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メルカトルさん
平均点: 6.02点 書評数: 1767件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1767 7点 アリアドネの声- 井上真偽 2024/04/15 22:18
救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。
『BOOK』データベースより。

読んでいる最中、何故この作品がこれ程世評が高いのかと色々考えていました。何の変哲も捻りもないとは言い過ぎかも知れませんが、B級映画を観ている様な感覚を覚えます。文章はデビューした頃に比べて格段に上手くなっているとは思います。しかし、あまりサスペンスフルに感じられず、イマイチ緊迫感も深みもないし、どこが面白いんだろうなと。

しかし、読中と読後の評価がこれ程激変するとは思いも寄りませんでした。確かに感動しましたし、鳥肌が止まらない。これは読んだ人にしか分かりません、当然ですが。流石に『このミス』5位は伊達ではなかったって事ですね。ただ、もう少し全体的に盛り上がるシーンがあっても良かったんじゃないかなとは思います。そうすれば更に高得点が得られたでしょう。
サクッと読めますし、あの場面はそういう意味だったのかと色々腑に落ちる点があるのは間違いないですよ。後味も良いし、何だか希望と勇気が湧いてくる気がするのは私だけかも知れませんが、それもあながち褒め過ぎではないと思いますね。

No.1766 5点 5A73- 詠坂雄二 2024/04/14 22:04
関連性不明の不審死の共通項は身体に残された「暃」の字。
それは、存在しないにも拘わらず、
パソコン等では表示されるJISコード「5A73」の文字、幽霊文字だった。
刑事たちが、事件の手掛かりを探る中、新たな死者が……。
この文字は一体何なんだ?
Amazon内容紹介より。

全体的に切れ味が鈍いと云うか、スッキリしない印象です。幽霊文字に関してああでもないこうでもないと検証していく過程はそれなりに面白いですが、土台読み方すら判らない文字に対してはっきりした解釈が出来ないのは当たり前の事で、どこまで行っても結論が出ないもどかしさにげんなりしてしまったのは、否定できません。結局「暃」という文字の起源はある種のエラーな訳で、そこから何かしらの意味を求めるのが無理というもの。しかし、それがテーマの一つには違いないので、何とか小説としての回答が欲しかったところですね。

特命を受けた二人の刑事にはあまり個性がなく、どちらがどちらでも良かった様な感じを受けました。幽霊文字と連続自殺の謎――着眼点は面白いのに、それを上手く料理出来なかった残念な作品と言わざるを得ません。そして暗躍する怪しげなヘッドホンの男、これも併せて最終章の『始末』に期待が掛かりますが結果はうーん、としか。
一種のメタミステリであり、結末で驚きたい読者向けでないのは確かですね。

No.1765 6点 くたばれ健康法!- アラン・グリーン 2024/04/11 22:23
全米に五千万人の信者をもつ健康法の教祖様が、鍵のかかった部屋のなかで死んでいた。背中を撃たれ、それからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞いしながら捜査するのは、頭はあまりよくないが、正直者で強情な警部殿――!?アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞に輝く、型破りなユーモア本格ミステリの名作。
Amazon内容紹介より。

読みましたよ、レッドキングさん。これで一方通行ではありますが、約束を果たしましたね。
ユーモアミステリと聞いていたので、さぞ笑えるのかと思いきや冒頭2、3ページは確かに、これはとグッとくるものがありましたが、それ以降は一言で表せば混沌としていて一筋縄でいかないという印象でした。事件と関係あるのかないのか判然としない出来事が起こる中、何処に伏線が隠されているのかが解らない上、原文のせいか翻訳のせいか、いささか読み難いと言わざるを得ません。人物の描き分けも出来ていないので、何度も登場人物一覧を繰り返し見直すことになりました。

しかし、それらを一掃したのは、やはり突出した解決編でしょう。まさにバカミスの見本の様な、しかし見事に理論的な真相解明で、それまでの疲労が一気に吹っ飛びました。確かなカタルシスの手応えを感じましたよ。この部分だけを切り取れば8点でしたね。それまでが読みづらさと退屈さで二重苦だったのがどうにも悔やまれます。

No.1764 6点 邪宗館殺人事件- 天樹征丸 2024/04/08 22:27
6年前、軽井沢を訪れた金田一一は、そこで知り合った子供たちと共に、廃墟となった洋館に足を踏み入れた―。ひょんな事から目にした新聞記事で6年前の体験を思い出した一は、廃墟で遭遇したある事件の真相を突き止めるため、美雪とともに再び軽井沢へやってきた。軽井沢の洋館「邪宗館」で、かつての“旧友”たちとの再会を喜ぶ一。しかし、その美しき洋館はやがて恐ろしくも哀しい、惨劇の舞台へと姿を変えていくのだった…。
『BOOK』データベースより。

良くも悪くも標準的な本格ミステリ。良く言えば手堅く纏めている、悪く言えば特筆すべきところがないといった感じでしょうか。全体的に薄味で派手さがない、でも面白くない訳ではないです。眼目はアリバイと動機で、一応伏線が張られているので犯人を指摘する事は可能ですが、事件の裏に隠された事情は若干後出し気味なので、なかなかそこに辿り着くのは難しいです。

一つ気になったのは、殺害現場や死体の様子、状況がほとんど描かれていないことですかね。それ自体が手掛かりになっている訳ではないので、省かれても問題ありませんが、やはり本格ミステリとしてはそういった描写は欠かせないものだと私は思うんですけどね。
本シリーズらしい作品ではあります。特に一が登場する事によって起こったとも言える事件だけに、悲劇的な結末を迎える辺りは作者の本領を発揮していると思います。

No.1763 6点 人鳥クインテット- 青本雪平 2024/04/05 22:51
ある日、祖父がフンボルトペンギンになった。この事態をすんなりと受け入れた柊也は、ペンギンになった祖父の世話をすることに。身寄りはなく、その上引きこもりの柊也。誰にも相談できないまま、一人と一羽の閉じられた世界は平穏に続いて行く。しかし、ある女性との出会いをきっかけに、日々に亀裂が入り始めて……。庭に埋めたスーツケース、いなくなった人。柊也の周りで事件は起きる。
Amazon内容紹介より。

読了後、?が頭の中で乱舞し、ネタバレ検索したところ、これといった謎を解いてくれる投稿がありませんでした。特に読書メーターに期待したのですが、結局参考になりそうな意見は一つきりで、多くの投稿者がモヤモヤしたとの感想を述べており、私も激しく同意しています。謎そのものもそうですが、何だかよく分からない(特にラスト)終わり方で、どうにもスッキリしません。

しかし、ある日突然祖父がペンギンに変身していたという、非常事態にもかかわらず、主人公の柊也は特に動揺する事もなくこの事実を受け入れる事に決めるのもある意味不思議ではあります。何故ペンギンになったのか・・・それ以降更なる事件が次々と起こり、全ての謎に決着を付けられるものがあるとすれば、それは作者の頭の中にだけかも知れません。読者はあの人はもしかしてとか、あの描写の意味はこういう事だったのかもと想像するしかなく、結論は出ない作品なのでしょうね。

No.1762 5点 主な登場人物- 清水義範 2024/04/03 22:55
チャンドラーのか・の・名・作・の“主な登場人物”表から、ストーリーを想像するとこうなる!? 清水風『さらば愛しき女よ』乞う御期待!! 表題作の他十五編。最初から最後まで笑いの世界。
Amazon内容紹介より。

表題作は上記の様に、未読の『さらば愛しき女よ』の主な登場人物を見て、誰がどんな役目をするのかとか、どんな人物なのかを推測し勝手にストーリーを作り出そうというもので、エッセイなのか何なのかよく分からない感じの短編。こんな事考えるのは清水義範を置いて他にいないのではないかと思います。変な人です。他にも実験的な小説風の何かを、例えば架空の事件を様々な人物がそれぞれの立場から意見する、みたいなのもあります。勿論普通の短編が殆どですが、だからどうしたんだと言いたくなる様な作品が多く、清水ワールドが炸裂しています。

私の一押しは操お祖母ちゃんがビデオの録画に挑戦する『ビデオ録画入門』です。一人で留守番する操お祖母ちゃんが孫の智に頼まれて、外国人歌手の音楽番組を録画するというもので、「むつかしいことは無理だよ」と言いながら、デッキが爆発するのではないかと心配したりするおばあちゃんが凄く可愛くて、大爆笑必至です。今ではスマホを高齢者が操る時代なので、そんなの簡単じゃないかと考えるのは野暮というもの。当時としてはビデオデッキのリモコンすら難しいと感じる高齢者が殆どだった時代だったのでしょう。かなり昔ですね。
まあそんな感じで緩い短編が多くて低刺激なんですが、独自の世界観を押し出しているのは確かです。

No.1761 6点 お孵り- 滝川さり 2024/04/01 22:19
第39回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作!

結婚の挨拶のため、婚約者・乙瑠の故郷を訪れた佑二。そこは生まれ変わりの伝説がある村だった。やがて乙瑠は村で里帰り出産をすることになったが、子供は生まれ変わりを司る神として村に囚われてしまい!?
Amazon内容紹介より。

テンポが良い、そして文章に心地よいリズムがあって読みやすいです。軽すぎず重すぎず、丁度良い塩梅のジャパニーズホラー。物語に紆余曲折があり、途中でダレたりする事はありません。心理描写もそれなりに出来ていて、見せるべきところは確りと見せ、描くべき事はちゃんと描かれていて好感が持てました。エンディングもなかなか良い感じで、心に沁みます。流石に賞を獲っただけあって、その雰囲気と言い着想と言い、かなりの良作だと思います。

あと、こんな事は書きたくないですが、HORNETさんの書評は物語の核心に触れている部分があります。つまりは間接的なネタバレをしていますので、本書を読まれる前に閲覧しない事をお勧めします。因みに私は何気なく見てしまい凄く後悔しました。多分、誰しもがあの事かと気づいてしまうはずですので。

No.1760 6点 ノウイットオール  あなただけが知っている- 森バジル 2024/03/30 22:50
1つの街を舞台に描かれる、5つの世界は、少しずつ重なりあい、影響を与えあい、思わぬ結末を引き起こす。
すべてを目撃するのは、読者であるあなただけ。

推理小説/青春小説/科学小説/幻想小説/恋愛小説

5つの物語は、5度世界を反転させる。
森バジルを読めば「世界が変わる」
Amazon内容紹介より。

惜しい。第一章の『推理小説』は単純に思えた事件が意外に捩じれているのを知った後、この水準で行けば7点は堅いと思いました。第二章の『青春小説』は言ってみれば王道だし、それ程の新味を感じないのは残念でした。これを評価している方が多い様ですが、私には既視感の強い、ラノベで何度も読んだ様なものだったので、あまり刺さりませんでした。『科学小説』でやや盛り返すも、『幻想小説』はちょっと意味を履き違えている気がしました。これって幻想と云うより普通のファンタジーじゃないですかね。

色んなジャンルを書けるんだぞと言いたいのは分かりますが、それで作者自身が満足してしまっている感じが伝わって来て、少し嫌な気分になりました。確かにそれぞれの短編が少しずつ何らかの形で繋がってはいますが、それが有機的でないところに不満を覚えます。あっこのシーンはあそこだなって感じで、成程ねとは思いましたけどね。まあ意外な人物がいきなり登場したりするのは良かったです。
この人の実力はまだ未知数、近いうちにもっと傑作を物にするかも知れないし。

No.1759 4点 恥知らずのパープルヘイズ ジョジョの奇妙な冒険より- 上遠野浩平 2024/03/27 22:44
多くの犠牲の末に“ボス"を打ち倒したジョルノたち。だが、彼らと袂を分かったフーゴの物語は終わっていなかった…。
トリッシュがかつての仲間ブチャラティの墓参りに訪れる。書きおろし短編を収録した新装版が登場! !
Amazon内容紹介より。

Amazonで極端な高評価を得ているのは、漫画を読んだ人が投じた票によるものなのだと思います。私の様な原作に全く興味のない人間にとっては、何が何だか分からないというのが正直なところ。第五部から始まるので、その前に起こった出来事や誰と誰が敵対関係なのか、その他の背後関係が殆ど説明されておらず、何を楽しめば良いのかさっぱりです。文章も平坦でかなり退屈させられました。ストーリーがどこに向かっているのか判らないので、読んでいても手探り状態が続き一部のバトルシーン以外全く面白味を感じる事が出来ませんでした。

これぞイマイチ、もっと素人にも解り易く描かないとダメでしょう。作者も出版社もどうせジョジョファンしか読まないだろうから、余計な説明は不要と考えていたのなら大きな間違いだと言わざるを得ません。更に原作を読みたいという読者を増やす為には、考え方を改めて欲しいですね。

No.1758 5点 立花美樹の反逆- 汀こるもの 2024/03/25 22:04
周囲に不審な死をもたらす「死神(タナトス)」と呼ばれる少年・立花美樹が奥多摩山中の大きな神社に消えた。
美樹の双子の弟・真樹の計略にはまり、彼を捜すことになったのは私立陽華学園高校の自然科学部部員5人。
彼らを待ち受けるのは俗に塗れた祭主、異様に聡明な巫女、口きけぬ美少女、喚く蓬髪老人、包帯怪人……と揃いも揃って怪しげな新興宗教の者たち、そして大祭壇の死体消失から連続する不可能犯罪であった。
高校生たちは美樹を捜し出し、無事に生還できるのか!?
さらには立花兄弟のお守り役である刑事・高槻と、上司でキャリア官僚である湊にも異常事態が!?
予測できない展開、結末、そして圧倒的な情報量! これぞ「こるもの」ワールド!
人気の美少年双子ミステリ、最新作の登場です!
Amazon内容紹介より。

帯にあるような極北でもアンチミステリでもありません。これは誇大広告間違いなし。時系列がバラバラでいきなり四章、六章、一章ってな感じで始まります。伊達や酔狂でこんな奇矯な構成にした訳ではないと思いますが、その目論見が奏功しているとは言えませんねえ。最初、えっ?となりましたが、そういう事かと身構えました。つまりは読者に余計なプレッシャーを掛ける事にしかならないんですよ。思った通りごちゃごちゃした感じは否めませんでした。それと共に無駄に登場人物が多いので更に混沌としてしまっているのは、かなりのマイナスポイントでしょう。

本格ミステリとしては歪で終章で幾つか種明かしされるものの、かなり弱いと言わざるを得ません。最も注目されるべき首なし死体葱坊主の塔串刺し事件の真相も、ホワイダニットとしてはわざわざそんな理由でこんな手間を掛けるのか?としか思えません。美樹も真樹もその他大勢に埋もれてしまい、さほど目立なかったしなあ、これがシリーズ最終作とは淋しい限りですね。

No.1757 7点 鍵の掛かった男- 有栖川有栖 2024/03/23 22:42
中之島のホテルで梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺と断定。だが同ホテルが定宿の作家・影浦浪子は疑問を持った。彼はスイートに5年住み周囲に愛され2億円預金があった。影浦は死の謎の解明を推理作家の有栖川有栖と友人の火村英生に依頼。が調査は難航。彼の人生は闇で鍵の掛かった状態だった。梨田とは誰か? 他殺なら犯人は? 驚愕の悲劇的結末!
Amazon内容紹介より。

これは私の「みんな教えて」における質問に御回答下さった、優しいHORNETさんお薦めの作品です。
約8年ぶりに有栖川有栖を読みました。相変わらずソフトタッチだなと苦笑しながらも(悪い意味ではなく)、隅から隅まで噛んで含める様な丁寧な文章に安心しました。1000枚に届こうかと云う大作でしたが、微塵もストレスを感じることなく読めたのは、やはり作者の手腕のなせる業なのでしょう。

前半は「探偵」アリスの活躍が光ります。流石に長年探偵助手役を務めていただけあって、その手際は良く只者ではない事を匂わせます。薄皮を剥ぐ様に徐々に核心に迫ろうとしますが、手掛かりが増えるばかりで一向に事件の本質が見えてきません。容易に読者にヒントを与えない著者と、背後に何が潜んでいるのかを探ろうとする読み手との静かな対決が繰広がられる様子が伺えますね。中盤過ぎにタイミングよく火村が登場し、漸く事件解決の方向が見えるのかと期待するも、一筋縄では行きません。終盤まで犯人の影すら悟らせず、動機も見当が付かない状態で、私個人はお手上げ状態でした。
その問題の動機に関しては、意外にも現代的なもので確かに想像外ではありました。ただ後出しなのは気になりましたが。

HORNETさん、ありがとうございました。貴方が紹介して下さらなければ生涯読む事がなかったであろう良作に出合い、質問した甲斐があったと思っています。それと傍観していた私が言うのもおこがましいですが、みりんさんが復帰されて良かったですね。

No.1756 7点 ヴェロニカの鍵- 飛鳥部勝則 2024/03/19 22:46
創作に異様な執念を燃やす画家の謎の死。密室殺人、移動する死体、そして首の無い怪人。本格ミステリの醍醐味が凝縮された傑作!
『BOOK』データベースより。

飛鳥部勝則の長編の中で、おそらく最も絵画に寄った作品だと思います。と言うか片寄り過ぎてそれが何だかなあとなる人もいるでしょう。しかし、画家がこれ程、狂気を孕んだ人種なのかという本質に迫れるミステリ作家は他にいないのではないかと。勿論普遍的な意味ではありません、例えばある画家がいたとして、その人物が如何に偏執的に絵画に相対しているのかがしつこく描かれています。

ミステリ的には密室と死体がなぜ移動したのかの二本立てで、事件そのものはそんなに複雑なものではありません。言わばハウとホワイに尽きる訳で、単純なのに誰が探偵で誰が犯人なのかさえ最後の最後まで分かりません。終盤の謎解きは圧巻で構成も凝っています。確かにバランスは良くないかも知れませんが、飛鳥部らしい異端の本格ミステリであると評価してこの点数にしました。

No.1755 4点 ラザロ・ラザロ- 図子慧 2024/03/17 22:23
斑猫(はんみょう)の特別講義の質問時間に、学生が問いかけた。「不老不死を可能にすることはできるのではありませんか」…。"不老不死"の新薬をめぐる、ダークサイドミステリー。
『BOOK』データベースより。

各所で称賛されている本作、端的に言えば冗長。どうでもいい事をダラダラ書いている割りには肝心な事は1%程度しか書かれていません。勿論個人の感想です。一般的な見地から見れば私は圧倒的なマイノリティですが。しかし、若返りの秘薬を巡っての騒動をテーマに据えているのであれば、もっと如何わしい雰囲気や不穏な空気感を前面に押し出すべきだったのではないかと思えてなりません。その辺りの疑問、特に何を意識して描きたかったのかを作者の問うてみたい思いでいっぱいです。

小さめな文字で二段組み、単行本で325頁。とても苦戦しました。早い段階で挫折してしまったほうが良かったのかとも思いました。それでも意地で読破した自分を少しは褒めてあげたい気持ちもあります。
正直どこが良くて絶賛されているのか理解できません。文章が心に響くところがなく、全体的に平板で各人物像にも好感が持てませんでした。ここぞというところでの見せ方が上手くなく、驚けません。無論本格ミステリを期待した訳ではありませんが、サスペンスフルでもなければ医療ミステリでもなく、かと言って冒険小説でもないし、まあさしずめハードボイルドもどきでしょうかね、ジャンル的には。
期待を大きく裏切ってくれた、とんでもない代物でした。他の方の感想も聞いてみたいですが・・・とてもお薦めは出来ませんので何とも、ねえ。

No.1754 8点 秘祭ハンター 椿虹彦- てにをは 2024/03/13 22:20
なんらかの理由で世間から隠され、ひっそりと行われている祭――それが秘祭。
潮は大学で講義をしていた「秘祭ハンター」と呼ばれる小説家の虹彦に、幼い頃に見たであろう「桜の木に沢山の人がぶら下がっている祭」の捜索を頼むことに。
体よく虹彦に使われながら様々な秘祭に同行する潮。
そこで目にした現代とは思えないような神事と、祭と人々が秘めていた真実とは……?
摩訶不思議なお祭りミステリー開幕!
Amazon内容紹介より。

第一話が人が空を飛ぶ祭、第二話が一夜にして現れ祭が終わると跡形もなく消える村の祭、第三話が人形だらけの村で人形同士が戦う祭。確かに秘祭と呼べる奇妙なものばかりです。それらを大学の講師で作家の椿虹彦とお嬢様で彼の講義を受講する潮が体験するのだが、どれも訳ありで事件が勃発するという、長めの連作短編集。タイトルを見る限り、B級臭がプンプン臭いますよね。そして一種の冒険小説なのかと想像されるのも当然でしょう。しかし、これは本格ミステリだと私は断言します。普通の感覚だと6点が妥当な評価かも知れませんが、私にとってはこの上ない極上の読書体験だったと考えます。

てにをはは田舎を描くのも上手いのを実感しました。物語の流れもスムースで手際よく人物を紹介しながら進め、秘境に読者をグイグイ引き込んでいきます。虹彦と潮のマウントの取り合いも読みどころの一つで、人間の闇の部分を掘り下げる描写のえぐみを緩和する役割を果たしていると思います。
二話目は他にやや劣るものの、一話目三話目は雰囲気と言い、仕掛けと言い、事件の裏に隠された人間の業や歪んだ志向と言い、いずれも際立っており、最高のミステリでしたね。終幕の「祭の後」の余韻に浸りながら、とんでもない拾い物をしたなと思いました。多くの方に読んでもらいたい作品です。当然続編も期待したいところです。

No.1753 7点 フランケンシュタインの工場- エドワード・D・ホック 2024/03/11 22:27
メキシコのバハ・カリフォルニア沖に浮かぶホースシューアイランド、この島に設立された国際低温工学研究所(ICI)の代表ローレンス・ホッブズ博士は、極秘裏にある実験計画を進めていた。長期間冷凍保存していた複数の体から外科手術によって脳や臓器を取り出して殻(シェル)となる体に移植し、人間を蘇らそうというのだ。
コンピュータやテクノロジーに関するあらゆる犯罪を捜査するコンピュータ検察局(CIB)は、ICIの活動に疑念を抱き、捜査員アール・ジャジーンをこの手術の記録撮影技師として島に送り込む。潜入捜査を開始したジャジーンだったが、やがて思わぬ事態に直面する。手術によって「彼」が心拍と脈拍を取り戻した翌朝、ICIの後援者エミリー・ワトソンが行方不明となり、その後何者かによって外部との連絡手段を絶たれたこの孤島で、手術のために集められた医師たちが一人、また一人と遺体となって発見される。
現代ミステリの旗手ホックが特異な舞台設定で描くSFミステリ〈コンピュータ検察局シリーズ〉最終作。本邦初訳。
Amazon内容紹介より。

これは面白い。著者の他の作品の事は全く知りませんが、タイトルだけで選び読みました。敢えて苦言を呈するなら、移植手術の様子がほとんど描かれていないので、その後の展開がやや絵空事に思えてしまった事くらいでしょうか。そのせいか、あまり生々しさが感じられません。折角の素材なのにね。それでも、その後の殺人がテンポ良く起こり、フランクを含めて一体誰が何の為にという、サスペンスを盛り上げる要素は十分です。

衝撃は終盤にやって来ます。真相が明かされる前に意外過ぎる事実が浮き彫りになった段階で、これはやられたと思いましたよ。成程確かに言われてみればそこここに伏線は張られているし、これは紛う事なき外連味に満ちたミステリの真骨頂ではないかと。動機も問題ないと感じました。
SFとサスペンスと本格ミステリが融合した、異色の秀作と言って良いと思います。

No.1752 6点 じょかい- 井上宮 2024/03/09 22:34
男はリビングでくつろいでいる。キッチンでは妻が夕食の支度をしている。幼い息子は冬でもないのにマスクをつけて、テレビ番組を見ている。男はキッチンへビールを取りに行く。妻の作っている料理に「美味しそうだね」と声をかけ「息子は風邪でもひいたのか」?と聞く。そしてふと気づく。自分たち夫婦に息子なんていただろうか? そして妻を見て驚愕する。誰だ、この女は? なんだ、この大きなマスクは?
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正にノンストップホラーと呼ぶに相応しい作品。序盤こそそこはかとない郷愁の様な雰囲気を醸し出して、そこが私には好ましく心に刺さるものがありましたが、次から次へと様々な事件や事柄が起こり、話がスピード感を伴って動くのに付いて行くのが大変でした。最早途中から心が麻痺して何が起こっても驚かなくなってしまいます。よく考えてみれば異常事態の連続なのに、何となく納得してしまう説得力がこの小説にはあります。

読む程にこの作者は何者なんだと思わされる迫力を有しています。ウィキペディアでもあまり情報がなく、えぇーなんだよう、となりました。年齢さえ明示されていないのはあんまりじゃないですか。
デビュー短編で小説宝石新人賞を受賞したそうなので、そのうちそれを含む短編集でも出してくれないかなと思っている次第です。この人の実力は本物だと思いますね。

No.1751 6点 クロへの長い道- 二階堂黎人 2024/03/06 22:20
私の名は渋柿。一匹狼の私立探偵。独身で6歳の、ちょっとシャイな黄色人種。母親や知人たちは、私のことを気安く《しんちゃん》と呼ぶ――。
ライセンスを持たない幼児探偵が難事件を次々と解決していくハードボイルド感漂う表題作、「見えない人」をテーマに描いた『八百屋の死にざま』など4編を収録。
Amazon内容紹介より。

自称私立探偵、幼稚園児のしんちゃんがハードボイルド風に語る、異色の本格ミステリ。これはユーモアミステリではなく、本格に属する小説だと思います。確かに傍から見れば滑稽と言えるかも知れませんが、作者本人にしてみれば真面目に書いている気がします。決して面白半分で園児を探偵に仕立て上げた訳ではなく、そうした設定でもミステリは成り立つという信念の様なものを感じます。

まあ『八百屋の死にざま』のタイトルはやり過ぎかとも思われますが、これもハードボイルドを意識しての遊び心の表れでしょうから、笑って許してあげて頂きたいものです。
正直最初の『縞模様の宅配便』を読んだ時はイマイチと感じました。それでも残りの三編はどれもなかなか意表を突いた優れもので、しんちゃんの語り口調に思わずニヤリとさせられながら、刊行当時の流行や子供達の喜びそうなアイテムを登場させるなどの工夫が凝らされ楽しませてもらいました。水乃サトルシリーズよりも面白いんじゃないですかね。

No.1750 5点 スイッチ 悪意の実験- 潮谷験 2024/03/03 22:34
夏休み、スイッチをもって1ヵ月暮らすだけの簡単なお仕事。
日当は1万円、勤務終了後のボーナスは、なんと100万円!

スイッチは押しても押さなくても1ヵ月後には100万円が手に入る。押すメリットはない。「誰も押すわけがない」皆がそう思っていた。しかし……友人たちとアルバイトに参加した大学生の箱川小雪は思い知らされる。想像を超えた純粋な悪の存在を。
Amazon内容紹介より。

短いセンテンスと圧倒的なリーダビリティでワクワクが止まりません。途中までは・・・。話がどう転がるか想像出来ないので、序盤は妄想を膨らませる様に楽しみました。しかし、ある時点から道筋が見えてきて、そこからは悪い意味で普通のミステリに様変わりし、うーんとなりましたね。
要するに常識的に考えれば、スイッチを押すというか、スマホをタップする訳がないのに何故?と云う話ですよ。

面白いのは面白いです。話の広げ方も成程とは思いましたが、結局それを描きたいがためにわざわざこんな奇矯な設定を持って来たのかと、ちょっとばかりがっかりしました。そっちじゃないのかい?あっちなのかって感じ。暈かした表現で何の事か分からないかも知れませんが、ネタバレになりそうなのでお許しを。ただ反転は味わえます、余りカタルシスは得られませんけどね。

No.1749 6点 聞こえない君の歌声を、僕だけが知っている。- 松山剛 2024/02/29 22:14
動画サイト上に投稿された「歌声だけがない歌う少女」の動画。様々な憶測を呼び、いつしか彼女は「無声少女」と呼ばれ、社会現象となった。
ある日、大学生の青年・永瀬は、突然なぜか世界でただ一人「無声少女」の歌声が聞こえるようになってしまう。彼は彼女の歌詞をヒントに「無声少女」を探そうとする。
動画の少女は誰……? 彼女の歌は、何のために? 目の前に現れた「サクヤ」という女の子は何者――?
全ての答え。それは『愛』。これは切ない『愛』の物語。
Amazon内容紹介より。

いやー、良い話ですねえ。これは万人受けしそうなラノベです。ありがちなボーイミーツガールでは、ありません。その出逢いはまさに運命と呼べるものでした。これ以上は何を書いてもネタバレになりそうなので控えます。

ただ、この点数に留まったのは、たった一つの謎が残されたままだったからで、まあ理論的に解明される筈がないので仕方ないかとは思いますが、其処だけはちょっと残念でしたね。
それにしても、この人はストーリーテラーとしての才能は間違いなく持っていると思います。全く先が読めない展開もテンポ良く進み、登場人物が少ない中にも確りとした深みを持たせており、単なるラノベで片付けるには勿体ない小説でしょう。読者の心に直に響いてくる何かがありますね、それを言葉で表すとすればやはり愛が根底に存在しており、「誰もが誰かを愛している」のだと言えるでしょうねえ。

No.1748 7点 衣裳戸棚の女- ピーター・アントニイ 2024/02/27 22:40
七月のある朝少し前、長身巨漢の名探偵ヴェリティはけしからぬ光景に遭遇した。町のホテルの二階の一室の窓から男が現われ、隣室の窓へ忍びこんで行ったのだ。支配人にご注進に及んでいると、当の不審人物がおりてきて、人が殺されているとへたりこむ。さらに外では、同じ窓から地上に降りた人物が。問題の部屋に駆けつけてみると、ドアも窓もしっかり鍵がおりていて、中には射殺死体が――戦後最高の密室ミステリと激賞される名編。
Amazon内容紹介より。

本作を読んだのは、ふと『みんな教えて』を見たら、なんとお二方から投稿がありまして、その中で以前購入していたものを選んだといった理由からです。この場をお借りして書かせていただきます、切っ掛けを下さったレッドキングさん、ありがとうございます。『シャム双児の秘密』もどこかにある筈なのでいずれ読みますよ。あとはやはり本命の『くたばれ健康法!』ですね、必ず読みます。そして臣さん、私のささやかな質問にお答えくださり、本当にありがとうございます。参考にさせていただきます。順番は前後しますが、蟷螂の斧さん、『レーン最後の事件』忘れてませんから。いつか読ませていただきます。みりんさんの『双月城の惨劇』もHORNETさん推薦の『鍵の掛かった男』も読まねば。みなさん貴重なご意見誠にありがとうございます。

で、本作ですが、こういう海外の本格ミステリを求めていたんだと声を大にして言いたいです。若干のユーモアを含みつつ、優雅に進行していくストーリーに酔いました。個人的にはバカミスではないと思います。立派な密室ものじゃないですか。そして最後の一撃に打ちのめされた私なのでした。探偵のヴェリティや警部のランブラーも良い味出していますし、各容疑者も個性的でその意味でも楽しめました。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 他多数
採点傾向
平均点: 6.02点   採点数: 1767件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
アンソロジー(出版社編)(23)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
中山七里(19)
日日日(18)
森博嗣(17)