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[ SF/ファンタジー ]
世界の支配者
征服者ロビュールシリーズ
ジュール・ヴェルヌ 出版月: 1994年01月 平均: 4.00点 書評数: 1件

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集英社
1994年01月

No.1 4点 Tetchy 2021/04/22 23:37
前作で<あほうどり>号と名付けられた時速200キロで飛行する最新の飛行機械を駆って世界中を飛び回った謎の人物ロビュールが今度は目にも止まらぬ速さで走行する自動車、船、潜水艦、そして飛行機械へと変形する<エプヴァント>号を操ってアメリカ全土に神出鬼没の如く現れる。前回の<あほうどり>号の速さも驚異的だったが、本書の<エプヴァント>号は更にスケールアップした最先端の技術の粋を結集して作られた移動機械である。それもそのはずで21世紀の今でもこのように陸海空を航行する4つの機能を備えた移動機械は存在していない。ロビュールはとうとう現代の我々の技術をも凌駕してしまったのだ。

既に前作においてロビュールの心には自分の技術力が世界一である自負が強大化し、空を制する自分こそが世界の支配者であるという傲慢さが宿っていたが、本書では更にそれを前面に押し出し、世界中の列国に対してケンカを売るまでになっている。

世界の自動車会社が参加するレースに参加してぶっちぎりの勝利を見せたかと思えば消え去り、海上では他の船を嘲笑うかのように追いかけようとする船から余裕綽々で逃げ切り、アメリカの湖では漁業を営む漁師たちの船を脅かすが如く、潜水艇で湖中を自由自在に行き来し、更には羽根を生やすが如き飛行機になって追ってくる駆逐艦を尻目にナイアガラの瀑布を飛び越える。
それらの行為はただ単純に自分の技術力の高さを見せつけるためだけに行われたもので、そんな高度な技術を垂涎の的のように我が国の物としようとオファーを与える列強各国たちに対して傲岸不遜のように断り、そして我こそは世界の支配者だと明言する。

そんな超高速の機械の動力は作り出す電気だとヴェルヌは説く。ヴェルヌはどうも電気という新しい動力に無限の可能性を感じていたようで『海底二万里』の無敵潜水艦ノーチラス号も海水から電気を作り出して動力にしているとし、更に今回も空気中から電気を生み出すという21世紀の現代でも実現できていない技術を打ち出す。
そして21世紀の今ガソリン車に勝る電気自動車がまだできていないことを考えるとさすがに先見性を誇るヴェルヌであっても見抜けなかった進歩だと思ってしまう。

そんな「世界の支配者」の物語はなんとも呆気ないものだ。
私はこの何とも云いようのない物語にヴェルヌはどのようなメッセージを込めたのかと考えざるを得ない。
世界を支配し得る技術力を持った発明家の愚かな末路を示しているのだろうか。
もし誰も比肩しえない技術を人が持った時、人は自然をも凌駕しようとするが、それは天に唾吐く行為であり、結局大いなる自然現象の前にはどんな科学も無力であるという科学者、技術者たちへの警告なのだろうか。

本書はヴェルヌ最晩年の作品である。それまで科学の素晴らしさと無限の可能性をテーマに胸躍る冒険と荒唐無稽な挑戦を描き、夢溢れる物語を見せてくれた彼が最後には科学技術にうぬぼれて自滅する人物ロビュールを描いたのは何とも哀しい事実だ。

そこには世捨て人の如き、科学の亡者の姿があった。自分の技術の粋を結集して造った空中船を破壊された男の、世間に対する復讐心でのみ生きている姿があった。

ロビュールはヴェルヌが誰を投影して創った人物なのだろうか。
そしてこの作品が著された1904年からわずか10年後に第1次世界大戦が勃発する。それは初めて戦闘機が登場した戦争で人間は最先端の科学技術を愚かな戦争に用いてしまう。ヴェルヌは既にそんな世界の風潮を予見していたのかもしれない。
そういう風に考えると何もなしえなかったロビュールの一連の無意味な行動の意味が逆に立ち上ってくるような気がする。

結局何がしたかったのか?

それはこの物語を読んだ直後に抱いた感想であると同時にヴェルヌが日々進歩する科学技術を誤った方向に利用しようとしている当時の風潮に対しての訴えのように思えてならない。


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