけた。」という叙述があり、1960年じゃまだ第一次怪獣ブームのはるか前だよな、国産怪獣じゃゴジラ、アンギラス、雪男、ラドンにメガヌロン、モゲラにバラン程度だよな、とも思う。もしかしたらこの種のレトリックを使用した作品(非・広義のSF系で)のかなり早期のひとつか? いつかその辺も可能なら探求してみたい(果てしなく長い道のりになりそうだが)。

No.18 6点 明日まで待てない- 笹沢左保 2022/07/22 05:27
(ネタバレなし)
 昭和中期の風俗「日曜族(目黒族)」。それは日曜日に高級飲食店「レストラン・メグロ」に集い、成り行き任せのガールハントや男漁りを楽しむ、生活に余裕のある男女たちの通称だ。そんな日曜族の一人で、新妻との夫婦生活が不順な32歳の二本柳優介は、昨日出会ったばかりの美女・城戸由香子を仕事場のマンションに連れ込むが、そこに精神科医と称する松平浩という男が来訪。松平は彼の所属する精神病院「戸畑精神科」のかつての患者、しかし正体不明の人物が、二本柳の生命を狙っているらしいと警告した。突然の事態に驚く二本柳だが、しかし彼には思い当たる節があった。

 1965年に刊行された、比較的初期の笹沢長編の一本。徳間文庫版で読了。
 評者は寡聞にして「日曜族」のことは今回初めて知ったが、実際に現実の昭和四十年前後の東京などで流行した、男女の性風俗らしい(ちなみに年下の家人に聞いてみたら、意外にもその呼称ぐらいは見知っていた)。いや、勉強になった。

 異常者(?)「姿なき狂人(作中の通称)」に身をおびやかされる主人公という、いささか煽情的かつショッキングな序盤で開幕。さらに冒頭から登場するメインヒロイン格の由香子もまた訳ありの態を見せ、小気味よいテンポでドラマの裾野が広がっていく。
(それでも途中、主人公の調査活動の迂路で、いささか話がダレないでもないが・汗。)

 で、中盤でダイイングメッセージ? なども登場するが、これは(中略)も含めて大方の予想がつくもの。さらに最後の最後で明かされる人間関係のサプライズも、やはりまんま思ったとおりであった。

 ただし「姿なき狂人」の正体に関しては、その実相まで踏まえてかなりのインパクトがあった。歴代笹沢作品のなかでも、ある意味においてトップクラスの感慨を呼ぶ犯人像ではあろう。

 読みやすい、早めに通読できる作品をと思って、二時間半ほどでいっき読みした一冊。秀作まではいかないが、佳作ぐらいにはなっているであろう。評点は0.25点ほどオマケして。

No.17 8点 盗作の風景- 笹沢左保 2022/05/28 06:39
(ネタバレなし)
 インスタント・ラーメンとカレーの製造販売で全国的に知られる大手の食品メーカー「白金食品」。だがその社主である壮年・江原庄吉郎には、十数年前に競輪に狂い、友人の大学教授・能坂明治(あきはる)から多額の詐偽を働いた秘めた過去があった。友人を信じて大学の公金を横領した明治は、自殺。能坂家は明治の息子で現在28歳の青年・魚男(うおお)を遺して死に絶えたという。3年間の服役と釈放を経て社会復帰し、実業家として大成功した現在の庄吉郎。だが情報を得た魚男は罪の償いを済ませた庄吉郎に対し、呪詛の文句を書き連ねた文書を送ってきた。父の過去を初めて知った庄吉郎の美しい23歳の娘・麻知子は独自の判断で魚男に会いに赴き、一流企業の社主の穢れた過去を暴露すると息巻く相手の慈悲にすがろうとする。だがそんななか、白金食品の周辺で殺人事件が発生。その容疑者となった庄吉郎は、自分のアリバイを証明する人物として、こともあろうにあの能坂魚男の名を挙げるが。

 推理小説専門誌「宝石」の昭和38年5月号から翌年2月号にかけて連載された長編。連載当時は「(この作品の)覆面作家は誰でしょう」と作者名を秘して連載する企画ものだったようで、読者から作者当ての多数の推理(応募ハガキ)が寄せられたそうである。当時、読者が一番名前を挙げた作家は清張で、二番目が本命のこの笹沢だったらしい。
 さらに本作は、1964年度のミステリファンサークル「SRの会」のベスト投票の国産部門で、あの『虚無への供物』に次いで、堂々の二位を獲得! この実績だけでも以前から評者の関心を刺激していた作品だが、このたびようやっと読んだ。
(なお最初の元版書籍は1964年に刊行のカッパ・ノベルスらしいが、現状ではAmazonの登録にない。評者は今回、角川文庫版で読了。)

 物語は最初から最後まで、父の無実を晴らそうと奔走する主人公・江原麻知子の三人称一視点でほぼ全編が語られるが、二転三転するストーリーは強烈な疾走感。一方で題名「盗作の風景」のキーワード「盗作」の含意がなかなか見えてこない焦れったさも、良い感触で読み手のテンションを煽る。
(さらに言うと、具体的にどこがどうとかは書けないけれど、ほかの新旧の笹沢作品にありがちな作劇を、作者が意識的にコントロールしている気配もとても良い。)

 でもって終盤に明らかになる意外な犯人、事件の構造、そしてタイトルの意味!
 ……いや、この三連打の果ての余韻が、期待以上、予想以上に面白かった、良かった。
 間違いなく、これまで30~40数作品読んできた笹沢長編作品のベスト3に入る優秀作。
 まあ細かいことを言えば、(中略)のとある行動など、犯人側の想定的に予期できるものだったのかな? とかの疑問もないではないが、その辺はヘリクツをつけてギリギリ、フォローできそう。いずれにしろトータルとしての得点ぶりでは、十二分にお腹いっぱいである。

 ちなみに麻知子を軸に数人の若い男性キャラクターが出てくるが、それらのキャラのひとりひとりに二枚目俳優をキャスティングしたら、かなり見栄えのする全4~6回くらいの連続1時間ドラマができそうな感じ。往年の『火曜日の女』(『土曜日の女』)にはもってこいの原作だったな、コレは。知っている限り、映像化はされたことはないと思うけれど、見落としがあるかもしれない。さすがにあまり古い番組は知らないし。
 実際、終盤でフィーチャーされるとある「風景」は、本当に画になるんだよね。昭和のこの時代設定のままで、21世紀の今からでも新作ドラマとかにしてくれたら、結構いいものが作れるかも。

No.16 6点 沈黙の追跡者- 笹沢左保 2022/05/04 07:03
(ネタバレなし)
 国内有数の大手観光会社「万福観光」の社長で45歳の姫島大作は、かつて若い頃、自分の雇用主・大川俊太郎が倒れた好機を利用。詐偽同様の手段で大川家の資産を奪い、それをもとに現在の事業を成功させた人物だった。姫島は大川の遺児である美しい娘で23歳の美鈴を後見していたが、情欲に溺れて発作的に彼女をレイプした。そんな姫島は、自家用機「ヒメ号」で九州から東京に向かう予定だが、その日程を変更し、ヒメ号の専属パイロットである32歳の朝日奈順だけが飛行機で東京に向かう。だが飛行機は不慮の燃料漏れを起こして墜落。重傷を負った朝日奈は離島の親切な漁師の夫婦に救われてひと月の静養をするが、心身はほぼ回復したものの、発声が不順な失語症になっていた。やがて朝日奈はひと月前のあの事故の日、姫島が自分とともにヒメ号で離陸し、その後、朝日奈とともに墜落死したことになっていると知る。

 アイリッシュの『黒いカーテン』の記憶喪失設定を、失語症に置換したかのような文芸で展開するサスペンス。
 何者かが姫島を殺し、さらにヒメ号に故障が生じるように工作。朝日奈と姫島がともに墜落死したように偽装するはずだったが、実は姫島が乗っていなかったことを知っている朝日奈が生還したため、謎の悪人が動揺。朝日奈の口封じにかかるという流れである。

 評者は徳間文庫の新装版で読了。ページ数は300ページ以上と普通だが、活字の級数は大きめなこともあって二時間ほどでスラスラ読める。
 全体に大雑把な部分も少なくない(事態がいろんな意味でスムーズに展開しすぎ)が、これは良くも悪くも話のハイペースさを大事にする通例の笹沢作品らしい。断続的な複数のどんでん返しと、ところどころに用意された映像的なシーンとで、それなりに印象に残る仕上がりになっている。
 メインヒロインは3人登場するが、それぞれいかにもいろんな意味で笹沢作品の女性っぽい造形。個々の役どころはここでは言えないが、その辺もちょっと感じ入るものはあった。
 主人公が口がきけず、周囲の者(主にそのヒロインたち)に協力を求めたり、あるいは本当に窮地の場合には奇策で対応したりするので、そこに本作独自のサスペンスが見出せる。あんまり大きなインパクトのあるものはないけれど、それなりにはこの設定は機能しているといえる。
 評点はほんのちょっとだけオマケして、この点数で。悪い作品ではないが、書き手のラフ・プレイもところどこに感じる内容ではある。

No.15 6点 突然の明日- 笹沢左保 2022/04/18 06:38
(ネタバレなし)
 たぶん昭和30年代のその年の2月15日。銀行の本店課長である小山田義久は、妻の雅子、そして上は28歳の長男から下は19歳の次女まで6人の家族で食卓を囲んでいた。その場で、長男で保健所に勤務する晴光が、今日の昼間、銀座の路上でかつて同僚だった女性を見かけたが、相手はほんの一瞬の間に目前から消失したと家族に語った。半信半疑の一家だが、やがて翌日の夜、その晴光が都内のマンションから転落死。しかも晴光には死の直前に、同じマンション内の人物を殺害していた容疑がかけられた。殺人者の家族という汚名をかぶって分解しかける小山田家。だが兄の容疑に疑惑を抱いた次女の凉子は、父の義久、晴光の友人だった瀬田大二郎に協力を求めながら、独自に事件の再調査を開始するが。

 今年刊行された、徳間文庫の新版で読了。
 本サイトの斎藤警部さんも、そしてその徳間文庫での巻末の解説で有栖川先生もともに書かれているが、自分も本作との最初の接点は、たぶんミステリ・トリック・クイズ本「トリック・ゲーム」だったと思う。
(あるいはもしかしたら、同じように、ミステリ実作のトリックを引用もしくはパクってネタバレさせた、トリック・クイズ系のまた別の類書だったかもしれないが。)

 ただし今回、実際にこの作品『突然の明日(あした)』を読むまでは

・その笹沢左保の該当作品では、印象的な人間消失の謎とそれにからむトリックが設けられている
・しかしそのトリック・クイズ本を読んでおきながら、長い歳月が経つうちに、それが具体的にはどんなトリック
 だったのかは、まったく忘れた(その作品名すら一時期はおぼろげになった)
・なんとなく、そのトリックそのものは(中略)というか(中略)系だったような印象がある
 ……という、評者の立場であった(汗・笑)。

 実は、ひと昔前までは、この路上人間消失ネタの笹沢作品は『空白の起点』だと勘違いしていた。そんなこともあったので(実際はまったく違います。そもそも『空白~』には、通例の人間消失事件なんか、出てこない)、その疑いが晴れたこの数年に至っては「じゃあやっぱり、都会の路上で人が消えるのは『突然の明日』なんだな、改めてちょっと読みたい」とは思っていた。
 ただまあ、これについてはそんなに高い古書価を払う気もなかったので、評者の欲求に応えて適当な頃合いで実現された、今回の復刊はありがたかった。

 で、くだんの人間消失トリックは、妙にキー要素として最後まで引っ張られるものの、メインの謎解きのポイントは別のところにあるし、犯人の意外性も(中略)で割と早々と見当がついてしまう。あと中盤からは全体的に、トラベルミステリっぽいね。

 犯人の犯行事情というか動機に関しては、なるほどちょっと感じるものはあったが、まあ全体的には笹沢初期作品の中での、Bの中~下クラスというところか。
 案の定(中略)ぽかった消失トリックは、ほほえましい。フラットにホメられはしないけど。

 なお作中人物の推理のロジックが一部、強引なのは、いかにもこの作者らしいが、実は同じ理屈で、この感想を書いている評者自身もそのロジック通りのことをしているのに気づいて苦笑した。文句は言えない。

 今回の徳間文庫版の裏表紙の作品紹介で、締めの言葉は「ヒューマニズム溢れる佳作」。
 とはいえ正直、ヒューマニズム溢れるとはあんまり感じないし、一方で、物語の後半で調査にいった義久が捜査の不順でストレスを感じ、証人になってくれた人の飼い猫に八つ当たりしかける描写にも腹が立った(怒)。こういう人間の弱い(というよりダメダメな)部分で、ヒューマンさを見せられてもねえ。
 だから1~2点減点してやろうかと思ったが、まあ笑える人間消失トリックに免じて、その辺には目を瞑ってあえてこの点数で。
 21世紀でのホメ言葉としては、確かに「佳作」でいいんじゃね。

No.14 5点 いつになく過去に涙を- 笹沢左保 2021/11/28 15:59
(ネタバレなし)
 熊本のダム工事現場で働いていた大卒の労務者で20代後半の千波哲也は、不測の事故で死にかける。だが千波を救って代わりに命を失ったのは「東大出の新さん」と呼ばれる、同じ学士の早乙女だった。30代初めの早乙女は以前から父親を殺害した仇の情報を探しており、最近その当てが見つかって今の職場を去るつもりだった。末期の早乙女は、自分が叶えられなかった父殺しの犯人の捜索を、千波に願って息絶える。千波は容疑者の手掛かりがあるらしい札幌に向かうが、その道中で訳ありらしい謎の美女、上月寿美子と道連れになる。

 徳間文庫版で読了。
 就寝前に、短めな長編ならもう一冊読めそうだったので、文庫で本文210ページほどのコレを読み出した。
 
 笹沢の諸作に違わず、主人公が動けば犬棒で事件の関係者、物語の主要人物が反応してくれる。おかげで話はスイスイ進むが、一方でどうもウソ臭いリアリティの欠如感もつきまとう。
 一般市民の千波が出先の北海道でいつまでも活動費ももたないだろうから、ひと月くらい身を潜めて逃げ回っていようとキーパーソンの何人かが消極的な動きに出たら、この作品はすぐに破綻してしまうような。

 最後に明かされる真相はそれなりに意外だが、一方で前半からつきまとっていた<ある登場人物には、とある疑問は生じなかったのか?>という部分は、ほぼスルーされた。ちょっと雑な印象も残す。

 あと、最後のドラマを締める演出は、悪い意味で、昭和の時代ならこういう気取った無神経な叙述も許されたのだな、という思いがしきり。とにかくこーゆーのはあんまり読みたくない、作中の情景として見たくない。これで1点減点。
 まあ笹沢作品らしいいつもの作者風のロマンチシズムは、それなりよく出てるとは思う。

No.13 6点 東へ走れ男と女- 笹沢左保 2021/10/12 04:32
(ネタバレなし)
 昭和40年代の初め。旅行会社「東西ガイド」の観光案内係で30歳の大和田順は、妻の洋子に不倫相手と心中され、さらに部下の横領の引責を命じられてクサっていた。そんな時、一人の中年女が大和田を60歳過ぎの富豪・結城仙太郎のもとに招待する。結城老人は10年前に4人の犯罪者仲間と、ユダヤ系の貿易商から総額30億円のダイヤモンドを強奪し、その後現在までほとぼりが冷めるのを待っていた。だが結城老人は現在、心臓を病んでおり、本来なら息子を代理人として近日中の予定の分配の場に行かせるつもりだったが、その息子が数年前に死んだため、よく似た顔の大和田に息子のふりをして分け前を受け取りに行ってほしいという。大和田は、その直後に出会った若い娘・曾我部毬江ともに、結城の犯罪者仲間またはその関係者と合流。一同はダイヤを秘匿してある場所に向かい、分配を図るが、道中で次から次へと命が失われていく。

 改題された角川文庫版『残り香の女』の方で読了。

 時代設定が古いのに違和感を覚えつつも、読んでいる間は80年代の比較的近作だと思っていた。だってなんか、赤川次郎のハチャメチャ設定の諸作が隆盛の時代に、その辺を仮想敵にして一本仕立てた、<とにかく読者を食いつかせればいい>タイプの作品かと思ったんだもの。
 で、読了後に巻末の郷原宏の解説を読んで、さらにAmazonで元版の刊行年を確認して、やはり古い初期作品(1966年)だったかと、それはそれで腑に落ちた。

 ちなみに主要登場人物のひとり、結城仙太郎じいさんの設定が「丸仙商会」というキャラクターものの玩具やプラモで儲けた玩具問屋の大物実業家。会社のモデルは怪獣ソフビやプラモで世代人には有名な「マルサン(マルザン)商店」だな。評者のような怪獣ファンにはユカイであった。

 ミステリとしてはあまりにも強引な展開を、力技でとにかく読ませるが、途中で出没する「残り香の女」の正体ほかいくつかのネタが見え見えで、まあ出来そのものはあんまりヨロシクはない。
 細部にしても、そんなにうまくいかないだろ、とか、アレコレと、こういう事態は生じないのか? などの疑問がいくつも湧く。
 それでも一応は最後まで読ませてしまうあたりは……うん、やっぱり後年の(80年代の)赤川次郎の諸作のうちの、出来の良い方みたいな感じ(笑・汗)。

 ただまあ、もともとは「東へ走れ男と女」のタイトルで(※註)恒文社発行の週刊誌「F6セブン」(はじめて聞く名前だが、当時「平凡パンチ」のライバル誌的な男性週刊誌だったらしい)に連載されたらしいので、イベントが矢継ぎ早に起きる展開はそれなりに人気を博したものとは思われる。
 B級とC級の中間の昭和エンターテインメントミステリで、ちょっとフランスミステリっぽい味付けというところ。
 ラストは劇画チックではあるが、ちょっとだけ余韻のあるクロージングで悪くはなかった。まあ笹沢ファンなら、作者の芸域の広がりも確認する意味も込めて、そこそこ楽しめる、かも。

【註】
 角川文庫の巻末の解説では郷原宏は、連載当時のタイトルは「走れ東へ男と女」だったと書いてあるが、2021年10月12日時点でたまたまヤフオクにくだんの週刊誌「F6セブン」の本作連載開始号が出品されており、そこで表紙と目次を見ると元版の書籍と同じタイトル「東へ走れ男と女」で掲載されて(連載開始して)いる。郷原の単純な勘違いか? まさか途中で題名が変わったか?

No.12 5点 血の砂丘- 笹沢左保 2021/09/02 15:27
(ネタバレなし)
 かつて大企業「船津屋」の現社長・船津久彦の妻だった30歳の美女・能代三香子は、2年半前に飲酒運転で人を死なせたことから実刑を受けて妻の座を追われた。だがその事故の裏には、愛人・芙美代を正妻に迎えるため、夫の久彦が仕組んだからくりがあったことを出所後に知る。真実の立証も困難な三香子は、久彦への復讐を考えた。三香子は久彦を狂乱させようと、彼が溺愛する当年4歳の実の娘で、三香子自身の実子でもある千秋を誘拐。もちろん大切に保護した上で、久彦をさんざん苦しめたのちに返すつもりでいた。だがその千秋が何者かにさらに誘拐された! 三香子は、現在の彼女の愛人で復讐計画にはまったく無縁の大企業の常務取締役、そしてミステリマニアの別所功次郎にすべてを告白して、千秋救出の協力を願う。だが三香子と彼女の要請に答えた功次郎の前に、この事態に関連するらしいある殺人事件が?

 昭和61年に「小説宝石」に連載された作品に、加筆して書籍化。

 カッパ・ノベルス版の著者の言葉で作者が自負する通り、二重誘拐という物語の着想そのものは、(ちょっと)面白い。

 ただし鳥取市周辺での殺人事件(これが題名に通じる文芸)との連携がいささか強引だし、肝心の幼女・千秋の隠し場所などもいろいろと無理はあるような……。あと、犯人の意外性もあまりない。

 三香子がハメられた経緯、ある種の漢気からその真実を告白する某・登場人物の描写、そして窮地の中で本気で男と女の絆を固める三香子と功次郎の関係性の進展などは、ああ、いかにも笹沢作品という感じ。特に三香子に深く詫びながら、久彦の姦計を暴露する該当キャラなんかは、自作の渡世人ものの方の影響が感じられるような(評者はそっちの方はまったく読んでないので、あくまで勝手なイメージだが)。

 男性主人公といえる41歳の別所功次郎は割といいキャラだが、そのネーミングが昭和~平成において現実のフジテレビの名物プロデューサーだった別所孝治(べっしょたかはる)を想起させる(第一作アニメ版『アトム』や東映動画の『マジンガーZ』『ゲッターロボ』ほかを担当した人)。
 そういえば笹沢は『木枯し紋次郎』でフジテレビと縁があった。東映動画版『ゲッター』(74年)に「大枯文次」というアニメオリジナルのレギュラーキャラクターが出てくるので、それを知った笹沢がほとぼりが冷めた頃にやり返したのか? と馬鹿馬鹿しい妄想をしたりしてみる。
(「紋次郎」から「郎」を外して「紋次(文次)」にされたから、逆にこっちは「郎」をつけたとか?)

 評点はそれなりに楽しんだけど、6点も微妙だなあということで、この点数で。

No.11 7点 空白の起点- 笹沢左保 2021/07/29 05:38
(ネタバレなし)
 笹沢作品初期のメジャータイトルの一つ。

 宝石社「現代推理作家シリーズ・笹沢左保編」巻末の島崎博編纂の書誌「笹沢左保著作リスト」によると、作者・第9番目の長編。雪さんのレビュー内のカウントと異同があるが、これは島崎リストが雑誌連載開始&書き下ろし順に並べられ、たぶん雪さんの方が書籍の刊行順にカウントしているため。どちらも間違いではない。

 しかしこんなメジャータイトルだから以前に読んでるハズだと思っていたが、ページをめくりだすとどうも初読っぽい。
 たぶん勘違いの原因は、本サイトやあちこちのレビュー? で思い切りネタバラシされていて、すでに読んだように錯覚していたからだと思う(涙)。
(というわけで、誠に恐縮ながら、本サイトでも先行の文生さんのレビューは完全にネタバラシ(汗)、kanamoriさんのレビューもかなり危険なので、本書をまだ未読の方は、ご注意ください。)

 そういうわけで、大ネタはほとんど承知の上で読んだが、はて、それでも(中略)ダニットの興味とか、ソコソコ楽しめる。

 力の入った初期編ならではのキャラ造形もよく、笹沢らしい女性観も随所ににじみ出ている。 
 特に主人公・新田純一のキャラクターは最後に明かされる過去像も含めてなかなか鮮烈で、この時期の笹沢が警察官以外のレギュラー探偵に食指を動かさなかったのが惜しまれるほど。彼の主役長編をもう1~2冊読みたかった。

 その一方で、フーダニットのアイデアはともかく、殺人の実働に至るトリックは本サイトでも賛否両論のようで(?)、個人的には(中略)も、いささか拍子抜け。大技を支えるもっとショッキングなものか、良い意味でのバカネタを期待していたのだが。
 
 トータルとしては2時間ドラマもの、という声にも、初期の笹沢ロマンミステリの秀作、という評価にも、どちらにも頷ける感じ。
 作者の作品全体としてはAクラスのCランク……いやBクラスのAランクぐらいかな。
 あえて気になると言えば、(中略)が良くも悪くもちょっと佐野洋っぽい感じがするところ。これが作劇の都合優先で、導入されたように思えないこともない。評点は0.25点くらいオマケして。とにかく新田のキャラで稼いだわ。

No.10 6点 幻の島- 笹沢左保 2021/05/26 18:14
(ネタバレなし)
 昭和39年。東京の遥か南方の孤島、瓜島。そこで島の若い恋人たちが惨殺されるという事件が起きた。さらに東京の本庁からベテラン刑事が捜査に向かうが、その刑事もまた射殺死体で見つかる。瓜島は交通事情がよくない島で、逆に言えば余人の目を盗んで島を出たり入ったりするのはかなり困難であった。3人を殺した真犯人はまだ島にいる? と考えた警視庁は、厳密な人選の上で神奈川県警の35歳の警部補・保瀬敏(ほせ びん)を秘密捜査官として瓜島に派遣するが。

 1965年の書き下ろし長編。
 広義の密室空間といえる孤島を舞台に起きた殺人事件だが、実際の物語の興味は、いったいどういう事件が起きて(ホワットダニット)、それがどういう動機で殺人に結びついたのが(ホワイダニット)が主眼となる。もちろん真犯人は終盤まで明かされないので、フーダニットともいえるが、まあちょっと純粋な犯人当てとは言い難い面も……(あまり詳しくは言えないが)。

 古参刑事を出張先で殺されて、メンツがかかった警視庁の思惑で瓜島に派遣される秘密刑事・保瀬が本作の主役だが、彼は設定の面でも描写の面でもかなりクセのあるキャラクターとして造形されている。神奈川県警の上司などに「感情がない」と評されながら、一方で表向きは捜査や表層の人間関係を円滑にするために自分を演出できるしたたかさもある。
 途中で島で出会った某登場人物に告げる酷薄な物言いなども含めて、まさに笹沢流のハードボイルド探偵(刑事)であり、この作品はミステリ要素にくわえて、そういったこわもてな感覚も賞味部分となっている。
 資源もそうない、しかし歴史だけはある、貧しい島の将来を巡る開発の行方もまた本作のテーマで、保守派と革新派の対立などもしっかり語られるが、それがミステリのなかでどのように機能するかはとりあえずは内緒。まあうまく和えてある、とは思う。

 惜しいのは終盤の謎解きが、ほとんど保瀬の仮説の組み立てと、それをあとから親切に補強するような犯人側の行動で済まされてしまうこと。なんか言いたいことだけ言って説明してしまうとする、主人公と作者双方の力技にはぐらかされたような気がする。
 
 最後の2行は、本当はもうちょっとさらにキャラを立てたかった保瀬について、作者が食い下がった感じ。マジメというか不器用というか、個人的には、ちょっと微笑ましく思えた。

No.9 6点 二人と二人の愛の物語- 笹沢左保 2021/04/02 05:52
(ネタバレなし)
 その年の8月20日。都内の町田で火災が発生して、現場からホテル「ニュー東洋」の運転手である41歳の岸田昌平の死体が見つかる。当初は単純な火災事故死かと思われたが、やがて岸田は多方面に手を伸ばす悪質な恐喝者と判明。恐喝の被害を受けていた者に殺された可能性が取りざたされる。そしてこの恐喝者の死は、直接は接点のなかった二組の愛し合う男女の運命に大きく関わっていった。

 徳間文庫版で読了。
 あんまり多くは言えない作品だが、とにかく読んでるうちはやめられず、深夜にページを開いて朝方までに読了してしまった。

 ストーリーテリングというかオハナシ作りの妙だけいったら、作者の無数の著作のなかでも上位にいくかもしれない。
(それは登場人物を、良い意味で駒として扱う作者の筆さばきも含めて。)

 それだけにラストは唖然呆然とした。
 これはアリか? とも思うが、作者は120%自覚した上でのクロージングであろう。
 ロマンスサスペンスとしては一等作品。謎解きミステリとしては……。
 まあ、読んで良かったとは思う。

No.8 5点 華やかな迷路- 笹沢左保 2021/02/04 05:25
(ネタバレなし)
 広告代理店「大報」の美人プランナーで27歳の正見亜衣子は、業務で知り合った超大手デパート「丸越」の常務で社長の次男でもある青年・船尾昭彦に見初められて婚約した。だがそんな玉の輿に乗った亜衣子のもとに「お前の過去を知っている。結婚はやめろ」という主意の匿名の脅迫状が送られてくる。文書の主は、過去から現在までに肉体関係のあった3人の男のうちの誰かか? あるいはプラトニックラブな関係のまま、唯一、本気で愛し合ったかつての恋人か? 亜衣子は、手紙の主を調べようとするが。

 あー。限りなくフツー小説に近い、いつもの笹沢風・叙情エロチックサスペンスであった(とはいっても全然ハラハラもゾクゾクもせず<サスペンス>じゃないが)。
 80年代の中間小説っぽい路線だから、もともと謎の部分の興味ではあんまし期待してなかったけれど、脅迫状の差出人も前半で正体をヨメない人はいないはずで、ヤワすぎるよね。
 それでも一応は人死に事件はあり、終盤にまた別の意外性も用意はされていて、ミステリとしての最低限の体裁だけはとられてはいるか。

 とはいえ、この女性主人公のキャラクターで、23~24歳まで(中略)だったというところに、いくら性愛描写に紙幅を費やそうとも、実はどこまでも根がジュンジョーな笹沢の女性観の一端がうかがえる。
 作者のひとつの顔を再確認するという意味では、ファンには興味深……くもないか。
 たぶんこの手の傾向のこのレベルの作品なら、まだまだ他にもいっぱいあるだろうし。
 
 しかし「丸越デパート」というネーミングには笑ったね。この世界では、10年くらい前にハレンチ大戦争が勃発していたのだろうか。
(ラストで教育軍団長にトドメを差したマルゴシ先生は、カッコイイ男であった。)

No.7 6点 泡の女- 笹沢左保 2020/07/19 04:53
(ネタバレなし)
 その年の12月。統計庁に務める共働きの若い女性・木塚夏子は、茨城の大洗にて、実父で小学校の校長、木塚重四郎が死んだとの連絡を受ける。早速、婿養子で同じ庁に勤務する夫、達也とともに、現地にむかう夏子。だが当初は首吊り自殺に見えた父の死には不審点があり、さることから達也は地元の警察に嫌疑を掛けられた。やがて達也は、重四郎が死亡した当夜のアリバイが証明できず、殺人容疑で逮捕されてしまう。夫の無実を信じる夏子は、検察庁が起訴して、職場の懲戒免職処分を受ける前に、達也の身の潔白を晴らそうとするが。

 1961年10月に東都書房から「東都ミステリー」の13巻目として、書き下ろし刊行された長編。島崎博の書誌情報(1964年版)によれば、作者の11番目の長編作品となる。

 評者は今回、大昔に入手してそのまま放っておいた、宝石社の叢書「現代推理作家シリーズ」の笹沢左保編(1964年4月刊行)で読了。
 この叢書「現代推理作家シリーズ」は一冊しか持っていないが、仕様が後年の「別冊幻影城」を思わせるムック的な編集で造本。今にして気づいたがこれって、日本出版史においてかなり先駆的な、ミステリムック(風)の叢書だったかもしれない。
 具体的にくだんの笹沢佐保編には、本長編『泡の女』とあわせて『六本木心中』『不安な証言』『反復』の初期3短編を併録。ロングインタビューこそないが、巻頭に作者のポートレイトを載せて、巻末に数本の評論、作者による自作群へのコメント集、詳細な書誌情報などを掲載する「現代推理作家シリーズ」の構成は、正に「別冊幻影城」のプロトタイプの趣がある。編集の主幹はもちろん島崎博。

 それでこの「現代推理作家シリーズ」版『泡の女』の本文には、作中に登場する実在の場所のロケーション写真が多数掲載。たぶん1960年代当時の都内各地や大洗の雰囲気の一端を記録した貴重な? 資料にもなっている。そういった編集のありようも物語そのものへの臨場感を高め、おかげで楽しく本作を読めた。
 
 ミステリとしての設定・大筋パターンは、ほぼ、まんまアイリッシュの『幻の女』の縮小再生産という方向。
 しかし夫の無実を晴らすにしても、現時点で処刑されるばかりの死刑囚になっているわけでもなく、今後の生活・人生を考えて早いうちに状況をよくしておきたいという思惑で動いてるので、なんかまだまだ余裕があるうちのワガママ、という感じがしないでもない(まあたしかに、リアルさを感じる思考だが)。サスペンス、テンション的な訴求力はギリギリだろう。
 
 ストーリーそのものの語り口は例によって滑らかだし、21世紀の今なら絶対に個人情報保護法に触れるような情報もホイホイ入手できてしまう大らかさも、まあ昭和ミステリの味だね……という感じ。
 でもってそんな風にちょっと舐めながら(?)読み進んでいたら、最後は結構、足元をすくわれた(!)。
 真相への道筋が全般的にチープな感触はあるものの、終盤の反転ぶりは、それなりにホメておきたい出来。少なくとも佳作ぐらいには、評価してもいいでしょう。

 ちなみにこの叢書の巻末の、前述した作者の自作コメントを覗くと、この作品については「(前略)推理小説ファンには失敗作といわれましたが、一般読者からの評判はこれが一番良かったようです。好きな作品です」とのこと。
 素直に読むなら、それなりに広い裾野の読者の支持があり、作者も気に入っていたらしい作品ということになる(まあ、本作を本叢書に入れてもらったことを前提にした、リップサービス的なコメントかもしれないが)。
 評者も個人的に、良い意味での笹沢カラーがにじみ出た作品だとは、思うのですよ。

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